2022年1月20日木曜日

2583「運は食生活で決まる」2022.1.20

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2022年01月15日の記事を紹介します。


「運は食生活で決まる」


今日はお祓いで竹之高地不動社に行ったところ、新しい年に入り、どんどん食に関して、

色んな人を介して「食」に関する情報が集中しだしているとのこと。 

食は肉体を創る基本ですから 

・身体のバランスをとること

・社会毒などのデトックス

・身体にとって必要な栄養素を補給すること

・身土不二(しんどふじ)「身と土、二つにあらず」、

 つまり人間の体と暮らす土地は一体で、切っても切れない関係にあるということを正しく理解すること 

今の状況下で大切なようです。




ですので今日は、以前書いたことがあるのですが、水野南北に関するお話です。 

運をよくするのに、参考になるかもしれません。

「人の運は、「食生活」によって決まる」というお話です。

食生活を見直すことで、心を浄化し、運命を好転させる方法です。

「人の運は食にあり」小林正観さんのお話よりご紹介します。

<引用開始>


「食生活が、人相まで変えた」、江戸時代、水野南北という人がいました。観相家です。

宝暦7年(1757年)に生まれ、天保5年(1834年)77歳で亡くなりました。

江戸時代のこのころは平均寿命が40歳ほどですから、ずいぶん長生きだったといえます。

水野南北は幼少期に両親と死別、大阪のおじ夫婦に引き取られます。

10歳の時にはすでに酒を覚え、その後何年も、酒・ばくち・けんかに明け暮れる毎日でした。

18歳の時、おじの金を盗むなどして、牢に入ることになりました。

それまでに盗み、脅し、詐欺まがい、いろいろやったようです。 

その牢内で、罪を犯す人間とそうでない人間に、人相上の違いがあると気づきました。

人には生まれながらのシナリオがあります。

後にすごい観相家になった水野南北でしたが、最初のスタートは牢内だったのです。

 獄を出てから、自分の人相を易者に見てもらったところ「あと一年の命」と言われました。 

「それを避けるには出家のほかはない」と。

 

知り合いの住職に相談したところ 

「一年間、麦と大豆だけの生活をしたら入門を許す」ということだったので、 

水野南北はそのとおりにしたのだそうです。

一年後、同じ易者は

「死相が消えているだけでなく、立派な相になった」と感心してくれました。  

「その食生活が陰徳となって、人相まで変えた」と言ったそうです。

本格的に相を学ぼうと旅に出た水野南北は、髪結いに奉公3年、湯屋の奉公人になって3年、

墓守になって墓を守ること3年の日々を過ごします。

頭の形、生きているときの体の形と死んだあとの骨の形(骨相)などを研究しました。

 

さて、それほどに観相学に打ち込んだ水野南北でしたが、百発百中というわけではありませんでした。

どうしても例外がある。吉相だと思っていても、どんどん衰運になる人がいる。 逆に、とても貧相な人で興隆運の人もいる。

なぜだろうと悩んでいる時、突然ひらめきがあったといいます。それは・・・

「人の運は食にあり」というもので、人を占うのにまずその人の飲食の様子を聞いて、それによって運・不運を判断したところ、万に一つも誤りがないことが分かり、そこに気づいてからは、「百発百中、当たらざるなし」と言われました。

<引用終了>


自伝などによれば、水野南北は50歳の時、伊勢神宮の五十鈴川のほとりで21日間の断食と、水ごりの行を行いました。

その時です。外宮に祭られている豊受大神の啓示を受けました。

「人の運は、食にあり」

豊受大神といえば、縄文の女神、瀬織津姫。

日本一と呼ばれた水野南北でも、100%当たるとは行かなかったのですね。

貧相でも富んでいる人、福相でも運がない人。が居ました。

ある時、占う時に食べ物について聞いたのです。

すると、福相の人でも、お金が入ってから、食べ物を変えると、衰運になることがわかったのでした。

それ以降、百発百中の観相家となったのでした。

心当たりのある方は、いらっしゃるでしょうか。食生活で運が決まって来るのだそうです。 

質素であっても、愛情を込めた食事。

暖かな心の交流を伴った食卓。

命を分けてくれた者への感謝の心、そんな気持ちでいただきたいものですね。