2024年4月30日火曜日

3413「神さまを信じる人」2024.4.30

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年04月19日の記事を紹介します。


「神さまを信じる人」


 今日のお話は「神さまを信じる人は幸せになれる」です。 

基本中の基本です。

神さまを信じる・・と言っても、

どこかの宗教組織に入って、厳粛で宗教的な生活を送らなくても良いのです。

私も特定の宗教には入ったことはありませんが、神さま(宇宙の根本法則)を信じています。

こういうことを「信仰心を持つ」と言うのかもしれません。 

・レインボーチルドレンはじめ

・宇宙から直接地球に転生してきた子供たち

・天界の記憶を保持したまま生まれて来た子供たち 

全ての高度な知性を持つ子供たちが神さまについて、その存在を肯定し、それを前提として話していますので、神さまの存在を信じない方々は、波長の法則からすると、このブログを読んでらっしゃる方は少ないかもしれません。

この宇宙は見えている世界だけでなく、その何万倍もの見えない世界(黄泉の国)があり、

成り立っていると言われています。 

現に人間の見える光の波長も、ほんの小さな範囲でしかありません。

動物や昆虫は、もっと広い範囲を見ています。

音も同じです。人間は小さな可聴範囲の音しか聞こえません。

私達、肉体を持つ人間に認識できない世界は宇宙中無限に広がり、かえってそちらの世界の方が広大です。

 

もし神さまの存在を信じていなければ、私たちが生きて行く上で遭遇する色んな出来事 例えば

・生まれる

・人との出会い・別れ

・結婚、子供、家族・不仲・登校拒否・いじめ

・就職、会社でのいじめ、嫌がらせ、パワハラ、セクハラ

・ケガ・病気・事故

・貧乏な時期、裕福な時期

・幸せな時期、苦汁をなめる時期

・ケンカする時、仲良くする時

・怒る、イライラするキッカケ、タイミング

・死ぬ時

などが全て偶然に発生しており、これらに全部、自分一人の力や知恵だけで対処しなければならない・・ 

という非常に困難で孤独な立場に置かれます。

その結果、未来に対する不安でいっぱいとなり、うつ状態となってしまいます。

そして、そうならないために、常に必死に努力し、 

・人より上の立場に立とう、

・お金を儲けよう、

・損することは絶対にしない、

それを家族にも強制する・・など、非常に精神的に不安定で殺伐としており、

生きていても楽しくもないし、追い込まれた、あせりの状態に置かれてしまいます。

これが年間自殺者10万人を超えると言われる日本の現実です。

15~39歳の死因で、自殺がガンや事故などを上回り、死因の1位となっている現実を生みだしています。

さてここで、小林正観さんの

「なぜ、神さまを信じる人は幸せなのか?」からご紹介します。

<引用開始> 引用元 

 

「正観さんのお話を聞いて、1週間ぐらいは調子がいいんですが、すぐ忘れてしまいます。

ずっと忘れないようにするには、どうしたらいいでしょうか」という質問がよくあるのですが、忘れないためには、どうすればいいか。 

それは「実践をし続ける」ことなのですね。 

「いい話だったなあー」で終わってしまうと、3日後ぐらいには忘れていますけど、毎日、「ありがとう」を言い続けたり、トイレ掃除をし続けたりすることで、目の前にいろいろな奇跡や思いがけない嬉しい現象が起きてきます。 

自分も元気になるし、仕事も人間関係もスムーズに流れ出しますので、実践するのが楽しくなるのですね。 

話の内容を忘れないためには「忘れないぞ」と気合を入れるのではなく、実践をし続けることですね。 

すると、面白い現象があまりに頻繁に出てくるので、引き続きやりたくてしょうがなくなります。 

私の中には「やらなければならない」というのはまったくなくて、

「ありがとう」を言うのも、トイレ掃除をするのも全部損得勘定ですから。 

損得勘定でやると続くのです。 

どんなに下心があって、野心があったとしても、実際にそれをやった人を《実践者》と言います。 

例えば、電車に乗っていて、おばあさんが乗ってきた。 

ある男は、おばあさんに席を譲ってあげたいと思った。 

自分の中では、人によく思われたいとか、評価されたいとかはまったくないけれど、

人の目が気になって、席を譲ると恥ずかしい気がして譲らなかった。 

 

それに対して、もう一人の男は、おばあさんが乗ってきたとき、目の前にきれいな女の人がいたので、この女性によく思われたいと思って、邪心と野心の塊で席を譲ったとしましょう。 

さて、邪心の塊で席を譲った男と、すごく美しい心で席を立てなかった男と、どちらを神さまが喜んでいるだろうか。 

多分、席を立った男のほうに微笑(ほほえ)みかけているのではないかと思うのです。 

動機はどうであれ、席を譲った瞬間に、宇宙に一つ《喜ばれること》が生まれたのですから。 

邪心や下心が全く無い人というのは、神の領域ですから、肉体を与えらえてはいません。 

人間としては卒業してしまっている。 

肉体を持っているということは、人間としての様々な体験をまだしたいということですから、損得勘定でやっていくことは、とても自然なことだと思います。 

100%美しい心でやっていこうと考えなくてもいいですから

「究極の損得勘定ができる人、究極の欲深い人になってください」と伝えています。 

宇宙構造を40年研究してきて、損得勘定でないものは、どうもないようです。 

どのような分野でも、人に喜ばれるような生き方というのは、すべて自分にとっての損得勘定で言えば“得”になっています。 

人に喜ばれることをして、自分が圧倒的に損だ、ということはないのです。 

さらに言えば、みんながいやがってしたくないようなことは、一単位あたりの“得”の密度が高いみたいです。 

トイレ掃除は、その最たるものです。 

そういうことを実践している人が何かを始めようとすると、あっという間に支援がきます。 

それは、その人が望みを実現させようとか、目標に到達しようとがんばっているわけではなくて、ただ毎日“徳”を積んでいるだけなのです。 

まさに、人徳の“徳”とは、損得の“得”なのです。 

心の中で、どんなに善きことを考えていたとしても、それが実行に移されなかったら、それはないのと同じ。 

「ありがとう」という感謝の言葉も、「笑顔」も、「気くばり」も、「優しい言葉」も、「席をゆずること」も、心で思っているだけなら、ただの絵に描いたモチにすぎない。 

どんなに強烈に願おうと、深く想おうと、それは同じこと。 

たとえば、喫茶店で注文するとき、どんなに強く心の中で「紅茶が飲みたい」と願ったとしても、「コーヒーください」とひとこと言ったらコーヒーが出てくる。 

神さまも同じで、心の中がどうであれ、

現象として現れた「言葉」なり「行動」を評価するという。 

よき実践者をめざしたいものですね。 

<引用終了>

 

神さまを信じるとは、宗教の組織に入ることではありません。

ただ私達の心の中に居らっしゃる神さまを信じるだけです。

神様の存在を信じて、考えたり行動すると、正観さんの仰るように精神が安定するだけでなく、サポートオブネーチャー(自然界からの応援)が得られて、活き活きとした人生を送れます。

そして家族も幸せになることが出来るのではないかと思います。

また神さまを信じれる人は、中間世の記憶を持って生まれて来た子供たちが言うように、

私たちは生まれる前に、神さまと一緒に、どのような人生を送るか計画を立て、

・人の役に立つため

・魂の進化をするため

にこの地球に生まれて来たことを信じることができるでしょう。

私たちは、神さまと共に生まれる前に、生きている間に起こる全てのことを決めてきました。

ですから、何が起ころうと、絶対に大丈夫なようにできています。

私たちが人生において選択する全てのことは、私たちが、そのどちらを選ぼうと、結果的に生まれる前に決めて来た通りを選択するようになっています。

ですから、どちらを選ぼうと、どちらに転んでも大丈夫なようにできています。

これほどの救いの事実があるでしょうか?

この真実は、神さまを信じる方が得ることのできる大きな安心と、生きて行くための躍動感、優しさ、愛のエネルギー源となります。

私たちは、自分の期待していた状況と現実が異なってくれば、

「あぁ、もうだめだ」

「あの時、あんな選択をしなければよかった」

そう思いがちですが、神さまは、その先に、私たちを生かしてくれる道を既に準備してくださっていたのです。

皆様が内に居らっしゃる神さまと繋がり、お幸せになられますように。



2024年4月29日月曜日

3412「光を発する人」2024.4.29

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年04月18日の記事を紹介します。


「光を発する人」


ここ数年、神々の働きが活発化しており、いろいろな場所で、いろいろな変化が起こっています。

それを感じ取ってらっしゃる方も多いようです。 

神々には明確な計画があり、その先には美しき未来が見えているはずです。

ですが私たち一般人は、あせらなくとも、王道はやはり 

・自分の心を清らかにすること

・身近な周りの方々と仲良く暮らすこと

・すべての出来事を感謝の気持ちで受け取ること 

に尽きるようです。 

さて、今日のテーマは、「光を発する人」ということで小林正観さんの記事をご紹介します。 

<引用開始> 引用元

  

「私は、以前は『努力』してきた人間だったのですが、正観さんのお話を聞いて、

がんばらない、緩んだ系統の人間になってきました。 

こういうタイプの人間が大勢を占めるようになったら、どんな社会になると思いますか?」

と言われたことがあります。

私の答えは、そのように社会全体を評価、評論する癖をやめること。

面白いことに、人に対して

「変われ、変われ」と言う人ほど、笑わない、暗い人が多いように思えます。

この質問をなさった方は、コンサルティングをしており、

たくさんの企業とかかわるという立場からの、質問ということでした。

「世の中のここが悪いじゃないか、ここが暗いじゃないか、

ここが理不尽じゃないか」と、言っている人ほど、暗くなってきて、笑わない。

「暗い社会じゃないか」と問題点を指摘している人ほど、

暗くなっているように私には見えるのです。

…世の中を暗い暗いと嘆くより、自ら光って その闇照らせ…

 というのが私自身に言い聞かせている言葉です。

その人が光だったら、その人の周りには闇はないでしょう。

評論する暇があったら、自分が光になること。

自分がどう光るかを考えるといい。

世の中の暗さを指摘して、糾弾している人ほど、

笑顔がなく、暗さを投げかけているのかもしれません。

早くそれに気づくこと。

 

「闇」と「光」は、多くの人は50対50の力関係だと思っているかもしれませんが、

実はそうではなくて、0対100です。

 「光」が「闇」の中に入っていったら、常に「光」です。

逆に、「光」が撤退したとき、初めて「闇」の世界になります。

50対50の力ではなくて、

「光」のほうが常に100の力を持っているのです。

ですから、「暗い、暗い」と言っている暇があったら、

自分自身が光を放ってその闇の中に入っていけばよい。

光が入っていった闇は、どんな闇でも、光るしかありません。

肯定的な言葉をいつも発している人のそばにいると、

いつも温かくなる、ということが体験的にわかっています。

「オーラ」という言い方をしてもいいのですが、

明るい方向性を持っている人は、

物理的にも光っているということです。

「光」という文字は、「人」の頭の上から5方向に

光線が発しているという様子がもとになっている象形文字です。

「光」の文字のもとになっているものが「人」というのはすごいことです。

そして、光を発している人のことを、「明るい」と呼んだ。

古代の人は、光を発している人と、光を吸収する暗い人とを、

見分けることができたらしい。

 

「陰気な」という表現があるのに、わざわざ「あの人は暗い」という表現があるのは、

実際にその人が「光」を発していなかったということでしょう。

「うれしい、楽しい、幸せ、大好き、ありがとう、愛してる、ツイてる」

という肯定的な言葉を口にしている人は、その人がそこにいるだけで光を発する。

そしてその光は、暗い人を照らす。 

「私の人生はつらくて、悲しくて、嫌いなことばかりで…」

ということばかり言っている人は、「暗い」。

この人は、周りの光をどんどん吸着してしまい、

はたから見ていると、黒いもやの塊が来たように見えるのです。

これが、人間が「光」という文字の語源となったいきさつです。

「光」とは、「人」が光ることによって周りの人を照らし、

歩いている道を明るく照らしてあげること。

光を発していない人の周りには暗い人が集まり、闇に包まれる。

光を発している人の周りには明るい人が集まり、明るさを宇宙に投げかけるのです。

<引用終了>

   

目の前にいる人にたとえ、その人のことを嫌いでも、たとえ、その人から嫌われていようとも 

・愛のある言葉

・優しい言葉

・希望や勇気が出る言葉

そのような言葉を笑顔とともにかけていらっしゃる方は、光の人ですね。 

光の人になれば、いえ、なろうと決心さえすれば、きっと幸せな人生が待ち受けていることでしょう。 

そしてご家族も、みんな笑顔で、お幸せになることでしょう。



2024年4月28日日曜日

3411「同じ時を生きる全ての魂へ」2024.4.28

 今回は「木の花ファミリー ブログ」の2024年2月12日の記事を紹介します。


「同じ時を生きる全ての魂へ〜散骨式~自然へ還るセレモニー 2024年1月4日」

同じ時を生きる全ての魂へ〜散骨式~自然へ還るセレモニー【前編】 | 木の花ファミリー ブログ (blog-konohanafamily.org)


骨を残すということは、形に執着する原因にもなります。形に執着せず、地球生命生態系の大循環の中に還すことで、物理性もまた大いなる流れの中へと還っていくのです。私たちはこの大循環の中で命を頂き、日々循環を繰り返すことで命をつないでいます。そして、最終的にその命を返上しリセットする段階において、肉体という魂の器を自然に還すことで、一切の形への執着を解きます。それは即ち、魂が宇宙の大循環へ還るという、人が存在することの最終目的に到達するルートを創るということです。遺骨を粉骨して撒くということは、その悟りへの第一段階であり、最も身近にできることです。

旅立つ魂がどこに還っていくのかは、それぞれの魂の修行の結果である精神の位置によって決まります。その一方で、形の世界を生きた証として、私たちはこれまで、形の世界にその痕跡を残してきました。しかし、お釈迦様の旅立ちには、墓もなく、戒名もありませんでした。

人間以外の生き物は、そもそも執着を持たないため、どのような死に方をしても美しいものです。しかし、人間の魂は複雑にできており、執着が多いため、器と魂の存在した痕跡をきれいにしていく必要があります。その後押しを、生き残ったものたちがするのです。その仕組みを知ったものたちが送ることによって、未熟であったものたちにも昇天する機会を与えるのです。

今年は、ご縁のあった六柱のご遺骨が集まりました。その中には、生前の姿を見たことはなく、接したことのない方々もいます。しかし、同じ時を生きたものとしてのご縁によって、そのご遺骨を粉骨、散骨させて頂くことになりました。

そして、視野を広げれば、同じ時を生きて、この物理的世界を卒業した魂は世界中にたくさんいます。そこには、直接出会ったことはなくとも、同じ時に旅立つというご縁があります。世の中がこのように混沌とした時代には、良い旅立ちをするものばかりではなく、不遇な旅立ち方をした魂もたくさんいるのです。

その魂の旅立ちの役割の意味を深く受け止め、現世を生きるものたちがより良い歩みに繋げていくことができたなら、その魂の旅立ちもまた、より善きことへ向かうための意味を表すものに変換されるのです。この物理的現象世界には様々な次元の旅立ちがありますが、その一つひとつを、より善きことへ向かう学びとして受け取っていくこと。現世を生きるものたちの心次第で、旅立ったものの歩みを無駄にしない。そのような自覚のもとに、この散骨式を執り行っています。

こういったことを宗教と見る人々がいますが、これは宗教ではありません。これは、粛々とした時空との付き合いである現象界の、最終段階でのお手伝いです。それを美しくしていくことは、原因と結果により成り立っているこの現象世界において、現在の結果をより良い原因として、次の結果をより良きものへとしていくための当然の行いであり、賢明な者にとっては当たり前のことなのです。そして、なぜそれが要るのかと言うと、人々が未だ悟れていないからです。

これから、まったく新しい人の意識の在り方を開拓していかなければなりません。そういった想いが、考えて出てくるのではなく、自らの中から湧き出してくる。その時に、「本当にそうだ」と思えることが湧き出してくる。これまで一般社会では受け入れられなかったことを理解できる人々が、たくさん現れてきます。なぜなら、私たちは今、そのような時代を迎えたからです。

今回ここでお送りするのは六柱ですが、その方々を代表として、同じ時を生き、旅立ったすべての魂に思いを馳せて送る。そのような自覚をもって、この散骨式に臨みましょう。

 

「新しい時代への出発(たびだち)」

今、皆さんに挨拶をしようとしましたら、急に風が強く吹いてきました。

今日は、空の青がとてもきれいですね。この散骨式に臨みながら、時代は変わった、ということを思っていました。時代の動きというのは、人間の歴史だけではなく、地球ができてから、もっとさかのぼれば、宇宙の始まりまで想いが飛んでいきます。そして、そこからずっと繋がって、今この場所があります。私たちが日々ものごとを考え、こういった世界を創って生きていることの結果として、この場所があるのです。

現代には、豊かそうに見えて、実際は幸せでない人がたくさんいます。お金がないとか、日常の中で悩み、生きることに行き詰まっている人々が多いのです。2024年の今年は、年が明けたら大地震があり、翌日には飛行機事故があり、昨日は九州の小倉で大きな火事がありました。それだけではなく、ウクライナやガザでは、今も毎日多くの人々が殺されています。人類が誕生してからこれまでの結果を見てみると、なぜ人間は、地球上の生命として生まれてきながら、こんなに悩まなければならないような世界を創ったのか、なぜそんな生き物になってしまったのだろうかと、私は疑問に思うことがあります。

どうですか?もしもこの世界から、パッと人間を取り除いたら、他に生活に困る生き物はいるでしょうか?鳥や猿や植物が、明日の暮らしのことで悩んではいないでしょう?みんな自然の仕組みの中に組み込まれ、その仕組みの中で植物は植物のように、動物は動物のように自らの位置を生きている結果、誰も明日の心配をしていません。未来の心配もしなければ、過去のことに悩むこともない。しかし、どうして人間は、こんなにも高度な世界を創り、まるで地球が人間のものであるかのように振舞いながら、実際の一人ひとりは毎日生きることに悩み、明日どころか今日食べるもののことすら心配するような世界を創っているのでしょう。

過ぎたるは及ばざるが如しと言いますが、何かが足りなさ過ぎる。そしてもう一つ。何かが多すぎる。何かをたくさん求めすぎている。自らが頂いていることへの感謝が足りなさ過ぎるのです。

それで、ふと思いました。この高度な生き物が、本当の意味でそれに相応しい高度な世界を達成するとしたら、どうしたら良いのか。たぶん、一人ひとりが与えられている「自分」という個性を、自分のものだけにするのではなく、みんなのために使うようになったら、きっと高度な完成された世界ができるのではないでしょうか。

人間以外の生命は、この大いなる自然の循環の中で、みんなそのように生きています。この芝生も、そこに生えている木も、落ち葉も、みんなそうです。この銀杏の落ち葉は、ついこの間までは見事な黄色で、銀杏の木を黄金色に彩っていました。それが落ちて、このように茶色くなって姿が変わっても、そのことに悩んでいないでしょう?「ああ、落ちちゃった」とは言わないでしょう?髪の毛も、「ああ、抜けちゃった」とは言わないでしょう?(みんな:笑)

葉が落ちた銀杏の木には、このままずっとそうなのかと言ったら、春になるとまた新しい葉が芽吹いてきます。それは、銀杏が自分の力で一生懸命やるのではありません。自然に委ね、その循環の中に、自らの立ち位置や、変化の姿も頂いているのです。そのような意識になって、人間がこの高度な能力を全体のために使い、それぞれの役割を果たす助け合いの世界ができたら、誰も、明日のことにも明後日のことにも、未来のことに悩む必要はなくなり、過去のことにくよくよすることもなくなるのです。

こういった心境で生きることは、とても難しいことのように思えます。実際、現代の人々には本当に難しいでしょう。テレビを見ると、いかにもこんな風になったらいいというように、いろいろな世界がこれでもかとばかりに迫ってきますが、その番組に出ている人が自分の普段の生活に戻ったら、テレビで見せていたのとは違う心をしているのです。テレビ番組は、そこで意図的に特定の世界を表現し、実際にある日常のいろいろなことを隠して放送されています。そしてそれを見る側は、ものを観る目がないと、世の中がみんなそういう風であると受け取るのです。だから、ぼーっと見ていると、騙されていることに気付かない。しかし実際には、テレビの向こうの人々にも、テレビのこちら側で見ている自分と同じように、毎日の暮らしがあるのです。

今日は1月の4日です。なかなか世の中に、縁ある人々がこのように賑やかに、亡くなった人を見送る場所はないでしょう。今日は風まで手伝ってくれて、ご遺骨を土の上にまくつもりだったのに、風が運んでくれて、空高く飛んでいったご遺骨もありました。(みんな:笑)

生きるということは、生き物にとって絶対のことです。そして約束通り、死ぬことになっています。ところが、人間だけが死ぬことを暗いことと捉え、それを避けたい、そこから逃げたいと思うのです。ですから、お葬式もお墓も暗いイメージです。しかし、この散骨式は明るくて、空は真っ青です。そして風が吹いて、もう未練も何も吹き飛ばしてくれたようです。とても良い日です。そんなふうに、人を見送ることができる。骨を自然に還すということは、最後の物理的要素を還すということです。最後のものをとうとう手放し、新たなスタートを切る出発(たびだち)です。

そういった軽い心になったら、自分に近いものだけに囚われなくても、みんなと本当に助け合って生きる、自然の大循環の仕組みのような世界が創れます。今、テレビの向こうにはテレビの向こうの世界があり、道沿いの家々の窓明かりの向こうにも、それぞれの家庭生活があります。それは1軒1軒の家の話ですが、そのたくさんの家が集まって創られている国では、良い国を創ろうと言っていろいろと策を練り、他の国と争ったり、争うための兵器をどのように作ろうかと画策しています。それは、平和で豊かな世界では不要なことです。

これは、とても素朴な話です。だから、それが最終的に人間が求めるべき世界であり、そのような時代が始まったということを今年に入って実感しています。それは、より高度に、より便利にということばかりを求め続けてきた人間にとっては、なかなか気付けないことですが、実は、自然と共に素朴に生きてきた生命としての延長に、そのような世界ができそうな気がしています。それを今僕は語っていますが、みんなはそれをイメージとしてわかるかな?これからの時代は、それをわかる人にならなければいけません。

おそらく、これは現代の人々にはわからないでしょう。しかし実際に、この自然の世界では、悩んでいるものはいないのです。

(ここで、さらに風が強く吹いてきて)風が、そうだと言っています。生命として生きる上で、余計な争いをして悩みを作って生きていくことは、もうやめましょう。それが可能だという見本を創らなければいけないと思っています。それには、みんなの協力が必要です。みんな、協力してくれますか?(拍手)

それが達成されたなら、人が生きる上でそんな素晴らしい場所を創れたなら、それが生きることの一番の目的であります。

現代では、このような散骨式は普通ではやりません。やらないからこそ、そのようなことをやれている価値観の下で生きていることを、誇りにしていきましょう。今までになかったことをやり、今までにいなかった人になり、これまでになかった生活をしていく。それが、新しい時代への出発(旅立ち)をする人々の姿勢だと思います。漠然としていますが、何かが観えてきました。誰もやらなかったことを、これからやっていく。そのためには、気持ちに縛りがあってはいけません。これから始まる新しい時代を楽しみに、軽い気持ちで、今はまだ気付かないたくさんの人々へのヒントとなる暮らしをしていきましょう。

みんな、よろしく!



2024年4月27日土曜日

3410「悪い予感 心ザワザワ」2024.4.27

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年04月17日の記事を紹介します。


「悪い予感 心ザワザワ」


私たちの内に居らっしゃる神さま・・・ 

自然科学者の方々などは、これを「サムシング・グレート」と呼ぶこともあります。 

昔の人は「天の意思」などとも呼んでいたようです。 



また最近では、トヨタ自動車の豊田章男社長が、 

トヨタグループは、

トヨタの創業の精神たる「豊田綱領」に立ち返ろうと全社員に呼びかけましたが、 

豊田綱領の5番目にこう書かれています。

 

神仏を尊崇し、報恩感謝の生活を為なすべし

 

あの大トヨタも神仏の存在を信じ、敬い、感謝の日々を送ろうと、呼びかけています。

神様は、私たちの内にもいらっしゃいます。

この内なる神様は、いつも私たちとともに居り、

・私たちの体調や、

・考えること、

・感じていることなど 

全て把握していらっしゃいます。 

そして過去に何が起こったのか、これから誰に出会い、

何が起こるのかも知っていらっしゃいます。 

それは今世の話だけでなく、前世、来世のことまでも知っていらっしゃいます。 

 

身体については、細胞レベルまでも、その調子を把握していらっしゃり、 

ホルモン、リンパその他の分泌や

他の組織との連携までコントロールしてくださっています。 

ですから、私たち以上に私たちのことを知り、

愛し、慈しんでくださっています。 

私たちが苦難の中に在る時はなおさらのこと、

大きな祝福を持って共に歩んでくださっています。 

もし神さまを把握するのに形が必要であれば、

ご自分の信じる姿になぞらえても良いかもしれません。 

イエス、ブッダ、天使、菩薩、如来、観音様など・・

様々ありますね。 

私の場合は、形あるものではなく、「神さまの意識」として認識して、お話しています。 

動物、植物、その他に話しかける時もやはり、相手の「意識」との会話です。 

  

最初の内は、勝手に一人、話しかけているしかありません。 

もしかしたら、その会話は「一人芝居」のような会話かもしれません。 

ですが続けているうちに、頭の中に閃く語彙(ごい)が、

自分の頭の中には無かったものが出てくることがあります。

(自分の辞書にはない言葉)

そんな時は、少しコミュニケートできた時かもしれませんね。 

さて以前 「行列のできる占い師」 でも書きましたが、

「悪い予言・予言」は全く信じる必要が無いと言うことがあります。 

同じように小林正観さんが仰っていた言葉に、 

自分の直感でも、悪い予感は信じなくてよい。 

というものがありますが、私の経験から、これも真実のようです。 

自分の直感に従いなさい。

そう仰る方も多いようですが、

「嫌な予感」「不安」「ザワザワ感」は、「直感」ではなく、

ただの「勘違い」であるからです。  

直感、第六感と言うものは、宇宙や自然界、そして内なる神さまから閃き

という形でもたらされるものですが、 

神さまや宇宙は

・私たちの気が落ち込むもの

・元気を奪うもの

・勇気を萎えさせるもの

・絶望的なこと

・不安にさせるもの 

を私たちに、決して与えないからです。 

もし、それらが情報として私たちにもたらされたら、

正観さんが仰るように、それは聞く必要が無い情報です。 

即、不採用にしましょう。 

その情報によって、心を不安の海に沈めてしまうことの方が、まさに悪魔の喜ぶ結果です。 

良い直感だけを信じ、心を明るくし希望を持ち、愛や優しさを持って突き進みましょう。

私たちの心の状態こそが、私たちを取り巻く全ての現実を作るからです。 

内なる神さまからは、実は毎瞬毎瞬、私たちにメッセージが来ています。 

  

それは全て私たちに希望を与え、「心配しなくても大丈夫」のサインです。

宇宙や神さまから来るメッセージ、閃き、直感に「悪いもの」はなく、

・嫌な予感

・不安、ザワザワ 

は「直感」ではなくて、ただの「勘違い」です。  

どんなに辛い状況に置かれていようと、それは私たちが生まれてくる前に

既に決めて来た状況であり、

偶然や、何らかの選択の失敗によってもたらされた状況ではありません。 

自分で決めて来たことです。

魂を輝かせるための砥石の役割をしています。 

ですから、絶対大丈夫なようになっています。 

どうぞ勇気と希望を持ってください。 

心の状態こそが、私たちを取り巻く環境を作っているのですから。


2024年4月26日金曜日

3409「言葉の贈り物」2024.4.26

  今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年04月16日の記事を紹介します。


「言葉の贈り物」


今、地球が変わるために様々なことが起こっていますが、外部でどのようなことが起ころうと、私たちの心が、浄化され愛で満たされていれば、何も恐れることはありません。 

神さまが下さった心(魂)こそが、一番大切で、私たちを導いてくれるものですから。 

さて今日も、神々に近づくために、心の洗濯のお話です。 

今日は、「言葉の贈り物」ということでお金が無くとも、いつでも、どこでも、簡単にできて、自分も、人も一瞬で幸せにしてしまう方法をご紹介します。 

小林正観さんのお話からどうぞ、 

<引用開始> 引用元

  

自分の口から出てくる言葉が、 

・温かい言葉、

・人を優しくする言葉、

・明るくする言葉 

でしかないように、自分の口から出てくる言葉を彩(いろど)りたい、って考えた人がいます。

良寛和尚(りょうかんおしょう)という人です。

良寛さん。

この人は幕末の人で1831年に74歳で死んだんですね。

非常に貧しい乞食坊主だって自分で言ってまして、自分は人に対して物やお金を贈り物として与えることが全然できない。

でも、いつも人に対して何かを贈りたいと思っている。

では、自分に贈れるものは何か。

それは「言葉」である、っていうふうに言っていた人なんですね。

自分の口から出てくるすべての言葉が、人を温かくする言葉、そういうものでありたいって

心に決めて生きてきた人だったんですが、この思想を「愛語(あいご)」と言います。

私は、それを聞いてハッとしまして、それまで「“不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句”を言わないようにしましょう」と言っていたんですけど、良寛さんのこの話を聞いたときに、

それらを言わないだけではなく、それをゼロにするだけではなくて、 

私の口から出てくる言葉は、はっきりとした自覚をもって、

・人を温かくする言葉、

・明るくする言葉、

・優しい気持ちにする言葉、

・励まし続ける言葉… 

そういうものしか、もう自分の口から出てこないようにしようって決めたんです。

で、それを続けていくと、これまでも私は友人・知人にすごく恵まれてきましたが、 

その人間関係の厚みがもっと増した気がしてるんです。

そういうものだけで自分の言葉を彩るって今日から決意をすると、人間関係が多分変わってきます。

 

自分の口から出てくる言葉全部が、人を温かくするものとする・・そう決めて、

その言葉を贈り物とする人は、豊かな人っていうんですね。

お金や物っていうのは、あげてしまうと自分のところからは無くなります。

でも、言葉というのはいくら出してあげても、無尽蔵に存在するものなんです。

と同時に、それを外に出さない限りは持ってないのと同じなんです。

言葉は、出せば出すだけ贈り物になる。

出して初めて存在が確認されるんです。

だから、心の中でいくら思っていても、

それは出さなければ絶対、贈り物にはならないんです。

「今日はそのネクタイ似合ってますね」って思ったら言ってあげる。

「今日はそのスーツ素敵ですね」って思ったら言ってあげる。

それが、その人を励ましたり、勇気づけたり、元気づけたりする言葉であるならば、 

全部それが贈り物になるってことです。

で、そういう言葉を贈り物にできる人が、実は本当に豊かな人になるんですね。

いくら出しても無尽蔵に存在するものを、私たちはたくさん持っているんですから、

独り占めはしないでくださいね。

あなたの出す温かい言葉は、すべて贈り物なんですよ。

たくさんの贈り物を届けてあげませんか。

<引用終了>

  

どうですか?

なんだか簡単そうすね。

普段から「愛語」を心がけていると、近寄ってくる人が、みんな温かで親切な笑顔でよって来てくれます。 

みんな善意の心で、味方になってくれる人です。 

それは、自分が発した心、同じ波長の人が引き寄せられたからです。 

そんな笑顔の人達に囲まれているともう幸せと、感謝しか感じられなくなります。 

どうぞ、実験してみてください。

本当のことですから。

私は、もうやって見ました。 

この宇宙では、何事も、そうなのですが、棚から牡丹餅は、ありません。 

待っていて、突然幸せが向こうから歩いてくることもありません。 

全ては、 まずは自分が出すことが先です。 

自分が、外に発信したもの 

・笑顔

・お金、寄付、喜捨

・優しさ

・愛

・思いやり

・援助

全て、先に自分が出すことで、空いたエネルギー空間を埋めるため、無(宇宙)からエネルギーがやってきます。 

それは、自分が出したものと同質のエネルギーです。 

そして、それは倍になって自分に帰ってきます。

まず、自分からアクションを起こすこと、これがミソです。 

逆に日ごろから社会や、周りの人々に、フツフツとした怒りや憎しみを抱き続けていれば、

気づけば、同じように、心に憎しみを持つ人々に囲まれていることでしょう。

例えそれが「正義の義憤」であったとしても怒りの炎は、同質の魂を引き寄せ、

同じ波長の現実を次から次へと自分のもとへ手繰り寄せてしまいます。

 



2024年4月25日木曜日

3408「神さまのお仕事」2024.4.25

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年04月15日の記事を紹介します。


「神さまのお仕事」


今日は「神さまのお仕事」と言うお話です。

産婦人科医、医学博士の 池川明医師の子供達への大規模な調査により、子供達の実に 1/3 に生まれる前の天国(あちらの世界、元の世界)での記憶があり、その中で、生まれる準備をしている沢山の子供たちと共に神さまと一緒にいた、という証言が沢山出てきます。

神さまの姿は、色々報告されていますが、明確に 〇〇神と分かっていることもあれば、

大仏の姿と認識されることもあるようです。

またこれとは別系統として、プレアデスやシリウスなど、別の星団から、今回、直接地球に転生してきている場合には、天界の神々の記憶よりも、出身星の記憶を強く保持している場合もあるようです。

彼らの証言によれば、生まれる前に、自分の今までの膨大な過去の人生の課題を吟味して

・起こる出来事

・人との出会い、別れ

・その際の役割

・容姿

・性格

・身体の作り(健康体、病弱、障害)

・亡くなる時期

・取り巻く環境(経済的環境、家庭環境、友人環境、職場環境)

などを、神さまと一緒に決め、承諾を得てから、生まれてくるそうです。 

たかゆきくん(6歳) は、こんな証言をしています。 

<引用開始>


「子どもたちは雲の上で、ずっと列みたいに並んでいる。

遊んではいないけれど、普通に歩いていたりする。

・病気の子で生まれるか、

・元気な子で生まれるかを、

絶対に決めなくちゃ、生まれられないから。

元気で生まれるか、病気で生まれるかを決めるのは、自分。

自分でお母さんを決めて、元気な子で生まれるって決めたら、元気な子に生まれるし、

病気の子に生まれるってなったら、病気で生まれる。

神さまは、雲の上の、また上の教会にいて、元気に生まれるか生まれないかを子どもたちに聞いたり、生まれた後の人(=死んで雲の上に戻ってきた人)には、良いことをしたか、悪いことをしたか聞いたりする。

悪いことをしたら、そこでまた生まれて、良いことをしなくちゃいけないけれど、 

良いことをした人は褒めてもらって、ちょっとの間、行きたい所に行かせてもらえる。」 

<引用終了>

  

そうしますと、こういうことになります。 

約束してきた人とは、必ず一番良いタイミングで出会う。

決められた出来事が、決められた時期に起こるように 

・必要な登場人物

・必要な、物、お金が

・必要な時期に、 

引き寄せられて、自然と集まってくる。 

それらのコーディネイトは、一体だれが行っているのでしょうか? 

偶然に、たまたま、そのような現象が起こっているのでしょうか? 

私たちは、生きていると、いろんな楽しいこと、嬉しいこともありますが、

沢山の、出口の全く見えない苦労や、悲しみ、苦しみもあります。 

ですが、その嵐の時が過ぎ、時が経って、振り返って見た時、あの出来事が、

私をここまで連れて来てくれた、そう感じることは無いでしょうか? 

その悲しみ、苦しみが私たちの魂を強くしてくれたのでは、なかったでしょうか?

そして、それを行ってくれたのは、誰でしょうか? 

それは、 もしかしたら生まれる前に一緒に相談して、人生の段取りを決めてくれた

神さまかもしれません。

日々の暮らし、人生が、自分にとって嬉しいことや、楽しいこと、思った通りのことしか起きなければ、きっと生きているうちに自分の人生や、神様について考えることもなく、私たちの本体である魂にとっては、つまらない平凡な日々が過ぎていくのみ。

それに対し深い悲しみや苦しみの人生の中で、泣き、わめき、呪い、すがり、そして最後に行きついた先、神さまと対話する中で、自然と身に付いた深い洞察力で、神様の道を歩むこともないのかもしれません。 

神さまの計らいは、本当に凄いですね。

寸分の間違いもなく、一瞬の時間の狂いもなく、予定された事項を起こします。 

そして、一人の人生だけでなく、登場人物 全ての状況が把握され調和されて動きます。 

まるで人体の中の細胞同士、60兆個にも及ぶ細胞同士の通信・会話、調和のようです。 

宇宙空間の無限に存在する銀河や星ぼしの、調和された運航のようです。

全てが有機的に連携しています。 

そして、もし神さまの計らいを妨害するものがあるとしたら、それは何でしょうか? 

もちろん、それらも含め、生まれる前に決定しているわけですが、その計画さえも遅延させるものは何でしょうか。

この世界は、心の現れですから、心の問題です。 

きっとそれは、

・感謝を忘れた心

・不平不満を持つ心

・身勝手な心

・傲慢な心

・自分さえ良ければという心

・無意識のうちに人を陥れようという心 

かもしれません。

 

愛を忘れた心かもしれないですね。 

ですが、私たち全てのものは繋がっています。 

全ては繋がり、あの人も、この人も、この犬も、猫も、花も木も、お日様も雲も、風も雨も・・

全ては、私たちと同じ意識を共有している、私たちは切り離せない、一つのもの。

目の前に現れた人に対して、私たちは、他人事ではなく、分け隔てなく、

愛と思いやりの心を注ぎたいものです。

愛の欠如こそ、この殺伐とした世界を作り、神々の計画を遅らせるものだからです。

私たちの心は、見える世界、見えない世界、全てを変容させる力があるからです。 

今、地球が大きく変わろうとしている時期に差し掛かっていますが、

・宇宙時代の記憶や

・天界での記憶

・神様と約束してきたこと

・一緒に生まれようと約束してきたこと 

など、全ての記憶を消去して地球に生きている平凡な一般の私たちにできることは、 

そのような力、能力、知識へのあこがれや、不思議な特殊能力や、優れた前世を持つと自慢する人々への依存心、そんなものではなく、神様が私たちに望んでいらっしゃるのは、

平凡な日々の暮らしの中で、身近な家族や周りの人々と、今与えられているもので、

満足し、感謝し、笑顔で、思いやり、助けい合い、

お互い様の気持ちで暮らしていくことではないでしょうか? 

神様が「今、自分に無い物を望め」と仰るでしょうか? 

 

自分に無いもの、力、他人、知識への依存の心のままでは

せっかく地球が変わろうとしている今、素晴らしき世界へ移行しつつある地球の振動数と

大きな乖離が起こってくるのではないかと思います。


2024年4月24日水曜日

3407「光の連鎖」2024.4.24

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年04月14日の記事を紹介します。


「光の連鎖 」


現在、神仕組みの元、世界は確実に神々の導く方向に変わりつつあります。 

希望の灯も、あちこちにともり始めました。 

神々の起こした「建て替え」(創造のための破壊)も、

その後に続く「精神性復活の時代」という希望に繋がると思えば

この困難な世の中においても、心に希望の灯をともし続けることができます。

  

神々のなさる奇跡は、依存的な方々が安易に期待されているような 

・目に見える形でも

・目を見張る派手な物でも

・一瞬に救い上げることも

しません。 

目に見えない形で、人々の心を少しづつ良き方向に変えながら徐々に進められます。 

一見して分かるものでもありませんし、ましてはその変化の渦中にあっては、気づく人もほとんどいません。 

ですが、根本の神々(宇宙神)の計画に狂いはありません。 

ベストなタイミングで、必要な人の心の中に小さな変化が起こり、それが同時並行的に沢山の人々の心の中で発生し、その変化が有機的に繋がることで、偶然が重なりながらも、あたかも私たち自身が事をなしているような錯覚の中で、人々の手による「立て直し」が進行します。 

全ては神々の掌の上での出来事です。 

日本人の古来から持っている縄文の心は、世界にとって希望の良心なのだそうです。

この世界の良心の日本人の心が徐々に変わり、世界に浸透し、ひいては地球規模にまで伝播します。 

何も いますぐに

・世界を救うために活動してください

と現実の生活からかけ離れたことを神々は望んではいらっしゃいません。 

ですが私達平凡な人間でも、できることがあります。

今日はそんなお話です。

 

人々の心の変化から始まる精神性復活の大きな神々の計画に・・・

地球が変わろうとしている歴史的な瞬間を、手助けするように、沢山の高貴な魂たちも生まれています。 

レインボーチルドレンたちの情報では

・宇宙神

・惑星意識(地球の意識)

・地球の神々

・地域の神々 

というヒエラルキーがあるようですから、この大切な計画も、そのうちの惑星意識に呼応しているのかもしれません。 

では、身近な私たちの心の変化が、どのように世界の平和、地球の平和に繋がっていくのか、

「恩送り」のお話をご紹介します。 

・宇宙のお話

・神々のお話、

・次元のお話 

色々ありますが、肉体をまとい3次元の地球を経験している私たちにとって一番大切なのは、そう言った他人による不思議現象に頼ることではなく、やはり自らの心を磨くことが、第一に必要なことだからです。 

光の連鎖

すべてはその一言から始まりました。

ある日、小さな女の子がおつかいに行き、そこで野菜を買いました。

女の子は、レジのおばさんに笑顔で「ありがとう」と言いました。

おばさんは、何だかちょっと嬉しくなりました。

そして、次の男のお客さんに思わず「そのネクタイ似合っていますね」と声をかけました。

男性は少し恥ずかしそうに「ありがとう」と言いました。

ネクタイを褒めてもらった男性は何だか嬉しくなって、そのネクタイをくれた奥さんにお花を買って帰ることにしました。

男性は家へ帰ると「いつもありがとう」と言って、奥さんにお花をプレゼントしました。

「わぁ、どうもありがとう」そう言って奥さんは、とっても喜んでくれました。

嬉しくなった奥さんは、子供におこづかいをあげることにしました。

「わぁい、お母さんありがとう」そう言って、子供は大喜びしました。

おこづかいをもらった子供は、嬉しくなって、飼っている犬においしいエサを買ってあげることにしました。

「わん、わん」そう言って犬は、大喜びでしっぽを振りました。

そのしっぽの揺れで、飛んできたたんぽぽの種が大空高く舞い上がりました。

そしてそのたんぽぽは遠く離れたある画家の家の庭に落ちました。

春が来て、たんぽぽはきれいに咲きました。

「わあ、きれいだなあ、そうだこのたんぽぽの絵を描こう」

そう言って、画家はたんぽぽの絵を描きました。

すると、何とその絵が大きなコンクールで優勝したのです。 

画家は沢山の賞金を手にしました。 

そして、その賞金を全て寄付しました。

その寄付されたお金は、貧しい国に学校を建設する費用に使われました。

その学校をある貧しい少年が卒業しました。

少年は、とても勉強ができたので、そのまま進学してお医者様になりました。

 

お医者さんになったかつての少年は、ある日、難病の老人に出会います。

その病気はまだ原因がわからず、沢山の人が死んでいました。

「何としてでも、このおじいさんを助けたい!」 

そう思ったお医者さんは、特効薬の研究をはじめました。

そして、とうとうその薬が完成したのです。

おじいさんは、その薬のおかげで無事助かりました。

「ありがとう、本当にありがとう」そう言っておじいさんは、

涙を流しながらお医者さんにお礼を言いました。

すべてはあの日、少女が「ありがとう」と言ったことからはじまりました。

ほんの些細な一言が、後々に、多くの人々に喜びを与えることがあります。

どうか目の前の人に、小さな喜びを伝えてください。

それはいつか、誰かの命を救うことになるかもしれないのですから。

※この文章はぐるぐるさんの元ネタを若干修正して掲載しています 

以上です。

ここに神さまのやり方が顕著に示されています。

神さまの、私たち人間に対するアプローチ方法です。

神さまは、誰もが驚くサーカスのようにびっくりする奇跡的な、大きな出来事で、人間を幸せに導くのではありません。 

神さまは、誰の心の中にもいらっしゃいます。 

神さまは、人間の心の中で、

・活性化され

・光を放ち、 

人と人との絆、思いやりの連鎖を通じ私たちに幸せをもたらします。 

神さま自身は、決して表に出ようとしません。 

あくまで、誰にも気づかれないように、人々の心をちょっとだけ変化させていくことで、 

その連鎖、有機的な繋がりによって世の中に変化をもたらします。 

誰にも気づかれず、自然な形で、私たちの心の中で変化を起こします。

・お互いさま

・お陰さま

その優しさと、思いやりの中で、相手の立場、個性、やり方を受容し、認め、それが、私たちの行動として現れ、愛の連鎖を起こすのです。 

それは、あたかも、その本人達の自発的な行動と、思われがちですが、全ては、私たちの内に居らっしゃる神さまの働きです。 

このような、美しい人と人との営みを目にした時、 

常に神さまを意識し、神さまの気持ちに寄り添って生きようとしている人は 

必ず、必ず氣づくことでしょう。 

「あっ、神さまを見た」と、、 

私たち、普通の人、心弱き人は神社仏閣に、お願い事をしに行きます。 

優しい神様は、それらの事情を全てわかった上で、そして個人的な願い事など、清濁併せ飲んだ上で・・・

叶えて良い願い事 

それは、私たちの因果律を乱さず、私たちの魂の進化に対して、悪影響を及ぼさない場合のみ、そして、更にそれを叶えることによって神さまの意図した、良き心の変化が見込める場合のみ、願いを聞いてくださり、

 

それをきっかけとして、神様の方を向いていただく。

そして、その後に神々に対する信仰心を養い、謙虚な心、お陰さまの心を 養い 、

同胞である、同じ人間同士で、お互いさまの気持ちを起こし、結果として、私たちの心を、清浄にして神様と繋がりやすくする。

そして、その先では、 

・どこかの外に存在する神さま、

・願い事を叶えてくださる神さまではなく、 

私たち自身の心の内に、いつも居らっしゃり、私たちを見守り、共に歩んでくださっている、

内なる神さま(良心)と繋がって欲しい・・

内なる神さまと、繋がり、日々、神さまを意識して生きて行くことで、本当の本当の、幸せを掴んでほしい 

・誰かに与えられる幸せではなく、

・誰かに頼って生きるのではなく、 

自分の足でしっかりと大地に立ち、内なる神さまと繋がり、幸せになって欲しい。。

それが、神々のなさり方ではないかと思います。

今、時代が変わろうとしています。 

もう、その大きなエネルギーの回転は誰にも止められません。 

全ては、神々の計画通り、人間の精神性の復活の方向に向かっています。 

心の時代です。

  

何かを見たり、聞いたりすることで、 

・悪しきもの

・醜い心

・嫉妬

・揚げ足取り

・誤ったプライド、優越感

・疑心暗鬼

・マウンティングしようとする心

などを、心に取り込まず、心を

・美しいもの

・優しいもの

・思いやりのあるもの

・愛のあるもの

に集中したいものですね。 

心にあるものは、必ず、何時か現象として現実化しますから。

目の前に現れてきます。


2024年4月23日火曜日

3406「総玉砕へと…」2024.4.23

 今回はIn Deepさんの2024年4月18日の記事を紹介します。


「総玉砕へと…:マスクに含まれる発ガン性物質と、スパイクタンパク質による「ガン抑制遺伝子の機能不全」の精妙な関係」

総玉砕へと…:マスクに含まれる発ガン性物質と、スパイクタンパク質による「ガン抑制遺伝子の機能不全」の精妙な関係 - In Deep


4年目の春に

2020年のパンデミックの最初の頃から、ずっとマスクの無効性と、そして何より有害性についてはずいぶんと書き続けてきました。

その頃は、海外のブログやメディアでも、マスクの無効性と有害性などについての意見や主張の記事が数多く見られました。少なくとも、2022年頃までは、欧米でもそういう記事を数多く見ました。

中には、マスクの害についての論文を 150以上すべてリンクして紹介したというような執念の記事も見たことがあります。以下では、そのうちの 61件の論文などを取り上げています。

日本の社会を見ていると気が狂いそうになるので、「マスクの害」についての世界中の査読済み論文と記事61件をすべてご紹介します In Deep 2022年12月1日

しかし、2024年になった今、海外ではそういう記事は見ません。

なぜかというと、「もう海外では誰もマスクなどしていない」からです。

マスクへの批判を記事にする必要はなくなったのです。

今はおおむね「日本だけ」です。大半の人がマスクをしているのは。

タイなども今でもそこそこマスク着用率が高いようですが、日本のような国はないでしょう。

少なくとも、スーパーなどの屋内でのマスク着用率は、すさまじいものがあり、これは地域によって、あるいは人口層の年齢分布などによって異なるでしょうけれど、私の住んでいるあたりのスーパーの風景は、2021年あたりと変わりません。80%着用…場合によっては、着用率が 90%近くにも見えることもあります。

英語には What The Fuck というような格式高い表現がありますが、スーパーに行くたびに、その言葉を口ずさみます。上品な家柄の出身ですので、このあたりの口癖は仕方ないところです。それと共に、Son of a b… (下品な言葉はもういいから)。

ともかく、「なーんでこんな社会になっちゃったんだろうなあ」と思いながら、うつろな目でスーパーで買い物をするという日常です。

 

しかし、それと共に、つまり、時間の経過が蓄積されていくとともに、

「緩慢な大量死に向かう民族…」という概念も生じます。

マスクは、そこから最も悪い影響を受けるのが、小さな子どもたちであることは間違いないのですが、それ以外でもやはり影響は受けます。

小さな子どもの場合の悪影響は強烈で、

 

・二酸化炭素レベルが上昇し、脳と臓器が成長中なのに酸素不足が強制される (過去記事)

・病原体への最初のバリアである「一酸化窒素」の産生が口呼吸により抑制される(過去記事)

・顔認識と言語発達の遅延に決定的な影響を与える(過去記事)

 

というようなことがあり、それらの多くが不可逆的であるため(元に戻らないということ)、ずいぶんと社会は罪なことをしたと思います。

何より、「その期間が長すぎる」わけです。

マスクに何の感染予防効果もない現実はあるとして、例えば風邪かなんかで、数日間くらい(「私は風邪をひいてますよ」というジェスチャーとして)マスクを着用するだけなら何の問題もないです。

感染対策としてのマスクには何の効果もないことは、昨年のコクランの大規模な分析で明らかになっています。以下でご紹介しています。

世界最大規模のマスクに関するコクランのメタ分析で、「コロナに対してもインフルエンザに対してもマスクはほぼまったく何の感染予防効果がない」ことが示される

 In Deep 2023年2月2日

ですので、感染予防だなんだのという形而上的な思考のほうはどうでもいいんです。悪影響が問題なんです。

しかし、着用が短期間なら悪影響のほうもそれほど顕著にはならない。

ところが、3年間ですよ。状況により 4年間ですよ。

それだけの期間を、1日の大半(家にいる以外の時間)を子どもたちはマスクを着用して過ごした。

そして、この「期間」というのが、大人にも十分に問題のある期間となってきているように思います。大人の問題は、大別すれば、ガンと肺疾患に大別できます。ここではガンについて書きます。

 

巨大な実験

日本は、マスク着用率だけではなく、ワクチン接種率も高い国です。

この相乗効果が十分に現れるほどの期間に、そろそろ達しつつあるのではないかというような気がしているのです。あくまで「そろそろ」ということであり、実際には緩慢とゆっくりと進行していくのだと思いますが。

マスクとワクチンの共同作業として、最初に思い浮かぶのが、「ガン」です。

ワクチンとガンに関しての論文は以前から数多くありましたが、最近、非常にパワフルな論文が、日本人の研究者たちによって出されていました。比較的最近の以下の記事で取り上げています。

2021年から、どのようなガン死がどのように増えたのか、そして「なぜ増えたのか」についての日本人医学者による渾身の論文。そして、これからはどうなるのか

 In Deep 2024年4月9日

日本で増えているのは一部のガンですが、以下のようなガンが飛躍的に増加しました。

2021〜2022年に超過死亡率が増加した部位別のガン

 

この論文によれば、スパイクタンパク質は、いくつかの重要な「ガン抑制物質」を機能不全にすることが示されています。

特に、

・BRCA と呼ばれるガン抑制遺伝子

・p53 と呼ばれるガン抑制遺伝子

が「機能不全になる」ことが示されているということで、つまり、普通の状態ならば、これらのガンの抑制遺伝子が働いてくれるおかげで、多少なりとも、ガンの生成や増殖といったものを抑えてくれるわけです。

その「ガンのストッパー」がスイッチオフのような状態になる。

そうなりますと、どうしても、普通の状態よりも「ガンが発生しやすくなり、また、増大しやすくなる」とも言えるかもしれません。

接種者の全部の人たちにこのようなガン抑制遺伝子の機能不全が起きているということはないでしょうが、少なくとも複数回接種者の一部では、この状態が起きていた(あるいは、起きている)ことは、論文からは確実です。

それで、そういう「通常よりガンになりやすい状態」の身体に、一般的に「発ガン物質」というように分類されるようなものが入りこむと、通常の状態よりも、リスクにさらされやすくなると見られます。

では、マスクにはどんな成分が含まれているか。

これは製品によってバラバラですが、韓国の研究者たちが、複数の製品の成分を調査したことがあり、特に「使い捨てマスク」には、揮発性有機化合物(VOC)が高濃度で検出されています。

製品群によっては、飛び抜けて高濃度の VOC が見出されています。

韓国の研究による揮発性有機化合物(VOC)の検出量

 

これは、こちらの記事で取り上げています。

この VOC というものは、以下のようなものです。

> VOCは吸引することにより頭痛やめまいの原因になるほか、中核神経や肝臓・腎臓機能障害、発ガン性を有することが報告されています。

あと、他の研究では、

「調査したマスクの 90%からフタル酸エステル類が検出された」

という報道もありました。

フタル酸エステル類はプラスチック製品を柔らかく仕上げるために使われるもので、マスクは、まあ固いと使いづらいでしょうから、製品全般に使われています。

このフタル酸エステル類は、ガンとはそれほど強く関係しないかもしれないですが、「強力に不妊を促進する」物質であることがわかっています。

話をガンに戻しますと、次は、PFAS (ピーファス)ですね。これも、マスクに大量に含まれています。こちらの記事に、マスクに PFAS が含まれていることが確認された研究を取り上げています。

PFAS はストレートに発ガン物質であり、最近、WHO のガン研究機関が、「発ガン性の評価の引き上げを公表した」と NHK は報じていました。

あと、2021年のドイツの研究では、マスクに、その他のさまざまな発ガン物質が含まれていることを突きとめています。研究者は、「何十もの汚染物質が示された」と述べています。

マスクを詳細に分析したドイツの著名な科学者が、そこから検出されるあまりに多い発ガン性物質や肺損傷原因物質に警告を発する In Deep 2021年4月8日

 

そんなわけで、大ざっぱにいえば、ここまで以下のような悪影響のあるものがマスクから検出され続けてきたわけです。

・揮発性有機化合物(VOC)

・フタル酸エステル

・PFAS

・他のさまざまな諸々 

これらのような汚染物質は、現代では、確かに通常の環境中にもたくさんあります。

しかし、マスクは、「呼吸をしている口に直接装着するもの」です。

物質の吸収効率が、半端なく良いわけです。ダイレクトに入りますので。

どのような汚染物質でも、「口から入った場合は、ある程度は代謝(解毒)が行われる」のですが、「肺に入ると、基本的に解毒されにくい」のです。

以下は、マスクではなく、「消毒剤などの化学物質」についての悪影響を、三重大学の臨床環境看護学の教授が書かれた論文からです。

論文より

人体が摂取する様々な物質の割合の 79% は呼吸によるものである。

経口摂取の場合には、 嘔吐や、肝臓による解毒作用を期待できるが、吸入曝露の場合は、肺から直接に血中に流入するため、経口摂取で認められる初回通過効果(肝臓での解毒)が回避されてリスクが増大する危険性につながる。

これはこちらの記事にあります。

そして、マスクに含まれている成分の多くは、経口ではなく「吸入」で体内に入っていくはずです。

その場合、肝臓などでの解毒作用等が回避されるために、リスクがより高くなる可能性が高いのだと考えられます。

そして。「そんな日常がもう 4年目」なんです。

こんなことに耐えられるほど人体は強いでしょうか。

まあ、確かに人体は強い。

最近、「人間が強すぎることが医療過誤の拡大を助長した」なんて記事も書いていますけれど、それでも、限界はあるでしょう。 

ワクチンの複数回接種により、ガンの抑制因子が大幅に機能を剥奪され、そのような体内に毎日毎日、発ガン性物質や、さまざまな汚染物質が「ダイレクトに肺に入ってくる」毎日を 4年間も送っている。

ここまで書いたことだけでも、「今、多くの日本人が向かっている先」

が曖昧でもご想像できるのではないでしょうか。

レミングの行進というような、誤っているとされている伝説が以前ありましたけれど、今の日本人の行進は、レミングよりも確実な結果に向かっていると私は考えます。

何に向かっているかを具体的に書くほど野暮ではないですが、ともかく過誤の医療観念というものが、ここまでの結果に結びついていくという人類の歴史のひとつを日々見ていることになります。


2024年4月22日月曜日

3405「先祖と私達、黄泉の国とうつし世の繋がり」2024.4.22

  今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年04月13日の記事を紹介します。


「先祖と私達、黄泉の国とうつし世の繋がり 」


さて、日本に古くからある、神道 

これは、縄文の時代より神々のご計画により、連綿と培われてきた日本の文化です。 

神道で大切にされてきたのが 

・感謝の心

・先祖供養 

の2つです。 

感謝の心を持つことで、神々からの援助を受けることができ、

そして先祖を敬い、感謝することで、心・精神と体の清浄化、健全化を図ることが可能です。

神道では、先祖が幸せであってこそ、生きている私たちの幸せと、考えられてきました。 

この2つは大きな大きな力を持ちます。 

数年前、竹之高地不動社にて、亡くなった方々が、高次の生命体、つまり如来や神々に連れられて、光に帰る事例に頻繁に遭遇しました。 

また世間では、先祖供養に関して、高額な詐欺的な商売に、引っかかる方々も増えているようですので、先祖供養について書いてみたいと思います。 

 


日本の形成外科医療の草分け、医学博士、葉室頼昭さん。

この方は、春日大社の宮司でもありました。

宮司が仰るには、病気をした時は、 

・先祖に感謝しているか?

・普段から大切に思っているか? 

胸に手を当てて考えてみてください、そう仰っていたそうです。 

何故なら、病気やケガをした場合、人間の免疫力や、自己治癒力、ホメオスタシスなど、神々が人間のDNAに組み込んでくださった仕組みによって、自然と治癒するようにできています。 

この治癒の過程では、人間の意識とは全く関係なく、意識していない潜在意識の部分、つまりDNAの働きで治癒します。

そして人類が発生してから、数億年。

私たちの祖先が、気の遠くなるほどの長い年月をかけて獲得したDNAによってその治癒が行われています。

ですから、病気やケガをした場合、 

・先祖に感謝しているか?

・普段から大切に思っているか? 

が大事になってくるそうなのです。

私たちの身体の一つ一つの細胞が、それに対応する、どなたかの特定の先祖に繋がっています。 

ですから、

・先祖に感謝すること、

・先祖供養することは、

先祖のためだけでなく、まさに生きている私たち子孫にとって、とても大切なことです。 

私も、数年前までは、先祖供養なんて、抹香臭くて あまり興味はありませんでしたが、

最近は違います。 

私たちのDNAには必ず、先祖のDNAが組み込まれています。 

人間のDNAは、99.99%は同じかもしれませんが、残り 0.01% の違いによって、それぞれの個性が作られ、身体的な特徴が表れてきます。  

また、肉体は人間の思考にも影響を与えます。

例えば、分りやすい例をあげるとしたら、男性か女性か? 

その肉体的な違いにより、考え方、視点が、全く異なり、それぞれの性による特徴が出てきます。 

陰陽五行では、以下のように説明されています。

内臓の状態と感情の5タイプとは、古来の中国では、内臓と感情を含む全ての物事を、

分かりやすく5つに分類しています。これを、五行と言います。 

  

この図は、感情と内臓の関係をあらわす「五行の相関図」です。 

これでみると、 

怒り=肝臓、

喜び=心(臓)、

思い悩む=脾(臓)、

悲しみ=肺、

恐れる=腎(臓)であることがわかります。 

つまり、長年、怒りの感情ばかりを持ち続けていると、肝臓に不調があらわれやすく、 

逆に、肝臓にトラブルがあると、怒りっぽくなってしまうというわけです。

つまり、肉体的な特性(DNA)が、感情に影響を与えると言うことです。、

感情に影響を与えれば、どうしても、

・同じような考え方

・同じような行動 

をしがちになります。 

何かの現象(自分のツボにはまった)に心がひっかかり、常に同じような思考に陥り、 

悪い時は、妄想を抱き、被害妄想に陥り(妄想の中)誰かを恨んだり、憎んだりもします。 

そうすると心に闇ができますから、それが必ず悪い現象として自分の前に実際に姿を現します。 

これが、家系に連なる因縁の正体です。 

 

確かに私たちの肉体は、、先祖から受け継ぎ、DNAの連鎖が起きています。

また、DNAの特殊性による、家系に代々現れる病気、精神疾患だけでなく、 見えないDNAとも呼ぶべき、家系の中で連鎖する、特殊なパターンも確かに存在しています。 

その最たる例が、

・虐待を繰り返す家系

・離婚ばかりする家系

・早死にする人が多い家系

・女系家族

・DNAが原因ではない、特定精神疾患、身体疾患の多発する家系 

など、少し考えただけでも沢山思い浮かびます。

これらは物質的なDNAに異常が見られない以上、また特定の家系にだけ連鎖している以上は、肉体(DNA)の、ある部分の特殊性、アンバランスによって、生まれた後に発生する、 

・魂のクセ

・トラウマとなった精神的状況の引き継ぎ

がそうさせるのではないかと考えられます。 

DNAの権威、村上 和雄博士が仰るように、特定のDNAのスイッチが入ったと言えるのかもしれません。 

中間世記憶を持つ子供たち(生まれる前の記憶を持つ子供たち)の中には、 

生まれて来た目的を、この悪しき世代間連鎖を、自分の代で断ち切るため・・ 

そう答えるお子さんもいらっしゃるそうです。 

それは、相当勇気のある魂、気高い魂であると考えられます。 

そして人間の思いの力は、物質の組成まで変えることができる、ガンさえも消滅させることができる・・ (体内中の常温核融合) 

そのような事実から考えれば、例えDNA由来の「不幸な世代間連鎖」やDNAに由来しない魂のクセによる「不幸な世代間連鎖」さえも、私たち人間の精神は、解決できると思うのです。 

私たちの亡くなった先祖も、今、肉体を持たないだけで、精神は生きています。魂は永遠だからです。 

自分たちの子供や孫、子孫が不幸になることを望む祖先がどこに居るでしょうか? 

自分が、自分だけが助かりたいからと、子孫を不幸にしてまで、取り縋ろう(とりすがろう)とする人が、果たして いるでしょうか? 

殆どの先祖の方々が、自分の肉体的な繋がりのある子供たちの、幸せを願っているのではないでしょうか? 

さてここで、春日大社元宮司、医学博士、葉室頼昭さんの書いたものをご紹介します。 

もしかしたら、代々家系に続く、悪しき世代間連鎖を断ち切るヒントになるかもしれません。

<転載開始> 転載元

  

人間は「徳」を持って、はじめて人間と言えるのではないでしょうか。

神さまや祖先に感謝する。

親を敬い大切にする。

自分以外の人や、世間の幸せを、考えて努力する。

自然の素晴らしさに感動する。

神さまが人間にだけ与えられた、いわゆる「徳」というものを積まないと人間にはなりません。

神さまはもともと人間には、徳というものを与えておつくりになった。

人生のいろいろな経験で、それを磨くことによって人間の真実の徳が現れ、本当の神さまの目的である、神に近づく。

いかにして徳を磨いて現すかというのが人間というものだと思うのです。

陰徳とは、陰徳というものは、それが時空を超えて、現在の私のところにきているのです。

感謝や見返りを一切求めない。

人の悦ぶことをすることが、一番いいのです。

こういうことの積み重ねが陰徳になり、やがて子々孫々にまでその余徳が及んでいくのです。

この陰徳というのは、大きな努力をして、小さな結果を求めなさいということです。

自分の努力に見合うような結果は得られないかもしれません。

しかしそれが陰徳となって、子供や孫や子孫に伝わって、子孫が繁栄するのだと思います。

もともと日本人は、徳を積むということが人生そのものであり、子供の教育でもあったわけです。

徳を積む、徳を積まないと、人間の「いのち」は続きません。

神に感謝し、祖先に感謝し、祖先を祀る。

そういう徳を積み、自分を磨かなければ、人間のいのちは伝わっていかないのです。

『徳』、すなわち人間のいのちです。

人の幸せのために生きるとか、世の中を幸せにしていく。

それが徳です。

そういうことによって、人間が本来持っている、徳というものが磨かれて出てくるのです。

<転載終了>

  

・人の喜ぶことをする

・人が笑顔になることをする

・人が勇気を出すことをする

・人の心が優しくなることをする 

そのような徳を積むことで、その功徳は、時空を超えるのだそうです。

自分の子孫はもちろん、先祖さえも、幸せにすることができます。 

私たちが、神さまの道を歩み、心を洗い 

何かモノに依存したり、誰か人に依存・執着したりせず、自分の足で、しっかりと大地に立ち、真心を、周りの人に配ったら、それだけで、徳を積み、私たちの過去(先祖)も、 

未来(子孫)も幸せにすることができます。 

そして、日ごろから祖先に感謝の気持ちを持っていたならば、それは必ず、必ず祖先のもとに「神さまの光」として届くことでしょう。 

その時、届いた祖先と繫がる私たちの身体の中のある特定のDNAのスイッチが入り、肉体までも換えてしまうことでしょう。 

そのような暮らしを通じて、私たちは神さまの道を歩むこととなり、怖いものはありません。

・悪しき世代間連鎖

・家系の中に延々と続いていた 悪しき慣習は全て、融けて無くなって行くことでしょう。 

そうなった時、大きな二つの柱 

・血の繋がり、肉体的な繋がり

・魂の繋がり 

の内の血の繋がりは浄化され、それに連なる、何百万もの人々、既に亡くなられた祖先も未来の子孫もみんなが幸せになることができることでしょう。 

私たちは、心の世界から、この地球に来ました。 

私たちの魂の元は、神様から頂いたものです。 

光り輝く尊いものです。 

だから誰の心の中にも「仏心」が存在しています。

その心が、徳の積み重ねによって、清浄となり、光り輝けば、全ての不幸の連鎖は終りを迎え、私たちに連なる全ての人々の、幸せへと繋がって行くことでしょう。 

全ての始まりは、いまを生きる私たち一人一人の決心と、行動の一歩から始まります。 

皆さんが、「光の道」を進むと決心され、周りのご縁のある方々も含め、お幸せな人生を歩むことができますように。


2024年4月21日日曜日

3404「光の吸収材」2024.4.21

  今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年04月12日の記事を紹介します。


「光の吸収材」


今日は、劇的に人間関係を変えてしまうお話です。

あるおばあさんのお話ですが、とっても良いお話です。

感謝することの大切さについての、作家 中井俊已さんのお話です。

私たちは感謝の気持ちを持つことで、あらゆる災難から救い出され、

そして宇宙と調和し、幸せな道を歩むことができます。

<引用開始> 引用元

 

あるおばあさんのお話です。

そのおばあさんは、家族も親戚もおらず孤独でした。

自分の悩みをある人に、こう打ち明けました。

「自分はもう年老いていて病気で、入院しているので、人にお世話になりっぱなし。

若い頃と違って、もう人の役に立つことはできない。 

もう早く死んだ方がいい」

それを聞いた人はこう言いました。

「いいえ、おばあさん。おばあさんにも、人の役に立つこと、できることがありますよ」

おばあさんは驚いて、その人の話に耳を傾けました。

「たとえば、おばあさんに親切にしてくれる人、世話をしてくれる人に心から感謝するんです。そして「ありがとうございます」と言うんです。

それだけでも、おばあさんは人から喜ばれる人なんですよ」

それを聞いておばあさんは、 なんだそんなことかとがっかりしました。

しかし、おばあさんは、これまでのことを振り返ってみて、ふと気づきました。

病院に入って、自分は不満ばかりを言ってきた。

あれがない、これがない、あそこが痛い、ここが痛いと・・・。

看護師たちは、それに対応するのが仕事だから当たり前だと思ってきた。

少しでも対応が遅いとイライラして、皮肉や嫌味の一つも言わねば気がすまなかった。

ああ自分はなんと感謝のない日々を送ってきたことか。

それで、おばあさんは、それから自分と関わる人に、感謝の気持ちを表すことにしたのです。

 

自分の病室にやってきて世話をしてくれる看護師さんや掃除担当の方に

「ありがとうございます」

と、その人の顔をちゃんと見て頭を下げるようになりました。

すると、その人は笑顔になり、おばあさんも嬉しくなるのでした。

次第に、おばあさんの心から不平不満が消えていきました。

何週間か後、ある見知らぬ婦人が菓子包みをもっておばあさんの元にやってきました。

「わたしは、この病院にボランティアに来たことのある 中学生の母親です。

うちの息子は、ずっと不登校だったんです。 

けれど、この病院で患者さんたちと接するうちに,おかげさまで元気になりました。

特に303号室のおばあさんのことをよく口にして・・・」

303号室のおばあさんとは自分のこと。

おばあさんは、その男子中学生のことを覚えていました。

その子は、食事のお盆や食器を朝昼晩、体が思うように動かないおばあさん代わりに片付けくれたのです。

「ああ、あの子のお母さんですか・・・」

「はい、うちの子がお世話になりました」

「いえいえ、本当にいい子で、お世話になったのはわたしの方ですよ」 

「はい、おばあさんがそう言って、感謝してくれるのをうちの子、とっても喜んでいました。

自分も人の役に立てるのが分かったって。

それから、あの子、学校に行くようになったんです。 

今まで、私がどんなに説得しても行かなかったのに・・・」

そこでお母さんは泣き出した。

「あの子、ちゃんと勉強して、将来は病院に勤めたいって・・・。

目を輝かせながら言うんです。 

あの子のあんないい顔を見たのは、もう何年ぶりです。 

おばあさんのおかげです。本当にありがとうございます」

おばあさんも、涙がこみ上げてきた。

自分はただ少年に「ありがとう」と感謝をしただけなのに・・・。 

それをこんなに喜んでくれる人がいる。

「おばあさんにも、人の役に立つこと、できることがありますよ」

あの言葉をおばあさんは今一度噛み締め、目の前の婦人に深く頭を下げながら、 

手を合わせて感謝するのでした。

<引用終了>

 

おばあさんは、ただ感謝しただけでした。

でも、まわりの人に喜びをもたらしました。 

そしておばあさん自身も、幸せになりました。

・感謝することで、人の存在を大切に思えます。 

・感謝することで、自分の存在意義に気づきます。

・感謝することで、私たちは人に役立つことができます。

感謝することで、ただ感謝する事だけで、私たちは喜びを分かち合う事が出来るんですね。

皆さんも、世界一強力な言霊、「ありがとうございます」を使ってみませんか?

きっと、驚くほど周りの環境が良き方向に変わって行きますよ。

私たち人間は神さまから一つだけ、素晴らしい権利を与えられています。

それは「感謝してもよい」という権利です。

この感謝の行使こそが「ありがとうございます」の言霊です。

神さまの恩寵は誰かれの区別なく注がれています。

でも、それを受け取れる人、受け取れない人がいるのは何故でしょうか? 

それは「感謝の心」があるかどうかです。 

感謝の心、ありがとうの心は、神さまの恩寵の吸収材になります。 

それがないと、神さまの恩寵は,現象として現れることができません。 

感謝の心は、神さまの恩寵をこの物質次元に表してくれる吸収材です。

私たちは、この「感謝の心」を使って、宇宙と調和し、宇宙を味方につける権利を

神さまから与えられて、生まれてきました。

悪い人間関係も劇的に変化します。 

敵だった人も、味方に変えてしまいます。 

是非試してみてください。

 



2024年4月20日土曜日

3403「惜しみなく与える」2024.4.20

  今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年04月11日の記事を紹介します。


「惜しみなく与える」


今日は南蔵院住職の林覚乗さんの言葉をご紹介します。 

世の中にひとりしかいない自分、かけがえのない自分が、

他人の目や、他人にどう思われるのか?

ではなく、

・どのような生き方をしているか、

・どのような思いの持ち方をしているか、 

それさえしっかりと、自分でわかっていれば、それでいいのだというお話です。 

<引用開始> 引用元 

ある本にこんな話が載っていました。

中年の奥さんが街を歩いていると、若い男がパンクの修理をしていたそうです。

「パンクですか」と奥さんは声をかけました。

すると、返ってきた言葉は、

「見りゃわかるだろ、お前、あほか」

「パンクですか」という言葉に、

「大変でしょうね、お困りでしょうね」という思いを込めたつもりが、

相手には一切通じなかったのです。

「残念でたまりません」と奥さんは述懐していました。

私は、交通安全協会にときどき講師として呼ばれるのですが、

そのときに、いつもこの話を取りあげます。

そしてその後で、ちょっとしたシミュレーションを行うのです。

車に乗って大きな道路を走っている場面をまず想像します。

あっ、脇道から車が出てきました。

こちらの流れの中に入ってこようとしています。

譲って、前に入れてあげることにしました。

その際、相手がクラクションを鳴らしてくれたり、

手を振ってくれたり、にっこり笑ってくれたりすると、

「ああ、止まってあげてよかったな。いいことをしたな」と思います。

ところが、相手が素知らぬ顔でそのまま行ってしまったとしたら、

何か損をしたような、無駄なことをしたような気になって、

腹立たしくさえ思ってしまいませんか?

 

でも、大事なことは、譲ってあげることのできた自分の心なのです。

そんな優しさを持っていた自分をほめることができればいいのです。

それが、ほとんどのひとは、止まってあげたのだらから、

・あなたは手を振るべきだ、

・クラクションを鳴らすべきだ、

・にっこり笑うべきだ

というような思いを、先に持ってしまうのです。

求めるのではない、自分自身が相手にいい出会いを与えたかどうかということ、

それだけあればいいのだと思いたいものです。

ノートルダム大学の渡辺和子さんは、著書の中でこうおっしゃっています。

「あなたがほほえみをあげるときに、ほほえみを返してくれなかったひとは、ほほえみを持っていないのだ。

あなたは持っているのだから与えてあげなさい。

優しい言葉をかけたときに返してくれなかったひとは、

優しい言葉を持っていないのだ。

あなたは持っているのでしょう。

惜しみなく与えてあげなさい。

それがあなたの素晴らしさでしょう」

世の中にひとりしかいない自分、

かけがえのない自分、

そんな自分がどのような生き方をしているか、

思いの持ち方をしているか、 

その自己確認をすればいいのではないでしょうか。

<引用終了>

 

自分がかけた

・優しい言葉

・思いやり 

それらに対して、感謝の反応がないと、私たちは、途端に、「仏」が「鬼」の心に変わってしまいます。 

ですが、渡辺さんが仰るように大切なことは、相手の反応ではなく、そのような行動をすることのできた、自分の心かもしれません。 

最後に、マザーテレサの言葉をご紹介します。 

人は不合理、非論理、利己的です。

気にすることなく、人を愛しなさい。

あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。

気にすることなく、善を行いなさい。

目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。

気にすることなく、やり遂げなさい。

善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。

気にすることなく、し続けなさい。

あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう。

気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい。

あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう。

気にすることなく、作り続けなさい。

助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。

気にすることなく、助け続けなさい。

あなたの中の最良のものを、世に与え続けなさい。

けり返されるかもしれません。

でも気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。

気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。

『最後に振り返ると、あなたにもわかるはず、

結局は、全てあなたと内なる神との間のことなのです。

あなたと他の人の間のことであったことは一度もなかったのです。』


2024年4月19日金曜日

3402「悪の神様のやり方」2024.4.19

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年04月10日の記事を紹介します。


「悪の神様のやり方」


皆さんは、ブッダやイエス、空海などが心に「憎しみ」や「うらみ」を持っていたと思われますか? 

憎しみや恨みの心は、心を縛り、重くし地獄へと誘います。

この方々は怒ることはあっても、それを引きずらず、直ぐに切り替えて、清浄な心であったと推察されます。 

憎しみや恨みの心は、私たちの魂を神々から引き離し、私達を心から愛し、慈しんでくださっている神々を悲しませます。 

今、世界は夜明け前の混沌とした時代を迎え、戦争や、つい最近も暗殺などが起こっています。 

それらを見て憎しみの心を持ったり、自業自得と留飲を下げたり・・ 

そのような心根を持つことは「悪の神様」の思うつぼです。 

その憎しみの心を持つ人の姿を見る周りの人たちも、自分の心までも、チクチクと痛みが伝染してしまうことでしょう。

では小林正観さんのお話をご紹介します。 

悲惨な犯罪も、理不尽な仕打ちも、すべて、神さまの承諾の下で起きている。

つまり事件や戦争、理不尽な出来事などに、敵意や憎しみを抱くことは、

「さらなる犯罪を呼ぶだけ」ではないかと言う内容です。

<転載開始> 転載元

 

私は学生時代から「唯物論者」なので、神や仏を前提としては、ものを考えていません。 

しかしこれまでの研究の成果として、神も仏も、守護霊も精霊も、存在する、 

のではないかと思うようになりました。

そして、世の中に起きている、どのようなことも、すべて神の承諾のないことは起きない。

という結論に、到達することになりました。

一般の人が言う、 

・悲惨な出来事や

・不幸な出来事も、

・ものすごく大きな「悲劇」というものも、 

すべて「神の承諾」の下で起きているのではないか、と思うようになったのです。

繰り返して言っておきますが、私は今も唯物論者です。 

かなりガチガチの唯物論者であり、現象がその事実を証明しないかぎり、信じません。

しかし、いろいろな現象を何千、何万と見つめてきた結果、

神というものが存在するのではないかと思うようになってきました。

そして、世の中に起きるすべてのことは、私たちの感覚では「良い」とか

「悪い」というとらえ方ができたとしても、神の承諾を受けていないものはない、

という結論にならざるを得ませんでした。

神が私たちに求めているのは、その現象について、

悲惨であるとか不幸であるとか、評価・評論をすることではないように思えます。

神が私たちに求めているもの、宇宙が私たちに求めているものは、おそらく次のようなことなのです。

一般的に「ひどい」とか「悲惨だ」と言われる事件が起きた時、 

その報道を1億人の人がニュースで見たとします。 

そして、人々がその犯人について

・ひどい奴だ。

・許せない。

・絶対に死刑にしろ。

・報復をしてもかまわないんだ。

・世界中を探し出して、その人間を殺すべきだ 

と言って、敵意と憎しみの塊になったとします。

そのとき、上空から見下ろしていて喜ぶのは誰でしょうか?

それは「悪魔」という存在でしょう。 

私たちが、憎しみのエネルギー、恐怖のエネルギーで、心を満たし、汚すことを望む存在です。

「悪魔」は、人々が仲よしで、お互いに笑顔で、となり合った人を助け、温かい空気の中で、ともに生きていく、そういうことを大変に嫌います。  

敵意と憎しみのあるところにだけ、悪魔は住むことができるからです。

 

それに対して、 

「自分ができることは、まわりにしてさしあげよう」とか

「できるかぎり人に喜ばれる存在になろう」 

という心を持っている人間が増えると、 

悪魔は住むところがなくなって、とても困ります。

ですから、悪魔は、

・多くの人々の敵意や

・憎しみの感情が芽生えるように、 

いつも願っています。

1億人の人が、その事件の犯人を許せないと思い、敵意と憎しみをかき立てられたとしたら、

上空で微笑んでいるのは、悪魔という人でしょう。

一方、神という名の存在の方は、大変悲しい思いをしていると思います。 

もし逆に、1億人の人がその事件を見聞きして、こう考えたらどうでしょう。

『私』の心の中の敵意や憎しみの延長線上に、この犯罪や出来事が存在する。

『私』が敵意や憎しみを持っていることは、この人たちが、社会に対して、

敵意や憎しみを発散させ、事件を起こしたことと、同じ意味である。

もしこの人たちが、敵意や憎しみを実際に、世の中で発散したことについて

自分が否定的に思うのならば

(こういうことがあってはならない、あってほしくないと思うのであれば)、 

まず自分の心の中から敵意や憎しみを取り去ること

1億人の人が、こういうふうに考えたとき、

その出来事が起きたことに大きな、貴重な意味があったといえます。

多くの人が自分の心の中の、敵意や憎しみを、見つめ直すことができたなら、

「私のメッセージが理解されて嬉しい」と神様はニッコリ微笑むのかもしれません。

<転載終了>

 

最近は本当に目を覆いたくなるような出来事が、世界中で起こっています。

・人種差別による憎しみの連鎖

・宗教紛争

・親子間の殺人

悲惨な事件や、被害者やそのご家族があまりにもかわいそうな内容であればあるほど、 

私たちはその犯人を憎みます。 

死刑を望む人もいるでしょう。

「罪を憎んで人を憎まず」という耳触りのよい言葉もありますが、

やはり「憎しみ」を肯定していますから、そこには神様の要素が全くありません。

立派な人、努力して自分を律している人、まじめな人ほど、 

人の不正や怠惰な言動が、許せないかもしれません。

憎しみを抱き続けるかもしれません。

「私はこんなに頑張っているのに、あの人は何?」

でも神様は、はたして、そのようなことを仰るでしょうか?

神様は全ての全てを、受け入れ、寛大な目で見守り、魂が更生する機会を辛抱強く、

待っていてくださるのではないでしょうか?

憎しみや、恐怖、疑心暗鬼、貪欲からは同じものしか生まれません。

信頼からは、愛が生まれます。

どんなに過酷な状況であろうと、魂までは傷つけることはできません。

神様が悪魔の存在を許し、その悲惨に見える状況を承諾したのであれば、

大きな大きな教訓として、私たちの心を見つめなおすキッカケとして、

また大きな犠牲を覚悟で、憎しみの対象となることを承知で

生まれてきてくださった、役割を持った魂たちに対し、 

「感謝」を持って受け入れたいと思います。

それこそが、神様が人間の、近視眼的な目から見れば、理不尽に見えることが起こることを

許していらっしゃる理由であろうと思います。

憎しみの心がある限り幸せになることはできません。



2024年4月18日木曜日

3401マシュー君のメッセージ2024.4.18

 今回は玄のリモ農園ダイアリーさんの2024年4月4日の記事を紹介します。


「マシュー君のメッセージ(208)」

 

玄のリモ農園ダイアリー (moritagen.blogspot.com)


アーノルド:数年先の展開予測 

マシューです。この宇宙領域にいるすべての魂から心からのご挨拶をします。イスラエルへのハマス襲撃の黒幕であるイルミナティのネタニヤフ首相が先頭に立っているガザでの大虐殺によって、その秘密結社が腰砕けになっています。 イルミナティがすべてのテロリスト集団をつく り、資金を提供していること、そしてその目的が60億人を殺すことであることが知られつつあります。  


市民はイルミナティに支配された政府の政策に抗議し、他の国の指導者たちは経済貿易面での協力を拒否しています。また、波動エネルギーの上昇と“ホワイトハット”が、邪悪な計画の実行を阻止するでしょう。4月8日の日食に関連してあなたたちが聞いている恐ろしい予言についてはどれも恐れないでください。

 (訳注:ホワイトハットとは、カバール(闇の寡頭権力)による、日本を含む世界の金融と政治における詐欺、強奪あらゆる不正を全て止め、クリーニングする組織)


新しい時代を生きる人々の間では、地球文明が第5密度で暮らすようになるのは100年以上先になるだろうというのが一般的な予想です。アーノルドの人々が言う35年から40年という時間枠はあり得ないと考えるボランティアたちも少なくありません。僕たちはアーノルドにこのことについて話したいかどうか尋ねたところ、彼はパナマでの楽しい家族の再会から戻った僕の母に返事を伝えてきました。 


いま母は、彼女が言う "人生の間違った順序" をなかなか受け入れられないでいます。 昨年7月、90歳になった彼女は大規模な心臓発作から回復しましたが、2週間前には僕たち4人兄弟の末っ子である最愛の弟マイケルが息を引き取りました。今は、地球上の僕のすべての家族にとって悲しい時です。 

ではアーノルドの返事です。   

 

アーノルド:スージー、こんにちは。私のメッセージを受け取ってくれてありがとうございます。マシュー、時期に対する疑念という低い波動エネルギーを、自信と活気という高い波動エネルギーに変える機会を与えてくれていることに感謝します。時間枠は決まっていますが、ご存知のように、良い波動エネルギーは過渡的なプロセスを促進します。たとえ私の見通しがおおまかなものになっても、人々は一般的に何を期待すればよいかはわかるでしょうし、最終的な結果が素晴らしいものになることもわかるでしょう。

親愛なる魂たち、地球はこの宇宙の歴史の中で最も壮大で記憶に残る変容を経験しています。すべてはエネルギー的につながっていて、地球のためにこれから起こることは、この宇宙の他の場所にも恩恵をもたらすでしょう。どこにでもいるすべての光の存在が、あなたたちの歩みを応援している理由はそれだけではありません。 それは、あなたたちが宇宙の家族の一員であることを知るときなのです。

あなたたちが直線的(リニアル)な時間だと思っているものは、実はエネルギーであり、地球は次々と軽いエネルギーの次元へと移動しているため、あなたたちは時間がどんどん早く過ぎていくように感じるのです。アコーディオンの蛇腹がどんどん近くに押されていくように、あなたたちの時間の概念の中で起こっていることすべてが加速しているのです。特に重要なのは、人々の意識が高まっていることで、だからこそ私たちは、すべての大きな変化が35年から40年で完了すると確約できるのです。

その確証の根底にあるのは、愛という強力なエネルギーです!愛によって、ボランティアたちが私たちの地球ファミリーを目覚めさせ、目覚めた人たちが態度、考え方、願望を高め、その行動が意味深く、有益なものとなっているのです。愛は、地球ファミリーが自分たちのために新しい世界、地球の黄金時代を築く土台であり、コンティニュウム(時空連続体)においては、彼らはその時代の生活の基礎である愛の中で生き生きと暮らしています。


その証拠が出るまでにはかなりの時間がかかるので、その間に何を予想すればいいかを知っておくと役に立つでしょう。あなたたちの異次元のヘルパーたちは、すべてがスムーズかつ迅速に流れることを望んでいて、最終的にはすべてがそうなるでしょう。でも、今後数ヶ月の間は断続的に混乱が起こる可能性があります。軍の中の "ホワイトハット"が同僚を逮捕し、排除している一方で、軍の他の者たちが、発見された闇の者たちの拠点を破壊するとともに、広範な警備を確立しているため、ディープステートの者たちが怒りを爆発させるので、あなたたちは全般的な混乱と怒りのエネルギーを乗りこなすことになるでしょう。 

衝撃的な真実がいつ、どのように公に発表されるかはまだ協議中です・・・信じるに足るほど国際的に尊敬されているのは誰か、ということです。 この時点で、あなたたちの世界にはあまり信頼がありません・・・主要メディアが嘘をついていることはほとんど誰もが知っているし、多くの国の指導者は国民の利益を一番に考えていないからです。

改革には準備ができているもの、また最終計画段階に入っているものがありますが、闇が根絶されない限り、どれも効果的に実行することはできません。その理由のひとつを挙げましょう。あらゆる国の悲惨な状況にある人々に人道支援を提供しようという心からの思いがあります。場合によっては、苦難と搾取の猛攻撃は何年も前から始まっているのです。闇の操り人形とその手下たちは、絶望的な状況にある人々に支援が届かないように障害物を作り出しただけでなく、次々と各国で内紛や経済的不安定、テロリズムを扇動し、困窮する人々を増やしてきました。 


ディープステート後に早急に実施される心身と精神の健康に悪影響を及ぼす活動や政策には、援助の手厚い提供が含まれるでしょう。ケムトレイル散布やその他のあらゆる形態の有毒汚染は中止され、河川のガレキは除去され、違法薬物、化学兵器、生物兵器、ワクチンと呼ばれる汚染溶液、アドレノクロムの捜索と破棄は継続されます。不公正な法律や法的不公正に関連するあらゆるものが覆されるでしょう。主要メディアは事実に基づいた情報を報道し始め、エンターテイメント業界やスポーツ業界は大規模な浄化を行うでしょう。 

環境を破壊する行為の廃止や、現在のエネルギー源からフリーエネルギーへの転換、食物連鎖における動物の飼育の大規模な変更など、主要なプロジェクトにおける初期の活動は少しずつ始まるでしょう。社会的弱者を救済したり、隠された真実を明るみに出したりすることへの組織的な抑止力はなくなりますが、政府や官僚主義的な政策、手続き、規制のような馴染みのある構造は瓦礫と化しても、この文明社会はビジョンを持って自由に力強く行動した経験がありません。数多くの分野に精通した賢明で高潔な個人が、地方、国家、国際レベルで一歩踏み出すとき、ただひたすらのろのろと進んでいる行動が、順風満帆に動き出すでしょう。   


もうひとつの大規模なプロジェクトは教育で、幼稚園から博士号取得までが刷新されます。どのレベルの生徒も、普遍的かつ歴史的に正確な情報を教わることになるでしょう。医療、エネルギー、農業、交通、建設、通信といった他の分野でも進歩が見られ、世界中の誰もが必要なもの、望むものを豊富に手に入れられるようになるでしょう。

現在の腐敗した運営に代わる世界経済システムにネサラ(NESARA)という名前が付けられるかどうかは別として、この法律の適用によって、貧困化が終わり、世界経済フォーラム、国際通貨基金、国際金融機関に対する各国の債務が帳消しになり、ある程度の種類の個人債務も帳消しになり、連邦準備制度、国税庁、銀行の暴利がなくなるでしょう。


大々的に宣伝されているデジタルバンキングは、新しいシステムではなく、腐敗したシステムの一部です。システムの切り替え期間中も、政府からの収入や投資は継続される規定がありますが、短期間は支払いが中断される可能性があります。物々交換は "昔 "うまく機能したものであり、再びそうなるでしょう。例えば、一足のブーツと技術を交換することにやりがいを見出す人々や、単にそれを必要とする人を助けることにやりがいを見出す人々の一部にとっては、決して金銭が絡むことはありません。 


進歩的な運動の指導者たちは、大量のホームレスに恒久的な住居を提供するという社会の最も大きな責任のひとつを引き受けるようです。この状況が危機的であることは誰も否定しないでしょう。でも恐怖心、貪欲さ、偏見、無関心によって対策が妨げられてきました。波動エネルギーの上昇は、恐怖の要因を和らげ、そして終わらせ、同時に、ネガティブな感情を抑え、ポジティブな感情を再強化するでしょう。そうすれば、ホームレスという途方もない難題は、満足のいく結果への確かな道筋がつけられるでしょう。 

戦争で破壊された地域の瓦礫を撤去し、町や都市、企業を再建するには、多くの人の手が必要になるでしょう。故郷に戻り、再出発を切望する元住民がいる一方で、再び土地から根こそぎ奪われることを望まない元住民もいるでしょう。自分たちを受け入れてくれたコミュニティに溶け込み、そのコミュニティに貢献することでうまく繁栄してきた移民たちは、" 我が家 "と感じるでしょう。

暴力や政治的抑圧、収入のない生活を逃れてきた人々は、祖国に戻る前に、安全が保証され、教育や労働の機会が与えられることを望むでしょう。ハウスクリーニングとでも呼ぶべき膨大な仕事を監督する国際組織が設立されるでしょう。 

米国市民のホームレス状態に終止符を打ち、その原因となる状況を改善することは、代替医療の専門家チームを含む、同国の民間部門のいくつかのグループによって行われるでしょう。    

諜報機関も大々的な整理が行われ、CIAやモサドを含むいくつかの機関は腐敗したメンバーを排除するか、完全に解散することになるでしょう。国境が変わる場合、祖先、歴史、文化、思想といったルーツを共有することが第一に考慮されます。戦争の勝者によって新たな国境が形成されるとき、影響を受ける人々の感情など全く考慮されないからです。    

小規模農家を廃業に追い込もうとする状況は一掃され、経営難に陥っている中小企業は資金面で支援され、市場を独占している多国籍企業は分割されるでしょう。闇の目的のために機能していた事業を再編成し、改善することができるのであれば・・例えば、戦争用の機器を生産する企業や工場・・それを実施するでしょう。車輪にやすりをかけることで滑

らかな転がりを取り戻すのであれば、車輪を再発明する意味はありません。 


自然の美しさを取り戻し、すべての人々が健康で幸せで豊かな世界を作ることと、宇宙探査という壮大な冒険のどちらかを選ぶ必要はなくなるでしょう。その両方を見事にこなすリソース・・才能、知識、創意工夫、関心、資金・・は十分すぎるほどあるのですから。そして、これから数年の間に、宇宙は壮大な出来事や、あなたたちとガイアの進化を高める聖なる贈り物で、あなたたちを驚かせるでしょう。     

この時点では、ガイアは、彼女の惑星体を第4密度から着実にアセンションさせ、第5密度の目的地へと向かわせる強烈な光を吸収する以上の計画を持っていません。そこは、彼女と神とソルがこの惑星を楽園として、この宇宙の宝石として共同創造した場所です。そこは、ガイアの未来の人々が、愛と喜びと繁栄の中に、すべての自然を尊重しながら、荘厳な美の世界、地球の黄金時代に暮らす場所なのです。


現在地球に住んでいる多くの魂は、DNA鎖が再活性化され、健康で長生きできるようになるその時代に戻ってくるでしょうし、初めて地球に転生する魂もいるでしょう。のどかな生活が待っていますが、やがて住人は、スピリチュアルと意識レベルに成長し続けるために、より高度に進化した世界へと移っていくでしょう。


親愛なる地球ファミリー、天に向かって仰ぎ、私たちの宇宙の広大さと驚異に心を躍らせてください・・そこに素晴らしい体験が約束されています。自分自身を愛し、人生の恩恵を受け取ってください。        

マシュー、私のこの明快な概要が時間の疑問を消し去ってくれることを願っています。話す機会を与えてくれてありがとうございます。そしてスージー、私の言葉を受け取ってくれてありがとうございます。 このようなメッセージへの寄稿に招かれたことをうれしく思うし、光栄に思います。


マシュー:アーノルド、貴重な情報をありがとうございます。そして、あなたとあなたの同僚たちに、ガイアとそのすべての生命体を助けるためにあなたたちがしていることすべてに対して感謝します。

アーノルド:それは、マシュー、あなたがなさっているのと同じように、愛からの奉仕です。さようなら、そしてあなたにも、親愛なるスージー。

マシュー:さようなら、親愛なる友よ。

 

この宇宙のすべての光の魂が、無条件の愛であなたたちを支援しています。

                            _______________________________

 

愛と平和を

(アーノルドは、私たちの間に住んでいる地球外生命体特殊部隊のメンバーです。2019年9月16日と2023年7月3日のメッセージに彼の情報が入っています)

 

スザンヌ・ワード著 原文:Matthew's Messages

訳文責:森田玄


2024年4月17日水曜日

3400「良き人、悪しき人」2024.4.17

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年04月09日の記事を紹介します。


「良き人、悪しき人」


今日は、野口嘉則さんのお話をご紹介します。

性善説、性悪説のお話です。 

私たちが、どちらに意識を向けるかで、人間関係が劇的に変化することがあります。 

今、皆さんが悩んでいる、目の前の苦しい人間関係も一変させる力があります。 

苦しんでいらっしゃる方、じっくりお読みください。

<転載開始> 転載元


中学生の女の子の話です。(仮にあきちゃんという名にします)

あきちゃんが小さいころにお母さんが亡くなり、

まもなくお父さんが再婚して、新しいお母さんがやってきました。

そして、その新しいお母さんは、

あきちゃんにイジワルをしてくるようになったのです。

そのお母さんは、あきちゃんが話しかけても聞こえないふりをしたり、

あきちゃんのおやつを横取りして食べたり、

あきちゃんに向かって「あなたなんか可愛くない」と言ってきたり・・・

そんな生活が続き、あきちゃんは中学生になりました。

あいかわらず、お母さんからのイジワルは続いたそうです。

そしてあきちゃんには、悩みが一つありました。

それは、中学生になってもおねしょが治らないことです。

ある日、あきちゃんの友だちが家に遊びに来ました。

すると、友だちに向かってお母さんが、こう言ったのです。 

「あきちゃんったら、中学生にもなって、おねしょをするんですよ。」

あきちゃんは顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしました。

あきちゃんは心の中で叫びました。 

「あの継母(ままはは)のせいで、私の人生はメチャクチャだ。

本当のお母さん、どうして死んでしまったの?」

ところが、その後あきちゃんは、本を読み、考え方が変わり始めました。

自分のことを“被害者”だと思い込んでいることに気づいたのです。

「私はいつも、『あの継母のせいで、自分の人生はメチャクチャだ』と心の中でつぶやくばかりで、継母との関係をよくするための行動を何もしていなかった!」

そう思ったのです。

読んだ本の中に、次のような言葉が書いてあったそうです。

「よい人間関係を築くには、感謝の言葉を伝えよう。

相手からの見返りをいっさい期待せず、ひたすら感謝を行動で表そう」

そこで、継母に感謝できることを探したら、たくさん出てきたそうです。

・毎日、ご飯を作ってくれている

・おねしょした布団を干していてくれる

・病気になったときは病院に付き添って行ってくれた

などなど

「私は、継母のイジワルなところばかりに固執していたけど、

私がここまで育ってこれたのは、継母のおかげだ。

私は、継母が家に来たころから、亡くなった母親と比べて、継母の悪い点ばかり数えていた。

私こそ、最初から継母を『お母さん』として認めていなかった。

よし、まずは感謝の気持ちを表そう!」

あきちゃんは、そう決意しました。 

 

仕事の関係でお父さんの帰りが遅いので、

夕食はいつも、お母さんと二人きりで食べていました。

その日の夕食を終えると、

「お母さん、おいしいご飯をありがとう。いつもありがとう。」と言って、母親の背に回りました。

肩こり症のお母さんの肩をもんであげようとしたのです。

するとお母さんが、「何するの、気持ち悪い。あなたに触られたら、よけい肩がこるよ。」と言って、あきちゃんの手を振り払ったのです。

あきちゃんは、次の日も夕食後に、「お母さん、ありがとう。」と言って肩をももうとしました。

すると今度は、お母さんの肘でっぽうが飛んできました。

あきちゃんは、3日目も夕食後に「いつもありがとう」と言って、お母さんの背に回りました。

「何の魂胆があるの?気持ち悪いからやめなさい」と、やはり肘でっぽうが飛んでました。

あきちゃんは4日目も、5日目も、6日目も続けました。

毎回、肘でっぽうで拒否されました。

「相手からの見返りを期待せず、ひたすら感謝を行動で表そう」という言葉が、あきちゃんの支えでした。

そして7日目。いつものように夕食後、「お母さん、いつもありがとう」と言ってお母さんの背に回ったら、その日はお母さんがじっとしていました。

そこで心を込めて肩をもんでいたら、しばらくして、お母さんの肩が小きざみに震え始めたのです。

どうしたんだろう?と思って、お母さんの顔をのぞきこんでみたら、

お母さんの目から大粒の涙がポタポタと落ち始めました。

まもなくお母さんは「ウワーッ」と泣きながらあきちゃんに向かって、こう言ったのです。

「ごめんなさい!お母さんが悪かった!ほんとにごめんなさい!」

お母さんは、しばらく泣き続けた後、あきちゃんのことをギュッと抱きしめてくれたそうです。 

その日から、お母さんはイジワルをしなくなりました。

優しいお母さんに変わったのです。

そしてその日から、あきちゃんがおねしょをすることもなくなりました。

以上です。

 

イジワルに見えるお母さんの奥には、愛に満ちた優しいお母さんがいたのですね。

このあきちゃんさんのように、肘でっぽうを喰らっても感謝の行動を取り続けるためには、

「人間は本来、愛に満ちた素晴らしい存在だ!」という“ものの見方”が必要です。

いわゆる“性善説”ですね。

「今はイジワルをするお母さんでも、

お母さんの本質は、愛に満ちているんだ!」という信念を持って接し続ければ、 

いずれはお母さんの“愛”を引き出すことができるのですね。

逆に、「このお母さんは、心底イジワルだ。どうしようもない。」

という信念をもって接すればどうでしょうか?

私たちが相手に対して、どんな“ものの見方”をするかということは、

相手との関係に大きな影響を与えるのです。

相手の中の「愛」や「優しさ」や「本質」を信じ続けることができたら、

つまり、“性善説”で相手を見ることをし続けたら、相手の愛や優しさを引き出すことができるのです。

さて、このあきちゃんさんの話には、もう一つ大事なポイントがあると思います。

それは、「相手からの見返りを期待せずに、感謝を行動で表す」ということです。

もしあきちゃんさんが、お母さんからの見返りを期待していたら、

肘でっぽうをしてくるお母さんを受け入れることはできなかったと思います。

相手からの見返りを目的にするのではなく、

・相手を喜ばせること

・相手に感謝の気持ちを伝えること 

を目的にしてこそ、行動し続けることができ、ついには、相手の愛を引き出すことができるのです。

ここで大切なのは、善悪の判断をしないことです。

「私は、『感謝の言葉を伝える』という“善いこと”をしているのに、

相手は肘でっぽうを返してくるなんて! 

どう考えても相手が悪い!」などと、善悪の判断をし始めると、

常に相手を裁くようになってしまいます。 

「善いか悪いか」「正しいか間違っているか」の二元論で物事を考え始めると、

自分が正しくて相手が間違っているように思えてきます。

 

そして、人の判断基準はそれぞれに違いますから、皆が「自分が正しい」と信じるようになり、「正しさ」と「正しさ」の戦いが始まるのです。

ですから、善悪二元論という“ものの見方”をしていることに、まず気づく必要があります。

エデンの楽園に住んでいたアダムとイブが、なぜ楽園にいることができなくなったか、ご存知でしょう。

蛇にそそのかされ「善悪の知識の木」の実を食べてしまったからですね。

以前、「鏡の法則」を読んだ友人から、次のような質問をされたことがあります。

「人生が、自分の心を映し出した鏡だというのはわかる。

だけど、すごく心が清く正しいのに、ツキのない人生を歩んでいる人がいるのはなぜ?

清く正しい心の持ち主なら、もっと豊かな素晴らしい人生を送ってもいいと思うんだけど。」

清く正しい心の持ち主にもいろいろなタイプがあるとは思いますが、 

「自分が清く正しいがゆえに、人の悪が許せない」というタイプの人がいますね。

正義感が強すぎて、悪を憎み、悪に対して怒っている人です。

心の底で人を裁いていると、自分が裁かれるような人生になってしまうんですね。

私たちは、「善悪の知識の木」の実を、一度吐き出す必要がありそうです。

・善いか悪いか

・白か黒か 

という二元論ではなく、多様性を受け入れるだけの“ファジーさ(曖昧さ)”が大切です。

さて、もう一つあきちゃんさんに関連して、おねしょの話です。

おねしょの原因もいろいろあるとは思いますが、悲しみを我慢していることが、おねしょの原因になることがあります。

本来、悲しい時は、思いっきり泣くのが一番です。 

涙がかれるまで泣くと、少し楽になることが多いはずです。

しかし、あきちゃんさんのように中学生になると、泣くのを我慢するようになります。

あるいはあきちゃんさんは、小さいころから泣くのを我慢していたのかもしれません。

すると、涙で悲しみを洗い流す代わりに、おねしょとなって流れ出ることがあるのです。

つまり、おねしょによって悲しみを流そうとしているのですね。

ですから、子どもが心の底から安心できたり、子どもの悲しみが癒されたりしたことで、

その子のおねしょが治ったという例は、枚挙にいとまがありません。

<転載終了>

 

家族の間で、憎しみ合うことは、非常に多いそうです。 

親子や家族の間なら、甘えが許されると勘違いし、相手に対し、自分の未熟な幼児性を振りかざすからです。 

ですが、家族というのは、神様が私たちの魂を輝かせるために準備してくださった

一番身近で、最小の単位です。 

家族を通じ、魂を磨き、輝かすことができます。

近すぎる関係ゆえに、時には憎しみ合うこともあるかもしれません。 

ですが、憎しみの心が、私たちの中にある限り、自分を含め、誰も幸せにできません。 

・憎しみ合うのはやめましょう

・好きになりましょう

そう言っても無理かもしれません。 

ですが、あきちゃんがやったように、感謝の種を見つけることならできるかもしれません。

・毎日、ご飯を作ってくれている

・おねしょした布団を干していてくれる

・病気になったときは病院に付き添って行ってくれた

私たちは、「感謝の心」さえ、芽生えれば、幸せになれます。

神さまの恩寵が、これでもかと降り注がれます。

幸せになるには、今置かれた環境の中で、小さな小さな「感謝の種」を見つけることが

スタートとなるかもしれません。  

もし、目の前に、自分に対して嫌なことをしてくる人がいるなら、 

まず、何でも良いですから、小さな「ありがとうの種」を見つけてください。 

・注意してくださってありがとう

・気づかせてくれてありがとう

・機にかけてくださってありがとう 

この「ありがとう」の言葉を使っていれば、どんなに頑なな心の人も、必ずとけだします。

感謝の気持ちを持つ人には、鬼人さえも避けて通ります。 

是非実践なさってみてくださいね。