2021年2月1日月曜日

2230「神道心」2021.2.1

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2021年01月25日の記事を紹介します。


古神道のこころ

今日は、日本神道の最高位、「浄階」まで達せられました、春日大社元宮司で、かつ日本の形成外科の草分けだった医師 葉室頼昭さんのお話です。 

神様と人間の関係について分かりやすく説明くださっています。


日本の神道(古神道)は宗教ではありません。教祖も、教義も存在しません。拘束もありません。お金の強制徴収もありません。神道は、古くからの日本人のDNAに根ついた、

・自然を敬う心

・周りと協調、調和しようとする和の心

・お互い様、おかげ様の心

そのようなものを大切にしている、日本人特有の尊い心根です。

 葉室頼昭さんによれば、


神さまは願いごとなどしなくても、ちゃんと叶えてくださる。

他の国で見られるように、必死になって自分の願いごとを祈っている姿とは異なり、

神道では神さまを喜ばせる、感謝するということが祈りとなります。

こちらから頼まなければ、神様はやってくれない・・・というのは、神さまを冒涜すること。神さまというのは全部知っておられるんです。だから、神さまを認め、喜んでいただいたら充分なんです。そうしたら、神さまはこちらに出てきて、お恵みをくださる。


ということだそうです。

また、浦島太郎の昔話を例として、こんなことも教えてくださっています。 

<引用開始>


 海の底は、生みの底、生命が生まれるもとの世界です。つまり竜宮城とは、我々が生まれてくる前にいる、神様の世界、祖先がおられる世界、あの世とか黄泉の国といわれるものもそうですが、そういう、見えないけれども実在している世界のことだと思います。

 そこは時間もなく、悩みや苦しみ、心配事のないすばらしい神様の世界だということです。

その世界から、我々は生まれ出てくるのですから、本来人間は、悩みも苦しみもないすばらしい姿なのです。

 それなのに、この世の中には病気や悩みや苦しみ、心配事などいっぱいあります。

これは我々が、 実在する神様の世界を忘れて、自分の我欲の心をもって暮らしているために、本当の世界が見えなくなって、悩みや苦しみが現れてくるのです。

 浦島太郎も、おとひめ様の言われたことを信じていれば よかったのに、玉手箱を開けたいと思う自分の欲に負けてしまったために、約束を破って玉手箱を開 けたとたんに、老いという悩みを持つ老人になってしまった。 


では、どうすれば、この世の中で、生まれたときの素晴らしい姿のままで生きていけるのでしょう。そのために、日本人は昔から「祓い」といって、体についた罪穢れを常に祓うことを行ってきました。

 あまりご存じないかもしれませんが、全国の神社では、毎年6月と12月の末に「大祓い」という神道の儀式を行っています。

そこで、知らず知らずのうちに身についた罪穢れをお祓いするのです。ここでいう罪とは、悪いことをしたという罪ではなく、すばらしい人間本来の姿を、包み隠してしまうものです。

 穢れとは、汚いということではなくて、我々が神様からいただいている「氣」を枯らしてしまうもののことです。これらは私たちの我欲から出てくるものです。

 この罪穢れがあると、人が本来持っている神様の素晴らしい姿が見えなくなり、悩みや苦しみが出てくるというマイナスの作用を持っています。それを逆のプラスの作用があるもの、神様のお言葉である祝詞や、生命力にあふれた清らかな水に接して、罪穢れを消してしまおうというのが、日本人の「祓い」という考え方なのです。

<引用終了>


私たちは神社やお寺さんに行って、

・あれをしてくれ、

・これをしてくれ

・病気を治してくれ

・裕福にしてくれ

などいろいろ神さまに注文をします。ご祈祷料や、お布施など、沢山のお金を支払えば、ここまでしたんだから、「さぁ、願いをかなえて・・」などと思うかもしれません。 

ですが、葉室さんが仰るには神様を喜ばせること、感謝することが大切なのだそうです。

神様を喜ばせるために、昔であれば、夏には村人が神社に集まって仲良くお祭りをやったり、

舞を奉納したりしていました。純粋な心の人々が、神の前で、仲良く集ってくれるのが、神々にとって、何よりうれしいからです。 

自分を慕ってくれる(感謝してくれる)人々がみんなで笑顔で助け合って、仲良く暮らす姿を見ることほど、嬉しいことはないのではないでしょうか。

また、そういった大規模な物でなくとも例えば 

・雪が積もって、みんなが参拝できないなら、雪かきをして道を付けておこう。

・お世話になっている神社に1年のお礼に、大掃除のご奉仕をしよう。 

など、私も実際にそば近くで見聞きしています。(妙龍神社、竹之高地不動社)

またみんなが神社に気軽に集って悩み事を相談できたり、笑顔になってくださるようにお茶や、お菓子のご寄付、冬になれば、寒さをしのげるようにと、断熱材のご寄付や設置のご奉仕。など、真心の塊のようなことが、実際に行われています。

このような、人間側の美しき心に神々の心が動かないわけがありません。自分では何もせず、ただ、お金を包み、

・あれをしてくれ、

・これをしてくれ

・病気を治してくれ

・裕福にしてくれ 

では、葉室宮司が教えてくださった神々と人間の 美しき関係性からは程遠いことになってしまいます。 


宇宙の法則に与えたものが、受け取るもの。と言うものがあります。喜びと感謝を神々に、お渡しすれば必ず何倍にもなって、同じ波動を持つものを受け取ることでしょう。

逆に、自分の我欲の心をもって生きていれば、葉室さんが仰るように、浦島太郎と同じものを受け取ることになるでしょう。 

 もうすでに時の重力が動き出し、心が大切にされる地球に生まれ変わろうとしています。

昔ながらの依存、執着の心から、脱却する時期かもしれません。

神々だけの力だけでなく、私たち人間側からの純朴な感謝の心こそが、神々の大きなパワーとなります。