2023年7月28日金曜日

3136「幸せになるために」2023.7.28

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年07月15日の記事を紹介します。


「幸せになるために」


ブッダは私たちの苦しみの原因を、思い通りにならないことを、思い通りにしようとすること、そうおっしゃいました。 

コロナが発生してからの3年間で、いろんなことが起こり、その渦中で、私たちの心は揺れ動き、様々なことに遭遇したことかもしれません。

物事が、思い通りに運ぶ順境の時もあれば、何をやってもうまくいかず、

周りの人も、自分の期待通りには動かず、悶々とした逆境の時もあったかもしれません。 

ですが、その大変化の数年もいよいよ終わりそうです。

逆境の中でも恨まず、憎まず、文句を言わず、人のせいにせず、じっと耐え、

魂を鍛えてくださる神々の働きに感謝の気持ちを持ち続け、忍耐を手に入れた人には、 

良き恵がもたらされることでしょう。 

どのような苦しみ、悲しみが降りかかろうと、それはを生まれる前に

そうなるように設定して来たのは、誰でもなく自分自身です。

今の状況を「あの人のせいで・・」と人のせいにするわけにはいきません。

・今置かれている状況は

・困った出来事は、

・悩みの種は、 

真っ直ぐに自分に向かって、起こっています。

誰かのとばっちりで起きた事ではありません。

自分が苦しみに感じるのと同じだけのパワーで、自分に対して、

生き方や、考え方の見直しを求めて起きてくれている「出来事」です。

今、時が熟したことによって、やっと目の前に、その現象が現れてくれました。

それは、私たちの魂が、この人生の歩みで、少しずつ進歩して、やっとその問題を感じ、

そして解決する時が来たという証でもあります。

その事を斎藤一人さんがお話してくださっているのでご紹介します。

<転載開始> 転載元

 

生きていると、いろいろなトラブルや問題が出てきます。

そして、問題が出てくると、たいてい、人は悩んだり、苦しんだりします。

でも、問題というものは、自分の魂を成長させるためのものなんです。

人間は、自分に起きた問題を利用して魂のステージ、いわゆる「霊格」をあげていきます。

ただ、ほとんどの人は、自分の魂をどうやって成長させるかを知らない。

それどころか、目の前に起きた問題が

自分の魂を一つ上にあげる階段だということも知らない人も多いんです。

だから、苦労したり、悩んだりするのです。

でも、私はなぜか、昔から知っていました。

問題が起きたときこそ、「魂を成長させる方法」というのがあることを。

魂を成長させると同時に、その問題を解決してしまう方法があるということを。

 

その方法はたった一つです。

たった一つの方法で、全部の問題が解決できます。

それは、感謝です。

なにか問題が起きたとき、多くの人は「なぜ、こんな問題が起きたんだろう」と考えます。

理詰めで考えると、いろいろな原因が思い当たるでしょう。

でも、魂的な視野からいうと、自分に起きるトラブルや問題は

「自分の感謝のなさ」を教えてくれるものとして出てきています。

だから、上司が自分にいやがらせをするのだとしたら、

いやがらせをしない同僚やなんかに感謝が足りなかったのです。

感謝の反対は「当たり前」。

同僚たちがいやがらせをしないのは当たり前だと思っていた。

ということは、感謝を知らないのです。

だから、病気になったのだとしたら、からだに感謝することを知らなかったんです。

それの「気づき」のために、どこかからだの具合が悪くなる。

それに気づき、他の具合が悪くないところ、一つひとつに感謝すればいいのです。

必要な治療を受けながら、感謝すればいい。

そうやって、問題のないところに感謝して、感謝して、最後に、問題そのものにまで感謝できたとき、その問題は消滅するようになっています。

これはお約束ごとです。

この世は、そういう仕組みになっています。

ということは、問題が起きたとき、「これは自分が感謝を知らなくて起きたんだ」と思い、

最初から問題そのものに感謝するのが、一番いいんですよね。

でも、最初から問題そのものに感謝するという流れには行かないものなのです。

だから、最初は問題を起こしていない周りに感謝から始めるのです。 

周りへの感謝から始めると、やがて、その問題にも感謝できるようになります。

そして、魂が上にあがります。

<転載終了>

 

何か自分の意に沿わないことが起きた時、私たちは不平や、不満、愚痴を口にし、

何とかそこから逃れようとジタバタします。

今までのぬるま湯につかったままでいたいと思います。

ですが、そのトラブルや問題と言うのは、私たちに「感謝の心」を思い出しなさい、 

と言うチャンスの時期が到来したと、伝えているのだそうです。

困ったことに対して、不平や不満、愚痴を口にせずに、今まで「当たり前」だと思っていた、周りの方々の優しさや思いやりに目を向けて、感謝すること・・

そして最後は、その問題自体にも、

気付かせてくれたキッカケとなってくれたことに感謝すること・・

すると、一人さんの仰るように、もう問題点は消滅してしまいます。

そして同時に私たちの魂は、また一歩進歩していきます。

今感じている、

・困ったことは何ですか? 

・不安に思うことは何ですか?

・不満に思っていることは何ですか?

以前の記事にも書きましたが、中間世記憶を持つ子供たちの天国での神さまとの相談の様子からすると、私たちは生まれる前に、両親を選んで生まれてきました。

そして健康な体になるのか、病気の子供として生まれるのか、

どんな経験をこの人生でするのかを、決めたうえで生まれてくるのだそうです。

そして容姿や性格までも、その人生の目的達成のために決めて生まれてくるのだそうです。

性格もです!

これが何を意味するかお分かりですか?

つまり、

・目の前のどうしようもない人、

・自分の思い通りにならない、夫や子供、

・性格の悪い上司

 

それらは全て、その役割を全うするために、今世において、その性格になることを 

嫌われるのを覚悟であえて選んで生まれて来たということです。

元々、その方は、陰険な意地悪な性格の魂だったわけではありません。

今世において、あなたとの関わりにおいて、そのような決められた役回りをする必要に駆られ、その性格を選んで生まれてきたと言うことです。

私たちの身近にいる人と言うのは、一番ご縁が深く、大切にしなければならない人です。

自分が嫌だと感じる一面だけを見て判断するのではなく、

感謝の気持ちで、優しさと思いやりでお付き合いしたいものですね。

その方たちは、私たちに「感謝の心」の大切さを教えるために、

あえて悪役を演じてくださっている魂たちだからです。

最後に作家の三浦綾子さんのお話をご紹介します。 

三浦さんは学校の先生だったのですが、24歳の時に突然の高熱で入院。

その入院が13年にも及びます。

結核自体が、当時不治の病だったのですが、脊椎カリエスを併発。

動かせるのは首だけで、寝返りを打つことも、排泄物を自分で処理することも出来ない毎日。

それが4年も続きました。

その後も、ご本人が「病気のデパート」と呼んでいるぐらい、ありとあらゆる病魔が襲ってきました。

紫斑病、喉頭がん、三大痛い病といわれる帯状疱疹が顔に発症、鼻が潰れる。

「お岩さんみたい」と三浦さんが言うと、お手伝いの女性が「そんなこと言うと、お岩さんに失礼ですよ」と言ったという話をご本の中で書いていらっしゃいました。

そして大腸がん、パーキンソン病と続きます。

普通の人間だったら、絶望のふちに追いやられるのに、三浦さんはいつも明るく、ユーモアに溢(あふ)れていたそうです。

「神様が何か思(おぼ)し召しが会って、私を病気にしたんだと思います。

神様にひいきにされていると思うこともあります。

特別に目をかけられ、特別に任務を与えられたと・・・。

いい気なもんですねぇ(笑)」

人間の精神は、どこまでも闇に行ってしまうこともあるけれど、何かきっかけさえあれば、反転しどこまでも高みに行くこともできるのですね。 

皆さんがご自分の内に居らっしゃる神さまに気付き、お幸せになれますように。

 




2023年7月27日木曜日

3135「死を超えて明かされる秘密」2023.7.27

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年07月14日の記事を紹介します。


「死を超えて明かされる秘密」


ブッダの前世の物語、ジャータカによれば、ブッダは29歳で修行に発ち、35歳で悟りを開きました。

インドには古くから、命あるものは生まれ変わりを繰り返すという「輪廻」の思想があります。 

仏教を伝えた人々は、ブッダは無限とも言えるような過去から生まれ変わりを繰り返し、

その中で善業を積んできたから、最終的に悟りを開くことができたと考えました。 

このブッダの過去世での善業を伝える物語を集めたのが、「ジャータカ」です。 

ブッダはかつて2つの重要な法則を私たちに教えてくださいました。

・因果の法則

・縁起の法則



因果の法則(カルマの法則)とは、すべての物事には必ず原因と結果があり、すべてはその原因と結果の連鎖で成り立っているというものです。

これは私たち人間の生活や人生の話だけではなく、動物や植物といった生命全て、地球そのものが、この因果の法則によって成り立っていると言われます。

縁起の法則では、私たちの生まれてから死ぬまでに起こってくる全ての出来事は、生きている私たちの意思や努力で変えられるものではなく、既に生まれてくる前に決めたストーリーの通り、決まっている。

そしてこの人生ストーリーは私たち自身と、神様で相談して決めてくるのだそうです。

この因果の法則は私たちの宇宙では、ブッダの説いたとおり絶対的な法則ですから、私たちのこの人生ストーリーも、この法則から外れるものではありません。

神様から私たちの魂が枝分かれして宇宙空間に旅立ってから、今までに生み出した 因(カルマ・・良い意味でも悪い意味でも)によって、私たちは結果を受け取るわけですから、 

人生ストーリーの中で起こる色々な出来事も、この因による結果の出来事が組み込まれることになります。

例えば、

・貧しい人に施しをしたことがあったので、困った時に助けが現れる・・

・困っている人を見て、見て見ぬふりをして逃げてしまったので、

 大切な時に物事の遅延が重なり、なかなかことがうまく運ばない

など・・(本当はこのように単純には起こりませんが)

 

この因果の法則は、言いかえると宇宙の法則

与えたものが、受け取るもの

と言うことです。

・温かい言葉を投げかければ、温かな言葉をかけられます。

・笑顔を向ければ笑顔が帰ってきます。

・親切にすれば、親切にされます。

・傲慢な態度を取れば、傲慢な態度で返されます。

因果の法則は決して私たちを苦しめるものではありません。

神様が、私たちを苦しめる法則など作らないからです。

この人生ストーリーをベストなタイミングを図り、起こしてくださっているのが神様や仏さま。

そしてこの地球において、そのストーリーを展開するために、色々な役割を演じてくださっているのが、友人・知人・家族たちとなります。 

様々な役目があります。

・親切な役

・憎まれ役

・味方、敵

・殺し役、殺され役

・運命を回転させる推進役

・親、兄弟、友人、同僚役

全部この因果の法則の「結果」部分の出来事を、私たちの人生という大舞台で一緒に演じてくださっています。

ブッダが縁起の法則で言うように、私たちの人生ストーリーは、寸分の狂いもなく決まっており、私たちは、その流れに身を任せるだけです。

 

ブッダの言うように、私たち生きている間の

・意思や努力

・必死なもがき

で変えられることは 0パーセントです。

変えられません。

ましては他人(子供や家族を含め)の人生を、私たちの自分勝手な価値観で変えさせようとすることなど不可能です。

因果の法則も、縁起の法則も、神様が決めた法則です。

つまり「慈悲や愛」に根ざしているということです。

神様と私たちが生まれてくる時に決めてきたシナリオは、私たちの魂の成長を目的に書かれていますから、愛そのものと言えます。

私たち生きている人間は、起こってくる出来事を 「あるがまま、ありのまま」に感謝して受取り、下手にもがいたり、変えようとは思わず、神様を純粋に信じて生きていれば、

それで良いようです。

難しいことはありません。

自然界に生きる、動物や植物たちと同じです。

私たち自身の決断も、行動も結論から言えば、もう決まっていることです。

私たちは神々の「愛」を信じ、「あるがまま、ありのまま」の流れに任せ、神々が織りなす愛と善を自分自身の役割として演じながら、味わい、理解するための経験をこの地球でさせていただいているのかもしれません。

 

因果の法則とは、盗んだから盗まれる。。と言うような単純な反応ではなく、様々な因が絡まりあって、結果を生むようです。

激しい結果を受け取ることで、一気に沢山の因の解消を図ることもあるようです。

(そのためには強い魂である必要がありますが)これも神様と相談して人生ストーリーに組み込まれます。 

そしてもう一つ大切なことがあります。

既に因果の法則の「因」を燃やしつくした方も居らっしゃるということです。

その場合、因果の法則の因に縛られることがありませんから、行動の自由度も増しますが、 

多くの場合は、既に高貴な魂となっていますから、自己犠牲的な、人類の成長に貢献するような出来事を人生ストーリーに組み込んで来られる方がいらっしゃると言うことです。

3.11の東日本大震災では多くの犠牲がありましたが、その方々の貴重な生命の犠牲をキッカケとして日本の集合意識は大きく目覚めました。 

神々の計画であった精神性の復活の時代が始まりました。

生きている人間からすると「死」と言うものは永遠の別れ、悲しいもの、忌み嫌うべきものと捉えがちですが、大きな永遠の生命の流れの視点から見れば、一つの通過点という意味になります。

悲しいことではありません。

また逢えるのですから。

ですがその分、生きている人々に大きなインパクトを与える出来事になります。

悲しい、苦しそうな、辛そうな死を迎えた人もそこには大きな意味があったということです。

決して偶然に、運悪く、バチが当たって死んだわけではありません。

それをきっかけに世の中の流れが変わったのかもしれません。

周りの人の心に何か変化が起こったかもしれません。

 

自然界を見れば、この自己犠牲的な死を選ぶ動物や植物は沢山います。

それは、その動物たちの集合意識が、個の生命よりも集合体としての全体の存続を選んだ時です。

決して自分が死に役になったからと不平・不満を言う者はいません。

人間も同じです。本当はそんな純粋な心を持っています。

人間の肉体の生体反応では頻繁にこのことが行われています。 

ある細胞が犠牲になることで、他を生かすようなことが沢山あります。

たとえ私たち残された者たちの顕在意識が、疑問、不満を持ったとしても、本当は潜在意識、次元の上のレベルの私たちの意識では納得しています。

それが最後の別れではないと知っているからです。

その出来事を通過することで、 

全体の調和と進化が測れることが分かっているのですから。

死別は大きな出来事です。

その隠された秘められた大切な、壮大な意味は神様しか分かりません。

ですが、神様は私たちを見捨てません。

裏切りません。愛そのものです。

残された私たちは、今 目の前の人、事を大切に、誠実に生きることで、亡くなった大切な人たちと、死を乗り越えてまた笑顔で会えることでしょう。

そして秘められた秘密は、死を超えて、その再会の時にきっと明らかにされることでしょう。


 

2023年7月26日水曜日

3134「消毒カタストロフの新しい輪廻がまたも始まり」2023.7.26

 今回はIn Deepさんの2023年7月13日の記事を紹介します。


「消毒カタストロフの新しい輪廻がまたも始まり」

 消毒カタストロフの新しい輪廻がまたも始まり - In Deep


この不健康習慣には終わりが見えない

2020年にコロナのパンデミックが始まった時、最初に「参った」と思ったのは、

「異常な殺菌、消毒《運動》が日本中で巻き起こったこと」でした。今でも続いています。

もともと、コロナの前から、このブログでは、現代の人間を「弱く」している原因のひとつに「衛生的すぎる日常がある」ということを書かせていただくことがありました。

最初に書いたのは、7年くらい前の以下の記事でしょうか。

(記事) 数百万の「無菌室」が導く崩壊 : 「微生物との共生を拒否した日本人」たちが創り出す未来の社会は In Deep 2016年12月13日

 

この記事の後半のほうに私は以下のように書いています。

2016年12月13日のブログ記事より

この数十年の世界は、「菌という存在はすべて殺させばいい」という概念で突き進んできました。

しかし、それは間違っていることが今は明白になっています。

それでも、今でも、たとえば、風邪が流行する時は、

「うがい、手洗いをしましょう」となります。

具体的な方法を書かずに「うがい、手洗いをしましょう」と言われれば、中には、

「消毒作用のあるうがい薬で毎日うがいをする人」

だとか、

「執拗に石鹸や消毒剤で手を洗う」

人なども出てくるかもしれません。

それは結果として、「喉の大事な常在菌を殺してしまい」、あるいは「手についている常在菌を殺してしまう」ということにつながります。

どのくらい常在菌が「死んで」、どのくらい復活しないかといいますと、ひとつのページによれば、以下のようにあります。

> 石鹸やボディーソープを使うと、90%常在菌が流れ落ちるといわれています。若年層は12時間程度で再び常在菌が元通りになりますが、中高年では20時間と長い時間がかかります。

> 手は体に比べると常在菌の回復が早いのですが、界面活性剤配合の石鹸をたびたび使うことで常在菌が大幅に減少してしまうのです。  indeep.jp

 

この数年後、コロナの世となり、「執拗に石鹸や消毒剤で手を洗う」という光景は日常になり、そして、今に至っては、「コロナも何も関係なく、すべての風邪とか感染症に同じことを進めている」始末です。

最近も、「ヘルパンギーナ予防には、次亜塩素酸ナトリウムで消毒するのが有効」という長野県の報道を見ました。

・「ヘルパンギーナ」感染急拡大 予防ポイント「アルコールは効かない」「次亜塩素酸ナトリウムで消毒を」 (2023/07/12)

 

次亜塩素酸ナトリウムというのは、つまりハイターのことです。

こんなのを消毒用に毎日毎日使っていれば、消毒する人たちの手や肺(必ず吸入してしまうため)は影響を受け続けるわけですし、何より、それが赤ちゃんの肌とかに頻繁にふれるとなると、あるいは、必ず吸入するという前提からは、

「発達中の赤ちゃんの皮膚常在菌や、口腔常在菌、そして腸内細菌環境がメチャクチャになってしまう可能性がある」と思います。

思いだしますのは、コロナの流行が始まった 2020年の春には、「コロナ対策として、第四級アンモニウム塩での手指の消毒が有効」とさえ報じられていました。以下は、2020年4月の報道です。

> …消毒効果が分かったのは界面活性剤のほか、塩酸や食塩水を専用機器で電気分解して作る「次亜塩素酸水」とウエットティッシュに含まれる「第4級アンモニウム塩」。いずれもドアノブなど物品の消毒に有効で、第4級アンモニウム塩は手指にも使える。 (時事通信 2020/04/15)

 

これらのような報道を見ていまして、「どうなっちゃうんだ、この世の中」という気もしていました。

あるいは、コロナが始まった頃に赤ちゃんだった子どもたち、つまり現在、3歳とか 4歳とかの子どもたちの間で、感染症などを含めた病気の拡大が止まらない理由もこのあたりにもあるのではないかと感じます。

消毒、消毒の繰り返しによって、あらゆる面で「弱く」なってしまった。

 

まあ、もっとも、何らかの感染症が流行しているときには、

「環境中の何もかもが、そのウイルス等で満ちている」

わけですので、この観点からでも、「一時的に手指を消毒してどうする」とか「一時的にドアノブやタオルを消毒してどうする」という、特に難しく考えなくとも誰にでもわかる理屈があります。

 

自由自在に環境を駆け巡るウイルスへの暴露を「防ぐ」?

たとえば、先ほどの長野県の報道では、「ヘルパンギーナ」という、まあ、本来ワイワイと騒ぐようなものではない夏風邪ですが (しかも、将来的な免疫の観点からは、おそらく赤ちゃんが感染したほうがいいもの)、原因ウイルスはいろいろとあるようですけれど、最近の論文を参考に、代表的な原因ウイルスのひとつを「エンテロウイルス」としてみます。

以下は、論文からの部分的な抜粋です。

2023年5月の論文「ヘルパンギーナ」より

…エンテロウイルスは、エンベロープを持たない小型の単一プラス鎖 RNA ウイルスだ。それらは、広い pH 範囲で生存することができ、50℃ までの温度でも感染力を保持する。

これらの特性により、それらは環境中で比較的長期間生存することができる。人間はこれらのウイルスの唯一の自然宿主だ。

…エンテロウイルスは通常、糞口経路を介して広がる。さらに、感染した唾液、呼吸器の飛沫の摂取、または小胞からの液体との直接接触によっても感染が起こる可能性がある。

潜伏期間は3日から5日。無症状の患者でもウイルスの排出が起こる可能性がある。呼吸器でのウイルス排出は最大 3週間、便中では最大 8週間持続する可能性がある。

ncbi.nlm.nih.gov

 

環境中で比較的長期間生存することができて、「便中では最大 8週間持続する」ようなわりと強靭なウイルスであり、それがこれだけさまざまな感染経路を持っているというようなものに対して、 

「予防する」 

という観念を持つことは不思議だと思わざるを得ません。

というか、その子の近い将来のことを考えれば、「感染・発症が正しい」道のりだと思います。夏風邪は、熱も 38℃台くらいまでしか上がらないということで、赤ちゃんの 38℃は、明らかに微熱です。

過去記事「子どもがみんな解熱剤でやられてしまう」に、米シアトル小児病院ウェブサイトの「発熱 - 俗説と事実」から抜粋していますが、冒頭に以下のように書かれています。

(シアトル小児病院ウェブサイトより)

> 俗説 すべての発熱は子どもにとって悪いものだ。

> 事実 発熱は体の免疫システムをオンにします。それらは体が感染と戦うのを助けています。 37.8° ~ 40°C の通常の発熱は、病気の子どもにとっては良いことなのです。

さらには、

> 実際には、微熱は 37.8° ~ 39° C のことです。

ともあります。

この「子どもの熱」の観念については、親の方々は大いに勉強するべきだと思います。

解熱剤などの間違った使い方により取り返しのつかない結果を及ぼす可能性があるからです。

さきほどのブログ記事に、日本小児科学会理事会の「インフルエンザ脳炎・脳症における解熱剤の影響について」という文書を掲載していますが、測らずも、そこに示されている数値からは、「脳症で死亡した子どものほとんど(8割)が解熱剤によるもの」だと読めるのです。

お子さまが発熱すると心配になるのはとてもわかります。

しかし、現代医療の「 38.5℃を超えたら解熱剤を」という方法論自体が間違いであるかもしれないことも示されているのです。

(記事) 熱を下げてはいけない : 感染症の治癒メカニズムが人体で発動するのは「体温が《38.5℃以上》に上がったときのみ」であることが中国科学院の研究で判明

 In Deep 2019年1月19日

 

無理に熱を下げてはいけないのは、大人でも同じだと思います。高熱できちんとウイルスが死滅していない状態により、単なる風邪が「長く続く風邪」に変貌しやすくなります。

ともかく、先ほどのシアトル小児科の「 39℃までは微熱です」という言葉は至高だと思います。 

ところで…。先ほどの「ヘルパンギーナ」という論文に以下の記述がありました。

> 小胞からの液体との直接接触によっても感染が起こる可能性がある。

 

「小胞からの液体との直接接触?」とやや不思議な感じがしました。普通、「小胞」だけの表現ですと、「細胞内にある膜に包まれた袋状の構造で、細胞中に物質を貯蔵したり、細胞内外に物質を輸送するために用いられる (Wikipedia)」という説明であり、この作用は、自らの体内のみでのものだと思います。

「直接接触によって感染」というのが、外部への感染のことを示しているのだとすると、エクソソーム的なことなんですかね。

エクソソームは、日本語だと「細胞外」の「小胞」ということになり、エクソソームは、最近、記事にしたりしましたが、いろんなものを相互に周囲に伝えます。

この解釈はともかく、考えてみれば、ヘルパンギーナの原因となるうちのひとつのエンテロウイルスもまたエクソソーム等により外部に放出されている可能性を考えますと、もう、環境中は、どこもかしこも、そのウイルスだらけではないかと想像できます。

「その感染を予防する?」

という思いがさらに強くなります。

予防 (暴露を防ぐこと)は無理です。

そうじゃなく、感染しても健全に病気を乗り切る「強い身体」が最も重要で、そして、「強い免疫 (感染しないという意味ではなく)」が必要だと思います。

病気が流行している! と、メディアの言う通りに、部屋中をハイターとか第四級アンモニウム塩入りの消毒剤で磨き上げてしまえば、そりゃ、赤ちゃんの身体も免疫も弱くなります。

なにより「絶対に吸入される」という観点から、赤ちゃんの腸内細菌環境にも悪いはずです。以下は、アメリカの医療サイトの「殺菌能力のある洗浄剤は口腔微生物を殺してしまう」として、警告していたものを取り上げました。

(記事) 全身の健康を守るためには「殺菌のためのうがいや殺菌のための歯みがきをしてはいけない」 In Deep 2019年12月27日

 

口内細菌環境の不均衡が、結果的に「腸内細菌環境への悪影響につながる」ことが書かれています。

現代の日本の生活は「普通でも清潔すぎる」のですから、それ以上何かをするのは狂気じみています。

むしろ、汚くするほうがいいです。

私なんか、部屋の中に庭の土とか放り込んでますからね(それはやめろ)。

実際、抗菌製品などをはじめとする「衛生製品の売り上げ」が著しく増加した 1980年代から、子どものアレルギーの増加は指数関数的といっていい増え方をしています。

日本におけるアレルギー疾患の患者の推移

 


日本健康増進支援機構

 

大人のアレルギーも増えていますけれど、子どものほうが抗菌剤の影響を受けやすいです。以下の記事では、過剰な衛生がもたらす事態について書いています。大げさなタイトルですが、長い目で見ると大げさでもないです。基本的な常在細菌を欠いた状態では、子どもは健全に成長できません。

(記事) 過剰な消毒がどのように小さな子たちを殺していくか

 In Deep 2021年10月21日

 

過剰な衛生が拡大すればするほど、子どもたちの病気への防御が弱くなり、何より身体そのものが弱くなっていく。

そして、今だとヘルパンギーナということになりますが、「また次の感染症が流行した場合」、おそらく、また過剰な消毒、殺菌が始まる。 (今は、免疫抑制の観点から、どんな病気でも大流行しやすい状況下にあります)

その繰り返しの中で、時間や年数の経過と共に、子どもたちの状態や、感染症の状況の事態は悪化していく。

今はその「永遠の輪廻の渦中」にあるわけで、気づいたお母さんだけでも、輪廻を断ち切る、すなわち過剰な消毒の中止を実行してほしいと思います。

くどいようですが、日本の今の生活は現状でも清潔なのですから、それ以上何も必要はないはずです。



2023年7月25日火曜日

3133「神さまと繋がること」2023.7.25

  今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年07月13日の記事を紹介します。


「神さまと繋がること」


この夜明け前の一番暗い時、ヨハネの黙示録の中で示されている、

第7のラッパの音が鳴り響く世の中で生きていて 一番心強いことは、

やはり神様とともに生きることではないでしょうか。 

神様と生きる、そうは言っても、ピンとこない方も多いかもしれません。 

ですが、もともと私たちは、神さまから魂の一部を頂いて生まれてきました。 

元春日大社宮司で、高名な形成外科医であった葉室頼昭さんのご著書を基にして書きたいと思います。 

はじめのはじめ、至高の神の意志がありました。 

神さまは自分のご意思を実行に移すために、150億年前、ビッグバンを起こし、全てが始まりました。 

古事記によれば宇宙で一番はじめに現れた神は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)です。

ですが、すぐにお隠れになりました。

その後まもなく現れたのが 

・高御産巣日神(たかみむすひのかみ)

・神産巣日神(かみむすひのかみ)

やはり同じようにすぐに姿を隠してしまいました。

この3柱の神を造化三神(ぞうけさんしん)と呼びます。

むすひのかみ達は、以前記事にも書きましたが

量子力学で言われる「弱い力」、つまり、中間子、素粒子を結びつける力です。 

日本の湯川博士が発見しました。 

この力が存在したために、原始ができ、分子になり、物質が生まれました。



つまり、この宇宙に存在する物すべてに、原子よりももっと小さなレベルで、神々が宿っているということになります。 

もちろん私たちの中にも至高の神さまがいらっしゃいます。 

私たちの考えていること、過去、現在、未来、全て見渡して、私たちとともにいらしてくれます。

葉室元宮司が仰るには、神さまの意図、つまり至高の神が宇宙を創造した目的は 

外側から、神さま自身の 真・善・美を見て味わい、知ること。 

内側からでは、自分自身を見ること、知ること、感じることができないからです。 

そのため、宇宙神から頂いた、魂、生命を使い、枝分かれした生命体たちは、様々なことを経験し、味わい、知ります。 

その経験、知識を集めて、再び私たちは、宇宙神の元に戻ります。 

ですから、私たちが経験すること感じること、思うこと・・

それに善悪はありません。

全てが経験として蓄積されるからです。 

 

ですから私たちは、人の行動、言葉の一面だけを切り取り、受け取って、良い、悪い のジャッジをすることはできません。 

その経験も、宇宙・創造神にとっては必要な経験だからです。 

色んな宇宙、星々、そして3次元、4次元、5次元・・ いろんな次元で、宇宙神から生み出された沢山の魂たちが経験を積んでいます。 

ですが、その中でも、地球と言う私たちの惑星、それも3次元の世界は、生まれ変わり、つまり魂たちが経験するために、肉体をまとい、生まれてくる場所として、 大変人気が高く、倍率が高いようです。 

何故なら私たちには 肉体をまとっている間、感情を持つことができるからです。 

この地球は、「宇宙一感情レベルが高い星」なのだそうです。 

感情と言うのは、対象に対して抱く気持ちのこと。 

喜び、悲しみ、怒り、諦め、驚き、嫌悪、恐怖など。 

また周りの人々の心に

・寄り添う力、

・感じ取る力

・同じ気持ちを味わう力

つまり共感力も、この感情があるからです。 

人生80年、生きていると様々な出来事が起こります。(自分で生まれる前に計画してきたことです) 

それらを経験するたびに、私たちの感情が大きく揺さぶられます。

私の人生、どちらかと言えば、辛いこと、悲しいこと、苦しいことが多かった。 

そう思う方もいらっしゃるかもしれません。 

ですが、その経験をしてきたうえでの今現在の私たちです。 

経験値から言えば、今日の私は、過去一番最高の私です。  

その経験も、生まれてこなければできませんでした。

辛く苦しみの暗闇の中で、出会った、誰かのほんの小さな優しさ、温かさ、思いやり 

心に沁みませんでしたか? 

苦しんだ経験があるから、同じ苦しみの中にいる人たちの心が分かるようになったのではないですか? 

それって、魂にとったら、大飛躍です。 

輝きがぐんと増しました。

※その経験を求めて、宇宙中から生命体が集まります。 

本当の優しさは、その何倍もの苦しみや悲しみを乗り越えてきたからこそ、身に付いたものではなかったでしょうか? 

それとも今の苦しい環境を、人のせいにして、そこから逃れたいがゆえに、憎み、ののしり、恨み続けるのでしょうか? 

私たちの内にいらっしゃり、常に一緒に歩んでくださっている神さまが望むことは、

私たち人間たちが、いろんな経験を通じ 

・素直な心で

・互いを思いやり、助けいあい、

・お互いさま、お陰さまの気持ちで仲良く笑顔で暮らしていく   

そんな身近で平凡なことではないでしょうか。

それこそが、神々が私たち人間に、一番望んでいらっしゃる心ではないかと思うのです。 

だからこそ、宇宙神は、私たちの心の浄化を一番の喜びとされるのではないかと思います。 

私たちの心の霧が晴れ、神々しい光が差し込んだ時、宇宙神は、小躍りして喜んでくださると思います。 

自分の周りに居てくれた人たち、家族、友人、同僚、そんな人たちに感謝と、祈りにも似た気持ちで接することができれば、神々は喜び、今度はそこで、その場において私たちと、神々の 美しいエネルギー交換がなされることでしょう。 

 

その時、私たちはきっと気付くはずです。  

・私が好きな人も

・私が嫌いな人も

・私を好きな人も

・私を嫌いな人も

みんな、みんな大切な人だったと。

かけがえのない人だったと。 

溢れる感謝の気持ちと共に。

私たちは、人の 嫉妬、やっかみ、悪意には鈍感でも構いません 

ですが、人の優しさ、温かさ、思いやり、愛情には敏感でありたいものです。 

なぜなら、そこには 必ず神さまがいらっしゃるからです。 

心の浄化が始まった時、神々の喜びとともに、大いなる幸せも続々と現れることでしょう。

何故なら、人の心の浄化こそが、神々のなさる最大の奇跡だからです。

 

2023年7月24日月曜日

3132「究極の選択」2023.7.24

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年07月12日の記事を紹介します。


「究極の選択」


今日は神様から示された究極の選択についてです。

ブッダによれば、私たちの悩み事、苦難の多くの原因は、自分に起こってきた出来事を

・受け入れたくない

・認めたくない

という気持ちから、抵抗し、逃げ出し、そしてそれができない、無駄だとわかると

・不平不満、愚痴、文句

を言い、ますます人生を暗くしてしまうことに起因しているようです。

  

ですが、本当の真実は 

・その出来事は神様が起こしてくださったことであり

・その目的は、その出来事を通じ、私たちの魂を磨くため

・そしてますます幸せな段階へと、私たちを進ませるためのもの 

そういうものだということです。 

すべては、その出来事を、 

・認め

・受け入れ

・その新たな環境の中(おかれた場所)で、

 小さな幸せを見つけ、

・笑顔で感謝の気持ちをもつこと 

そうした途端、周りの環境は、一切変化がないのに、一瞬にして、神々に祝福され、

天国に住む者に変化します。 

小林正観さんのお子様、慶子ちゃん。 

生まれながらに心臓に穴があき、脳にも障害を持って生まれたお子様のお話をお読みください。

<引用開始>

 

正観さんは、変わった紹介方法すると、 

・ブッダの弟子

・そして空海の弟子

・プレアデス星団から地球に来ました 

そのような人です。 

ですが、もう亡くなってしまいました。

その正観さんは、30歳で結婚し、3年目にして、やっと待ち望んだお子さんが生まれたそうです。

待ち望んだ子ということで、お名前は「慶子」と付けました。

ですが、知的障害と、染色体異常であったため、筋力が、人の半分しかありませんでした。 

その娘さんについて、正観さんが次のように書いています。

彼女は、普通の子供よりも筋力が足りないため、早く走ることができません。 

運動会の徒競争に出ると,1位はおろか、2位になることも、3位になることもありません。

いつも「ビリ」でした。

忘れもしません。彼女が小学校6年のときです。

運動会の前に、足を捻挫してしまった友だちがいました。 

長女は、その友だちと一緒に走ることになっていたため、友だちには悪いのですが・・・・

「はじめてビリじゃないかも知れない」と、妻は期待していたようです。

運動会を終え、妻はいつも以上にニコニコしながら帰ってきました。

長女がビリから抜け出したのかと思いきや、「今回も、やはりビリだった」というのです。

ところが妻は、今回もビリだったことを嘆くどころか、

ニコニコと嬉しそうにしていました。

徒競争が始まると、長女は、足を捻挫した友だちのことを何度も振り返り、気にかけながら走っていたそうです。

自分がゴールすることよりも、自分がビリから抜け出すことよりも,ケガをした友だちのことが心配だったのでしょう。

友だちは足をかばうあまり、転んでしまいました。 

すると長女は走るのをやめ、友だちのもとに駆け寄り、手を引き、起き上がらせ、2人で一緒に走り出したそうです。

2人の姿を見て、生徒も,父兄も立ち上がり、2人に大きな声援を送りました。

そして、いよいよゴールのとき、長女は、友だちの肩をポンと押して、自分より先に友だちをゴールさせたというのです。

この話を聞いたとき、私は気がつきました。

人生の目的は競い合ったり、比べたり、争ったりするものでも、努力したり、頑張ったりして「1位になる」ためにあるのではない。

人生の目的は、「喜ばれる存在になることである」私はこのことを、長女に教わりました。

そして娘は、そのことを教えてくれるために、私たち夫婦の子供になったのだと、妻の話を聞き終え、私は そう気がついたのです。

<引用終了>

 

さて究極の選択はここからです。

正観さんご夫婦が50歳の頃、この慶子ちゃんが生まれて 15年位した頃、お二人でこんな会話があったそうです。

ひとつは、もし神さまが、白い粒でお薬のようなものを差し出して、夫婦二人で決めなさいと 言われたとします。

この粒を飲めば この障害のある子が治り、普通の子のように、健康で元気になることが出来る。 

そう言われたら、そのお薬を飲みますか?  

どうしますか?  

と話したそうです。

すると奥さまは はっきりと「今のままがいい」と答えられたそうです。

もうひとつは、3人目の子どもができたとして、事前に知恵遅れであることが分かったとします。 

「それでも産みますか?」

 という質問、選択です。

奥さまは即答した と言います。

「そのまま 喜んで産む」と

そしてお二人して、この慶子ちゃんが、15年経って 本当に可愛いと思っていることが

心の底から分かったそうです。

生まれた直後は大変 悲しい思いなど、さまざまあったけれど、結局全ては、15年経って見れば「ニュートラル」であったと。 

良いも悪いもなかったのだと。

障害を持って生まれたのが悪いわけでもなく、それを受け入れて、不平不満、愚痴を言わず、

一緒に暮らし、時を経て見れば、決してそれは悪いことではなく、むしろ素晴らしい体験をさせてくれた、と言うことが解ったのだそうです。

 

「人生の読み替え 遅くない」全ての現象はニュートラルだから、 必ず、そしていつでも、

不平不満、愚痴を言うことを止め、静かにそのことに感謝する「読み替え」は必ず出来る。

正観さん そして奥さま。 

慶子ちゃんのことが可愛くて可愛くて仕方ないと、仰います。

幸福も不幸も 自分が決めること。 

そのことを、この慶子ちゃんが教えてくれたのだそうです。

もし、貴方が同じ立場だったら、どちらを選択しますか?

今の目の前の苦労が一気に無くなって、安楽に暮らせる薬を飲みますか?

私たちは、生まれる前に、今世で、 

・いつ何が起きるか、

・いつ誰と出会い、いつ分かれるか

・健康な身体か、病弱な身体かを選び 

神さまと相談し、承諾を得て、生まれてきました。 

天国で神さまと 設定した、人生で起こる全ての出来事は、私たちの魂を、より進化させ、

神さまに近付くため という目的を持っています。 

ですので、全ての出来事に意味があります。

全ての出来事が、寸分の狂いもなく、起きるように、神さまがはからってくれています。

ですので、私たちは、その流れに乗ってさえいれば、 

・ああ、しなければならない

・もっと努力しなければならない

そんなことを全く考えずとも、ただ、目の前に起きて来たことに、感謝し、愛を込めて、行うだけで流れに乗ることができます。 

なぜなら、神さまのみわざは、どの人にも平等に降り注いでいるのですが、そのみわざ、神さまの祝福が現れるには、人間側の「感謝の心」がどうしても必要だからです。

ですので、人生に現れてくる、様々な出来事に「感謝の心」で、接している限り、私たちは、揉まれ揉まれながらも、魂の輝きが増し、結局は幸せな岸辺に、たどり着くようになっています。 

でも、それでも、 あなたは今の目の前の苦労が一気に無くなって、安楽に暮らせる薬を飲みますか?


 

2023年7月23日日曜日

3131「素直になれたら」2023.7.23

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年07月11日の記事を紹介します。


「素直になれたら」


今日のお話は、元伊勢道場長、中山靖雄三のお話をご紹介します。

障害のある弟さんを持った、お兄さんのお話です。

障害を持って生まれてくることも、全て生まれる前に、

・ある目的を立て

・その目的を達成するために計画を立て

・この世に出てから関係することになる人たちの承諾を得て

・神様にその計画を承認していただき

・生まれる瞬間の星の影響などを考慮して 

生まれて来るようです。 

綿密な計画です。

特に障害を引き受けて生まれてくることは、進化の進んだ魂にしかできません。 

そして本人だけでなく、周りにも大きな波紋を投げかけます。 

ですが、その波紋は、魂の輝きを増すための大きな大きな試練の波紋です。 

当人たちが、天に帰った時、その大きな意味が明かされることでしょう。 

では、今日のお話を始めます。

<引用開始> 引用元 


修養団で三泊四日の研修を終えられた最後の日に、

「帰ったら弟にごめんなさいって、お詫びをしたいと思います」

と言ってくださった方がおられました。

「私の弟は耳が聞こえません。

そしてしゃべることができません。

その弟と、おふくろと私と三人暮らしなんです。

親父が早く死んで、私が父親代わりで今まできました。

おふくろや弟を大事にしてやらなきゃいけないってことは、いやというほどわかっていましたが、なかなかできませんでした。

今はおふくろに、『母ちゃんは弟のことが心配なんだろう?俺に安心して任せておきなさい』って言いたい気持ちがしています。

だけど、家に帰っておふくろの顔を見たら、照れくさくてとうていそんなことは言えないような気がします。

ただ今日は家に帰って、弟を一回抱きしめて、言っても聞こえませんが、今までごめんって、お詫びをしたいと思います」

そう言われたのです。

それを聞いて、「明日の朝、電話を入れるから話を聞かせてね。絶対嘘つきにならんといてね」と言って別れました。

翌日、電話を入れると、私からの電話を待っていてくださったようでした。

「先生、やれました」そうおっしゃいました。

「ただいま」と帰ったら、弟が部屋にいた。

「謝ろう」と思ったのに、なんとなく体が動かない。

お兄ちゃんがいない間は、鬼のいぬ間でのびのびしていた弟も、お兄ちゃんが帰って来たら、また「やられる」と思ったのでしょう。

気配を察して、弟が慌てて遊び道具を片付けて、外に遊びに出かけようとしたのだそうです。

その時、弟の後ろ姿にだったから言えたのかもしれないけど、

「今までゴメンだったね」と言えたというのです。

今まで弟のせいで、自分がいじめられることもあり、心の底では悪いなと思いながらも、

やり場のない思いを幼い弟にぶつけてしまっていた。

言葉で抵抗できない、ものを言えない弟をいじめていたのだ、というのです。

それをお母さんはずっと見ていて、知ってはいても、お母さんもお兄ちゃんのつらい気持ちを思うと叱ることもできず、そんな兄を見守るしかなかったという家庭だったといいます。

弟に申し訳なかったと思っている今の気持ちを、なんとかわからせたいと思い、外へ飛び出した弟を追いかけた。

すると、弟が必死に走って逃げだすのです。

「逃げんでもいいぞ」と言っても、弟には聞こえない。

いくつめかの信号でやっと襟首を捕まえたのですが、逃げようとして七転八倒します。

なんとか、今の気持ちをわからせたいと思うけど、どうにもならない。

しかたがないから、襟首をぐっと引きずり寄せて、回れ右させてて、自分の体に押さえつけるように抱き寄せながら、「ごめんね、ごめんね」って、体をさすってみたのだそうです。

もがいていた弟も、いつもならボカボカってやられるのに変だな、と思ったのか、ほっと顔を上げたのだそうです。

その弟のなんとも言えない恐々とした表情を見た瞬間、あふれる涙を止めることができなかったといいます。

その流れだす涙が弟の顔にもポトリポトリと当たって、弟にも何かが伝わった。 

「先生、あいつが、何をやってくれたと思う?俺の首ったまに、パッとぶら下がって、

『あ~っ』って、声にならん声を一生懸命搾(しぼ)り出そうとするんだ。

もし、ものが言えたら『にいちゃん、こんな嬉しいことはないよ、ありがとう』

と言いたいんだろうなって思ったら、もうたまらなくて、みんながいる往来で

『ごめんな、ごめんな』の繰り返しでした」とおっしゃいました。

 

それから一緒に家に帰って、お風呂に入って、ご飯食べて、お母さんが布団を並べて敷いてくれたそうです。

いつもは必ず、布団を離して隅に持っていこうとする弟が、その日は並んだ布団にすぽっと入って、すやすやと寝ている。

「言うても聞こえんし、寝てるし、わからんと思ったけど、布団の上から『今までゴメンだったね、ゴメンだったね』って、もう一度、お詫びをさせてもらいました。

こんな思いが、いつまで続くかわからんけど、精一杯大事にしてやりたいなぁ。

そんな気持ちでいっぱいなんです」とおっしゃいました。

みなさん、いろんな条件があるでしょう。

それぞれの条件の中で、今を喜びに変えながら生きていくこと。

それが、世界を清めていくのです。 

発達障害のピアニスト 野田あすかさんがいらっしゃいます。 

22歳で発達障害とわかるまで、両親は自分たちを責め続けたそうです。

彼女が22歳の時、障害のパニックから自宅の2階から飛び降りて右足を粉砕骨折してしまいました。

その後遺症のため、現在でも杖がなければ歩くことができず、日常生活では車椅子が必要です。 

想像してみて下さい。

その時の彼女の心ご両親のお気持ち 

話を戻します。

このお兄さん。

さまざまな条件の中、素直になれなかったその方も、

初めてその人本来の本性(ほんせい)に立ち戻ったのですね。

そこに気づかなかったら、勝手な思いのままの性(しょう)でいってしまいます。

しかし、どんな人も、 

出来事を良し悪しにせず、その条件の中で喜びに出会うご縁をいただいているのだと

気がつきさえすれば、本性に立ちかえることができるのです。

人の本性はみな優しいのですから。

本性に立ちかえると、自分の心が安らげます。

大きな祈りの中で過ごせるものを、みんな生まれながらにして持っているのです。

<引用終了> 

 

みなさん、置かれた場所は異なります。

何の悩みも苦しみも葛藤もない環境の人も悲しみ苦しみの中にいらっしゃる方も、そして、いろんな条件の中で、今あるもの、与えられているものを見い出し、感謝して、花を咲かせようとする人もいます。

不平不満、呪いの言葉を口にする人もいます。

生きているうちに

・地獄に住む人

・天国に住む人と 

分かれてしまいます。 

ですが、きっと神さまは、私たちが生まれてくる時に、どんな環境の中でも喜びを見出し、みんな仲良く、感謝の心で過ごしてくるのですよ。。

 そう言って、送り出してくださったのだと思います。 

もうしばらくして、私たちが、再び天に戻った時、神さまの、悲しむお顔は、見たくないですね。 

笑顔でお会いしたいですね。

 

2023年7月22日土曜日

3130「感謝と自我」2023.7.22

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年07月10日の記事を紹介します。


「感謝と自我」


感謝の言葉、「ありがとう」、この言葉を絶えず使うことで、 

・ご自分に沢山の幸運が訪れ

・物事がスムーズに運び

・悪意あるものから守られる 

のだそうです。

この言葉の持つ霊的な波動は、英語の「サンキュー」などと異なり、独自の高い波動を持ち、日本特有のものなのだそうです。 

では、今日は、幸せになる方法を書いてみたいと思います。

ブッダの教えの真髄は、感謝の心、小林正観さんは、そう悟り、それを講演会で語ったのだそうです。 →参考元

それは、私たち日本人の心に根付いている、日本神道でも同じです。感謝の心です。 

ブッダの教えの根本は感謝すること、そう、お話した正観さんは

その日 ホテルに入って夜一人の時、何故か 止めどなく涙が溢れたのだそうです。

この涙はなんだろう?

正観さんらしく。 全ての行動を時間を巻き戻しながら点検したのだそうです。 

その結果、講演会でブッダの教えの基本は、感謝することと、お話したことを思い出しました。

それからです。

正観さんが、「ありがとう・感謝」の検証を始めたのは・・

正観さんは当時、年に数回、決まった日に宇宙から、人類にとって重要なメッセージを受け取っていたのですが、この講演会での波動・意識が宇宙に届いたんでしょう。 

だから宇宙から、その通りですよと涙が流れたらしいのです。

  

正観さんは、学生時代、霊的な巨人、高橋信次さんから、ブッダの弟子であった過去を教えてもらっていました。

ですので、現代において、ブッダの教えの真髄を世に広めるご縁があったのでしょう。 

また、小林正観さんから悟りを得た人と称された、波動の法則で有名な、足立育朗さんが講演会で、感謝することの波動的な意味を説明しておられました。

人間の自我と欲、自分だけは・・・という思いの波動、振動波は波が高く、大きい。

つまり低い。波動が粗い。

 

しかし、そこで感謝の心を起こすと、自我と欲の、山の波に対し、感謝の波は、逆の相、 

つまり、谷となって覆いかぶさるそうなのです。

つまり 山を谷で、相殺し、ゼロカウント、フラットな精妙な波に変えてしまう。 

感謝の心は。干渉波となって働く、という事ですと仰いました。

感謝の波動は、自我や欲望の、荒々しい波動に干渉して、精妙な波動にしてしまうと言うことです。

神さまの波動は、精妙(波の高さが小さく)で、振動数が非常に高い、そう言われています。 

ですから、

・自分だけは、、

・俺が俺が、

・私は私は、

・どうして私だけ、、、 

などの自我や欲望を持っていたとしても、例え波動の荒い心であったとしても、そこに感謝の気持ちが起きてくると、一瞬で神さまの波動に近づけると言うことです。 

これは、画期的なことです。

「ありがとう」 という言葉、これは言霊として、宇宙一のパワーがあると言われています。

その理由がここにあったのです。 

心が伴わなくとも。言葉だけでも、威力を発揮すると言われていますが、これに心まで伴ってくれば、どれほどのパワーを発揮するか、計り知れないものがあります。

感謝の思いが強ければ、自我だらけで、負の環境、苦しみの環境しか生み出さなかった心が、

波動の逆転現象を起こし、神々の波動に近付き、良きものを引き寄せ、天国のような美しい

環境を作り出すと言うことです。

感謝の心さえ持てれば、悪しき出来事に見えることさえ、一瞬で、その出来事を神さまからのプレゼントに変えてしまいます。 

もし 何に、どう感謝して良いのか、どうしてもわからない時は、ひとまず、ありがとうの言霊を繰り返してみてください。

  

口に出しても、心の中ででも構いません。 

感謝の心は、神さまの恩寵を、この世界に現実化する媒体です。 

感謝の心が、神さまの恩寵を現実化します。 

また過去にご縁のあった方々の お顔を思い出し、お一人、お一人にありがとうを投げかけてみてください。  

人の思いと言うのは時間と空間の制約を受けません。 

必ず、相手に届きます。

   

出会って下さった方は、良きも悪きも、全て私たちの生まれてきた目的を、遂行するのに必要な方々でした。 

生まれてくる前に、お互いに約束してきた方でした。

その方々にお一人お一人、感謝の言葉をかけてみてください。

そうすることで、今までの経験が、辛かった経験さえ、一瞬で、宝石の体験に変えてしまいます。 

過去を一瞬で、感謝の体験に変容できたのなら、今現在の環境に対しても、同じことができるはずです。 

過去・現在に関して、受け取る体験を全て、感謝の体験、ありがとうと言えるなら、もう未来には、幸せな出来事しか起きないことでしょう。

例え、同じ境遇に置かれても、そこを天国だと感じ、幸せを噛みしめ、神さまの心、感謝の心で満たされることでしょう。 

これが空海の説いた即身成仏の、本当の意味です。

空海は、悩み苦しむ私たちに、こう教えてくださいました。 

生きとし生けるもの、すべてに命があり、心がある。

そのことを忘れてはいけないよ。

すべては、一人一人の命の働きから始まるのだ。

 

難しく考えることはない。

素直に生きて、皆に感謝をしなさい。

そして、おのれの魂が喜ぶ生き方をしなさい。

さすれば、道は開くであろう。

是非、お試しください。