2024年6月14日金曜日

3458「感謝と自我」2024.6.14

  今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年05月31日の記事を紹介します。


「感謝と自我」


感謝の言葉、「ありがとう」 、この言葉を繰り返し使うことで、 

・ご自分に沢山の幸運が訪れ

・物事がスムーズに運び

・悪意あるものから守られる 

のだそうです。 

この言葉の持つ霊的な波動は英語の「サンキュー」などと異なり、独自の高い波動を持ち、日本特有のものです。 

では今日は、幸せになる方法を書いてみたいと思います。 

ブッダの教えの真髄は、感謝の心、小林正観さんは、そう悟り、それを講演会で語ったのだそうです。 →参考元

それは、私たち日本人の心に根付いている日本神道でも同じです。 感謝の心です。 

ブッダの教えの根本は感謝すること。そう、お話した正観さんは

その日 ホテルに入って夜一人の時、何故か 止めどなく涙が溢れたのだそうです。

この涙はなんだろう?

正観さんらしく。 全ての行動を時間を巻き戻しながら点検したのだそうです。 

その結果、講演会でブッダの教えの基本は感謝することと、お話したことを思い出しました。

それからです。 

正観さんが、「ありがとう・感謝」の検証を始めたのは・・ 

正観さんは当時、年に数回、決まった日に宇宙から、人類にとって重要なメッセージを受け取っていたのですが、この講演会での波動・意識が宇宙に届いたんでしょう。

だから宇宙から、その通りですよと涙が流れたらしいのです。

  

正観さんは、学生時代、霊的な巨人、高橋信次さんから、ブッダの弟子であった過去を教えてもらっていました。

ですので、現代において、ブッダの教えの真髄を世に広めるご縁があったのでしょう。

また、小林正観さんから悟りを得た人と称された波動の法則で有名な、足立育朗さんが講演会で感謝することの波動的な意味を説明しておられました。

人間の自我と欲  

自分だけは・・・という思いの波動、振動波は波が高く、大きい。

つまり低い。波動が粗い。 

 

しかし、そこで感謝の心を起こすと自我と欲の、山の波に対し、感謝の波は、逆の相、

つまり、谷となって覆いかぶさるそうなのです。

つまり 山を谷で、相殺し、ゼロカウント、フラットな精妙な波に変えてしまう。

感謝の心は。干渉波となって働く、という事ですと仰いました。

感謝の波動は、自我や欲望の、荒々しい波動に干渉して、精妙な波動にしてしまうと言うことです。

神さまの波動は、精妙(波の高さが小さく)で、振動数が非常に高い、そう言われています。 

ですから、

・自分だけは、、

・俺が俺が、

・私は私は、

・どうして私だけ、、、

などの自我や欲望を持っていたとしても、例え波動の荒い心であったとしても、そこに感謝の気持ちが起きてくると、一瞬で神さまの波動に近づけると言うことです。 

  

これは、画期的なことです。 

「ありがとう」 という言葉、これは言霊として、宇宙一のパワーがあると言われています。

その理由がここにあったのです。 

心が伴わなくとも、言葉だけでも、威力を発揮すると言われていますが、

これに心まで伴ってくれば、どれほどのパワーを発揮するか、計り知れないものがあります。

感謝の思いが強ければ、自我だらけで、負の環境、苦しみの環境しか生み出さなかった心が、

波動の逆転現象を起こし、神々の波動に近付き、良きものを引き寄せ、天国のような美しい

環境を作り出すと言うことです。

感謝の心さえ持てれば、「ありがとう」の言葉を口にさえすれば、悪しき出来事に見えることさえ、一瞬で、その出来事を神さまからのプレゼントに変えてしまいます。 

もし 何に、どう感謝して良いのか、どうしてもわからない時は、ひとまず、ありがとうの言霊を繰り返してみてください。 

口に出しても、心の中ででも構いません。 

感謝の心は神さまの恩寵を、この世界に現実化する媒体です。  

感謝の心が神さまの恩寵を現実化します。

また過去にご縁のあった方々の お顔を思い出し、お一人、お一人に心の中で、ありがとうを投げかけてみてください。  

人の思いと言うのは時間と空間の制約を受けません。

必ず、相手に届きます。 

出会って下さった方は、良きも悪きも全て私たちの生まれてきた目的を、遂行するのに必要な方々でした。  

生まれてくる前に、お互いに約束してきた方でした。

その方々にお一人お一人、感謝の言葉をかけてみてください。 

そうすることで、今までの経験が、辛かった経験さえ、一瞬で、宝石の体験に変えてしまいます。 

過去を一瞬で感謝の体験に変容できたのなら、今現在の環境に対しても、同じことができるはずです。 

過去・現在に関して、受け取る体験を全て、感謝の体験、ありがとうと言えるなら、

もう未来には、幸せな出来事しか起きないことでしょう。

   

例え、同じ境遇に置かれても、そこを天国だと感じ、幸せを噛みしめ、神さまの心、感謝の心で満たされることでしょう。 

これが空海の説いた即身成仏の、本当の意味です。 

空海は、悩み苦しむ私たちに、こう教えてくださいました。 

生きとし生けるもの、すべてに命があり、心がある。

そのことを忘れてはいけないよ。

すべては、一人一人の命の働きから始まるのだ。

難しく考えることはない。

素直に生きて、皆に感謝をしなさい。

そして、おのれの魂が喜ぶ生き方をしなさい。

さすれば、道は開くであろう。 

是非、お試しください。



2024年6月13日木曜日

3457「神さまと繋がること」2024.6.13

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年05月30日の記事を紹介します。


「神さまと繋がること」


この夜明け前の一番暗い時、ヨハネの黙示録の中で示されている

第7のラッパの音が鳴り響く世の中で生きていて

一番心強いことは、やはり、神様とともに生きることではないでしょうか。 

神様と生きる 

そうは言っても、ピンとこない方も多いかもしれません。

ですが、もともと私たちは

神さまから魂の一部を頂いて生まれてきました。

元春日大社宮司で、高名な形成外科医であった葉室頼昭さんのご著書を基にして書きたいと思います。 

はじめのはじめ、至高の神の意志がありました。 

神さまは自分のご意思を実行に移すために

150億年前、ビッグバンを起こし、全てが始まりました。 


古事記によれば宇宙で一番はじめに現れた神は、

天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)です。

ですが、すぐにお隠れになりました。

その後まもなく現れたのが 

・高御産巣日神(たかみむすひのかみ)

・神産巣日神(かみむすひのかみ) 

やはり同じようにすぐに姿を隠してしまいました。

この3柱の神を造化三神(ぞうけさんしん)と呼びます。 

むすひのかみ達は、以前記事にも書きましたが 

量子力学で言われる「弱い力」、つまり中間子、素粒子を結びつける力です。 

日本の湯川博士が発見しました。 

この力が存在したために、原始ができ、分子になり、物質が生まれました。 

 

つまり、この宇宙に存在する物すべてに原子よりももっと小さなレベルで、

神々が宿っているということになります。 

もちろん私たちの中にも至高の神さまがいらっしゃいます。

私たちの考えていること 

過去、現在、未来、全て見渡して、私たちとともにいらしてくれます。

  

葉室元宮司が仰るには、神さまの意図、つまり至高の神が宇宙を創造した目的は 

外側から、神さま自身の 真・善・美を見て味わい、知ること。 

内側からでは、自分自身を見ること、知ること、感じることができないからです。 

そのため、宇宙神から頂いた、魂、生命を使い、枝分かれした生命体たちは、

様々なことを経験し、味わい、知ります。 

その経験、知識を集めて、再び私たちは、宇宙神の元に戻ります。 

ですから、私たちが経験すること、感じること、思うこと・・ 

それに善悪はありません。

全てが経験として蓄積されるからです。

 

ですから私たちは、人の行動、言葉の一面だけを切り取り、受け取って 

良い、悪い のジャッジをすることはできません。 

その経験も、宇宙・創造神にとっては必要な経験だからです。

色んな宇宙、星々、そして3次元、4次元、5次元・・ いろんな次元で

宇宙神から生み出された沢山の魂たちが、経験を積んでいます。 

ですが、その中でも、地球と言う私たちの惑星、それも3次元の世界は 

生まれ変わり、つまり魂たちが経験するために

肉体をまとい、生まれてくる場所として、大変人気が高く、倍率が高いようです。

何故なら私たちには 肉体をまとっている間、感情を持つことができるからです。 

この地球は、「宇宙一感情レベルが高い星」なのだそうです。

感情と言うのは、対象に対して抱く気持ちのこと。 

喜び、悲しみ、怒り、諦め、驚き、嫌悪、恐怖など。

また周りの人々の心に 

・寄り添う力、

・感じ取る力

・同じ気持ちを味わう力 

つまり共感力も、この感情があるからです。

  

人生80年、生きていると様々な出来事が起こります。

(自分で生まれる前に計画してきたことです) 

それらを経験するたびに、私たちの感情が大きく揺さぶられます。 

私の人生、どちらかと言えば、辛いこと、悲しいこと、苦しいことが多かった。

そう思う方もいらっしゃるかもしれません。

ですが、その経験をしてきたうえでの今現在の私たちです。 

経験値から言えば、今日の私は、過去一番最高の私です。 

その経験も、生まれてこなければできませんでした。 

辛く苦しみの暗闇の中で、出会った、誰かのほんの小さな優しさ、温かさ、思いやり、

心に沁みませんでしたか? 

苦しんだ経験があるから、

同じ苦しみの中にいる人たちの心が分かるようになったのではないですか?

それって、魂にとったら、大飛躍です。

輝きがぐんと増しました。

※その経験を求めて、宇宙中から生命体が集まります。 

本当の優しさは、その何倍もの苦しみや悲しみを乗り越えてきたからこそ、

身に付いたものではなかったでしょうか? 

それとも今の苦しい環境を、人のせいにして、そこから逃れたいがゆえに、憎み、ののしり、恨み続けるのでしょうか? 

私たちの内にいらっしゃり、常に一緒に歩んでくださっている神さまが望むことは、 

私たち人間たちが、いろんな経験を通じ

・素直な心で

・互いを思いやり、助けいあい、

・お互いさま、お陰さまの気持ちで仲良く笑顔で暮らしていく  

そんな身近で平凡なことではないでしょうか。 

それこそが、神々が私たち人間に、一番望んでいらっしゃる心ではないかと思うのです。 

だからこそ、宇宙神は、私たちの心の浄化を、一番の喜びとされるのではないかと思います。

私たちの心の霧が晴れ、神々しい光が差し込んだ時、宇宙神は、小躍りして喜んでくださると思います。 

自分の周りに居てくれた人たち、家族、友人、同僚、

そんな人たちに、感謝と、祈りにも似た気持ちで接することができれば、 

神々は喜び、今度はそこで、その場において、

私たちと、神々の 美しいエネルギー交換がなされることでしょう。

  

その時、私たちはきっと気付くはずです。 

・私が好きな人も

・私が嫌いな人も 

・私を好きな人も

・私を嫌いな人も

みんな、みんな大切な人だったと。

かけがえのない人だったと。

溢れる感謝の気持ちと共に。 

私たちは、人の 嫉妬、やっかみ、悪意には鈍感でも構いません。 

ですが、人の優しさ、温かさ、思いやり、愛情には敏感でありたいものです。 

なぜなら、そこには 必ず神さまがいらっしゃるからです。 

心の浄化が始まった時、神々の喜びとともに、大いなる幸せも、続々と現れることでしょう。

何故なら、人の心の浄化こそが、神々のなさる最大の奇跡だからです。

  


2024年6月12日水曜日

3456「医療の「あいまいな定義」に殺され続ける」2024.6.12

  今回はIn Deepさんの2024年6月01日の記事を紹介します。


「医療の「あいまいな定義」に殺され続けるADHDの子どもたちと、他の子どもたち」

https://indeep.jp/children-killed-by-vague-definitions/


医学は果てしなく進む

何だか薬剤を取り巻く状況が、むしろどんどん悪くなっていることを日々知りますが、今日も、すい臓ガンについての記事を見ました。

著名人や芸能人などが、次々とすい臓ガンで亡くなったり、あるいは闘病したりしているという話から始まり、最新治療法へと話が移行するのですが、その「期待の最新治療法」は、

「すい臓ガンの mRNA ワクチン」なのでした。

正確には「個別化メッセンジャーRNAワクチン」というものらしいですが、それはそれとして、この記事で、このことを専門家として話していたのが、新潟大学名誉教授の岡田正彦であることには、多少苦笑しました。

この岡田正彦名誉教授は、3年前の 2021年の春に、コロナワクチンの危険性について述べた日本の専門家としては、ほぼ初期の頃に公にそれを述べていた方です。

2021年3月16日のこちらの記事に、談話の全体を文字にしています。

この中で、メッセンジャーRNA が「分解されにくくなっている」こと(シュードウリジン化されていること)にまでふれていて、そして以下のように述べています。

岡田正彦名誉教授の談話より

さらに一方、もしこの人工遺伝子が半永久的に残るのだとしたら…それは大変なことです。つまり先ほどの「免疫細胞による免疫反応」がいつまでも起るわけです。

このような病態は、すでにあり、自己免疫病などと呼ばれています。関節リウマチのような病気がそれにあたります。

「自己免疫性コロナ病」というような病名は存在しませんが、もしかすると、そんなようなことが起こってしまうかもしれません。

人工遺伝子による「自己免疫性疾患」の懸念について、当時すでに述べられていたわけですけれど、先ほどの芸能記事を見ますと、

「すい臓ガン mRNA ワクチンは問題はない」

と述べているようにも見えまして(真意はわからないですが)、何とも複雑です。実際には、mRNA テクノロジーである限り、どんな用途で使われようとも、同じリスクがあるわけです( DNA 混入が不可避であることなど)。

まあしかし、これまでブログでは、著名な大学の専門家や医学者の主張や文章をずいぶんとご紹介させていただきましたけれど、それぞれに、過去の経歴や発言を見ていますと、まあ同じような部分がよく見られます。

「〇〇はダメだが、△△は問題ない」というような。

これまで取り上げた、ほぼすべての医学者の方々の過去あるいは現在にそれは散見されます。

これまで取り上げた医学者の方の中には、パンデミックの初期に「マスクを大々的に推奨していた方」もいらっしゃいます。

 

そういうことなんですよ。 

どこまでいっても、医師であったり医学者である限り、医療という宗教あるいは根源的な医療的洗脳から解き放たれることは難しいのです。

ですので、主張や文章を引用させていただくときには、「その時点で、自分が知りたいと思っている科学的事実」だけを利用させていだいてきました。

自分の理解できる範囲で、ということですが、「この部分に関しては、科学的に間違っていない」と確信できたものを紹介してきました。

それぞれの人物が好きでご紹介してきたわけではないです。

単に「利用」させていただいてきました。

それと共に、こちらもいろいろなことを勉強させていただいたわけで、そういう意味では、とてもありがたいことだったと思います。

人柄とかはどうでもいいんです。

冷たい書き方に響くかもしれないですが、一種の戦争の中に生きている上では、冷たいも温かいもないです。サバイバルテクノロジーの教理のみが残ります。

それはともかく、薬剤の世界はもうどんどん一方方向で進んでいます。

 

最近、米ブラウンストーン研究所の代表であるジェフリー・A・タッカーさんの寄稿文を読みました。

「なぜ子どもたちに薬を投与するのか?」

というタイトルで、ここでは ADHD (注意欠陥・多動症)についてのことなのですけれど、タッカー氏が言いたいのは、

「もともと厳密な診断基準の存在しない ADHD という状態に病名をつけて投薬するシステムが出来上がっている」

ということへの問題提起でした。

ジェフリー・A・タッカーさんの寄稿文は、少し前に以下の記事でも取り上げていますが、「医療の誤謬(誤った推論)」について書かれたもので、「それはもう宗教に近い狂信的な思考と行動がパンデミック中に社会に拡大していった」ことを述べています。

(記事)医療宗教によるこの誤謬の歴史は、どこかでたださないと、人類が滅びるまでの何世代も何世紀も続いてしまう In Deep 2024年4月27日

 

なお、 ADHD の「子どもへの投薬」の問題は、おそらく主要国全体に広がっていることだと思います。

最近スウェーデンのメディアで(最近スウェーデンの話が多いですが)、ADHD の子どもの数が爆発的に増加しているという報道を取り上げたことがあります。

(記事)スウェーデンで、注意欠陥多動性障害(ADHD)の子どもの数が「爆発的に増加」

 BDW 2024年5月26日

このこと自体も、時期との兼ね合い(2021年以降などの問題)としていろいろと思うところもありますが、それは別として、報道の中に、

 

> 10歳から 17歳の男児に処方される ADHD 治療薬は過去 15年間で 800%増加しており… 

とあり、こんなことが世界的に広がっているのは、やや問題だなあと。

なぜなら、一般的に、ADHD として処方される薬は、「覚せい剤と同様の物質と作用機序を持つ成分」だからです。

もう 10年近く前の記事ですが、以下などいくつか記したことがあります。

(記事) 子どもたちの未来。メンタル治療とリタリンやコンサータ。そして、私がかつて見たリタリン常用者たち In Deep 2015年12月17日

このリタリンというのは、現在、ADHD の子どもたちに処方されることの多いコンサータという薬と同じメチルフェニデートという精神刺激薬の薬です。平たくいえば、覚せい剤とどんな差があるのか説明できないというようなものでもあります。

リタリンもコンサータも、「麻薬及び向精神薬取締法」の第一種向精神薬で、処方医薬品の「劇薬」に指定されているものです。麻薬ですね。

思い出せば、1971年の小説「エクソシスト」で、悪魔に取り憑かれた少女リーガンが、病院で最初に処方されたのがリタリンでしたので(多動症か何かと医師が思ったのかと)、アメリカでは、ずいぶんと歴史があるもののようです。

 

ADHD の診断基準は非常に怪しいものですが、薬を投与されている子どもの中には「それがまったく必要ない」人たちが多数いるはずです。

しかし、これらの薬(つまり覚せい剤)に蝕まれた脳機能などへの影響は長く残るのだとも思います。

そもそも、注意欠陥・多動症とか呼ばれますけれど、「注意欠陥じゃない子どもなどいるのか」とか、「多動じゃない子どもなどいるのか」という話もあります。もちろん程度の問題ではあるのでしょうけれど。

私自身、幼少時には注意欠陥でも多動でもなかったでしょうけれど、今の基準でいえば、「限りなく発達障害の診断基準に入る」人でしたので、生まれた時代によっては、そういうカテゴリーにいたかもしれません。

ファックな話です(こういうことを小学生の時から言っている子は)。

ええ、ええ、言ってましたとも。リーガンと同様です。

 

ここ何年かはコロナワクチンをめぐる医療の誤謬の話が多かったですが、いたるところに医療の問題は広がっています。あるいは、「ほとんどが問題」ともいえるかもしれません。このままのシステムでは、人類がみんなボロボロになってしまいます。

ここから、ジェフリー・A・タッカーさんの寄稿文です。最初、コロナワクチンの話がしばらく続くのですが、本題の部分から翻訳しています。

なぜ子どもたちに薬を投与するのか?

Why Are They Drugging the Students?

Jeffrey A. Tucker 2024/05/24

 

…この問題の根底にたどり着いたと思ったら、新たな情報が流れてくる。最近、私は、強制的な医療化に反対して子どもの権利を擁護する団体、エイブルチャイルドを設立したシーラ・マシューズ・ガロ氏の講演に参加する機会に恵まれた。

なぜこのようなことが必要だったのだろうか? 実は、今日の公立学校に通うほとんどの子どもが、毎日この脅威に直面しているからだ。

彼らの多くが ADHD、つまり注意欠陥・多動性障害であると特定される可能性がある。

結局、ADHD を構成する化学的に証明されたものは何もないことがわかっている。これは、チェックリストの質問票で特定された行動に基づいて適用される診断にすぎない。

チェックリストは、そわそわすること、物忘れ、退屈、課題を終わらせること、さまざまな形の行動、フラストレーションの表現などに関するものだ。

言い換えれば、ここにあるのは、特に男の子が何ヶ月も何年も机の前にじっと座り、権威ある人物から割り当てられた課題を完了するように言われたときに予想されるごく普通のすべての兆候が書かれてあるリストだといっていい。

この種の診断では、多くの子供たち、特に例外的な子供たちや、かつては「才能豊かで才能がある」と考えられていた子供たちを巻き込むことになっているだろう。

実は、今日では完全に正常な行動特性を病理化しようとする巨大な産業が存在する。これは特に男の子に非常に大きな打撃を与える。なぜなら、一般的に男の子は女の子よりもゆっくりと成長し、女の子に比べて環境適応に対する行動抵抗の傾向があるからだ。

この驚くべき現実について詳しくは、目を見張るような著作『 ADHD 詐欺:精神医学はいかにして正常な子供を「患者」にするのか』をお読みいただきたいと思う。

このような診断の目的は何なのだろうか? 皆さんもご想像のとおり、この想定される問題には薬がある。

薬の名前はさまざまだ。リタリン (メチルフェニデート)、アデロール (アンフェタミン)、デクスメチルフェニデート、リスデキサンフェタミン、クロニジン、アトモキセチンなどだ。

これらの薬のどれも、生物学的異常に対する化学的治療薬として証明されていない。これらはすべて行動調整薬、つまり向精神薬、つまり子供用の麻薬だ。

何百万人もの子供たちが、10代の 13%に及ぶほど、精神科の薬を服用している。大学生になると、その割合はさらに高くなる。成人の約 3人に 1人が精神科の薬を服用している。状況は悪化している。

そして、これらは「学校から」始まるのだ。

これらすべてを聞いて私は驚いた。しかし、ある意味では、これは私たちが知っている他のすべてのことと一致している。ここには、公立学校などの政府機関、規制当局、そして奇跡を約束して人々に薬を投与しながら、実際には人生を台無しにする医療当局と緊密な協力関係にある業界がある。

もしあなたが 7歳の頃から薬物中毒になり、向精神薬に頼って生活していたら、あなたの学生時代はどれほど違っていたか考えてみてほしい。

今日の何百万人もの子供たちは同じことに苦情を言えない。

これはまったく驚くべきことであり、大々的に暴露されるのを待っているスキャンダルだと私は思う。

ロバート・F・ケネディ・ジュニア氏が最近公の場で指摘しているように、関連する要因の中には、学校での銃乱射事件とこれらの薬物の広範な流通との奇妙な関係がある。(※ コメント / 銃乱射事件を起こした子供たちの多くが何らかの向精神薬を服用しているという調査があります。こちらの過去記事でもふれています)

多くの事件はすでに知られているが、本当の問題は銃ではなく薬物製品にあることを一般の人々がますます理解しつつあるにもかかわらず、その他の事件の医療記録は公表されていない。

しかし、活動家たちは、より深く(向精神薬と銃乱射の関係を)調べるよりも銃を取り上げることに完全に集中している。

私はアデロール中毒の若者たちと個人的に接したことがある。いろいろな意味で、大学生にとって、アデロールは奇跡の薬のようだ。

大学では、時間の使い方に関する規律は優先順位が低くなる。その代わりに、長いレポートを締め切りまでに提出すること、テストで書いた翌日には忘れてしまうような膨大な資料を暗記すること、そして、ときどき集中力を維持することが求められる。

多くの学生にとって、この薬はまさに医師が処方したものだ。集中力を高めて徹夜した後、1、2日ゾンビのような気分になるが、誰もそれに気づかない。

私は、身体的なものだけでなく心理的なものも含め、依存症に陥る人を何人も知っている。薬物のない生活は、それに比べれば退屈に思えるが、誰がそんなことを望むだろうか。

こうした学生は、これを職業生活に持ち込み、同じパターンを試みている。彼らは一日中働き、夜通し起きて、驚くべき成果を上げることができるが、それはあなたが求めていたものとは少し違う。

あなたが解決策を求めても、それは実現しない。実際、彼らは何日も連絡を取らず、仕事の記憶を失って再び現れる。このパターンが繰り返される。

本当の問題は薬物にあることが徐々にわかってきた。私は、少なくとも安定した労働パターンを持ち、時間をかけて構築できるスキルを多少は覚えている、そこそこの生産性のある従業員を雇うほうがよいと結論づけている。

問題は、誰かを雇うときに「どんな薬物を飲んでいますか」といった質問をするのはあまり適切ではないということだ。結局は推測することになり、時には間違った推測をすることになる。

長年の経験から、これらの薬物は職業生活にとって大惨事だということをお伝えしたい。誰も決して服用すべきではない。

いずれにせよ、これは私の熟慮した意見であり、私は大学生に頻繁にこれらの薬物を服用しないよう警告している。大学生に当てはまることは、高校生や小学生には何千倍にも当てはまる。これらの薬物がキャンディーのように学校の子供たちに配られるというのは、まったくのスキャンダル以外のなにものでもないのだ。

親にはこのことに抵抗する権利と義務がある。

最近知ったことだが、ADHD の診断には科学的な根拠がまったくなかったこと、(コロナの際の)社会的距離の背後に科学的な根拠がまったくなかったことを知ると、なおさら驚きだ。

すべては、さまざまな命令から利益を得ている国家とそれに隣接する民間セクターのプレーヤーに奉仕するためにでっち上げられたもので、どういうわけか、結局は国民に薬を投与することになる。このすべてに私は驚愕している。

もっと広い視野で考えてみよう。私たちは公立学校を創設し、子供たちに通学を強制し、報酬の得られる仕事から彼らを締め出し、男女を一緒にし、すべての生徒が同じペースで学ぶかのように画一的なカリキュラムを押し付け、教師から裁量を奪い、巨大な官僚機構を学校に押し付けた。

子供たちが環境にうまく適応できないと、私たちは彼らを精神病者と呼び、政府とつながりのある製薬会社が利益を得られるような方法で彼らに薬を与える。

このレベルの残酷さが、まさにシステムに組み込まれている。文明社会がこれを容認できるとは驚きだ。そして、起こっているスキャンダルの全容がわかれば、減量薬、他のワクチン、奇跡の治療法、そして対症療法の仕組みそのものについて、他の疑問を抱かざるを得なくなる。

この穴はとても深い。


2024年6月11日火曜日

3455「子供の人生は子供のもの」2024.6.11

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年05月29日の記事を紹介します。


「子供の人生は子供のもの」


もし自分が親であれば、子供たちは、 

・親が守ってあげるべき

・親が正しい方向に指導すべき

・何もわからない子供に代わって、将来を見据えた道を進ませるべき 

そうしなければ 

・壊れてしまうかもしれない

・悪い道に進んでしまうかもしれない

・遊んでばかりいて勉強しないかもしれない

・生涯、貧乏暮らしかもしれない

・ケガをするかもしれない 

などと思うかもしれません。 

 

ですが、 

・障害を持って生まれるのも、

・病気になるのも、ケガをするのも、

・第一志望を落ちて、第三志望に進むのも

・勉強嫌いだけれど、人懐っこい性格も 

みんな、自分たちで、その経験がしたくて

生まれる前に、神様と相談して、そのような人生を決めてきました。 

・病気になってかわいそう

・勉強ができなくてかわいそう

・早くに亡くなってかわいそう

それは、もしかしたら親の目から見た、親だけの

独りよがりの価値観の押し付けかもしれません。 

子供たちは、その経験がしたくて生まれてきました。

もしかしたら、たとえ体は小さくとも

親の私たちよりも、遥かに進化した魂かもしれません。

もし、そうであるなら、親の私たちの近視眼的な価値観の押し付けで 

子供たちは、生まれて来た目的から、はるか遠くに離され、息苦しく、生きづらく

魂は泣いているかもしれません。

手塚治虫さんの例をご紹介します。

小学校時代、マンガを授業中にノートに書いていた手塚さん。

母親は呼び出しを受け、先生に注意されます。

その後、母は息子のマンガを読んで、

「おもしろい第一号のファンになりました」と言って褒めてあげたそうです。

また手塚さんが医者を続けるか、漫画家になるか悩んだ時、 

母は、「あなたが選んだ方を応援します」と言って励ましてくれたそうです。

母親から、「いつも肯定されている子ども」は、自分の関心事を否定されないので、

自分の才能をスムーズに開花させることができます。

母親が「あなたは、そのままでいいのよ」と受け入れていくと、

子どもは個性的に、伸び伸びと育ちます。

次に生まれる前の記憶(中間世記憶)を持つ りお君のお話を紹介します。

<引用開始> 引用元 


りお君は心臓病と喘息があり、入退院を繰り返している5歳のお子さんです。

お母さんが

「どうして心臓病を持って生まれてきたの」と聞いたところ、

「そのほうが面白いと思ったから」という唖然とする返事。

「喘息になったのはどうして?」という問いかけには

「だって、治すのが面白いから」だったそうです。

すなわち病気は自分で選んで、それを治すのが面白いから、というのです。

<引用終了>

  

りお君のお母さんは、こう仰っています。 

「先天性の病気ということで、私は辛い気持ちを引きずっていました。

けれど、りおにそう言ってもらって、気が楽になりました。

それに、喘息も治せるはずだって、明るい気持ちになりました。

りおが病気で生まれたため、本当に大変でした。

けれど家族の支えがあったから乗り越えられましたし、

沢山の経験を積ませてもらいました。

りおのおかげで出会った、病気と共に生きる子どもたちのことを、

私は決して忘れないでしょう。

りおは、生きていること自体が奇跡なのだということ、

そして家族の大切さを、気づかせてくれました。 

私たち親は、自分が苦労した道を、子供たちには歩ませたくないと

・楽な道

・人よりも優秀であること

・人よりも稼げる道

・健康であること 

を良しとして、苦労させまいとします。 

ですが、何も苦労の無い人生を、親の都合で無理やり過ごさせて・・

果たして、天国に帰った時、子供たちは、幸せを感じることができるでしょうか? 

一見苦労に見えること、避けて通りたい経験から逃げてばかりいて、 

魂は幸せを感じられるでしょうか? 

苦労の末に気づいた 

・何気ない日常の大切さ

・人々の優しさ、思いやり

・一緒に苦労を共に乗り越えた人々との友情 

・別れの悲しさ、寂しさ

・恋した時の高揚感

・沢山の喜び悲しみを経験して培った家族の絆

・病気になったから理解できた、同じ立場の人々の心 

そんなことを経験したくて、子供たちは、自分の人生のドラマの中に 

沢山の、

・一見苦労に見えること、

・回り道に見えること 

そんなことを仕込んできているかもしれません。

可憐なタンポポであるお子さんに、 

「さぁ、バラに成りなさい」と言って、無理強いしても、

子供の心を傷つけ、萎縮させ、枯れさせてしまうだけです。

私達親にとって出来ることは唯一

成長は本人に任せ、

笑顔で、お水をあげたり、日に当ててあげることだけかもしれません。

子供の人生は、子供のもの。 

私たち親は、子供たちを信じてあげたら、

干渉せずに、もうご自分の趣味や、楽しみに没頭し、

その楽しそうな後ろ姿を、子供に見せてあげることが大切なのかもしれません。





2024年6月10日月曜日

3454「地球の住人」2024.6.10

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年05月28日の記事を紹介します。


「地球の住人」


私たちはこの地球に生まれてきました。 

そして泣いたり笑ったり、苦しんだり、楽しんだり、色々な感情を心で味わいます。 

自分で味わうだけでなく、家族や友人と感情を分かち合ったりします。 

また心の進化が進んだ人は、神様と感情を分かち合い、魂の交流を図ります。

神々はこの行為を深く喜んでくださいます。

それほど私たち人間を慈しみ、愛しているからです。 

私たちは、誰もが永遠の命を持っています。

なぜなら私たちの魂は神様から頂いたものなので、

神様と同じく、私たちの命には始まりも終りもありません。


地球ができてから45億年。

私たちは、そのずっと前から存在してきました。

観測によれば、この宇宙はおよそ138億年前にビッグバンにより誕生しました。

また、私たちの宇宙の外にも、無数の別宇宙が存在していると言われています。

そこでは、私たちとは全く異なる自然法則、価値観の世界が展開されているのだとか。

ですが、少なくとも私たちのこの宇宙では、 

「愛こそが全て」という共通の価値観が成立するようです。

神様は愛そのもの。

全ての現象の根底には愛が流れている。

憎しみさえも、愛の変形である・・  

と言われています。

私たち永遠のイノチある生命体は、もちろん地球が存在する前から存在していました。

ですので、厳密な意味では、地球ネイティブな人は存在せず、全ての人の故郷は 

別の星ぼしにあるとも言えます。

 

地球での学び、これは大変人気があり、なかなか転生させて頂けないようですが、

つかの間の学びが終われば、また故郷の星に帰って行くのでしょう。

私たちは、この永遠とも言える長い時の中で、大変な確率で出会い、 

そしてお互い感情をぶつけ合い、愛し、愛され、憎み憎まれてこの星の生を終わりにします。

 

時には同じ星から来た仲間たちと出会うこともあるでしょう。

私たちには産んでくれた両親がおり、慈しみ育ててくれた誰かがいます。

共に学びあった友がおり、憎しみ合った誰かもいるかもしれません。

ですが、私たちには確実に地球を離れ、星に帰って行く日が訪れます。

愛する人たちに、いつかは 

「さよなら」を言う日が訪れます。 

君と僕

本当は今まで、離れたことなどなかったんだ

全ては幻想に過ぎなかった

魔法のメガネが、そう見せていただけだったんだ 

僕は、小さな頃から星空を見上げるのが好きだった

何故だかわからないんだけど

きっと星は何でも知っている

星が教えてくれる「愛」を 

小さな子供の僕は、知っていたんだと思う

今やっとわかったことがあるよ

全ては今この時を迎えるための、準備だったんだってこと

今、この瞬間をともに生きる、大切な仲間たちの「愛」に囲まれて 

僕たちはずっと一緒だったんだってこと

離れたことなど一度だってなかったこと 

今、それがわかる

 

このハートがドキドキして教えているから

今まで一人ぼっちだったことなんか、本当は一度もなかったこと

ただ、僕の目には何かヴェールが掛かっていたから 

ちょっとの間、迷子になっていただけだったんだ 

何故かわからないのに溢れてくる涙 

迷子だった僕を見つけてくれた母が

抱きしめてくれた時の「涙」に似ている

本当はみんな何でも知っている

ただ、思い出すキッカケを

探しているだけなんだ

 

何故、ここで生きているのか、何をしにここに来たのか 

本当はハートは何でも知っている 

それは、何かしなくちゃいけないとか 

使命とか、そんな大それたものじゃなくって 

自分のハートを信じてあげること、ただそれだけなんだ

そして、今できること

ハートが動かしてくれること 

今、目の前に居る人と 

分かち合うことをすればいいだけのこと

同じ愛からできた仲間を、愛するだけのこと

それは、ちゃんとハートが教えてくれるから 

ドキドキしたら 

それはOKのサインだから

溢れる涙は、 

本当にそれでいいんだよっていう印だから

今、僕達は全てのものと繋がろうとしている 

 

今までの人生、全ての出来事、すべての出逢いが 

今、僕をここに連れて来てくれたこと 

今の僕を創ってくれたもの 

何一つ、どれ一つ、誰一人 欠けてはならなかったこと

今、僕はみんなと繋がろうとしている

宇宙の愛と繋がろうとしている 

やっとこの星の住人

本当の自分として生き始めようとしているんだ


古代ハワイ&ポリネシアに伝わっていた、「フナ(HUNA)」の叡智。

「フナ」とは、「隠された、秘密の」と言う意味を持つハワイ語で、 

古代ハワイ&ポリネシアの

「カフナ」と呼ばれるシャーマン達が使っている秘法の総称です。

ハワイの教師サージ・キングは、カフナの歴史を次のように述べています。

「アトランティス大陸が現れる遥か昔のある時、現在プレアデスとして知られている星団から 或る人種(存在)がこの太陽系にやってきました。

殆どの聖人(存在達は)今日ムー伝説で知られる太平洋にあった大陸に住み着きました。

彼等は自分たちをムー人と名乗りましたが、他の人達は彼等を【秘密の力を持つ人】という意味のマナフナ、又はメネフネと呼びました・・・

ムー(レムリア)ではかなり高度の文明が発達していたそうですので、プレアデス星団からの叡智を引き継いでいるかもしれませんね。


2024年6月9日日曜日

3453「神様の通り道」2024.6.9

今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年05月26日の記事を紹介します。


「神様の通り道」


神社や仏閣。

私達一般の人間は、願いを聞いて欲しくてよく参拝します。 

霊験あらたか、ご利益があると聞けば全国あちこちに出かけます。 

願いが良く叶う、そういった神社・仏閣には、もしかしたら力のある神さまや、仏様がいらっしゃるのかもしれません。 

噂が噂を呼び、ますます人が押しかけ

・病気を治して欲しい

・お金に困らないようにして欲しい

・家内が穏やかで円満であって欲しい

・良縁に恵まれ、幸せになりたい 

そのような人間の欲望が渦巻くのかもしれません。 

ですが、神様の存在とは、私達人間の、願いや欲を叶えるためにいらっしゃるのでしょうか? 

人が集まり、人気が出れば、そこに関係する人間側の神職や職員の意識や環境も変わり、 

それによって、本人の心にとって、非常に危うい、驕りなどの状況が起こりやすくなります。

身近な例で例えるなら、車 

排気量の大きな、かっこ良い高級な車に乗った途端、車ではなく、まるで自分という人間が強くなったと勘違いし、尊大で傍若無人な運転を繰り返す・・ 

神社、仏閣の場合なら、そのお力は

神様や仏様の御業であり、そこに関係する人間の力ではありません。


また、ヒーラーや、施術師の方。

効果が高く、有名になり、人気が出てきた方は、もしかしたら、それは、神々の力ではなく、

「自分の力」である。

そう思われるかもしれません。 

ですが、そのように自己過信が強ければ強いほど

多くの治療をすると、自分が疲れてくるのだそうです。

 小林正観さんが言われるには、人より抜きんでた能力を、自分の、自分だけの力と誤解しているとエネルギーに限界があるが、 

その力は、自分ではなく、天の力。

自分自身は、単にそれを媒介しているに過ぎない。。

そのような謙虚な心の持ち主は、決して疲れることがなく、ますます人々に幸福をもたらすのだそうです。 

いくら他にはない、ご利益や、治癒効果があろうと・・ 

それが、自分の力「俺が俺が」、、の心でいては、 

何時しかその尊い神々の力も、色あせてしまうことでしょう。 

そのことを2千年前に、イエスは仰っていました。 

ご紹介します。

 

イエスは数多くの転生と、経験と試練を重ね、

私達の内にいらっしゃる神様と一体となりました。

イエスが生まれたその時代は、まだ人類の波動は低く、 

多くの人々は肉体だけの意識。

生殖、物欲、自己が生き残ること・・・などの

肉体的な感覚に囚われていた(フォーカスしていた)時代でした。

ブッダが悟った時と同様に、イエスも悟りを開くと同時に肉体を離れ

魂(霊)として人類を助け導くことも可能でしたが、 

幻想に囚われ、自分を傷つけ、敵味方でも傷つけ合う人々を、

この物質次元の地球に於いて助けることを選択しました。 

 

その方法は、 

愛を、愛だけが全てであることを説き、神様とは愛であることを伝え、どんな困難な時にも、

ただ ご自分の生き方を通して、愛を示して歩きました。

イエスがこの地上で行った数々の奇跡。

その奇跡の目的とメッセージは全て・・・、

あなたが目覚めれば、私と同じこと(奇跡)ができる。

私(イエス)よりも、もっと偉大なこと(奇跡)が出来る。

ということでした。

つまりイエスだけでなく、私たちも等しく神の子、神そのものであると 教えてくれたのでした。

また、私自身(イエスのこと)は無力である。全ての奇跡は、神が行うものである、と仰ったのです。

つまり、イエス自身は無力であるが、

・全ての良きこと、

・美しきこと、

・真理の実現、

・奇跡

・思いやり

・優しさ

・愛

・癒し 

は、全て神様の力によって起こっている。 

そう謙虚に仰ったのです。

これは、今のような世の中にとっては、強烈なアンチテーゼになるかもしれません。 

・私が、○○してあげる。

・私が、○○した。

・私が、○○しよう。 

そのように、その方々は確かに力がある人かもしれませんが、その力の源泉は、 

私、自分、個人の能力であると、過信して吹聴してしまっては、イエスの取った謙虚な態度と正反対です。

とかく人は

・成功している時、

・人気がある時、

・お金がある時

全部、自分の力で勝ち取ったと誤解しがちです。

有頂天になりがちです。 

それが神々の力から来ているとは認めません。

 

ですが、イエスは

・自分が人に行う優しさ、親切も

・創造性あふれる仕事も

・奇跡も

全ての良きことは、神様の御技が現れたもの。 

自分自身の力ではない。

単に自分は、神様の力の通り道になっただけ。 

そう仰ったのです。

それが本当の真実だからです。

そのように自覚していれば、 

・天狗になって人を見下したり、

・人と比べたり、

・自分の知識をひけらかしたり

・人を支配したり

・力や能力を自慢したり

する必要は無いかもしれませんね。

人生の晴れ(ハレ)の時も、嵐の時も、奢らず悲観せず、

全てに感謝し、笑顔で、周りの人々と仲良くして行けば、

きっとそれだけで、いいのですね。

私達人間は・・・全て、神様が私達の魂が成長するようにと、

細かなところまで取り計らってくれますから。

大丈夫です。

俺が俺が、私が、私が・・・ 

そのような高慢な心こそ、神さまの眼前においては、穢れかもしれません。

今や、嘘が付けない時代になりました。 

ミロクの世、精神性の復活の時代の始まりとともに、 

・今だけ

・金だけ

・自分だけ 

の考え方で行動している人々は、どんどん、あぶりだされ、多くの人に、その思想、行動が知れることとなりました。

たとえウソを並び立て、詭弁を弄し、責任を人に なすり付け、逃げようとしても、力の源泉である内なる神々は見ています。

その醜い姿を

・自分の愛する子供たち、自分を信頼してくれる子供たち

・産んでくださったお母さん

・慈しみ育ててくれた家族

・故郷の友人たち

この人たちに、

胸を張って見せられるでしょうか? 

・あなたたちの父である私の姿、

・生んでくださり、慈しみ育てていただいた、あなたの息子である私の姿 

を、どうぞ見てください。

しっかりと目を見つめ、そのように言うことはできるでしょうか?


2024年6月8日土曜日

3452「私たちの秘められた力」2024.6.8

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年05月25日「私たちの秘められた力」と2024年05月27日「喜びの世界への帰還」の2つの記事を紹介いします。


「私たちの秘められた力」


今日は、私たち人間が持っている本来の力について書こうと思います。 

その本当の力を知ることにより、その本当の力を使いこなし、目の前の辛く、苦しく見える経験を、勇気と笑顔で、乗り越えて行って頂きたいからです。

返って、その逆境を自分の魂の糧として幸せへの、飛躍のバネとして頂きたいからです。 

この力については、ある邪悪な意図を持って昔から私たち人類に隠されて来ました。 

それは、私たちを無知と恐怖に縛り付けていた方が、彼らにとって都合が良いからです。 

 

さて、マザーテレサは、毎日何百回も、彼女の内なる神さまに対し、下記の祈りを繰り返していたそうです。

私の心の中におられるイエスよ、

あなたの優しい愛を信じます。

あなたを愛しています。

マザーも、自分の心の中の神さまを信じていたのですね。

何時も祈りを通じ、内なる神さまとお話していたのですね。

私たち人間は、本来、神さまと同じ能力を持つと言われています。

今はこの地球という時間・空間に縛られていますが、本来の私たちの意識は

途方もない能力を持っています。

私たちはあえて、この制約の星と言われる「3次元の地球」に来ていますが、

それは、ここでしか味わえない濃密な経験をするためです。 

それは喜び、悲しみ、楽しみ、苦しみなど様々な経験です。

本来私たちは、「上にあるが如く、下にかくある」と言われるように、 元居た上の世界のように、意識によってあらゆるものを作り出し、変えて行く能力を持っています。 

意識の力により、対象となるものにパワー(エネルギー)を与えることもできます。

そして、私たちが意識を向けない限り、つまりパワーを与えない状態が続くと、そのものの力は衰え、いつしか消滅してしまいます。

逆のことを言えば、意識する限り、その意識の強さ、そして回数が多いほど、対象に対し、大きなパワーを与えていることになります。

これが神社仏閣や、神さまゆかりの地のパワーの源泉でもあります。

もともとの神さまの神聖なパワーと、私たち生きている人間たちの、継続的な祈りのパワーによって、その場の力が維持され、強力になっていきます。

ですから、マザーが毎日何百回も、内なる神さまに対して語りかけていたということは、

それだけ、内なる神さまに大きな愛のパワーを、人間側である、マザーが与えていたということになります。

その結果、マザーの中の神さまは、大きな愛の力を持つに至りました。

そしてもう内側だけでは収まりきらず、多くの愛の光を、マザーの肉体を通して放射していたことでしょう。

その見えない愛の光を感知した多くの人たちが、見えない糸により引き寄せられ、より大きな愛のパワーが生まれてきました。

このように私たちの意識には大きな力があります。

私たちは見た目だけのちっぽけな肉体だけの存在ではありません。

神さまに愛されて、神さまの能力を分けて頂き、この世に生まれてきました。 

そして全ては繋がっています。

マザーはこうも仰っています。

あなたの身体中の一個一個の細胞に、世界中を照らし出すほどのパワーが潜んでいるのです。

神様はあなたが生まれた日に、そのパワーをそこに吹き込んでくれました。

そして、あなたが考えうる限りの愛の思いが、さんさんと光を発し、この世界を照らし出し、

そしてこの地球を、よりよい場所に変えていくのです。

 

それだけあなたはパワフルなんです。

それほどに、あなたは愛に満ちているのです。

私たちは、自分自身を卑下することなく、嫌うことなく、内なる神さまと、

生まれる時に神さまから頂いた、その息吹を信じて生きていきたいですね。

どんな人にも内側に神さまがいらっしゃいます。

その神さまは、私たちが意識を向けるたび、話しかけるたびにパワーを増していきます。

そして、周りの人たちの内に居らっしゃる神さまと同調する力も大きくなります。

動物、植物、鉱物、構築物、機械、自然現象の中に、居らっしゃる神さまと同調する力も強くなります。

それこそが、サポートオブネーチャー(自然界の協力)と言われる、全宇宙が味方になってくれる瞬間です。

まずは、自分の内なる神さまを 

・信じること、

・愛すること、

・話しかけてみること・・

そこから始まります。

皆様もどうぞ、内に居らっしゃる神さまに、話しかけてみてください。 

必ず答えは返ってきます。 

それは直截的な言葉の閃きであったり、

後に人の口を介して語られたり、 

もしくは笑い声、川の流れ、風などの外応として示されるかもしれません。

愛すれば愛するほど、答えてくださいます。

 



「喜びの世界への帰還」


死とは、私たち平凡な人々にとって一大事なことです。 

身近な人であれば、悲しみ、時によっては、「ああしてあげればよかった」と、

一生後悔を背負って生きていくかもしれません。 

ですが、臨死体験を経験された方のお話や、生まれる前の記憶を持つ子供たちの話を聞けば、

死とは、それほど深刻なことではなく、元居た場所に、また帰るだけ。 

肉体がある時よりも、はるかに長い時を過ごしている本来の場所に戻るだけ・・ のようです。

ですので、あまり深刻なお話にはなりません。 

また他の星団から直接地球に転生し、その記憶を持ったまま生まれて来た

レインボーチルドレンのお話では、どうしても疑問があって、分からない時には、

元居た星団に残している自分自身の本体と通信し、その答えを得ることもあるとのこと・・ 

これの意味するところは、私たちの魂は、物理的などこの地点(宇宙)及び、多次元に同時に存在できるということです。 

また、光よりも早く通信できるということ。 

量子力学の電子の蓋然性と同じです。 

本人が意識をフォーカスさせているところに強く出ます。 

つまり、肉体を持つ時は、強く肉体に意識を向けているために、自分自身が神々と同じく

多次元的な存在だとは気づかないけれど、本来、魂は、肉体を超えて生き、存在する・・

と言うことだと思います。

そういった観点から、今日は、聖心女子大学教授、シスターの鈴木秀子さんのお話をご紹介します。 

鈴木さんの臨死体験にまつわるお話で、亡くなった方のために「喜ぶ」という内容です。 

<引用開始> 引用元

  

≪臨死体験で変わったこと≫

司会者―臨死体験をした後、何か変わったことは?

誰かがなくなったときに、家族は泣いてますよね、亡くなったときに、

あの人はあの素晴らしい世界へ行ったんだから、その人のために喜ぶ。 

家族は悲しいから家族のためには祈りますけれども、亡くなった人のためには

喜びを感じるようになりました。 

それがとても大きなことですね。 

司会者――あちらの世界が素晴らしい世界だから、

(患者が)病気で苦しんでいらして、厳しい状態の時にも、

「安心なさってください」という言葉が説得力を持つんでしょうか?

(死がまじかに迫っている人たちに)私は手を当てたまま、本当に神様の愛が伝わって

私を通ってその方に伝わり、神様の愛が循環しているような、臨死体験で味わった

無条件の愛の中にいる安らぎというか、安心感というか、そういうものをもう一度、再現している幸せを感じます。

司会者――なぜ臨死体験の幸福感が再現されるのですか?

つらい人とか、もう死が控えている苦しい苦しい人はもう見栄とか、体面をつくろうことができない。 

いのちのギリギリまで迫られているから、その人の“ありのまま”をさらけ出しているわけです。 

だから私はその人たちから刺激を受けて、自分も飾ることなく、 

その人たちから自分の“ありのまま”を引き出されて、そうすると、お互いに一体感が浮かんでくるんですね。

  

もう死ぬ前の人間が一番望むのは“愛”だけですよ。 

だから自分も愛を溢れさせるし、愛を受け止める。

だから病人をお見舞いに伺うのは大きな喜びであり、恵みであり、癒しを与えてもらう瞬間でもあるんですね。 

司会者――最後に、これからの目標は?

一つ大きな目標があるんです。

年を取るにつれて全部、どんどん、昨日までできたことが、今日はできなくなる。失われてゆく。 

じゃあ、自分が最後の最後まですることは何だろうかと考えたときに、

気づいたことは、息を吸うことと吐くことじゃありません?   

だから、息を吸うことと吐くことは死の瞬間までするから、これを使わない方法はないと思ったんです。 

・吸うときに感謝を込めて吸い、

・吐く息に神を讃美する。 

感謝、讃美という思いを込めて、吸ったり吐いたりする特訓を自分にしているんです。 

<引用終了>

   

鈴木秀子さんは臨死体験をしてから後、不思議な力に突き動かされて

病院などに、死に行く人々を訪ね歩く活動をされています。 

そこでは、ただ 

・同調

・肯定 

・息を合わせる 

・寄り添うこと 

それしか行われませんが、2人の間に神聖な結びつきが生まれ、神々のエネルギーが循環するのだそうです。  

その結果、死を待つ人々の心は、愛に満たされ、穏やかな気持ちで、神さまに抱かれて行くのだそうです。 

派手さはありませんが、それこそが、まさに神々のやり方です。

愛の交流を通じ、心を救って行くのです。 

イエスも同じことをなさいました。