2015年6月12日金曜日

446「無始2」2015,6,11

 大和農場でも楽しい植物さん達とのお話をお聞きできました。大和のお話をする前に、
 名取農場のハウスであったお話をお伝えすることを忘れていましたので、先に触れます。
 
 名取農場のハウスに入って奥を見ていたみゆきさんが突然、賢治さんだといいます。久しぶりにお顔を見たとのことで、じゃがいもさんのようなお顔だったようです。
「これまでいろいろありがとう。今日も話題に上げてくれてありがとう。私もここのような農業をやりたかったんだ。」と賢治さんが言っているといいます。
名取農場では、生態系生体システムプログラム農法をかれこれ9年行ってきています。しっかりと科学的な分析を踏まえて計量化し必要なものを投入し素晴らしいエネルギー高い農作物の栽培が出来ています。賢治さんもこのような農業を普及したかったのかと思い、より親近感が増しました。
 
 また、仙台駅から名取に向かう車中で、実は賢治さんのお話がありました。それは、大和農場のハウスの工事をお願いした担当の方が、私の医院に打ち合わせに来たときに、賢治さんの写真を私の机の上に飾っているのを見て、後で次のような経緯を話してくれました。

 実は彼のお母さんの実家が花巻でおじいさんが、賢治さんが開設した、羅須地人協会の生徒さんだったといいます。数少ない賢治の教えを受けて農業をしていた方のようで、おじいさんからその当時の話を聞いていたということでした。この出会いはまだみゆきさんにお伝えしていなかったのです。
 私の飾ってある写真は賢治さんの奉職していた花巻農学校(現在は花巻農業高校)に勤務していたKさんからいただいたもので、農学校で記念に作成したものです。彼女は13年の長きにわたり農業高校に勤務していましたが昨年転勤で盛岡に移りました。花巻に勤務のころは何度も案内していただき、みゆきさんも訪問していました。みゆきさんによると、Kさんは賢治の妹の、としさんと縁が深いようです。

 大和農場に到着早々に、大和亭の前に設置されたトレイラーハウスにみゆきさん驚きの声を上げられました。1年ぶりの大和の世界は大きく変化しています。ハウスの中を見て、設置の経緯を聞いて素晴らしいと興味深々です。特にウッドデッキパーゴラの景観は気に入ったようです。これからの活用にいろいろ楽しい話題が弾みました。
 
SATOMIガーデンはかなり配置を換えて拡張途中ですが、綺麗な花々がみゆきさんをお迎えです。椿の木を切ってもう少しすっきりしたいとの思いを聞いていただきましたら、椿さんも良いといってくださり、また一段と整います。さるすべりも元気になってきていて、木々、花々のみなさんがこのガーデンで私たちに愛でて頂くことがうれしいようです。いつも大事に、お話しながら手入れしているSさんの心が通っているのでしょう。


 庭から一段下がった畑の中の芍薬は綺麗に大輪の花を咲かせています。一際、大きくスクット伸び、鮮やかに咲き誇る芍薬にみゆきさんが話をききました。
  「この芍薬は気位が高いようですよ。これまで、大切に扱い、育ててくれて感謝していますよ。そしてSさんは気質が私に似ているようだと芍薬が言っています。これから隣のそこの芍薬の様な花をこれから沢山咲かせる、とも言っていますよ。」
その傍の示された芍薬は綺麗に花開き、高貴な奥深い、味わい深い匂いを醸しだしています。他の花の匂いを嗅いで比べてみると、一番素敵な芳醇な味わいで、花びらもバランスよく綺麗にそろっています。

 この気位の高い芍薬さんはこの時に芍薬女王様と命名させていただくことになりました。名取農場のにんにく大王と大和農場の芍薬女王様のお二人がそろいました。この大和の地をかつて古のころ治めていたのは女性の長でした。脈々とその継承がなされているのでしょう。
 これからも楽しいSさんのガーデニングと農場作業がこの地でなされていくことでしょう。次回、またみゆきさんの訪問が待ち遠しいことです。

 話が弾んであっという間に15時20分です。16時に宮城県美術館での個展準備打ち合わせに間にあわせなければなりません。名残惜しいのですが出発の時間です。
 快適な高速ドライブで美術館に16時丁度に到着できました。みゆきさんの用事が済むまで私たちは遅いランチを美術館の中のレストランでいただきました。程なくしてみゆきさんも用件を済ませて合流です。

 明日の個展に当初予定に無かった、桜の大きな絵も急遽、明日朝までに搬入することになったとか。準備万端整い、明日を待つばかりです。皆さんで食べ終わり丁度17時の閉館時間になりました。
 あわの里天命舎に移動して18時半からの講演会までお話の続きです。

 昨年、みゆきさんが仙台にお越しになったとき、「あけの歌」がみゆきさんに現れていました。それまで断片的に言葉が来ていたようですが仙台へ来る直前にまとまったようです。
 川崎町の支倉常長の菩提寺の円福寺を訪れ、その山手にある上楯城本丸跡でみゆきさんが口ずさみ、その後に訪れた大和農場のお不動さんの滝の前で初めて歌われました。その時の歌を録音させていただきました。その翌日バスで巡った旅の中で、牡鹿半島の支倉常長が船出した月の浦で、皆さんの前でもご披露くださいました。その時の様子は以下のブログを参照ください。
(314「日本人の役割1」2014,6,17 315「日本人の役割2」2014,6,18  )
http://tenmei999.blogspot.jp/2014/06/3142014617.html
http://tenmei999.blogspot.jp/2014/06/3152014618.html

 歌詞はその時コピーをいただいており、録音した歌をSさんが楽譜に落としてくださり、それをみゆきさんに差し上げていたのです。そしたらあれよあれよの間に、このあけの歌が雅楽として世に認められて一般社団法人「あけのうた雅楽振興会」が誕生してしまいました。時代の要請で必要な時に新しい時代にと道開く響きと位置づけられたのでした。凄いことですし、その展開の速さには驚きです。詳しくは以下のHPをご覧ください。
一般社団法人「あけのうた雅楽振興会」http://www.akenoutagagaku.com/

2015年6月10日水曜日

445「無始1」2015,6,9

 久しぶりのブログを書いています。5月の連休の立花大敬さんから長い空白がありました。空白の中に実はとてつもないことが沢山ありました。少しずつ紹介していきます。
 その前に、今月になって起きたことの顛末の1つ先にお伝えします。

 実は私の愛用のパソコンが故障して上手く機能しなくなりました。文字が勝手に1字だけ、う、あるいはuの字だけですが打ち込まれてしまうのです。不定期ですが、1字がでたり、何字も連続で出てきたりするのです。

 6月2日に故障が発生し、3日に出入りの業者さんに見ていただき、対応を検討したのですが、何しろ原因不明です。早急に正常に作業できるためには新しいパソコンを購入することのようです。結局4日に新しい機種の見積もりを出していただき、新しいものを注文することにしました。
 そして昨日、8日にようやく新しいパソコンに入れ替えが完了しました。情報の移し換えに朝からスタートしてかれこれ完了したのが夕方です。無事に諸々の作業が正常に出来るようになり一安心しています。お蔭様でこのブログも書けるようになりました。
 
 6月4日は虫歯予防ディーです。6,4のむ、し、数字の語呂で活用されていますが、むしは他に無視、無私、無死がありますが、今年の6月4日を私は無始と読み解きました。無始は、無になって始まるです。今回のパソコンのトラブルは無にして新たな始まりのひとつかなとおもいます。

 実は後もうひとつ無始がありました。医院の洗濯機の乾燥機が6月2日故障してしまいました。3日に修理の業者さんに来ていただいたのですが、当初は掃除をしてベルトの交換で修理可能とのことでしたのでお願いしました。しかし程なくして、原因はモーターの故障とのこと。そしてメーカーに部品を取り合わせしたところ既に製造中止で交換不能と言うことになりました。致し方なく4日に電気屋さんで新しい乾燥機を発注してきました。こちらは納入まで13日もかかるのです。

 なぜか6月3,4日に絡んで起きています。そしてもうひとつ、これは無始と思えることが私におきていました。それは後でお伝えします。

 6月3日は、はせくらみゆきさんが仙台にお越しになり、あわの里天命舎で講演会を開催しました。6月4日からは、みゆきさんのリラクゼーション・アート展が宮城県美術館県民ギャラリーで開催されるのです。その準備もあり、仙台に前日入りして天命塾イベントの開催となりました。
 今回は6月6日にも個展に絡めてギャラリーで一般向けの講演会が予定されています。ですから6月3日講演会はその一般向けの内容とは異なり、少し濃厚な内容で、テンメイ会員限定の会にしていただくことになりました。
 
 3日の当初の予定は、みゆきさんを仙台空港に、大阪からの始発便の到着にあわせてお迎えに上がり、名取のテンメイ農場、等を見学して頂き、午後に個展の会場で打ち合わせして、18時前には天命舎の講演会に望む予定でした。
 しかし5月末にみゆきさんから連絡があり、東京で午前中予定があり新幹線で昼過ぎに到着と変更になりました。
 そんなことで3日13時ごろ仙台駅にみゆきさんをお迎えしてまずは、にんにく大王の待つテンメイ名取農場に向かいました。車中では久々の再会ですから弾む会話の中で新事実をお聞きしました。それはみゆきさんが3月末に東京へ引越しをされ、大きな断舎離をされたことです。「あっさりすべてはうまくいく」、そして「すべてはさくっと上手くいく」です。いろいろな出来事、変化が起きていますが、仙台の地でも同様な流れのようです。

 名取農場ではO農場長が待ち受けていて、再会を喜び、農場の変化進展を説明いただきました。みゆきさんはじゃがいもさんや、紫蘇さん、カモミールさん、たまねぎさん、そしてにんにく大王さん等とお話になり、植物の皆さんの言葉、思いを取り次いでくださいました。楽しいニューワールドです。野生の植物と畑で栽培されているものは違うようです。栽培者の思いが植物には通じているのです。

 4年前の震災の時に名取農場は津波の被害を免れました。生垣の境の隣地は水没し、道路となりの田んぼは瓦礫で覆われたのでしたが、我が畑は不思議なことにほとんど無傷でした。震災4ヵ月後にみゆきさんに名取農場にお越しいただきました。
(このブログの101.「宇宙」2011年7月14日を参照ください。)
http://sendaitenmei.blog108.fc2.com/blog-entry-101.html

 その時に今いる、にんにくさんのご先祖さんから、みゆきさんがお言葉を受けたのでした。
「我々は頑張った、一粒万倍でこの思いを伝え広めていく」
 大王様が津波は3度この地に来襲したが皆でエネルギーを出してこの地を守ったと言っているといいます。プライド、気位が高いにんにく大王様です。その大王様の子孫を母屋となりの畑に移して4年目です。今あるにんにくさん達もその遺伝子を受け継いでいて、この畑地の大王の威厳があります。ですからしっかり「一粒万倍でこの思い」を継承しているそうです。

 こぼれ種で自生していた紫蘇さんを綺麗に畝に植え直ししていたのですが、さながら田舎の自由奔放な娘さんのごとくに、整列させられて窮屈だと言い、水が欲しいとのこと。早速に水をかけてあげると、話し出して活き活きしてきました。そばににんにく大王さんがいることを伝えると、大喜びしているようです。にんにく大王さんの隣のたまねぎさんも誉れ高き大王様の傍で感激しているとのことです。


 カモミールさんはO農場長が大好きなようです。おかげでそこかしこにカモミールが群生し大きくなっています。




 賑やかなじゃがいも畑等などもみゆきさんに通訳していただくと、新しい次元の世界が目の前に存在していることに気づかされます。形は認知できてもそこにある無形存在との意念を通じることは異次元とのコンタクトです。みゆきさんからこのような存在物コミュニケーションの必要性を気づかされ、その能力会得の方法をお教えいただくことが出来ました。それは夜のセミナーでです。
 あっという間に時間が過ぎます。16時には個展会場に行き、打ち合わせが予定されています。2時間弱ほどありますので、大和農場にもお連れすることにしました。高速道路で30数分で到着です。

2015年5月26日火曜日

444「禅の会8」2015,5,26

 延命十句観音経は通算で3,000回唱えるのが基本です。そして願望はお経をあげる始めと終わりにするのが基本で、お経の最後に普回向を唱えます。
 普回向は以下です。
 願わくは此の功徳を以て普く一切に及ぼし(ねがわくはこのくどくをもってあまねくいっさいにおよばし)
 我等と衆生と皆共に仏道を成ぜんことを (われらとしゅうじょうとみなもとにぶつどうをじょうぜんことを)
 略三宝
 十方三世一切仏。(じーほーさんしーいーしーふー)
 諸尊菩薩摩訶薩。(しーそんぶーさーもーこーさー)
 摩訶般若波羅蜜。(もーこーほーじゃーほーろーみー)
 十方は四方八方の八と上下を合わせて十方で全てという意味で、三世は過去・現在・未
来の一切の仏様。諸々の菩薩行を行っている仏様。そして、摩訶般若波羅蜜は、摩訶=大いなる、般若=智慧、波羅蜜=至彼岸(悟り)で、偉大なる仏教的智慧の完成。

 延命十句観音経はいのちを伸ばすお経です。病気や精神的な悩みが解放される成功体験を得られます。このお経は白隠禅師が広められました。
 これによって、形体形成場が出来るので、人生を生きて行く武器として有効です。

 印としては合掌が一番良いです。両手が一体化して、目標と今を一体化出来る形です。次には、法界定印ですが、この印は宇宙全体を安定させるものです。ゆりかごに居るようなイメージでこの2つの印で良いです。



 常楽我浄のところですが、
常とは、いのちは永遠で、楽とは、いのちは本当に楽しいものだ。我、大我、アートマン、本当の私は永遠、無限だ。そして浄ということは、いのちは清らかだ、ということです。
 空、無、無常で、汚穢がこの世です。ですから小乗仏教では早くこの世を去る為に修行をします。しかし大乗仏教は、この地上は素晴らしい、永遠の喜びと捉えます。私がアートマンで清らかで、楽しいと言っているのです。

 私はこんな人生で良いのか、を繰り返してきたのですが、42歳から一気に変わりました。人生には皆、時機がありますので、兎に角、今やれることをしっかりすること。常に心にイメージしていると良いです。

 ここにいるとホッとしますが、日常でイライラすることを繰り返していても良いです。兎に角、自分を信じることです。自分の中に無限に向上して行く意志があるので、それに任せてすることです。つまらない事や、怒こられる事があっても、そこを進んで行くのです。 
 人生は綺麗ごとと違います。喜怒哀楽の世界の繰り返しです。それで良いです。なにしろ私が目指しているのは35世紀です。何度も生まれ変わり、繰り返し、繰り返しして会うのです。
 そして自分を責めない事です。現在の心境を認めて、受け入れることです。しかし良心的な人ほど自分を責めるのです。少し反省したら、直ぐに自分を受け入れ、抱きしめて、良し、良しをすると良いです。
 自分を愛し、許し、受け入れることが出来たら、相手を愛し、許し受け入れることができます。相手に敵を作り、イライラしている自分のここを治す、という考え方は間違っています。否定形は心には受け付けられません。

 禅の公案で有名なものがあります。百丈さんのところに夜に白髪の老人、昔の住職が現れました。間違った指導をして、「悟った人は因果の世界に落ちない」と言ってしまい、間違っていたのでキツネになってしまった。そして500回生まれ変わったがまだキツネだ。どう答えたらこの世界に落ちなくて済んだか、と百丈さんに聞きます。
「不昧因果で、因果をくらます事が出来ない」と答えます。それを聞いて気づいて、「ならばキツネとして生きて行こう」、と決めたら人間に生まれ変わることができた。と言う内容です。
 嫌な事を捉えると、否定的なことを再生産するのでそこから出られません。嫌な事を心にいつも描くので、形の世界にそれを作り、それを見て又、嫌な、否定的なものを作り、悪循環に入っていきます。嫌な人の中に良いところを見つけるのです。すると嫌な人だけど、ちょっと良い人が現れて、だんだん良い人になるのです。僕の出来ること、「ちょっと良いところ見れるか」で人生が変わるものです。

 この世界は、引き寄せで自分に相応しい人が来ています。全部を自分が引き寄せているのです。ここの会場には極めて正常な人が来ています。禅の会では最初は変な人が来ていたのですが、直ぐに止めて行きます。師が全てを語っているのではなく、聞いている人の波動と共鳴して言葉が出るのです。ですから今日のお話は皆さんが引き出してくれているのです。
 若いころ、師匠に会って質問して答えてもらっていました。すると先輩が、その答えは初めて聞いたと言っていました。私がその答えを引き出していたのです。師と弟子の共鳴で出ています。

 私は殻に囲まれた自分から殻が空けた自分になるのに、自分に絶望して、ダメと思って自己崩壊してなりました。自分で守る殻では守れないと分かるとその殻が取れます。取れた瞬間に皆がひとつと思います。そして自分の殻がとれたら周りの人の殻も取れるのです。
倒産したり、病気になると辛いです。絶望して殻を取るのは大変です。坐禅をしていると殻に隙間が出来るのです。しかし難しい坐禅はダメです。ふんわり、おっとりしたやすらぎ、養いの坐禅が良いのです。そうしていると必要に応じて殻が破れるのです。
 そして必要に応じて殻を作れないとダメです。それぞれの場で自分の殻を作り、自由奔放に出来ないとダメなのです。
 坐禅と延命十句観音経でいのちの殻の制限を取ると伸ばす事が出来ます。道場の坐禅はダメです。自然の中に静かに坐っている姿が自然です。殻が破れ、緊張が取れた時に、身体が自由自在に動くのです。」

 良い会場の雰囲気、エネルギーが充ち満ちて、あっという間に終わりに成りました。大敬さんにサインを頂き、記念撮影をして、今日の出逢いをありがたく、感謝で喜びにお別れしました。会場から直ぐに仙台空港に向かわれる大敬さん達を多くの方々がお見送りして下さいました。

 次回の講演会はいつになるか分かりませんが、座禅の指導もして頂けたら良いなと思っています。

 今朝にあわの里天命舎から講演会場への歩く時に大敬さんとの会話の中で、仙台天命塾に付いて、「これまで17年、続けて来られている事は、なによりも素晴らしいことですよ。」と頂きました。仙台天命塾の原点の近藤ジミーさんと大敬さんに仙台にお越し頂きこのような会を開催できたことはありがたいことです。
「ひとついのち」を響き合う仲間と培い、喜びに生きる場として、これからも仙台天命塾がお役立ち出来れば嬉しい限りです。これからもご支援協力宜しくお願いします。
 このブログで444回です。良い良い良いです。ありがとうございます。

443「禅の会7」2015,5,26

 いのちは1つです。あの人も、この人も私です。宇宙全体、全てが私です。その自覚は難しいのですがそう念ずるのです。自分も他人、他人も自分で、通い合っているいのちと念じていたら良いのです。
 自分の殻が開けて来ると、そこに隙間があって、いのちが交流しているので、思いが外に伝わって行きます。しかし殻があると、自分が思っても外へ出て行かないので伝わらないのです。思いが伝わる、ひとついのちの自覚です。声を大きく言う必要はありません。

 私は本も出版し、講演会も出来て、学校でも出世し、定年退職できました。今、嘱託講師をしているのですが、来年からは非常勤講師でもっと時間が出来るので、これからは大敬カンパニーをやって講演活動などをして行きます。
 私は43才から文章を書けるようになりました。それは自分の力で書いたものでないので、書いたもののお金はもらえないのです。ですから印税などありません。でも私の家内はしっかりしていて、良いマネージャーです。

 大明呪は個人を越えた智慧と光明を受ける祝福の響きです。
 無上呪はどこまでも進化向上しようという意志を授ける祝福の響きです。
 無等等呪はそれぞれの人が持つ天命、役割の成就を援助する祝福の響きです。
 全ての人が成長し、最終ゴールへ行ってほしいというのが宇宙の意思です。どんなパートで響くかは違いますが、宇宙全体の大交響曲です。

 空っぽ財布のことを話します。必要な時に、必要なものが来る、と分かっていたら貯め込む必要がありません。今は恐怖心でいろいろなものを貯め込んでいます。その為に格差社会になっています。それを変えるには、各自が実践して、成功体験を積み上げる事が必要です。すべてはイメージを心に描けば良いのです。そして素直に受け取り、イメージの中で実践するのです。観音経を読んでいる人はイメージで助かるのです。危機一髪で救われるのです。御利益信仰の典型が観音経ですが、禅は現世利益を求めない世界です。

 良いお経としては資料のお経が良いです。最初に延命十句観音経のお話をします。
 延命十句観音経(えんめいじゅっくかんのんきょう)は願いを叶えてくれるお経です。
 観世音 南無仏 (かんぜおん  なむぶつ)
 与仏有因 与仏有縁 (よぶつういん  よぶつうえん)
 仏法僧縁 常楽我浄 (ぶっぽうそうえん  じょうらくがじょう)
 朝念観世音 暮念観世音 (ちょうねんかんぜおん  ぼねんかんぜおん) 
 念念従心起 念念不離心 (ねんねんじゅうしんき  ねんねんふりしん)   
 願いは個人の問題としてすると、他いろいろな方に行くことはエネルギーが分散するので、それは心配している人と同じになってしまい、結果的に何もものに成らないのです。ですからお願いはあまり具体的でない方が良いのです。
 特別なものを願う特殊暗示から、一般的なものを願う一般暗示へ変えた方が良いです。特殊暗示とは、「お金持ちに成る様に」と言うようなものです。しかしこの願いは副作用が大きいです。自分の中にある抵抗観念が強いので言うほどお金が入らないのです。
一方、一般暗示は、「これから毎日、あらゆる面において一層良くなって行く。」と言うものです。これは夜寝る前か、朝起きて直ぐにこの一般暗示をすると良いです。内容としては、「全体として私の人生が良くなる」と念じることです。
 私は観音ステージで沢山いろいろなものを受けていますが、こちらの暗示の方が優っています。
 三国志の中で項羽と劉邦で戦いあいますが、結局は劉邦が勝ちました。局面で勝っても全体で負けてはどうしようもないのです。その為に一般暗示の方が良いのです。しかし特効薬でないので速効性が無いのですが効果はあります。

 四句誓願文(しぐせいがもん)は、これは菩薩の誓願です。
 衆生無辺誓願度 (しゅじょう むへん せいがんど)
 煩悩無尽誓願断 (ぼんのう むじん せいがんだん)
 法門無量誓願学 (ほうもん むりょう せいがんがく)
 仏道無上誓願成 (ぶつどう むじょう せいがんじょう)

 その意味の概略は以下です。
「衆生をどこまでも救いたい。私の煩悩は限りないが、断ち切る様に努力する。
この世で勉強するものは限りないが達成する。この道は遠くまで続くがゴールする。」
と言うものです。
 来世は役割が変わって行くのですが、仲間を拡げて、1人残さず皆で最後にゴールするという菩薩の誓願です。
 菩薩とは、本来は仏に成れたのですが、この地上に残って皆が救われる為にしている方です。しかし、それは当たり前のことです。なぜならば、ひとついのちで全部のいのちが自分だからです。悩んでいる人は私であり、その人がいるということはまだ悟っていないということです。ですからお釈迦様も悟っていないのです。悩んで、辛い思いをしている私もお釈迦様なのです。

 次は懺悔文(ざんげもん)です。
 我昔所造諸悪業 (がしゃくしょぞう しょあくごう)
 皆由無始貪瞋痴 (かいゆむし とんじんち)
 従身語意之所生 (じゅうしんごい ししょしょう)
 一切我今皆懺悔 (いっさいがこん かいさんげ)

 我々が作った諸々の悪業、貪(とん)瞋(じん)痴(ち)(貪り・怒り・愚かさ)は身、口、意から生じるが、それら一切をお詫びする。と言うものです。
 自分の罪は人類全体の罪です。
 オウム真理教の人達も普通の人で、敵ではありません。皆、地盤を共有しているものです。しかし敵を作り、いじめなど、学校で起きている事は世の中で起きていることです。

442「禅の会6」2015,5,25

  いよいよ大敬さんの講演会が始まりました。
「昨日山形でお話ししましたが、2日続けて参加の方もいる様ですから、少し内容を変えてお話します。
 般若心経の順読みは自力から他力へ進むながれです。
 禅宗で若いうちは頑張るのですが出来ません。そうして絶望して、もっと大きい力が働いていることに気付いて、活動できるようになります。
 一方、逆読みは他力から自力への読み方です。
 私は元々、芯の無い、絶望しやすいダメな人間でした。45歳まで定職がなく、絶望で生きていたので、直ぐに他力へ移れました。そうして勉強している内に自信がでてきて、自力へ移れました。
 福岡で禅の会をしていますが、皆さん感動するのが逆読みです。順読みは普賢、文殊、弥勒、観音と読むものです。
 
 普賢さんは、心が現実を作る事っていることを発見することが前提です。その為にはまず心をクリアーにすることが必要です。ぐじゃぐじゃ書かれた黒板で心配しているとなかなか絞れないので上手く描けません。まず黒板を綺麗にすることです。そしてその上に描く事が大切です。そうすると心さんが現象化してくれます。
 自力の限界があり、次は文殊さんです。普賢さんはエネルギーが分散しているのです。そこには抵抗観念があります。文殊さんはその抵抗観念を持つものを断つことをします。でもなかなか自力では出来ません。
 エミールクーエの自己暗示法があります。自分の持つ抵抗観念を切るのは、ウトウトした時か、目覚めてすぐの時には意識が弱くなっているので、潜在意識に埋め込めます。顕在意識が抵抗観念を作っているのでその時が有効です。
 
 禅の教えは素晴らしいのですが、それはエリートの教えで、本当に悟っている人は道場に1人いるかどうかです。平らな土地に杉の大木が1本生えているのですが、最初は小さいもの沢山生えていて、その内1つだけが残って育ったんだ、という世界です。しかしそういう発想は間違っています。禅の教えの間違いは、1人の悟った人を作る為のものだというところです。そのことが私がそこから離れて行った原因です。
 私のする禅はゆったり、ほんわりと、ボーと半分寝ている状態で、難しいこと考えられないものです。そしてその状態では願望が入りやすいのです。自力でない方法が良いです。自力では難しい人がほとんどです。
 
 逆読みでは弥勒から入ります。そこは波動だけ、響だけの世界です。耳を傾けるだけでいいのです。心を素直な楽器にしなさい、そうすると響きます。しかし自己主張のある人は楽器になれません。楽器は中が空洞で、空洞がないと楽器になれません。その為に、良い波動を持っている人の処に行って素直に受けることです。反発しないことで自分の楽器が振動します。そこで今度は自分の楽器が発振するのです。
 心も楽器なので、共鳴するとそれに合わせて世界が出来ます。悪い世界に共鳴していると、汚い絵が出来ます。自分の力でするのではなく共鳴すると、周りに幸せな世界が出来ます。
 一番大切なことは、良い波動の人、良い波動の先生に付く事です。今のスピリチャル難民の人達は、良い先生を見つけられない人達です。恐怖心を持たせる人はダメです。それは滅亡の振動です。そこに集っている人達を見て、その波動、振動を見ることです。お金ばかり取る処はダメです。禅の会に変な人来ても1回で辞めてしまいます。人畜無害で大敬さんに長い目で付いてくれる人は助かっています。
 更に良い経典を読む事、そして随喜法が良い。自分の周りに成功した人いると普通は嫉妬し、けなすのですが、逆にそれを良く成功できた、と喜んであげることです。そうすると自分もだんだんと願いが叶うようになります。相手の喜びを共に喜ぶ、という随喜法をすると良いです。そうして成功体験を自分のものにするのです。このような波動法は弥勒さんの方法です。
 
 観音様は音の響きを静かに感じて行く世界です。聞光、光を聞く。観音、音を観る。全ては波動です。それを自分の楽器で聴くのです。五感全部で聴き、全てを通して聴いていると響きが観えてくるのです。響きに耳を澄ませるのです。
 宇宙全体に4種のものが遍満しています。大神呪、大明呪、無上呪、無等等呪です。この響きはなにか。呪の字の元字は口が二つです。それは繰り返しのことで、振動し響いているものです。そしてお祝いから来ています。
 私達を宇宙全体が祝福してくれているので、それを素直に受けるだけで良いのです。他力で良いのです。自分で何かをするから聴けないし、受け取れないのです。

 大神呪は個人性を越えた能力のことです。大敬さんは観音ステージに居るので自力がないのです。自分の知恵はないし、獲得した知恵がないのです。これまで目標を立てて、その計画へ向かう生活をしていたのですが、それは絶望して消えてしまいました。今は何もないのです。しかし、何も無くても世界がセッティングされているのです。

 45歳で高校教師の定職に就きました。物理の教師になったのですが、物理は勉強したこと無かったのです。ですから採用試験を受けたのですが、テストを受けずに帰って来てしまいました。ところが採用されてしまいました。電話では信じられないので確約書を送ってもらいました。ありえないことです。目標を持ったのではなく、全てが上手く運ぶようになっているのです。そして1年目で生徒たちは物理で日本1になりました。
 私が45才に観音レベルになってから全ては起きたのです。




441「禅の会5」2015,5,24

 4日朝に大敬さん達をホテルに迎えていよいよ仙台講演会です。開始までまだ時間があるので皆さんと、あわの里天命舎でコーヒーを飲みながら歓談の時間を持てました。
 今回の大敬さん仙台講演に当たっての私の希望、目的の一つには大敬さんにあわの里天命舎に来て頂く事、もし時間的に余裕があれば、大和農場、名取農場を見学して頂く事がありました。しかし、後者は時間的に難しいので、是非とも前者はと思っていました。
 講演会場はあわの里天命舎から徒歩5分ほどです。かれこれ30~40分程滞在して、仙台天命塾の活動を紹介していろいろ雑談をしていました。終わりのころにあわの里天命舎の有りよう、雰囲気に話が及んだ時に大敬さんから以下の様なお話がありました。

「良い感じでリラックスしますね。前に一度、舩井幸雄先生の会長室にお邪魔した時にその部屋で感じたようなもので、良いですよ。」
 私は舩井先生の会長室は知る由もないのですが、舩井さんの部屋と同様のエネルギーが感じられるというのですから、嬉しい限りです。
 そして以下の様に話は続きました。
「禅の会で昨年から使用している森の家は福岡から少し遠くて、月1度の禅の会の時くらいしか私は使えないので、この様な所が福岡市内にあると良いですね。事務所的に私が書きものをしたり、研修室のように皆さんで集まれたり出来たら良いですね。こんなに広くなくて半分位でもいいですね。」
 それを聞いていた近藤ジミーさんは、
「そうですね、考えてみましょうね。」とお応えしていました。
 仙台に来て、街中のたまり場のイメージが広がったようです。そして来年からの大敬&カンパニーの活動に活かされることに成るかもしれません。

 講演会は定員を超える方の参加を頂きありがたき、嬉しきことで素晴らしい時空間ができました。
 仙台での最初は山形と同様に近藤洋一さんの「今必要なこと」のお話しから始まりました。山形でのお話も含めて簡単に紹介します。


「立花大敬さんは19歳の時に、21世紀の文明を築く為に新しい思想を作る必要があると思われて、禅を始められました。私も18歳の高校卒業の時にこれからの未来像を発表しましたが、その中で自分は、「地球を転がす様な人間に成りたい」と思っていました。この想いが大敬さんとの出逢いのきっかけになっているようです。
 21世紀の根本計画があって、私達が思っているのと違う事で世の中は動いています。私は高校は同志社だったのですが、親の会社がダメになり、経済的な事があり国立大に行きました。
 第一志望の大學は法学部を受けて、試験でヤマを張っていたのですが、物理解析は全く分からない問題で、結局すべってしまいました。なぜそのような問題が出たのか。結果的に法学部はダメになり、2期校の京都繊維工芸大の理科系に行ったのですが、今、この様な仕事をしている事を通して、その意味を感じています。進むべき道に導かれる人生の面白さです。
 1980年代にアメリカの留学生が私の処にホームステイしていて、その両親が京都に来たので家族と夕食共にしました。お別れをして家に帰る時に面白い体験をしました。
私は電車に乗って、立ちながら100番目のサルの本を読んでいました。その時一緒にいた、下の3才の娘が私の足のところで眠り出してしまいました。どうしようと思って、周りを見ると少し離れた席に本が置いてあって、空いているのに気付きました。あそこに娘が座れたらと思ったら、娘がすたすたと歩きだしてそこの席に行って、その本を隣のおじさんに渡して座ってそこですうすうと寝始めたのです。私が思ったことを娘が行動に移したことに驚きました。
 100匹目のサル現象は、宮崎県の幸島の野生ざるの中で起きたことです。メスの若いサルが芋を洗って食べ始めたらそれが広まり、ある数がそれをするようになったら、他の処でも芋を洗うサルが現れたという現象です。しかし最後まで洗うのを避けたのが中年のオスザルでした。習慣を変えることをある人がして、ある数になると、それが空間を越えて他でも行われることです。
 これからはこの100匹目のサル現象を起こしていく必要があります。それは脳か、心から出た波動が起こしていることで、思う事で起きています。
 
 これから大事なのは、天の時、地の利、人の輪です。
天の時は、溶けて、解けていきます。そして深く静かに思っていると実現する100匹目のサル現象を起こして行きます。
 村上節さんの文明法則史学がありますが、文明は800年周期で動いていて1600年のサイクルがあります。
又、ガイヤの法則によると1611年周期、約1600年で経度が22,5度移りながら文明の移行があると言います。
 メソポタミヤ文明からインダス文明、更にガンジス文明から唐へ、そして今は日本に移って来ています。そこは東経135度のあたりと言われて、日本では淡路島で、国生み神話のあるおのころ島です。このような地球のエネルギーの移行があり、破壊と繁栄が繰り替えされているようです。

 2012年12月21日にマヤ歴は終わると言われていましたが、本当は2011年10月28日にマヤ歴は終わりました。2012年12月21日が違うという事は、カールヨハン・コールマン氏が検証しています。
 その2011年10月28日に、私は車を運転して有馬温泉に行ったのですが、その時に不思議な体験をしました。前の車の等のナンバーが、1111、111、1001、11の車をそれぞれ2台ずつ、更に1の車を3台見かけたのです。1は始まりの番号ですから、今日、10月28日が始まりの日と確信しました。

 このマヤ歴が変わることによって3つの大きな変化があると言われています。
1つ目のことですが、宇宙にはその意思による宇宙計画があります。人間の程度は悪いので、これまでその計画に関係できませんでした。しかし2011年10月28日からその計画に人間も参画できる様になりました。
 2つ目には時間概念の事です。時間も時計時間のクロノスという機械的なものと、時、意識時間のカイロスという自分時間があります。それを理解してカイロスを使えるようになります。時とは溶解のときで、それによってシンクロニシティ―がいろいろ起きて来てきます。
 3つ目は、右脳と左脳が同調することです。つまり女性性と男性性の一体化です。
新しい時代にはこの3つが機能します。そしていよいよ日本の時代が来ます。
来年からは大敬&カンパニーで全国行脚を本格的に始めます。その先駆けが今回の講演会に成ります。」
 近藤太郎さんのバンクシアフットネスも皆さんに好評でした。

2015年5月22日金曜日

440「禅の会4」2015,5,22

「観音様が観じている宇宙に遍満する音、響とは何かです。観音の呪は祝福の響きです。般若心経の呪の処のその響きの意味は以下です。
 大神呪は個人性を越えた能力を授け、援助してくれる響き
   大明呪は個人を越えた知恵と光明を授ける響き
 無上呪はどこまでも進化向上しようという意志を授ける祝福の響き
 無等等呪はそれぞれの人が持つ天命、役割の成就を援助する祝福の響き

 宇宙の大交響曲で各自が違う響きがあります。
 そして宇宙遍満音の音源はどこかです。「羯諦、羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提 薩婆訶」の処に成ります。
 いよいよフィナーレへ行きます。それは釈迦が悟った時にみたものです。皆で一緒にゴールした世界です。
「羯諦・・」の意味は、
「着いた、着いた、ゴールに着いた。ゴールに皆一緒に到達した。ああ、素晴らしい達成成就よ。めでたし、有り難し。」と言う事です。
 これらはひとついのちのゴールインプログラムです。役割の違いがありますし、今生で何かを仕上げる必要はないのです。

・「ひとついのち」のゴールインプログラム。
1 釈迦は菩提樹のもとで悟り、人類の魂のゴールビジョンを見た
2 釈迦は「心(宇宙全体)」の中央に、そのビジョンが据えられた。
3 宇宙全体が、その根本ビジョンに従って響き始めた(四呪)
4 そのゴールビジョンに従って世界が配置され始めた。
5 各人に、ゴールインの為に必要な役割、天命が割り当てられた。
6 全員(一人残さず)でゴールインする(35世紀)

・「ひとついのち」メンバー心得
1 まず、自分が好きであること
2 人々や世界が好きであること
3 役割を受け入れて誠実に務める(リーダーシップよりメンバーシップ)
4 明るく温かい場作りに努める
5 決めつけない心、軽やかな行動

・「ひとついのち」が身に付いてくると起こる事
1 平滑化現象(スラスラ)
2 同時化現象(ピたピた)
3 セレンディピティ(思いがけぬハッピー)

 人間が描く想いはたいしたことありません。思いがけないハッピーを受け入れることです。しかし目標や計画に拘り、執着する人はそれは受け入れられません。想定外の事を否定するのはダメです。
 例えば、新聞にあることでお金を貰えることが書いてあるとすると、幸せ感の人のグループは素直にそのお金を貰えるのですが、不幸せ感の人のグループはそのことに気付かないのです。
 計画通りはダメで、ダメなら次をすれば良いのです。ですから固執しない人が幸せ得られるます。

 禅は達人の為のもので、各界の達人の人が求めるものです。ですから禅は、凡人は相手にしない世界です。エリートのもので、その人が成功しても全体の幸せに関係ないものです。
 囲いを取り外して幸せに成れた、そこにはひとついのち、それが生きている世界です。それを信じるかだけです。私は信じたらそれに従った世界が現れました。達人の人は禅のそれで良いのです。自分の分身ですから、自分がその局面にあてられた人がそれをやれば良いのです。そのように分業ですれば良いのです。
 悟る仕方はそれぞれ違います。この人生でどうなのか、自分を越えたところの行動をとることです。自分の囲いの殻の取り方がそれぞれ違います。如何に自分の囲いの殻を薄くすることが出来るのかです。そこには神様との付き合い方があります。
 心の浄化法として、座禅、延命十句観音経が良いです。お経の読む回数を自分で決めてすることです。」

 会場の皆さんは大敬さんが初めての方が沢山でしたが、ゆったり、ほぐれた、喜びのエネルギーに満たされ、感謝の拍手で講演は終了しました。
 大敬さんの新刊「2万人の人生を変えた22通の手紙」は目出度く完売してしましました。明日の仙台会場での販売は無しです。皆さん大敬さんのサインを頂く為に列を成しています。大敬さんの来年からの全国行脚のプレイベント1日目は成功裏に終わる事が出来ました。
 仙台への帰りの高速道路はスムーズで予定より早く着く事が出来ました。お蔭様で大敬さんにホテルでお休みいただける時間が取れました。
 今回、大敬さんは懇親会も出席して下さることになっています。講演の中でもお話していましたが、ほとんど懇親会は出られないのです。山形の方々と仙台の天命塾関係の皆さんで有意義な食事会に成りました。私達は別の席でほとんど大敬さんのお話をお聞きすることが出来ませんでしたが、それはそれなりに、近藤さん達と楽しい宴を満喫できました。