今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」から最新記事を紹介します。
1749 2026.05.14 ~1451 2026.05.16
Q3.「いのちの可能性」を追求する上で、心得ておくべき事がありますか。
A.
・失敗を恐れないこと。失敗を重ねなければ成長はありません。勇気を持って「マルでダメ夫」の人生(小さなマルをいっぱい稼ぐけれど、死んだ時に見返してみると、そんな小マルで大きな×を描いている)ではなく、「ダメでマル夫」(いっぱい失敗するけれど、一生を振り返ると、その×で大きなマルを描いた人生だったと分かる)を選び取ろう。
・背伸びしないこと。自分の今持っている武器で最高の勝負をすることを目指そう。
結果の成否は知ったことでない。
・人類の魂の進化の潮流を知って、それに逆らわない正しい人生目標は持とう。
「分離」の方向の目標はあなたをエゴの殻に閉じ込めてしまう(「いのちの可能性」をますます狭めてしまう)。
「融合」の方向の目標はあなたの「いのちの可能性」をますます広げてくれる(誓願を立てることの大切さ)。
・「いのちの可能性」の追求は一生で完成出来ない。「一生1ミリ前進」です。
転生があることを知り、転生の意義を知っておくこと。
飯田史彦先生やキューブラー・ロスさんの著作を読んでおこう。転生があることを知ると、ムダなあせりがなくなって、今・ココにどっしり腰を据えて課題に取り組んでゆけるようになる。
Q1.菩薩(ぼさつ)とはどんな存在ですか?
A.菩薩とは、大乗仏教が生み出した「理想的人間像」です。
地上世界に一人(一つ)でも、苦悩している存在がいる間は、私一人だけが悟りの彼岸(ひがん:安らぎの向こう岸)に渡るようなことはしない。何度でも地上世界に転生して、最後に残った苦悩する存在が無事彼岸に渡りきったのを見届けてから、私は最後に悟りの彼岸に渡ることにしようという誓願(誓い)を立てた存在のことを菩薩と呼びます。
Q2.「菩薩」がなぜそんなハードな誓願を立てる必要があったのでしょう、その理由がもう一つすっきりしません。私にはとてもそんな誓いは立てられそうもありません。
A.
イノチは一体なのですから、自分ひとりだけが他のイノチたちを押しのけて悟ってしあわせになるということは本当は不可能なのです。私の分身たちがまだ解放されていないのですから。この世に一人でも苦しんでいる人(モノ)がいる間は、私はまだ悟っていなくて、安らぎの世界に住むことは出来ないんです。
だから、私はこの地上世界(娑婆世界)に何度も転生して、救済活動に従事するし、ついに最後の一人まで救済し尽くした時に、私はついに本当の悟りを開き(仏となる)、また同時にすべての生あるものたちも悟りをひらく(仏となる)のです。(完)
1747 2026.05.12 ~1746 2026.05.10
Q1.何のために生きているのでしょう?
A.人は自らの「いのちの可能性」を広げてゆくために生きています。
「いのちの可能性」を広げるとは、「より高くなりたい、よりいのちの領域を広げたい」という意志・本能(いのちの根源意志)に従う行為です。
なぜ、人にはそのような成長意欲があるのかというと、あなたがあなたの人生を精一杯生きて、成功したり、失敗したり、泣いたり、笑ったり、たくさんの学びをします。そうすると、あなたの学びは「人類全体の魂(神)」に送り届けられ、「人類全体の魂」を進化成長させることになるのです。
あなたのような人生を生き、あなたのような学びが出来るのは、宇宙広しといえども、あなたしかいません。だから、あなたがあなたの人生を生き切ることは、とても貴重で、尊いことなのです。
Q2.「いのちの可能性」はどのようにして開発されてゆくのですか?
A.
・若い時は、自分の「いのちの可能性」をガムシャラに追求すればいいのです。
・やがて能力の限界に気づき、人とともに協力しあって生きることの大切さに気づくようになります。
・「差し出せば、帰ってくるものなんだ」という「お風呂の原理」を悟ります(二宮尊徳翁)。
・「いのちの一体性」を悟り、自分は人で、人は自分なのだから、自分の能力でやれるだけのgive を精一杯やってゆけばいい。自分ができないことはもうひとりの自分(他者)がきっとうまくやってくれるのだからという、イノチの本能にたいする「安心感・信頼感」が自然と湧き出します。「ヒトツイノチ(イノチの一体性に気が付く)・ヒトツのイノチの原理(全体でヒトリなのだから、私は私が担当する役割を精一杯やればいいのだと気付く)」を悟るのです。
Q1.「いのちの足腰」を鍛えるとはどういうことでしょう?
A.「いのちの足腰」が弱いと、人生の坂道をたくましく登り切ってゆけません。人生のはるかに遠い目的地までたどり付けません。
Q2.では、「いのちの足腰」を鍛えるにはどうすればいいのでしょう?
A.「徳を積む」ことによって「いのちの運び」が堂々としてたくましくなります。
Q3.「徳」とは何でしょう?
A.徳(グナ)とは、「現世で使用出来る心のエネルギー」のことです。
「心」には「波羅蜜多性(ハラミッタ性:想いを自動的に現実化する性質)」があるのです。丁度、タクシーのようなもので、行き先さえ告げておけば、後は眠っていても、目的地に到達できるのです。心にはそういう目的地到達の自動性があります。
徳が高いと、心の「波羅蜜多性」が強くなり(タクシーの燃料が大量)、想いが実現しやすくなるのです。
徳エネルギーは一気に貯まりません。時間をかけてゆっくり貯めてゆかねばならなりません。
Q4.「徳」を積む(心のエネルギーを蓄える)にはどうすればいいのですか?
A.徳を積むには、他者に対する見返りを求めない善行(布施(ダーナ)行)を実践しなければなりません。
Q5.「徳」を積むには、具体的にはどんな善行をすればいいのですか?
A. <布施行(ダーナ行)の種類> は、『出雲記伝』(バンクシア・ブックス)に詳しく述べているのでお読みください。
財施(ざいせ:貧しい人や困窮している人にお金や物品を提供する行為)
法施(ほっせ:人の心の傷を癒し、安心させてあげ、元気を取り戻してもらうような真理の教えを説く。自分が真理を体得して他の人に説く。また、自分がまだ真理を説けない場合は、師の教えを人に解説する。人に師の教えを紹介する。師のお話の録音を聞いてもらう。師が書かれた本を人にプレゼントして読んでもらう。師の本を印刷出版する(印施ともいうなど)。
無畏施(むいせ:人に安心を提供する) 観音様は「施無畏者(せむいしゃ」 と呼ばれている。
身施(しんせ:カラダでやるダーナ行、ボランティアなど)
和顔施(わがんせ:笑顔で人に接する)
愛語施(あいごせ:思いやりのある言葉で人に接する)
座施(ざせ:職や結婚相手を紹介してあげる。真理が説かれる法座に連れていって座らせてあげる。人やモノを本来のあるべき位置に戻してあげるのも座施)
随喜施(ずいきせ:ともに喜んであげる)
Q6.なぜ「徳」(善行=布施行)を積めば、心のエネルギーが増加するのでしょう?
A. 人のために手を差し出し、足を運べば、「自我の狭い囲い」が破れます。「自我の囲い」が破れれば、他の人や世界と生き通しとなります。そうすると、「自我の囲い」が邪魔して流入出来なかった世界全体の徳エネルギーがあなたに流入できるようになります。また、囲いがないので、世界全体にあなたの想いがよく届くようになります。
Q7.「徳」を積む上で、さらに心得ておくべき事柄がありますか?
A.
① 一過性の徳積みだけでなく、ご縁が出来たところで、粘り強く長い時間かけて掘り下げて善行を続けてゆくことも、出来ればしていった方がいいのです。
② 徳を積むには時間がかかるから、若いときから実践しておいたほうがいいです。しかし、歳をとっていても、そこから躊躇せず、その時から徳積みをスタートするべきです。というのは、徳積みは一生ものでなく、多生の渡るものなのだからです。(完)