2019年6月18日火曜日

1708「坐禅会4」2019.6.18

 人類の魂が進化して1つ生命、ユニティーが出来ることが使命です。それは直ぐに出来る事でなくコツコツやることです。それは35世紀に完成するのです。今から1500年後です。私はそう覚悟を決めています。人類も1度滅んでも良いのではないかと思います。全ては意味があって起きているのです。
 グローバリズムは1度否定され、次の国家エゴの後で又変わって行くと思います。私も今は弟子を作る過程に入りました。ですから若い人に期待しています。
 死んでも地上で動けるシステムを作ろうと思います。それをお釈迦様がやっていました。先日、熱海市の船井幸雄会館に行って来ましたが、船井さんは生きて活動していると感じました。ですから自分もそうしようと思っています。
 自分の本能、インスピレーションでやって行きます。私には戦いの使命は無いです。私はユニティーの方向です。

(2)お釈迦様の坐禅
 お釈迦様の坐禅は、最初は戦いの坐禅でした。しかし悟れなかったのです。断念し沐浴し、絶望した時に助けてくれたのです。そこでいのちがほとばしり出て、宇宙と自分が1つになりました。ですから養いの坐禅が本当のものです。以下の流れです。

 アタマの努力の坐禅→尼連禅河(ナイランジャナー)で沐浴→スジャータからヨーグルトを恵まれる→菩提樹のもとで坐る→悟り(内側からありがとうございます。あふれ出す生命力が自他の囲いを突き破り宇宙全体にいのちの奔流が届く)を開く。
 お釈迦様の坐禅のお姿(ガンダーラの仏像)→「微笑」と「なで方」と「許し」の坐禅

(3)坐禅の標準形
 脚→結跏趺坐  手→法界定印  眼→半眼  呼吸→ゆったり
 インドと中国で手印が違います。インドでは左手が下です。左手は不浄なものとされます。
 中国の陰陽の卦があります。陽が下で陰が上でエネルギーは陽から上に陰から下に流れるので良いですが、逆だと交わらない。だから右手を下にして左手を上に組みます。
 密教はインドから来ているので逆の組み方です。
 呼吸はゆったり。
 何かあるから嬉しい。ただ存在するだけで嬉しい。
坐禅で何かを達成しようと思わないのですが、坐禅をすると叶うのです。波動が細やかになり、こうしたいと思う。そして地上に戻ってくると叶う。ドラマが勝手に展開するのです。
以下が功徳です。

(4)坐禅の功徳
<身心の有り難さ>
坐禅をすれば、無上の身心の悦楽を体験する。何かの対象があって嬉しいというのではなく、対象無しにただ嬉しい。ここに存在しているだけで嬉しいという最高レベルの悦楽が体験出来る。
坐禅すれば、身心が柔軟になり、呼吸や動作がなめらかに、スムーズに出来るようになる。円相を描くような感じで行動出来る。日常生活でも、このスムージング効果が持続出来る様になる。
坐禅をすれば、身心の固まりがほどけ柔軟になり、いのちの充電が出来て、健康を維持できるようになる。
坐禅をすれば、身心の結ぼれがほどけるので、よく眠れるようになる。

<処世上の有り難さ>
坐禅をすれば、問題なんて本来なかったのだと気づく。すると、「問題なし」をゴールとするドラマが現実世界に展開して、その問題が消滅するか、解決してしまう。
坐禅を習慣にすると、アタマを押しのけて「本能」が表に現れてきて、自分にあると 思わなかった能力が発揮出来て驚くことが多くなる。自分に自信が持てるようになる。自分の能力に限界を設けなくなる。
坐禅してカラッポになった心と体に「こうしたい」という希望を伝えると、直ちに現実化することが多くなる。
坐禅すれば、自分が自分であることに自信を持てるようになる。そうすると、自分が最高に輝く事が出来る「役割」が果たせる環境に、おのずと運ばれていく。

 あっという間のありがたい坐禅会でした。毎月開催されますが貴重な学びの機会です。