車は弘前市内を抜けて岩木山の北東の麓にある大石神社を目指します。その車中でお言葉がありました。
「拘り続けたる事なり。この地の人々、全て守りて新しきへと参ること。
その為にこの歌の響きを発して、それぞれその身の内なる全てを振動させて無しと致し、新たなるへと変え行く光を入れて、全き新しき人、生み出だす事、計りて成し行きて参りたるが、是よりの日々にて行い行く事はこの身にとって耐えがたし。
従いて、新しきを計りたる大きく発する光は変わりて、瞬時に目覚めるなり。
但し、受け取れるか否かは御用意次第なるなり。急ぎて参るがご容赦頂きたし。行いますぞ、ただ、ただで。」
何とも厳しいお言葉です。これからは執行猶予が切れて、瞬時に目覚める光に変わり、それを受けられるかどうかは各自に用意次第とのことです。明らかな変化での大きな篩いが成されるようです。今日1日の巡りの内容を示すような朝のお言葉です。
大石神社の鳥居は新しく作られて龍神が左右の柱に絡み付いています。赤と黒の対比が強烈です。ここの御神水は霊験あらたかで汲みに来ている方々が沢山います。そこを過ぎて目的の大石に向かいます。
拝殿奥の御神体の巨石は石垣の塀で囲われています。その塀を越えて中に入りました。
すると直ぐに以下のお言葉がありました。
「最後に登りたその方は、ここにある大石の石に登りて3度、しっかりと礼を尽くされませ。」
塀を最後に越えたKさんがお役を頂きました。岩の上に登り岩木の山に向かって3度ご自分の礼を尽くしお詫びされました。
その後、皆さんに緊張が走る中、あわ歌を響かせました。その時のお言葉です。
「沙汰ありて、変わりて申す。
皆々様へ、尽きせぬ思いを断ち切りて、是より成し行くその事は、大きく変わる苦しみあるなり。堪えて乗り越え、嬉しきへ。
その為、この今、思いを定め、揺らがぬご自分しっかりと作りて下され。この大き岩の如くに。」
やはり厳しいお言葉です。これからは大きく変わる苦しみを越える為に思いを定め揺るがぬ自分を作る事が求められています。皆さん神妙に各自の胸にこの言葉を受けたようです。
「岩木山は独立峰ではありますが、中央が「岩木山」左に「鳥海山」右側に「厳鬼山」という、3つの峰から成り立っています。津軽の人々は昔から、中央の岩木山を「阿弥陀如来」、鳥海山を「薬師如来」、そして厳鬼山を「観世音菩薩」に見立てて、三位一体として信仰してきました。
さて、現在、岩木山信仰の中心は岩木山神社ですが、元はここ巌鬼山神社だったのです。ここは、土地の名前から「十腰内(とこしない)観音堂」とよばれ、古くから信仰の対象でした。縁起によれば、昔、この辺りに悪鬼がおり、退治するために山神に祈ったところ、「「卍」の旗紋を用いよ」というお告げがあり、それを用いたら、たちまち鬼は退散したとか。そのことに感謝して、観音様を安置したお堂が建てられたとされています。」
ここでも三山を一体とした三位一体の信仰があります。そして鬼の存在です。
参道には杉の巨木が並び、本殿左手脇の樹齢1000年を越える大杉は壮観で見事です。右手に下ったところに池があり龍神社があります。そこであわ歌を響かせました。その時のお言葉です。
「お集まり頂きたる多くの方々、皆々様方、ありがたきなり。
この響きと光りを是よりも共に発して参られて、多くの人々、光の柱と成ります様にご支援願います。響きの処へ集まりて、発しましょうぞ、是よりも。」
ここに集う無形存在も協力をして頂けるようです。
次の目的地は十和田湖の十和田神社です。一般道をかなりの距離の移動です。昼前に湖畔の休屋に到着し十和田神社の奥山の青竜大権現であわ歌を響かせました。そこでのお言葉です。
「最後の大きな峠を見れば、水あり風あり、揺らぎ崩れ、皆々それぞれその身を守る。
その時、大きな光と共に参るは是よりの道なり。」
(あわ歌)
「それ故、ここにてこの水修め、永きにわたるを分かられたし。
是より大きく変わりて参るは、この地を元へと返し行き、大きな鎮まりたる森と成りて、知らせを受けて皆々に発し行く。
受け取るは10人、10か所、共に結びて新た成るを生み出だすなり。
心得て下され。(拍手)あ~い。」
厳しい事態になりそうです。最期の大峠、風水、地震で各自が身を守る時に、大きな光と参る道。この地を元に返して鎮まりた森になり光を発して行く。受け取るは10人、10か所と有ります。果たして如何成るのでしょうか。