今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2021年05月31日の記事を紹介します。
「プールを歩いた少女」
今日は、障害を持つお子さんのお話です。
2年ほど前に書いた記事ですが、加筆・修正してお届けします。
<転載開始>
広島市の女子高校生のあや子さんは、小児マヒが原因で足が悪い女の子でした。
あや子さんが通う高校では、毎年7月のプール解禁日に、クラス対抗百メートル水泳リレー大会をしています。 男女二名ずつがそれぞれ25メートル泳ぐ競技です。
あや子さんのクラスでこの大会の出場選手を決めていた時、女子一名がどうしても決まりませんでした。 早く帰りたいクラスのボスは「あや子はこの三年間、体育祭、水泳大会に一度も出ていない。最後の三年目なんだから、お前が参加しろ」といじわるなことを言い出しました。
あや子さんは誰かが味方すると思ったけれど、女生徒は何か言えば自分が泳がされると思い、みんな口をつぐんでいます。男子生徒もボスのグループに憎まれたくないから、何も言いませんでした。そして、結局泳げないあや子さんが選手になったのです。
彼女は家に帰り、お母さんに泣きながら訴えました。
するとお母さんは「お前は来春就職して、その会社で何かできない仕事を言われたら、また泣いて私に相談するの?そしてお母さんがそのたびに会社に行って、うちの子にこんな仕事をさせないでくださいって言いに行くの?」そう言ってすごく怒り、 あや子さんを突き放しました。
あや子さんは部屋で泣きはらし、25メートルを歩いて渡る決心をし、そのことをお母さんに告げに行きました。
するとお母さんは仏間で「あや子を強い子に育ててください」と、必死に仏壇に向かって祈っていました。
水泳大会の日、水中を歩くあや子さんを見て、まわりから笑い声やひやかしの声が響きました。
彼女がやっとプールの中ほどまで進んだその時、一人の男の人が、背広を着たままでプールに飛び込み、あや子さんの隣のコースを一緒に歩き始めたのです。
高校の校長先生でした。
「何分かかってもいい、先生が一緒に歩いてあげるから、ゴールまで歩きなさい。恥ずかしいことじゃない、自分の足で歩きなさい」そういって励ましてくれたのです。
一瞬にしてひやかしや笑い声は消え、みんなが声を出して彼女を応援し始めました。
長い時間をかけて彼女が25メートルを歩き終わった時、友達も先生も、そしてあのボスのグループもみんな泣いていました。
『夢の卵の孵し方・育てかた』 より (編集あり)
<転載終了>
どんな人にも悩みや苦しみがあります。その内容も様々です。
ですが、ひとつ言えることは、その悩みと、同じレベル(立場)でどんなにもがこうと、なかなか解決はしないだろうと言うことです。
自分の考え方を、一度もう少し、別の角度から考え直してみると、悩んでいたことがバカバカしく思え、悩みでなくなるかも知れません。
普通は、何か困ったことが起きると、「どうしよう、どうしよう」と同じような悩みを抱えた人を探し、(類は友を呼ぶの法則通り、すぐ見つかります)その悩みや体験を共有し、一緒に悩み続けるのかもしれません。 またお互いに、ずっと慰めあうのかもしれません。
ですが、そこから立ち直った人というのは、きっとほとんどの場合、発想の転換をして、立ち直っているはずです。が、まだ悩みの渦中にある時には、同じように悩んでいる人だけを探し出し(共鳴してしまう)、乗り越えた人のことなど目にも耳にも入らないことでしょう。
(波長が異なるため)
それはなぜかと言えば、結局「悩みだ」「苦しみだ」と言いながらも、そこに執着している姿が、その状態の本質だからです。
その状態から抜け出すには、個々の悩み、それぞれに解決方法が別々にあるのではありません。全ては自分自身の発想の転換から始まります。
ブッダは慈悲の人でしたから、そんな辛そうな人たちを救おうと、般若心経を残してくださいました。
発想の転換、見方を変える・・とはどういうことでしょうか?
それは、悪しきことと見える出来事を神さまの恵みと、、、捉える事ができるかどうかということです。
ブッダは、般若心経で、自分の周りに時々刻々と起きてくるいろんな現象には「良い・悪い」はないんだよ(=空)。それを、良いことだ、悪いことだと判断(色をつける)しているのは自分の心ひとつなんだよ。辛く見える現象でも、神様からの贈り物と、感謝して受け取れば、それは幸せとなるし、不平不満で受け取れば、それは苦痛になる。。
そう教えてくださいました。
今、目の前には現実問題として「悩み」があるかもしれません。その悩みはどうして悩みになっているのですか?
・人と比べて違うから? 普通と違うから?
・勉強ができないから? 不登校だから?
・障害があるから? 病気だから?
そういう状態を、自分なりの常識や価値基準で、自分の思う方向に、矯正したい。持って行きたい。けれど、、できない。。だから悩みになっているのではないでしょうか?
ブッダは、これらの現象にさえ、「良い・悪い」はないんだよ と仰っています。
こういった起ってくること(現象)は、自分が生まれる前に神様と相談して決めて生まれてきます。そして、時期が来たら、神様が決めてきたことをその通り起こしてくださいます。
はたして神様は私たちを苦しめるために物事を起こすのでしょうか?
「神様が与えることで、ツイてないことはひとつもない」全ては、私たちの魂の進化、魂が純粋になるためにしてくださっています。全ては、私たちの捉え方次第です。
悪い現象に見えても、結局は当事者にとっては、本当は恵みの現象です。
不平不満、愚痴、悪口を言いたくなったら、ぐっと我慢してみて、感謝の言葉「ありがとう」を口にしてみてください。きっと、人生が変わります。