今回は「いっぷくからありがとう」さんの2022年10月29日の記事を紹介します。
「国譲りの真実」
日本神話を読んだ人は、国譲りについて、少なからずモヤモヤを持つかもしれません。
それは大国主命が、精魂込めて作り上げた、人々が助け合い、笑い合う、美しい国、
豊葦原水穂国(とよあしはらのみずほのくに=日本)をアマテラスが高天原から見下ろし、
その国を、孫である「ニニギノミコトに譲れ・・・」
そのように強引に無理難題をけしかけたのではないかと思われるからです。
このことを持って、アマテラスのことを憎む人までいらっしゃいます。
私もご多分にもれず、ずっとモヤモヤしていました。
そのような強引で自分勝手な神様を日本神話の最高神として認めても良いのか?と。
今日は、そのモヤモヤを払しょくするお話をご紹介します。
日本の形成外科医の草分けであり、元春日大社宮司、そして中臣鎌足(なかとみのかまたり)、つまり藤原氏の子孫である葉室頼昭さんの著書を基にご紹介します。
但し、もちろん国譲りは、古(いにしえ)の日本のお話であり、証明する手段などが無いことを、予めご承知おきください。
中臣氏は、もともと神事・祭祀をつかさどった中央豪族であり、中臣鎌足が大化の改新の功により、天智天皇より賜った「藤原」の姓が、その子の藤原不比等の代に認められたのに始まります。
今でも全国の神社で上げられる大祓祝詞は、その中臣一族のどなたかが神さまから直接降ろされた祝詞であり、令和の現在も、「中臣の大祓」祝詞・・などとも呼ばれ、その歴史の片りんが残っています。
まず、国譲りについてですが・・・
国譲り(くにゆずり)は、日本神話において、天津神が国津神から葦原中国の国譲りを受ける説話です。
天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、孫の瓊々杵命(ににぎのみこと)に
豊葦原水穂国(とよあしはらのみずほのくに=出雲地方)を治めさせようと考えられ、
建御雷神(たけみかずちのかみ)と、経津主神(ぬつふしのかみ)に命じて、様子をうかがわせました。
※建御雷神は鹿島神宮の御祭神
※経津主神は香取神宮の御祭神
二柱の神は、出雲の国、稲佐の浜に降ると、剣を抜き、その剣を波間に逆に刺したて、その先にあぐらをくんで座りました。
そしてこの国を治めている大国主命に、この国を天津神の御子(=ニニギノミコト)に譲るかどうかを問いました。
大国主神はしばらく考える様子でしたが、もし自分の子どもたちが良いと言うのであれば、
この国は天神の御子にお譲り致しますと答えました。
大国主命には、事代主神(ことしろぬしのかみ)と建御名方神(たけみなかたのかみ)という二柱の子供がいましたが、そのうち建御名方神は、力じまんの神で、なかなか納得しませんでした。
建御名方神=大国主と、ヒスイで有名な糸魚川の奴奈川姫との間の子供
そこで建御雷神と力競べをすることにしました。
ところがどうでしょう。
建御名方神が、建御雷神の手をとると、氷のようになり、剣の刃のようになりました。
これはたまりません。建御名方神は、父である大国主神の命に従うことを約束しました。
その後、建御名方神は信濃国に移り、信濃国の国造りをしました。(諏訪大社)
このことを大国主神に告げると、大国主神は自分が隠れ住む宮殿を、天神の住む宮殿のように造ることを願い、そこに移り住むことにしました。
※大国主命は国譲りの代償として、天の御子の宮殿に匹敵する神殿を、出雲に建てさせた。
※近年の出雲大社の発掘調査で、実際に上記の遺跡が発見されました。
こうして出雲の国は、天津神の御子瓊々杵命(ニニギノミコト)に譲られたということです。
以上が国譲りのいきさつですが、このままではまだ、モヤモヤが残ったままだと思いますので お話を進めます。
大国主命のもう一人の息子、事代主神(ことしろぬしのかみ)
『古事記』において大国主神と、神屋楯比売命との間に生まれたとされています。
古事記によれば
アマテラスの使者、建御雷神らが大国主神に対し国譲りを迫ると、
大国主は美保ヶ崎で漁をしている息子の事代主神が答えると言いました。
そこでタケミカヅチが美保ヶ崎へ行き事代主に国譲りを迫ると、事代主神は「承知した」と答え、船を踏み傾け、天ノ逆手を打って青柴垣に変え、その中に隠れてしまった。
と在ります。
この「お隠れになる」とは、
日本神話や神道の世界において、神が姿を見せなくなることを言います。
神は死ぬことはなく、ただ姿を隠しているという考え方をします。
近年では、現人神であられた昭和天皇がお隠れになったりしました。
※昭和天皇は、原子爆弾を積み、東京に向けて飛び立ったB29を、祈りの力で消されたと言われています。
※その祈りとは、大祓祝詞ではないかと言われているそうです。
葉室宮司が仰るには
大和朝廷が政治的なことはするから、カクリミ(隠身)として、政治的に表に立たず
信仰の方面(神との関わり)において、大和の国を支えて欲しい。
と言うことではないかと言うことです。
宇宙が発生した時の原初の神々、造化三神
アメノミナカヌシ(天之御中主)、タカミムスヒ(高御産巣日)、カムムスヒ(神産巣日)も隠身となりました。
言い換えるとアマテラスの使者は、国津神(くにつかみ)の主催神、大国主命に対し
この国(大和の国)を、見えない世界(=黄泉の国?)から、人々の心の支柱として助けて欲しいと、そのように天照大神の願いを伝えたのではないかと思います。
決して、美しい豊葦原水穂国(とよあしはらのみずほのくに)を横取りしようなどと言う心はなかったのです。
その後、アマテラスの使者は関東の鹿島神宮、香取神宮の主催神にまでなります。
この国譲りをひな形として
西暦768年 大和の国(日本)を護るために創建した春日大社も同じ経綸を踏みます。
国譲りの時の2人の使者となった神さまを
鹿島神宮、香取神宮から勧請(御霊分け)して創建されたのです。
決して創建した藤原氏が、力に任せて自分の好きな神様を遠くからお呼びした
などと言う幼稚な理由ではありません。
奈良の都は、大和朝廷が納めるけれど、神さまとの関わり、信仰の面で、春日大社に国の支柱になって欲しいという 、国譲りの時と全く同じ経綸、つまり神様との関わりで創られました。
黄泉の国は神々の国、私たちの祖先の住む国です。
見えない世界です。
私たちは、この見えない世界から来て、再びまた、見えない世界に帰ります。
全てのものは、先に見えない世界で起こり、この現世(うつしよ)に現れます。
見える世界、見えない世界、ともに大切ですが、国譲りに置いて天照大神はスサノオや、大国主命などの国津神に見えない世界から、この大和の国を助けて欲しいと望んでいたと思われます。
決して自分たち天津神たちだけで、この美しい日本の国を支配しようとしていたわけではなかったのです。
神々がこのように守ろうとした美しい国、日本
宇宙神によって宇宙創成から150億年かけて大切に育てられた国、日本。
過去に危機的な状況に見舞われました。
第一が明治維新のころ、怒涛の如く入り込んできた西洋文明
そして第二が敗戦後の占領国による、日本精神の解体・破壊
日本は、世界のひな型と言われる
戦後が長く続き、日本人の中で、自分たちの歴史や文化に誇りを持つ人が少なくなってきました。
戦後教育で、二度と戦争を起こさせないために「日本の国や民族は、悪い国、悪い民族である」と徹底した教育がなされてきたからです。
その国の歴史と民族の誇りを失った国は必ず滅びると言われています。
でも、この日本と言う国はこの広い宇宙に、ったた2つしかない、「宇宙の天国」と呼ばれています。
私たちの住んでいるこの宇宙では、日本と、もう1つ別の惑星のある地域が 「宇宙の天国」と言われているのだそうです。
日本は、宇宙じゅうで、たった2つしかない「宇宙の天国」の1つなのだそうです。
神代の時代より神々に愛され、宇宙中から祝福された、この美しき日本
誇りを持って美しき純粋な心を思い出して、生きていきたいものです。