2017年6月10日土曜日

966「祈り旅7」2017,6,10

 林の中では円陣をなして座りました。東にレラさん達、西に天外さんと口羽和尚。私たちはそれを繋ぐ様に一重の円を成します。




 ここではレラさんのお祈り、天外さんのパイプセレモニー、口羽和尚の施餓鬼供養が行なわれました。林の奥には岩木山が見えます。



 レラさんがお話してくださった中で印象に残ったものを紹介します。
「大きな喜びと悲しみが同時進行に表れる。選ばれた人が死に、選ばれた人が生き残る。聖なる道徳が出来る人が子供を育てる。
 21世紀は封印が解ける。四国も逆回りで解ける。20年やっているが、全部上げて共存共栄を願っている。」

 天外さんはパイプセレモニーの準備をしながらお話をされました。
「くるみはリスがかじって埋めて、それを忘れてしまう。春になるとそれが芽吹く。くるみは植物の神様だ。
 私が座った草むらに鷹の羽が落ちていた。神の使いが鷹だ。いっぱい岩木山から来ている。
 セイジを焚くとお清めになる。セイジは血止めになるが、儀式の始まりにする。
 パイプセレモニーは儀式の基本。煙草は祈りのための道具。コロンブスが持ち帰り嗜好品になった。
 パイプストーン、赤い石で、今の世界は4回目で3回目の時に死んだインディアンの血が固まったもの。ホワイトバッファローウーコンは、飢饉の時に創造主から離れたら生きる道が違う。お互い尊敬し、まともな道を歩め。レッドロードを歩めと言う生き方の教えをし、とうもろこしの種を与えた。
 パイプをして祈る方法を教えた。全ての存在に感謝する祈り。祈りのことを実現するツールで、ある意味で危険な事だ。感謝の言葉以外、口にしては駄目と師匠から言われた。 その事を私は17年間守っている。
 1997年にウイリアムコマンダーに会った。彼の白人への憎しみが彼に癌を作っていた。 しかしインディアンの教えは違う。母なる大地が作ったいのちだ。伝統的な祈りをしろと。全てに感謝していると、感謝する事しか起きなかった。私は30年前にその事に触れたが、何だと思ったが、10年くらい経ってその事が分った。
 インディアンは男女平等だ。チーフは男性。しかしチーフを選ぶのは女性で、クラウンマザーでクラウンマザーがチーフを育てる。
 米国の建国の時にジョウジワシントン達はその内容をインディアンに教わっていた。インディアンの民主主義に多数決は無く、全員が一致するまで話し合う。
 儀式の内容は決まっていない。自由だが、パイプに詰める時だけはモノオークの唄を歌う。スー族ランダのもの。
 煙草は7つの方向から詰める。瞑想をしている時に声を発する。身体に響くように声をだす。鈴の音で止める。
 祈りはここが、ベケレマツが埋葬された場所だ。殺害されたのは昨日の大鰐町も宿川原からここに運ばれた。
 般若心経の時は手を上にあげ下げして行なう。ここは霊山の岩木山に見守られている。」

(※大地と人々の血液を繋ぐもの【パイプストーン】として赤い石を用いました。パイプストーンが大地と自らを繋げそしてターコイズが宇宙と自らを繋げその真ん中に存在するのが自身だった。
【ホワイトバッファローウーコン】はアメリカのネバダ州でしか産出されない、希少で珍しい石。ネイティブアメリカンの間で、白いバッファローと同等に発見するのが困難な石の意味を持つ。身体を強化してくれる効果があるとされている)

 最初にセイジが回ってきてその煙を身体にかけます。次にパイプです。私は最後の方に座っていたので私のところに来た時には煙草は吸い終わっていましたが、かすかに匂いを頂けました。次に水を少し頂きました。その間、天外さんは笛を吹きます。パイプと水が回り終わり、パイプセレモニーは終わりました。
 引き続いて口羽和尚の施餓鬼供養です。沢山のにごり酒、おにぎりなどが用意されてお経は延々と続きます。2時間に及ぶお祈りの儀式は全て終了しました。 



 天外さんは後日以下の様に記しています。
「アイヌの強力な女性シャーマン、ベケレマツ(朝日姫)は、今の大鰐町で処刑され、いまの石戸神社まで運ばれて埋葬された。多くの女官も一緒に埋葬されたらしい。正確には、埋葬したのち、怨念を封印するために石戸神社を建立した。
 アイヌはどこに埋葬したかまで知っている。
 二日目の朝、石戸神社でパイプセレモニー。1300年ぶりにベケレマツが昇天した。前日の大村さんの舞の奉納のおかげで、ベケレマツの御霊にはすぐつながることができた。女性シャーマンの供養には舞がとても効果的。おそらく女性シャーマンも舞姫だったのだろう。
 そのあと、やはりアイヌの女性シャーマン「おやすさん」の霊をあげ、さらには虐殺したサイドの御霊に祈った。最後が一番ヘビーだった。」(「日本列島祈りの旅、青森編」④)

『伝承によると、本村藤沢のメノコ館に、神通力自在の女子の蝦夷首領がいてそむいた。大同2年(807)平定に当った坂上田村麻呂が神仏に祈って最後に討取った所が当所の清泉であった。大石を重ねた石堂にその霊を鎮め石戸権現をまつったという。当社は古くは大重院・医王山薬師堂と称し、慶長8年(1603)再建され、明治の初め石戸神社と改称した。祭神は天石戸別命・小彦名命である』
 アイヌの伝承によれば、岩木山が噴火し、そこに住めなくなった部族と平地にあらかじめ住んでいた部族の対立の中でベケレマツ(朝日姫)が虐殺されたという。まだ大和民族が進出する前の話だ。そうだとすると、岩戸神社の伝説にある、「神通力自在の女子の蝦夷首領」というのは、ベケレマツ(朝日姫)ではなく、おやすさんかもしれない。誰か正確な記録を知らないかな?」

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