2026年9月14日月曜日

4380「3つの世界」2026.9.14

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月28日の記事を紹介します。


「3つの世界」


私たちは、3つの世界を同時に生きています。 

・目に見えるこの世界

・目には見えない神仏や、霊、不可思議な世界

・心の世界 

以前私の学生時代、毎日一緒に吐くまで飲んだくれてた悪友、

今は大学の科学の教授が、言っていました。

「この宇宙の98%はダークマターでできていて、目には見えない」

エネルギー的、物理的には、目に見えない世界の方が相当大きな世界のようです。 

「スピが好き」という人は、「目に見えない世界」が好き、

という人が多いのかもしれません。 

目には見えない世界は、ちょっと怖いところもあるけれど、なんだか不思議で、

ワクワクし、もしかしたらパワースポットやお札や、

神仏の不思議なエネルギーで、自分も幸せになれるかもしれない・・ 

そう思えるのかもしれません。 

少女のころに好きだった「本当にあった怖い話」

その世界のまま大人になったのかもしれません。 

ですが、それも純粋に興味の対象、趣味の世界であれば良いのですが、

もし万一、何か自分とは別の力に頼る気持ちがあれば、 

他者の力で幸せをつかみたい・・・  

そんな依存心のかたまり的な世界に、なってしまうかもしれません。

それは結局、「自分さえ良ければ」の世界に繋がります。

それはまさに旧態依然の、進歩の無い世界、精神の地獄の入り口かもしれません。 

また目に見える世界しか信じていない方は、

神さまを信じていないのかもしれません。 

神さまは目に見えませんから。 

そうすると、生きて行く上で遭遇する色んな出来事 例えば 

・生まれる

・人との出会い・別れ

・結婚、子供、家族・不仲・登校拒否・いじめ

・就職、会社でのいじめ、嫌がらせ、パワハラ、セクハラ

・ケガ・病気・事故

・貧乏な時期、裕福な時期

・幸せな時期、苦汁をなめる時期

・ケンカする時、仲良くする時

・怒る、イライラするキッカケ、タイミング

・死ぬ時

などが全て偶然に発生しており、これらに全部自分一人の力や

知恵だけで対処しなければならない・・ 

という非常に困難で、孤独な立場に置かれます。

その結果、未来に対する不安でいっぱいとなり、うつ状態になりやすくなります。 

そして、最後の「心の世界」、 

それは、見える世界の向こうには、見えない世界が確かにある。

でもそれだけじゃないはずだ。 

他の力に頼ることで、何でもできてしまう。 

一見万能のように見える「見えない世界」。 

でもその「見えない世界」の向こう側に、いつしか気持ちが向くようになり、 

心が成熟し、「見えない世界」だけに頼ることに、虚しさが芽生えた時、 

意識し始める世界かもしれません。 

私は思います。 

個人的な思いです。

単なる主観的なことです。

万人に当てはまるものではありません。 

それは「心の世界」こそが、私たちの目の前に広がる3つの世界で、

一番大きな海であり、他の2つの世界を軽々、飲みこんでしまうほどの広大な世界。

その宇宙をも包み込むような大きな世界は、実は私たち一人一人の心の中にあった。

そう思うのです。

ですから、私たちの心が変わることで全てが変わります。 

宇宙の全てが変わります。

見えない世界に頼り、霊的なパワーで、一見変わったように見えるかもしれません。

ですが例え神仏や宇宙的なエネルギーであっても、

その人の根本までを変えることはできません。 

神さまがこの宇宙を作った時、同時に作り終わった世界を知るために、

ご自分の霊的火花を、全宇宙空間、そして全波動的次元に飛び立たせました。 

それが私たちです。 

神が作り出した美しい宇宙で、沢山の物を見て、経験を重ね、そして戻って来なさい。 

そしてその経験を報告しなさい。 

そんな願いが込められていました。 

ですから私たちは、今、この宇宙の空間で、自分の波動的な次元で、

沢山の経験をしています。 

・嬉しいこと、悲しいこと、楽しいこと、辛いこと

・美しい愛、友情

・裏切り

様々な経験を積んでいる最中です。 

その最中に神様が、人間の浅はかな限られた願いによって、望まれたからと、 

一瞬にしてパワーを与え、そこから拾い上げる・・

そんなことが起きるわけがないからです。 

この最後の「心の世界」。 

きっとこれこそが、私たちが一番大切にしなければならない世界です。 

私たちの心の中、この一番広大な世界「心の世界」には、 

神さまがいらっしゃいます。 

どなたの中にもいらっしゃいます。 

ですから、全ての全てを、その神さまと相談し、進んでいくことが、

一番安心で、良いことではないかと思います。

そこに至るには、見える世界も経験し、見えない霊的な世界も経験し、 

試行錯誤の迷路を通る必要があるかもしれません。 

ですが最後の最後、私たちは心の中の神さまに出会い、 

そして「本当は自分も神さま」だったと、気付く時がやってきます。

それが、イエスやブッダ、そして現代では、

ヒマラヤやチベットの聖者たちが教えている道です。 

この世界では、エネルギーは実際は見える物ではなく、

見えないものから得られていると言われています。

つまり無・静寂(=黄泉の国)の中にこそ、

次に行動するための、爆発的なエネルギーが秘められています。 

そしてそのエネルギーの方向性を決めるのが、私たちの心、意識です。 

心の世界です。 

静寂の中にエネルギーがあります。 

もし今、沢山の大変なこと、辛いことがあった方、悔し涙を流されている方も、 

どうぞ、安心してください。 

親しかった方と別れてしまった方も、どうぞ安心してください。 

ぽっかりとギャップができれば、宇宙は、作用反作用の絶対的な法則の元、 

新たなエネルギーを、そこに吹き込むからです。 

そのエネルギーの質は、私たちの心、意識が決めています。 

どうぞ、温かな優しい心、周りの方々を慈しむ心、

出しゃばらず、そっと見守る愛の心、 

助け合い、調和していこうとする「お陰さまの心」。 

今まで生かし、育ててくださった人々、友人への感謝の心でお過ごしください。 

未来の世界は、今の惰性でも、延長でもありません。 

私たちの今の心が決めることです。

皆さんが、ご自分の内に居らっしゃる神さまに気付き、お幸せになれますように。


2026年9月13日日曜日

4379「お蔭様のお守り」2026.9.13

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月26日の記事を紹介します。


「お蔭様のお守り」


子ども達は、親や教師の「いう通り」にはならないが、

「する通り」になる・・・とよく言われます。

私たちの日々の何気ない一言や、行動を、

子どもたちは本当によく見ていて、

そして、ものすごい早さで吸収していきます。

親だからといって、100%完璧な人間になることは不可能ですが、

少しでも「お手本」になるために、そして、

子供たちの人生が、幸せになるように

・おかげ様

・お互い様

などの優しい気持ちで、過ごしていきたいものですね。 

それでは、今日は有名な「心に響く小さな5つの物語」のうち

公開されているものについてご紹介します。実話です。

<引用開始> 引用元 

若いOLの話である。

彼女の生家は代々の農家。

もの心つく前に母親を亡くした。

だが寂しくはなかった。

父親に可愛がられて育てられたからである。

父は働き者であった。

三ヘクタールの水田と二ヘクタールの畑を

耕して立ち働いた。

村のためにも尽くした。

行事や共同作業には骨身を惜しまず、

ことがあるとまとめ役に走り回った。

そんな父を彼女は尊敬していた。

親子二人の暮らしは温かさに満ちていた。 

彼女が高校三年の十二月だった。

その朝、彼女はいつものように登校し、

それを見送った父はトラクターを運転して野良に出て行った。

そこで悲劇は起こった。

居眠り運転のトレーラーと衝突したのです。

彼女は父が収容された病院に駆け付けた。

苦しい息の下から父は切れ切れに言った。

「これからはお前ひとりになる。すまんなぁ…」

そして、こう続けた。

「いいか、これからは 

『おかげさま、おかげさま』 

と心で唱えて生きていけ。 

そうすると、必ずみんなが助けてくれる。

『おかげさま』をお守りにして生きていけ」

それが父の最後だった。 

父からもらった”おかげさま”のお守りは、彼女を裏切らなかった。

親切にしてくれる村人に、

彼女はいつも、

「おかげさま」 と心の中で手を合わせた。

彼女のそんな姿に、村人はどこまでも優しかった。

その優しさが彼女を助け、支えた。

父の最後の言葉が、A子さんの心に光りを灯し、

その光が、村人の心の光となり、

さらに照り返して、彼女の生きる力になったのだ。

<引用終了> 

人を動かすのは、人の想いです。 

私たちが、例え口に出さずとも、心の中で

・ありがとうございます。

・おかげ様

・お互い様

と、

・優しい気持ち

・謙虚な気持ち

・相手を受け入れる気持ち

でいれば、必ず同じものが、相手から返されます。 

私たち親が、そのような気持ちで日々生活していれば、

きっと子供たちも、その背中を見て育つことでしょう。

「おかげ様」は、 

私たちが実は、一人では生きられないこと、

たくさんの〈おかげ〉を受けて生きていることを忘れない心の表れです。

見えないものへの感謝です。 

私たち、みんなが、この「お陰さまの気持ち」を持って、

謙虚に生きられたら、 

他人を思いやる優しい気持ちで生きられたら、 

この世の中からギスギスした雰囲気が消え、 

春の日差しのように、

心地よい、温かな光に包まれることでしょう。

そこに住む、みんなの顔が、笑顔で溢れ、

笑い合って暮らしていけることでしょう。


2026年9月12日土曜日

4378「青空ひろば」2026.9.12

今回は大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新の記事を紹介します。


イノチの学校より68 2026.08.25  ~ イノチの学校より69 2026.08.26

法華経の中に八歳龍女(はっさいりゅうにょ)という龍が出てきますね。

この龍というのは

どういう存在として伝えられているか?というのをまず考えてみましょう。

龍というのは時間を縮めたり伸ばしたりできる。そういう能力を持っている。

そしてそれは火の珠と水の珠というドラゴンボールを手にする事によって獲得できる能力である、ということが伝えられています。

法華経物語には、バラバラになったものが一つになっていくという進化過程が描かれていますが、これは魂のこともそうだし、時間もそうですよね。

時間というのがバラバラになっていて、過去に置き去りにしている自分の分身達がいると。

辛い思いをした、悲しい思いをした自分の分身達を今に連れてきていない、過去に置き去りにしているんです。

自分の魂の断片をね。

それをね、時軸という時の軸に一つにまとめていく。

過去現在未来の魂の断片を、時の軸にまとめていく、ということが法華経には描かれています。

その中で龍の物語が描かれている。

これはね、人を許して一つにしていく、時間も一つにしていく、空間も一つにしていく、そうしたことが法華経の中には描かれていますが、その内の一つのお話ですよね。

僕たちの役目はそうした一つになっていく、合流していくことですから、こうしたお話が出来ることは嬉しいですよね。(完)


イノチの学校より67 2026.08.24 

法華経の見宝塔品(けんほうとうほん)第11

これは大敬や、大敬の活動の仲間のお話でもありますね、僕らの活動はこれですよね。

どういうお話かというとバラバラになったものを一つにまとめるというお話。

僕らの活動は、最終的には進化のゴールは、みんなの魂が合体して一つになるっていう、それを伝えようとしてる訳ですね。

その活動は元を辿ると、見宝塔品のような神話が元になって今の活動に繋がっているので、知っておくのは大切なことですね。


イノチの学校より66 2026.08.23 

大乗仏教では、蓮華でイノチの一体性を示しています。

蓮華の花っていうのは根っこの部分は一つやけど、そこから茎を伸ばして池の表面では別々の花を咲かせて。

別々に見えるけど実は一体のイノチだという。

そういうシンボルには相応しいものなので、蓮華でイノチの一体性を象徴しています。

前お話したかな?

「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」と阿弥陀経にありますね。

青い花は青く輝き黄色い花は黄色く輝き赤い花は赤く輝き白い花は白く輝いている。

これ極楽浄土の世界だと書いてある。

これ僕たちってそうですよね、一人一人の持っている個性、そのイノチの尊さ。

それを極楽浄土として表現している。

だから極楽浄土とこの世界は実は一緒ですよね?本当は。

それが実現している世界が極楽浄土。

だから、極楽浄土にいってそれを勉強して、また地上に帰ってきて、地上でその世界を実現するんだ、という所まで説かれていますね。


イノチの学校より62 2026.08.19 ~ イノチの学校より65 2026.08.22

では魂の進化論にいきますね。

これのベースになるのが、大敬の話している神話「金平糖大作戦」だと思います。

はじめ「一(小サイズ)」だったのが、多くにバラバラに分裂して「多」となり、

そして最終的に一つに合流して「一(大サイズ)」となる。

そういう進化論モデルですよね。

人類の魂は最初は小さなサイズの球だったと。

これは、まず前の星からジャンプしてきたんです、

前の星からジャンプしてきて地球に来た時に、あ、自分てまだまだ小さいんだな、もっとおおきな球にならないといけないな、

もっともっと大きな球にならないと、ということに気づいた。

完成の大きさがこれくらいとして、(ホワイトボードに図を描く。)

その完成の大きさめがけて成長していく、大きな魂の完成に向かっていく。

そういう、自分の魂はまだまだ小さかったんだ、もっともっと大きくなろうということに人類(全体)の魂は、気づいた訳ですね。

そして、大きくなるにはどうしようか?と考えた訳です。

それで、人類の魂は大きくなるためにどうするか?って色々考えてね、

丸い球からツノを出すことにした、金平糖のようにね。

金平糖のようにツノを生やしていって、人類の魂の成長したい!大きくなりたい!

という衝動、イノチの衝動をツノの一つ一つに持たせました。

そうするとその一つ一つのツノがドンドン成長していってね、太く高く大きくなっていくんですね。

最終的には大きくなったツノ同士が触れ合って合流して、最後には境目がなくなって

大きな丸い球になります。

これが大敬の神話、金平糖大作戦という、人類の魂の成長モデルですね。

これをウニモデルという人もいますね。

この金平糖大作戦、ウニモデルの良いところはね、決して戻ろうという考え方ではない。

人類の魂にUターンして戻るんだ、元に帰るんだという考え方ではないですね。

前に前に進んでいって、それぞれが成長して合流していく、そしてまた一体となっていく。

バラバラに分裂したのは間違いだったとか、元に戻らないといけないんだという神話とはそこが違いますね。

それでね、これも大切な、良いなと思うのはモンローさんの提唱したモデルですね。

モンローさんのモデルは、

丸い球から突起みたいにねツノが出るっていうんです、これ僕のモデルと一緒ですね。

それで、そのツノからまた幾つもツノが出てくるっていうんです。そのツノの一つ一つは元になったツノの分身達ですね。

で、分身したツノの一つ一つが成長して膨らんでいくと、元のツノも成長して膨らんでいきます。

そして、膨らんで成長した分身達を1回 回収するっていうんです。

ギューっと分身が回収されて元のツノと一体となって、大きなかたまりになる。

そうして大きなかたまりになったツノ達が、アチコチにいっぱい出来てくると。

それでね、その大きくなったツノ達を今度は、大元の丸い球がギューっと回収してね、それで大きな丸い球になって完成すると。

これをイソギンチャクモデルというそうです。

とってもいいですよね?

金平糖モデルが出てきた理由は前に前に進め!元に戻る必要なんかないんだ、バラバラになっていたことは間違えたからじゃないんだよ、という発想を伝えたかったんでしょうね。

イソギンチャクモデルの方には、

グループが一体となっていく様子が描かれていますよね。

これも素晴らしいですよね、どれが正しいとかなんとかとかないですからね、モデルですからね。

では、金平糖の進化モデルで人類の魂進化を考えてみます。

なんで、〈一〉から〈多〉にバラバラになる必要があったんでしょうね?

丸いまま一つのまま大きくなってもいいのにね?

でもそれやと遅いんですよ進化が。丸いまま育とうというのはものすごく遅い。

金平糖モデルはなんで速く進化できるかというとツノが生えるから、それぞれのツノが成長するから随分速いんですよ。

だから、スピード上げようと思ったら一つのまんまじゃなくて1回バラバラになる必要があったんですね。

それでね、バラバラっていっても本当は根っこで繋がっているでしょ?

ツノとして生えてるってことは、根っこで大元の丸い球と繋がっていますよね。

それをツノの先端だけみると別々の存在に見える訳ですね。

だから、ツノとツノ同士が別々の存在だと思い込んで、喧嘩したりする訳ですね。

ツノを突き合わせてね。

とはいいながらだいぶ成長してきてるから(ツノが太くなってきているから)、ツノとツノ同士の根っこが重なりつつあるんですね。 

つまり合流しだしているんです。

だから、今ものすごく大きな流れが2つありますね。

エゴでね、自分の世界に囲い込んで、お金も権力も全部ですね、自分の世界の中に囲い込んでしまって自分のものにしたいという発想の人がいる。

ツノの先端という小さな自分を全てだと思っている。

もう一つの流れは、

根っこの部分を感じていて、みんな一つやで、みんなで幸せになるんやで、

そういう精神で生きてる、生き始めてる人々。僕らが話してるのもそういうお話ですよね。

こんなん昔は話せなかったことですね、エゴの時代やから。個というのを大切にする時代やったからね。

ようやく根っこを感じる時代になってきましたね、特に日本人はそういう感性を、わりと備えていたりしますよね。

お互いに思いやろうとする精神性。

だから、魂進化のために

一度バラバラになって役割分担をすることで、成長スピードを上げた訳ですけど、

それによって一体であることを忘れて、アチコチで衝突も生まれた訳ですね。

でもそれも成長過程ですよね、しっかりと個があるから役割分担できる訳ですから。

それが、そうした個でありながら、ようやく一体性を獲得していく時代になってきたんですね。(完)


2026年9月11日金曜日

4377「洗心」2026.9.11

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月25日の記事を紹介します。


「洗心」


誰も一朝一夕に心を浄化したり、

清廉潔白な人格に変われるわけではありません。

毎日毎日、3歩進んでは2歩下がるのような、

遅々として進みの遅いのがあたりまでです。 

昨日はうまくいったけど、今日は全くダメだった。

人を恨んだり、イライラしてひどいこと言ってしまった。

そんな日が毎日続くかもしれませんが、

心を洗濯しよう、浄化しようという試みは、

やらないよりはやった方がずっとマシです。

日月神示や、霊界物語。その他の神様の教えを書いた本にはことごとく全て

・心を洗いなさい 

・改心しなさい 

と書いてあります。

そしてそれが一番重要視されています 

どうしてかといえば、私たち人間は肉体を持っている間にしか、

魂の飛躍的な成長ができないからです。

亡くなって霊界に戻り魂だけの存在になった時には、

なかなか魂を成長させることができないからです。

ブッダやイエス、空海など、

そして現代では、日月神示や、霊界物語などを通じ、

一番大切なこととされるのが、心の洗濯に関してです。

そのことこそ、私たち人間の魂を救うことだからです。

本当の幸せをもたらすことだからです。

逆にそんなことには無頓着で

日々の生活をダラダラと惰性のままに、自分の欲望のまま、

感情のままに、怒りやイライラを人にぶつけ、

周りにぶつけ生きていては、

魂も成長どころか逆に堕落の道を進んで行きます。

その堕落が進んでしまえば、人に迷惑をかけても何とも思わなくなり、

自分さえ良ければの心になってしまいます。

そういった人間が最終的にどうなるかといえば、

ノアの箱舟のように神々が起こした大災害(火の洗礼)に続く、

水の洗礼によって魂が選別されていくことになります。

またもっともっと悪に染まってしまった魂は、

レインボーチルドレンが言うところでは、

全く別の次元の宇宙に魂が隔離されてしまうそうです。 

心のお話や魂を洗うなど、

そういう話は地味であまり人が興味を示しません。

あの東大名誉教授の矢作先生も、たくさんのご本を出されていますが、

心に関する心をテーマにした本はあまり売れないそうです。

やはり皆さん好奇心の赴くままに、

自分の好きな霊的なことや不思議な話、

心がワクワクするような、そういったものに惹かれてしまうのかもしれません。

もちろんそのこと自体は悪いことではありませんが、

それはあくまで趣味・嗜好の範囲。

魂の大問題、人生の目的、

生まれて来た意味などの大きな重要なテーマからしたら、

些細なことです。

私たちの魂の目的、生まれてきた目的のことを考えれば、

長い長い永遠の命を持つ魂からしたら、

この生きている段階、肉体を持っている段階で、 

魂を洗うことがどれほど大切なことか分かります。

とにかくまずは自分の心で「心を清めようと」決心すること、

心を清め、たとえ歩みが遅くとも、

神様の道を真っすぐに進んでいこうと決心すること。

そして日々の暮らしの中でそれを実践すること。

一朝一夕には行きませんから、

自分の欲望で、他人を見下したり、他人に迷惑をかけたり、

いろいろなどが出てくるかもしれませんが、

それに気づいた時すぐに方向修正すれば、

それこそ3歩進んで2歩下がるではないですが、

あゆみは遅くとも一歩ずつ確実に神様の道を進んでいくことになります。

そしてそれが日々積もり積もって、

いつの間にか後退することが少なくなってきて、

どんどん前進できるようになってきます。

そうなってくると魂が磨かれ光り輝いてきますから、 

自然の中どこへ行っても自然霊や、微精霊、精霊、妖精たちなど、

八百万の神々の協力を得られるようにになってきます。

それを別の言葉で言えば 、サポートオブネーチャーと言います。

自然界からの助けという意味です。 

そうなってくると、

人生はどんどんどんどんいい方向にしかいかなくなります。

以前と同じ艱難苦難が訪れても、

全く気にならないか、気づきもしなくなります。

気づかなければ、そのような障害などないものと同じですから、

日々明るく過ごすことができます。

するとますます 、心の輝きが増してきますから、 

雪だるま式に良いことが起きてきます。 

そして永遠の魂にとって、

肉体が亡くなってから後の世界に移ったとしても、

素晴らしい世界に移行することができるでしょう。

何故なら心の状態が全てを決めているからです。

実際は生きてる間も、 

心の状態が全ての環境・取り巻く環境を決めていますが、

亡くなった後ではもう瞬時に心の状態が周りに起きてきます。

もし心が穢ければ、周りにも汚い状況が現れ、

もし自分のことしか考えず、

他人のことなどどうでもいいというような心の状態であれば、

そのような自分勝手な人々ばかりの世界に移行するでしょう。

肉体を持ってる間も実際は同じなのですが、

物質の世界では、少し時間差があり、

どちらかといえばオブラートに包まれたような形なので、

浄化するのには適してるかもしれません。

そのように神様がこの物質次元を魂の成長しやすい環境に作ってくださいました。

・心の浄化

・心をきれいにする

・汚い部分い気づいたらすぐに方向転換する

・心を汚す情報からは離れる(テレビ、ネット雑誌)

そのような日々の積み重ねが、私たちの心を地獄から救い上げ、

ひいては、死後の行先を決めてしまいます。


2026年9月10日木曜日

4376「今あるものに感謝」2027.9.10

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月24日の記事を紹介します。


「今あるものに感謝」


元春日大社の宮司、葉室頼昭さん、

神道の最高位、「浄階」まで行かれた方です。 

葉室さんが仰るには、神々の恩寵は、

私たちの感謝の心を媒体として現れるそうです。

従って、どんなに霊験あらたかな神社や仏閣にお参りに行こうと、

私たちの心に感謝の気持ちが現れなければ、

神々も助けたくとも助けられません。 

自分の運命を呪い、より楽な境遇になりたくて、 

現世利益を求め、他人によりすがり、依存の心むき出しでは、

神々と相いれない波動をまとうことになり、

繋がる先は、低き世界となることでしょう。 

今日も、心を覆う罪、穢れを祓い、

本来私たちが持つ、美しき心を表すために、 

「今あるものに感謝を」というテーマのお話です。

このことは本当に大切で、地球のルールでもあります。

このことを知り、実践するかしないかで、運命が天と地ほども変わります。

感謝の気持ちで生活して行けば、どんどん、本当にどんどん、

これでもかと言うほどの、幸せなことが起こってきます。

この世に感謝の気持ちに、敵対できるものなど、存在しないからです。

どんな小さな事にも、そこに感謝の種を見つけ、 

「ありがとう」と言える人って、

とっても素敵な人だと思いませんか?

一見 

・嫌なこと

・面倒なこと

・悪い予感のすること 

そんなものでも、神様が与えてくださった、

幸せのための、最初のステップだと思えば、

信じて安心し、喜んで受け入れることができます。

なぜなら、その出来事は、幸せが訪れる 先ぶれだからです。 

現象化することで、心の中にあった不浄が一つ、

クリア(消滅)した時だからです。 

では、小林正観さんのお話より、ご紹介します。

<引用開始>

目の前の現象は「幸」にも「不幸」にもなる。

九州でのある講演会で、定刻になっても半分しか人が集まらず、 

主催者の方が、

「どうして九州の人間はこんなに時間にルーズなんでしょうね」と

嘆いたことがありました  

それを聞いた私は、笑ってこのように話しました。

「定刻なのに半分も来ない、のではなくて、

定刻にもかかわらず半分も来てくださっている。

ありがたいですよね」 

つまり、来てくれたほうに目を向けたら、「ありがとう」です。

来ていないほうの半分に、

「まだ来ないじゃないか」と不平不満を言うよりも、

来ている人に感謝するほうがいいということです。

同じ現象でも、感謝ができる人とできない人がいます。  

私の話を聞いて、その主催者の方は、

「自分は正観さんのお話を何十回も聞いているのに、

まだイライラしてしまう人間でした」とおっしゃいました。

それから、その人はまったくイライラしなくなったということです。

面白いことに、定刻に集まらなくてもイライラしなくなったら、

その次の会からは、定刻に三分の二の人が集まるようになりました。

イライラしているときにはなかなか集まらなかったのに、

イライラしなくなったら、集まりもよくなり、人数も増えているそうです。

地球と宇宙を味方につけるためには、 

「自分の思いどおりの現象が

100点満点になっていないじゃないか」と文句を言うのではなく、  

80点の現象があるのなら、

その80点に、手を合わせて感謝をすること。

ある歌手が、コンサートの直前に客席を見て、

空席があることに腹を立てて帰ったことがあったそうです。

当然、コンサートは中止、 

3000人ほどの規模の会場で2500人ほど入っていたそうですから、

充分にお客さんは集まっていたと思います。

ただ、空席があったからそれが気に入らないというので、

来てくれた人に対して自分の腹立たしさをぶつけるのは、

実は本人が考えている以上に損です。

そういうことをしていると、

そのうち誰からも信用されなくなります。 

興行主から見ると、もうそんな危険のある人に、

次からは頼まないようにしようと思うに違いありません。

目の前に起きている現象に対して感謝ができ、

喜びを見出すことができ、 

そこに幸せを感じられるようになると、

自分自身がラクで楽しい、ということです。

なおかつ、地球と宇宙が味方になってくれます。

<引用終了>

イライラしているときには、なかなか集まらなかったのに、

イライラしなくなったら、集まりもよくなり、人数も増えた。

これは神様が良くなさる方法です。

私達が気付けるように、気付くまで、色々手を変え品を変え。

そして一旦気付いてしまえば、もうそういった現象は無くなります。

今、何か問題を抱えている方がいらっしゃったら、

(その問題を解決したいと思ったら)少し考えて見てください。

自分は、その問題に対して不平不満に思っていないか?

イライラしていないか?

人のせいにしていないか?

そして、上記の正観さんのお話のように、発想を変えて、見方を変えて、

今自分の目の前にある「もの」、そして「こと」に、

感謝してみてはいかがでしょうか?

感謝することが出来さえすれば、もうそれは、問題では無くなります。

その問題が気付かせようとしてくれていた課題がクリアされたので、

もうその問題は、目の前から無くなります。

問題が問題では無くなったからです。

それは、ブッダが2500年前に教えて下さった、

「般若心経」に書かれている、

私たち人間が幸せになる方法の真髄です。

目の前にある問題は、私達に何か気付いて欲しいから、

神様が起こして下さっています。

どんなことも、自分の周りに起こって来ることに、

不要なものはありません。

全て、必要であり、必然的に起こってきます。 

それも私達の魂の学びにとって、

ベストなタイミングで起こって来るようになっています。

ですから、全てのもの、人に感謝なのですね。

「ありがとう」なのですね。

ありがとうの言霊は宇宙で一番、

力のある言霊と言われています。


2026年9月9日水曜日

4375「与える喜び」2026.9.9

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月23日の記事を紹介します。


「与える喜び」


春日大社の元宮司、そして医師であった葉室頼昭さんによれば、

神さまは願いごとなどしなくても、ちゃんと叶えてくださる。

他の国で見られるように、必死になって自分の願いごとを祈っている姿とは異なり、

神道では、神さまを喜ばせる、感謝する、

ということが祈りとなります。

こちらから頼まなければ、

神様はやってくれない・・・というのは、神さまを冒涜すること。

神さまというのは全部知っておられるんです。

だから、神さまを認め、喜んでいただいたら充分なんです。

そうしたら、神さまはこちらに出てきて、お恵みをくださる。

そう仰っています。 

あちこちの有名どころの神社や仏閣に出向き、 

・あれをしてください

・これをしてください

・あれもくれ

・これもくれ

とお願いするだけでは、

神様も辟易(へきえき--閉口すること。嫌になること。)とすることでしょう。

そのような人間の欲望渦巻くところでは、せっかく力のある神さまの光も、 

その闇にさえぎられてしまうことでしょう。

色んな神様がいらっしゃいますが、

この宇宙を創造し、維持し、破壊する創造の神様は、 

大本の神様であり、創造の源です。 

レインボーチルドレンのそうた君の言葉で表せば、

12次元にいらっしゃるそうです。 

私たちの宇宙に住む、生命体が3次元存在、

日本の有名な神々が8次元とのことで、 

遥かに高い次元です。 

創造の源の神様が喜ばれるのは、 

・特殊な能力を持つことや

・優れた霊能を持つこと

・優れた過去世を持つこと 

などではなく、やはり王道である、 

・私たちの心を清く保つこと

・身近な周りの方々と、仲良く助け合って暮らすこと 

そんな一見、平凡に見えることのようです。 

それでは今日も、王道である。

私たちの心を浄化し、神々へ近づくためのお話をご紹介します。

注意深く、周りを観察してみれば、 

どんな人にも、自然や人を通じ、 

神さまはいたるところで、その存在を教えてくださっています。 

今日のテーマは「与える喜び」です。 

私たちは、物でも、お金でも、優しさや、真心でも、 

まず、自分から出すこと(与えること)が先です。 

与えた時の心の状態が、宇宙の果てまで、見える世界、見えない世界を飛び回って、 

同じ波長のものを、仲間を連れて帰ってきます。 

時々、

「優しさや親切を人に与えると、損した気分になる」

そうおっしゃる方もいらっしゃいますが、そんなことはありません。 

神々のエネルギーは無尽蔵です。

与えることで、その何倍もの恩恵を私たちは受け取ります。  

それでは、渡辺和子さんの言葉よりご紹介します。 

<引用開始> 引用元

近頃、もらう喜びは知っていても、

その他の喜びをあまり味わっていない子どもが、増えているように思えてなりません。

その他の喜びとは、

・与える喜び、

・分け合う喜び、

・そして自分で物事をやり遂げる喜びです。 

マザー・テレサがこんな話をなさいました。

カルカッタの街に、八人の子を抱えてお腹を空かしている家族がいたので、

お弁当を作ってもって行ったところ、

その母親は押し戴いて喜んだ後、すぐどこかへ出て行きました。

やがて戻ってきた母親は、

「実は隣の家族も、このところ食うや食わずの毎日だったので、

半分あげてきました」と言ったそうです。

マザーは、この話をしてから、

「貧しい人は偉大です。

飢えを経験した人には、他人の苦しみもわかるのです」と言われました。

本当の豊かさとは、このように、

他人に与えるものをもっている心を指すのですね。

最近、自分でやり遂げる喜びを、

子どもから奪っている過保護の親も増えているようです。

それは、子どもたちを愛しているように見えて、

実は彼らから、その成長に必要な自信と、自立の喜びを奪っているのです。

もらう喜びしか知らない子どもは、自分中心の世界で生きています。

どれほど多くのものを持っていても、その子の心は貧しいのです。

与える喜び、分ちあう喜び、

自分で何かをやり遂げた時の喜びをも味わわせることによって、 

子どもの生活を本当に豊かなものにしてやりましょう。 

<引用終了>

確かに、何か物や、お金をもらう喜びよりも

・与える喜び、

・分け合う喜び、

・そして自分で物事をやり遂げる喜び

の方が、私たちの心を喜ばせてくれますね。

与えたほうも、頂いたほうも、笑顔、幸せになれます。 

そこには、調和が生まれ、平和が訪れます。 

どうせ与えるならモノではなく、 

・感謝

・喜び

・笑顔

・いたわり

・優しさ

・思いやり 

など、美しい心を与えて差し上げたいですね。 

その心は、巡り巡って、必ず自分に帰ってきますから。 

与えるものは、物質的なモノである必要はありません。 

貧しかった良寛さんは、 

「自分は貧しいひとりの修行僧なので、人に与えるもの、あげるものが何もない。 

だからせめて、心をあたたかくするような、心を安らげるような『言葉』をあげたい。 

それならいくらでもあげることができるから」 

良寛さんは、自分の口から出てくる言葉を 

・あたたかい言葉

・やさしい言葉

・思いやりに満ちた言葉 

にしたいと思って行動していたそうです。


2026年9月8日火曜日

4374「厳しい環境と美しい心」2026.9.8

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2026年08月21日の記事を紹介します。


「厳しい環境と美しい心」


一つ質問です。

あなたの人生振り返ってみてください

・最も成長した時期は楽な時ですか?

・それとも困難な時ですか?

きっと多くの人は困難な時と答えるでしょう。

さて今日のお話です。 

全ての悩み、苦しみの原因は心が作り出しています。 

幸せも、心が作り出しています。 

素直な感謝の心さえ持てれば、今すぐにでも幸せになれます。 

心の中に憎しみがあっては、幸せに何時まで経っても手が届きません。 

今日も、その心を清め、本来の光り輝く魂を表に出す、お話です。 

このように書くと、何だかお祓いの効果に似ていますね。 

今日のお話は、耳が聞こえない聴覚障がいがあるご両親に育てられた女の子が、

心優しい娘に成長し、そしてお嫁に出て行こうとする時のお話です。

私たち人間は、裕福で、お金の心配もなく、

健康で、家族にも取り立てて問題もなければ、 

普段は、自分の心の状態を振り返ることも、 

心の中にある、嫉妬やねたみ、悪魔的な要素に気づくこともないかもしれません。 

それゆえに、反省なく、心を清めようなどと自ら思うこともなく、 

何時までも魂の成長は望めないかもしれません。 

翻って、貧困や、事故、病気、死別、リストラなど、 

人生の一大事な環境に置かれると、

その環境から抜け出したくて、

あちこちに頭をぶつけたり、苦しみ、もがきます。 

悔し涙を流すかもしれません。

ですが、その逆境こそが、

私たちの魂にとって、研ぎ石の役割を果たし、 

私たちの魂をはるか高みにまで連れて行ってくれることもあります。

<引用開始> 「NTT西日本」コミュニケーション大賞受賞作品より


加奈子ちゃんが近所に引っ越してきたのは、

まだ小学校三年生のときでした。

ときどきわが家に電話を借りに来るのですが、

いつも両親ではなく加奈子ちゃんが来るので、おかしいなと思っていたのですが、 

しばらくしてその訳がわかりました。

加奈子ちゃんのご両親は、耳が聞こえない聴覚障がいがある方で、

お父さんは言葉を発することが出来ません。

親御さんが書いたメモを見ながら、

一生懸命に用件を伝える加奈子ちゃんの姿を見ていると、 

なんだか胸が熱くなる思いでした。

今なら携帯電話のメールがありますが、その時代を生きた聴覚障がいを持つ皆さんは、

さぞ大変だったろうと思います。

加奈子ちゃんの親孝行ぶりに感動して、我が家の電話にファックス機能をつけたのは、

それから間もなくのことでした。

しかし、当初は明るい笑顔の、とてもかわいい少女だったのに、 

ご両親のことで、近所の子供達にいじめられ、次第に黙りっ子になっていきました。

そんな加奈子ちゃんも中学生になる頃、父親の仕事の都合で引っ越していきました。

それから十年余りの歳月が流れ、加奈子ちゃんが加奈子さんになり、

めでたく結婚することになりました。

その加奈子さんが、

「おじさんとの約束を果たすことができました。ありがとうございます」

と頭を下げながら、

わざわざ、招待状を届けに来てくれました。

私は覚えていなかったのですが、

「加奈子ちゃんは、きっといいお嫁さんになれるよ。

だから負けずに頑張ってネ」

と、小学生の加奈子ちゃんを励ましたことがあったらしいのです。

そのとき「ユビキリゲンマン」をしたので

どうしても結婚式に出て欲しいというのです。

「電話でもよかったのに」と私が言うと、

「電話では迷惑ばかりかけましたから」と加奈子さんが微笑みました。

その披露宴でのことです。

新郎の父親の謝辞を、花嫁の加奈子さんが手話で通訳するという、

温かな趣向が凝らされました。

その挨拶と手話は、ゆっくりゆっくり、

お互いの呼吸を合わせながら、心をひとつにして進みました。

「花嫁加奈子さんのご両親は耳が聞こえません。

お父さんは言葉も話せませんが、こんなにすばらしい花嫁さんを育てられました。

障がいをお持ちのご両親が、加奈子さんを産み育てられることは、

並大抵の苦労ではなかったろうと深い感銘を覚えます。

嫁にいただく親として深く感謝しています。

加奈子さんのご両親は、

“私達がこんな身体であることが申し訳なくてすみません”と申されますが、

私は若い二人の親として、今ここに同じ立場に立たせていただくことを、

最高の誇りに思います」

新郎の父親の挨拶は、深く心に沁みる、

感動と感激に満ちたものでした。

その挨拶を、涙も拭かずに手話を続けた加奈子さんの姿こそ、 

ご両親への最高の親孝行だったのではないでしょうか。

花嫁の両親に届けとばかりに鳴り響く、

大きな大きな拍手の波が、

いつまでも披露宴会場に打ち寄せました。

その翌日、新婚旅行先の加奈子さんから電話が入りました。

「他人様の前で絶対に涙を見せないことが、

我が家の約束ごとでした。 

ですから、両親の涙を見たのは初めてでした」

という加奈子さんの言葉を聞いて、

再び胸がキュンと熱くなりました。

<引用終了>

この花嫁の女の子、幸せになって欲しいです。 

いえ、きっと幸せになった事でしょう。 

幸せとは、自分の心が感じるものだからです。

周りの状況は、関係ありません。

子供の幸せを親ならだれしも望みますが、 

本当の躾とは、うるさく子供を縛ることではなく、 

親の生き様、生きる姿勢を見せることかもしれません。

親の一挙一動、心の動きまでも、 

子供たちは見ていて真似るものですから。 

心の中に憎しみの種はないか? 

心の中に常に感謝の意識が宿っているか?

ご自分の未来の幸せのために、

どうぞ、もう一度点検してみてください。