今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新記事を紹介します。
1741 2026.05.04
Q.癒しの主要条件は?
A.
<『癒しのメッセージ』リチャード・カールソン他編(春秋社)より>
(1)いのちの能力に対する信頼
(2)よきヒーラーは、自分を愛し、許す
(3)判断しない(既成の範疇に患者を押し込もうとしない)
(4)子供に見習おう。オープンマインド、常に可能性に対して心を開いていること。
1740 2026.05.03
レイチェル・ナオミ・リーメン「私の患者のなかには、生死の境をさまよった人が何人かいます。そのうちの一人の女性は、生きる目的は医者や母親になることでもなければ、創造的になることでも、スマートになることでも、あるいは金持ちになることでもない。賢く成長し、他人をもっと愛せるようになることだ、という悟りを開いて死地から帰還した、と話してくれました。すべてがここに言いつくされています」
(註)「レイチェル・ナオミ・リーメン」:コモンウイール健康・疾病研究所の創立者、所長。カリフォルニア州ポリナスのコモンウイール・ガン救済プログラムの共同創設者。
1739 2026.05.02
どの人も/精一杯の人生を/おくっています
どの人も/その人にしか歩めぬ人生を/歩んでいます
どの人も/宇宙でたった一人の/貴重な存在なのです
どの人も/本当はひとつに/結ばれているのです
どの人も/きっと「ひとついのち」に/帰り着くのです
AさんもB君も/実は君なんだから/Aさんにできることは
Aさんに任せ/B君にできることは/B君に任せて
君は心置きなく/「君」していればいいんだよ
1738 2026.04.30
スタンフォード大学病院の集中看護育児室の責任者であったマーシャル・クラウス氏が一つの実験を行いました。
乳児たちを二手に分けて、半数の乳児にはこれまで通りの看護を与え、別の半数の乳児には数時間おきに15分間、タッチングをする、というものです。
指で、小さな乳児の背骨をさするのです。その結果、タッチングを受けた乳児のほうが生存率が高いということが分かりました。
タッピング・タッチという技法があります。
1737 2026.04.29
キューブラー・ロス「私はOKじゃない、あなたもOKじゃない。でもそれでOKなの!」
カール・ロジャーズがカウンセリングを始める前に自分に言い聞かせること『私は完全じゃないが充分な存在なんだ(私が私であることで充分なのだ)』
自分がありのままの自分であることを受け入れ、そこに落ち着く→そこから「癒し」の過程がスタートするのです。これを「存在の癒し」と言います。
1736 2026.04.28
Q.坐禅にはどんな功徳(効能)があるのですか?
A.
<身心の有り難さ>
① 坐禅すれば、無上の身心の悦楽を体験する。何かの対象があって嬉しいというのではなく、対象なしにただ嬉しい、ここに存在しているだけで嬉しいという最高レベルの悦楽が体験できる。
② 坐禅すれば、身心が柔軟になり、呼吸や動作がなめらかに、スムースにできるようになる。円相を描くような感じで行動できる。日常生活でも、このスムージング効果が持続できるようになる。
③ 坐禅すれば、身心の固まりがほどけ柔軟になり、いのちの充電ができて、健康を維持できるようになる。
④ 坐禅すれば、身心の結ぼれがほどけるので、よく眠れるようになる。
<処世上の有り難さ>
① 坐禅すれば、問題なんて本来なかったのだと気づく。すると、「問題なし」をゴールとするドラマが現実世界に展開して、その問題が消滅するか、解決してしまう。
② 坐禅を習慣にすると、アタマを押しのけて「本能」が表に現れてきて、自分にあると思わなかった能力が発揮できて驚くことが多くなる。自分に自信が持てるようになる。自分の能力に限界を設けなくなる。
③ 坐禅してカラッポになった心と体に「こうしたい」という希望を伝えると、直ちに現実化することが多くなる。
④ 坐禅すれば、自分が自分であることに自信が持てるようになる。そうすると、自分が最高に輝くことができる「役割」が果たせる環境に、おのずと運ばれてゆく。
1735 2026.04.27
Q.お釈迦様の坐禅はどんな坐禅だったのでしょう?
A.
お釈迦様は骨と皮になるまで苦行を積まれましたが、ついに悟りは開けませんでした。それで、自分に絶望して、修行を断念されました。それを見て、共に修行していた仲間は落伍者だと軽蔑して去っていってしまいました。自分に絶望し、また友も失って、まったくの孤独になり、過去の一切を洗い流したいと、尼連禅河(ニレンゼンガ)で沐浴されました。
沐浴したあと、体力が尽きてしまって、岸で倒れていました。そこにスジャータという少女がやってきてヨーグルトを恵んでくれました。それで、少し体力が回復して、匍うようにして菩提樹のもとにたどり着き、坐りました。
もう修行は断念していたので、悟るために坐るというような坐りではなく、ただホーッとしてなんとなく坐っただけです。すると、なぜか内側からあふれ出す生命力が自他の囲いを突き破り宇宙全体にまでいのちの奔流が届きました。ついに悟りが開けたのです。
お釈迦様の悟りはどういうものであったか、坐禅しておられるガンダーラの仏像のお姿から知ることが出来ます。静かに微笑んでおられ、なで肩で坐っておられます。それを礼拝しただけで、私は大きな「許し」を頂いた気持ちになります。
お釈迦様の坐禅は、どん底の孤独から立ち上がった「温かい許しの坐禅」なのです。
1730 2026.04.19 ~1734 2026.04.26
Q.大敬先生の坐禅にはどんな特長があるのでしょうか?
A.
・大敬の坐禅は、アタマを手放して坐ります→アタマで坐っている人は必ず眼がつり上がって、肩を怒らせて坐っています。大敬の坐禅は、なで肩で垂れ目です。
・大敬の坐禅は、カラダで坐ります。
(註)カラダに戻って坐れば、自然に「今・ココ」に戻れます。カラダは「今・ココ」にしか居れないからです。悩みは過去や未来にアタマがフラフラ漂い出して発生するのです。だから、アタマを手放して、カラダで坐るようにします。
・大敬の坐禅は、全身で組む印契(ムードラ)です。坐禅の姿そのものが、宇宙全体とピッタリひとつになるという全身印なのです。 宇宙全体を愛し、抱擁する全身印です。
・大敬の坐禅には、良し悪し、合格不合格はありません。アタマの判断はニセモノです。いい時も悪い時も「そういう時もある」と受け流してただ坐りましょう。
・大敬の坐禅は、自分をそのまま認め、受け入れ、許し、愛するように導いてくれます。
・大敬の坐禅は、他者(世界)をそのまま認め、受け入れ、許し、愛するように導いて仕向けてくれます。
・大敬の坐禅は、私たちはどこから来て、どこを目指しているか教えてくれます。私たちは「一」から来て「一」に帰るのです。その懐かしい故郷が分かります。
・大敬の坐禅は、あなたがあなたを生きていることの貴重さ、尊さを教えてくれます。あなたがあなたを精一杯生き切ることによって、全体の生命(人類の魂、神)のために最大の貢献をしたことになるのだということが分かります。
・大敬の坐禅は、あなたの身心をホドキます→「ほどけた」人が「ほとけさま」です。
・大敬の坐禅は、疲れきったあなたを温めて「いのちの充電」をしてくれます。
・大敬の坐禅は、あなたのいのちが一層輝くのにふさわしい位置にあなたを運んでくれます。