2023年5月7日日曜日

3054「ついに接種停止へ」2023.5.7

今回はIn Deepさんの2023年4月28日の「ついに接種停止へ」と2023年4月30日の「オーストラリアで、500人が参加する世界最大のコロナワクチン集団訴訟が始まる」の2つの記事を紹介します。


「ついに接種停止へ : 日本政府が、5歳から64歳の一般の人へのコロナワクチン接種を 5月7日で停止。今後の対象者は高齢者と基礎疾患を持つ人のみ」

ついに接種停止へ : 日本政府が、5歳から64歳の一般の人へのコロナワクチン接種を 5月7日で停止。今後の対象者は高齢者と基礎疾患を持つ人のみ - In Deep 


コロナワクチンの接種が事実上の停止へ

厚生労働省がですね、 「 5歳から 64歳までのコロナワクチン接種を停止する」 

ことを非常にさりげなく告知していました。

日本の報道などでは報じられていないようですので、短く取り上げておきます。

 

最初に簡単に書きますと、 

・現行の2価ワクチンのブースター接種は、5月7日で終了する

・5月8日からのブースター接種は、「接種対象者が変更される」

というものです。

最初は、厚生労働省のページに、以下のようなものがあることを見たことによるものでした。

「「令和4年秋開始接種」は、1人1回に限られる追加接種です。令和5年(2023年)5月7日で終了します。」 とありました。

厚生労働省のページより

 


厚生労働省 

「どういう意味だろう?」

と最初はよくわからなかったのですが、別のページに、以下が更新されていたのでした。 

〔追加接種〕令和5年春開始接種についてのお知らせ (厚生労働省)

「何で日付けで区分けしている?」と思いまして読みましたら、以下の記述があったのでした。

________________________________________

〔追加接種〕令和5年春開始接種についてのお知らせ

厚生労働省  令和5年春開始接種について 

接種が受けられる時期

「令和5年春開始接種」は、令和5年5月8日から開始します。実施期間の終了日については、決まり次第お知らせします。

なお、接種状況が自治体ごとに異なることから、予約・接種開始時期につきましては、お住まいの市町村からのお知らせ等をご確認ください。

接種の対象

令和5年春開始接種は、1人1回限り受けることができます。

対象は、以下を全て満たす方です。

・日本国内で初回接種(1回目・2回目)が完了している方又はそれに相当する接種が完了していること。

●追加接種(令和4年秋開始接種を含む3回目以降の接種)を受けたかどうかは問いません。

・以下の(1)~(3)のいずれかに該当する方であること。 

(1)高齢者(65歳以上)の方

(2)5歳~64歳で基礎疾患を有する方等 

●基礎疾患を有しない小児(5~11歳)は「令和4年秋開始接種」を受けることができる期間が延長されていますので、オミクロン株対応2価ワクチンを未接種の方は、引き続き1回の接種が可能です。対象者等、詳しくは「5~11歳の子どもへの接種(小児接種)についてのお知らせ」をご覧ください。

●基礎疾患のない方は、令和5年9月~12月にかけて「令和5年秋開始接種」で追加接種を受けていただくことができる予定です。接種するワクチンや具体的な接種時期、方法等の詳細については、決まり次第改めてお知らせします。 

(3)医療従事者等及び高齢者施設等の従事者の方

________________________________________

ここまでです。まだ続きますが、ここだけで十分だと思います。

つまり、5月8日からのコロナワクチン接種の対象者は、 

・65歳以上の高齢者

・5歳から64歳までは「基礎疾患を持っている方のみ」

・医療従事者と高齢者施設の従事者 

だけになるということです。

つまり、「基礎疾患を持たない 5歳から64歳は接種の資格がない」のです。

要するに、大半の日本国民からコロナワクチン接種の資格が消えたということになります。

これは、事実上の(一時的ではあっても)、

「日本のコロナワクチン接種の停止」を意味すると思われます。

11歳までの子どもに関しては、以下のように記されていますが、今まで子どもに打たせなかった親が、今から打つことはないと思いますので、こちらも事実上、停止を意味していると思われます。

> 基礎疾患を有しない小児(5~11歳)は「令和4年秋開始接種」を受けることができる期間が延長されていますので、オミクロン株対応2価ワクチンを未接種の方は、引き続き1回の接種が可能です。

 

以下のような記述もあり、再開される可能性がないわけではないようですが、少なくとも、今年の秋までは、「コロナワクチン接種が停止」されたと考えていいと思います。

> 基礎疾患のない方は、令和5年9月~12月にかけて「令和5年秋開始接種」で追加接種を受けていただくことができる予定です。

 

ちなみに、現在の接種は厚生労働省の定義では、「令和4年秋開始接種」というものですが、その際の接種の資格には、

・5歳以上の方と書かれてありました。 

本来なら、厚生労働省は、

「基礎疾患のない 5歳から64歳のコロナワクチン接種は停止されました」

と書くべきだったと思いますが、ややわかりにくい表現で、このことを伝えてきました。

いずれにしても、一時的であるにしても、日本のコロナワクチン接種キャンペーンは終わりました。

このことをお伝えするのに他のことを長々と書くのはむしろ不適当だと思いますので、ここまでとさせていただきます。

なお、基礎疾患のある人の接種は続きますが、最も負の影響を受けやすい人たちのグループは何か、ということをお考えいただききたいとは思います。

脳と血管と心臓に大きなダメージを与えるものの影響を最も受けやすい人たちはどのような人たちかということです。



「オーストラリアで、500人が参加する世界最大のコロナワクチン集団訴訟が始まる」

オーストラリアで、500人が参加する世界最大のコロナワクチン集団訴訟が始まる - In Deep

史上最大のコロナワクチン訴訟

私自身は、正義とか真実とかの言葉は特に好きなわけではないですが(私自身に正義も真実もないですので)、先日、アメリカの FOX ニュースから解雇されたタッカー・カールソンさんが、その後、自身のツイッターで退社後の初めてのメッセージを発していました。

以下にカールソンさんのそのメッセージを翻訳しています。

FOXニュースから解雇された司会者タッカー・カールソン氏のその後の初の言葉全文 (2023/04/27)

そこにはこのような言葉が入っていました。 

(2023年4月27日ののタッカー・カールソンさんの言葉より抜粋)

> …彼らは今、ヒステリックで攻撃的です。そして彼らは恐れています。彼らは説得をあきらめました ... 彼らは力に頼っています。

> しかし、それはうまくいきません。

> 正直な人たちが、冷静に、恥ずかしがらずに本当のことを言えば、それが力になります。同時に、彼らが人々を黙らせようとしてきた嘘は萎縮し弱体化します。

> それが宇宙の鉄則です。真実が勝ちます。

> まだ本当のことを言っているアメリカ人をどこで見つけることができるでしょうか?

> 残っている場所は多くありませんが、いくつかあります。そしてそれで十分なのです。真実の言葉を聞くことができる限り、希望があります。またいつかお会いましょう。

Tucker Carlson

カールソンさんに言わせると、「宇宙の鉄則では、真実が勝つ」ということのようですが、まあしかし、悪魔的存在ウォッチャーの私としては、それほど簡単なことでもないとは思います。

あるいは、「真実という言葉の意味」もいろいろとあります。

私は、漠然とした真実はあまり好きではなく、たとえば、ワクチンでいうなら、その真実は分析とその資料とデータだけが示してくれるものです。

そこに「一般に公表されている内容と著しく異なる点があれば」それは、どちらかが真実で、どちらかがウソということになります。

たとえば、最近ですと、以下の記事に、ある程度まとめて書かせていただいたようなことです。

「メッセンジャーRNAではなく、これは modRNA」と知り、納得する、巨大な人類への悪意とその顛末 In Deep 2023年4月25日

 

ここにあるような、何重にも張り巡らされた奸計、そして高度な隠蔽、等の背後に真実が隠れていて、それらを知って、自ら判断した時に、私たちは、初めて「彼らの悪意」に近づくことができると思っています。

そのために重要なことは、少なくとも私自身にとって、「怒りや憎しみの感情を持たない」ということでした。

興味と研究心だけに集中して、人道的な意識を消す…(コロナワクチン開発者たちのように)。 この2年はそういう日々でした。これらが空しい日々だったのか、得がたい見識を得た日々だったのかは今でもわかりません。

そして、そういう中で、「世論」というものが少しずつ変化していきしていることが示されていまして、前回の記事では、ドイツの主要な報道メディアで、

「コロナワクチンの報道に、過去とは著しい変化が起きている」

ことを、ドイツ人の方のメディア記事からご紹介させていただきました。

ドイツのメジャー報道の中心が「ワクチン被害ばかり」になってきている中で、同国でパンデミック以来初めて起きた全体的な世論の変化 In Deep 2023年4月29日

 

昨日、アメリカの弁護士である、ロバート F. ケネディ Jr. 氏のサイト ディフェンダーで、オーストラリアで過去最大のワクチン被害に対しての集団訴訟がおこなわれたことが伝えられていました。

先に報じていた英デイリーメールによれば、この集団訴訟は以下のようなものであるようです。

・訴訟には、3人の指名された申請者を含む 500人のメンバーが参加

・訴訟は、4月26日にニューサウスウェールズ州連邦裁判所に提出された

・訴訟の対象は、オーストラリア連邦政府、オーストラリア治療用品管理局 (TGA)、およびオーストラリア保健省と、担当上級職員

・訴訟費用は、クラウドファンディングを通じて集められ、現在 105,000ドル (約 1400万円)に達している 

この訴訟に対して、コメントを求められたオーストラリア治療用品管理局 (TGA)は、以下のように述べたとデイリーメールは報じています。(治療用品管理局の報告書のコメント)

> このワクチンは有害なリスクが非常に低いことが明らかとなっています。オーストラリアで投与された約 6,600万回のワクチン投与のうち、有害事象報告は、合計 138,307件であり、その割合はわずか 0.2% です。

> 予防接種による予防効果のメリットは、潜在的なリスクをはるかに上回っています

 

さて、先ほど、「真実」などというがらに合わない言葉を使ってみましたが、この治療用品管理局の「コメント」からも真実を探らなければならないと思われます。

このオーストラリア治療用品管理局は、ワクチンに関する問題を、

「接種後の副作用や有害事象報告だけの問題としている」

のですが、ここに、奸計、隠蔽があります。

提訴されたオーストラリアの連邦政府と、治療用品管理局 (TGA)、そして、保健省が説明しなければいけないのは、そんなことだけではありません。

オーストラリアの最近の状況を少し振り返らせていただきます。

 

国家の存亡として説明しなければならないのは、そこではない

たとえば、2022年にオーストラリアで果てしなく上昇した「超過死亡」は、なぜ起きたのか。これも当局による説明が求められるものです。

この死亡は「全死因を含む」もので、個別の死因はわからなくとも、事実として「かつてないほど人が亡くなっている」のです。

オーストラリア各州の2020-2022年の超過死亡率の推移 (%)

 

これは、12月の初旬、オーストラリアのアクチュアリー協会 (将来のリスクや不確実性の分析、評価等を専門とする専門職の協会)が調査し判明したもので、アクチュアリー協会は、オーストラリア政府に、

「 2022年の超過死亡率の増加が異常すぎる」として、調査を求めました。

他のデータなどを含めて、以下の記事で取り上げています。

オーストラリアで、「超過死亡率の信じがたい増加」と 2022年からの「かつてないほどの疾患および認知症の増加」に対して、専門家が政府に正式な調査を要求

 In Deep 2022年12月19日

 

オーストラリア連邦政府と、治療用品管理局 (TGA)、保健省は、他にも説明しなければならないことがあります。

それは、2021年から見られている「あまりにも急激な出生数の低下」の理由です。

マルコム・ロバーツ上院議員が提示したオーストラリアの2015- 2021年までの月間出生率の推移

  

これは、昨年の以下の記事でご紹介しています。

衝撃的な数値。オーストラリアで、2021年後半の出生率が「約70%」減少していた。その理由について議員が議会質問で尋ねる:「原因は何なのか」とIn Deep 2022年11月29日

 

オーストラリアの公式のデータでは、16歳以上のオーストラリア人で 2回までのワクチン接種をした率は 95%、とされていました (実際の数値は異なると思いますが)。

そして、ブースターが始まってから、昨年の夏にオーストラリアは、コロナ感染と死亡の修羅場を迎えました

しかも、以下の記事で取り上げたことがありますが、オーストラリアでは、「 4回接種者の入院率は、未接種者の約 100倍」を示していました。

オーストラリアのデータでは、4回接種者の入院率は「未接種者の100倍」

 In Deep 2022年7月30日

 

2022年6月から7月のオーストラリアの入院者の内訳 (率)

・ワクチン未接種     1.5人

・ワクチン1回接種   45.8人

・ワクチン4回接種 151.9人

オーストラリア連邦政府と治療用品管理局、そして保健省は、この理由も説明できなければなりません。オーストリアだけではなく、どこの国でもですが、「ワクチン接種が重症化を予防する」と大きく喧伝されていたのですから。 

ワクチンによる「即効性」の損傷や有害事象の率は、確かにどの国でも  0.2%から 0.4%ほどです。

しかし、超過死亡率が 20%も 30%も上昇した理由はいったい何なのか。

出生数が 2021年に突然 60%以上も減少した理由は何なのか。

 

コロナワクチンの効用の真実が、この「中長期の影響」にあることが最近明確になりつつあります。今回のオーストラリアの集団訴訟は、心筋炎などの即効性の損傷や有害事象を経験した人たちが中心と見られますが、中長期の影響は、「始まったばかり」です。

そして、「今もなお中長期の影響はゆっくりと体内で進行している」

という可能性がある以上、いったん火がつきはじめた「責任問題」が、どこまで拡大するのかはわからない面もあります。

ドイツでも訴訟が相次いでおり、オーストラリアでも集団訴訟が提起されたということで、主要国でこの流れが加速する可能性もあります。

そうなるかならないかは、それぞれの国の報道メディアの報道の傾向によるとも思われます。徹底的な隠蔽を続ける国々(東アジアなど)では、騒ぎはそれほど拡大しないかもしれませんが、ドイツのように報道の傾向が一転した国では、騒動が拡大する可能性もあります。

ロバート F. ケネディ Jr. さんの「ディフェンダー」の記事をご紹介します。

500人のオーストラリア人が世界初の COVID ワクチン傷害集団訴訟に参加

500 Australians Join World’s First COVID Vaccine Injury Class Action Lawsuit

Defender 2023/04/27

少なくとも 500人のオーストラリア人が、今週オーストラリア政府に対して提出された、世界初の COVID-19 ワクチンによる傷害の集団訴訟に参加している。

彼らは、COVID-19 ワクチンによって負傷した、または日常生活に問題が起きた人々の医薬品規制当局による救済を求めている。

この訴訟は、オーストラリア政府、同国の治療用品管理局(TGA)、保健・高齢者医療省、および COVID-19 ワクチンの承認と監視に関連する過失、法定義務違反および不法行為で多数の上級公務員を告発している。

この訴訟は、オーストラリア連邦裁判所のニューサウスウェールズ登録簿に提出された。

訴訟によると、オーストラリア政府を含む被告たちは、「ワクチンが安全で効果的であり、リスクと利益のプロファイルが肯定的であると合理的に判断するための適切または合理的な証拠または論理的根拠なしにワクチンを承認した」としている。

訴訟を起こした訴訟担当者であるナタリー・ストライランド氏は、声明の中で次のように述べている。

「この訴訟は、治療用品管理局が Covid-19 ワクチンを適切に規制する義務を果たさなかったため、かなりのオーストラリア人に害と損害をもたらしたと主張しています」

訴訟は、リスクの「既知の証拠」に基づいて、政府が「ワクチンの承認とワクチンの撤回を怠り、怠慢に行動した」と主張している。

「 Covid-19 ワクチン接種後に深刻な有害事象を経験したオーストラリア人は、どなたも一歩前に出て、この集団訴訟に登録するよう私たちは招待します」とストライランド氏は述べている。

保健・高齢者ケア省の広報担当者は、同省は訴訟を「認識」しているが、「この問題は法廷に出されているため、コメントすることは適切ではない」と述べた。

ロイター通信とデイリー・メールに寄稿したジャーナリストのアリソン・ベベジ氏は、4月26日のサブスタックへの投稿で、この集団訴訟は、自分で裁判所に請求を提出するリソースを持っていない可能性のある人々に「正義への道」を提供すると述べた。

COVID-19 ワクチンによって負傷した人々は、「無視され、否定され、軽視され、取り残されている」とベベジ氏は付け加えた。

 

オーストラリアの医師がこの集団訴訟を起こすために 11 万ドルをクラウドソーシングで集めた

オーストラリアの一般開業医であるメリッサ・マッキャン博士は、この費用をクラウドファンディングで 110,000 ドル以上を調達した。

この訴訟について、マッキャンは次のようにツイートした。

(メリッサ・マッキャン博士のツイートより)

これらの負傷者や遺族たちは、計り知れない損失、痛み、悲しみに苦しんでいます。 ガス灯と沈黙が悲痛なのと同じように、彼らは見捨てられたと感じています。 私たちだけが単純に Covid から「前進」して、彼らを置き去りにすることはできません。

Dr. Melissa McCann

 

集団訴訟費用を調達したメリッサ・マッキャン博士

マッキャン氏によると、集団訴訟が必要だったのは、オーストラリアの連邦政府のワクチン傷害補償プログラム (COVID-19 ワクチン請求スキーム)が「目的に合わず」、ワクチンで負傷した多くのオーストラリア人が約束された後に「支援なしに見捨てられた」ためだったと述べる。

オーストラリアのワクチン傷害補償プログラム部局は、4月12日の時点で 3,501件の申請を受け取り、現在までに支払われたのは、合計 730万ドルを超える 137件の請求だ。

2,263 件はまだ審査が進行中であり、696件は支払い不能と見なされたとオーストラリアの報道は伝えている。

マッキャン氏は、2月初めに、何千人ものオーストラリア人で満たされたホールで、オーストラリア治療用品管理局とその指導者たちが、致命的なワクチン誘発性心筋炎を公衆から隠した方法について語ったことを、心臓専門医で内科医であるピーター・マッカロー博士は述べた。

「治療用品管理局は、以前は健康だった数人の若い子供たちが COVID-19ワクチン誘発性心筋炎で死亡したと判断しました。治療用品管理局からマッキャン博士への編集済みの手紙は、これらの事実と故意の隠蔽を認めたことを示しています」と マッカロー博士は述べた。

 

「心臓発作というものがどんな感じかそれまで知りませんでした」

訴訟に参加した人の中には、2021年7月に最初のファイザーの注射を受ける前は、ランニング、サッカー、クリケット、テニスに熱中していた、2人の子供の父親であるメルボルンの教師、ガレス・オグラディ氏がいる。

「ワクチン接種の 6日後、胸の痛み、息切れ、発熱、悪寒、発汗が突然起こりました。心臓発作がどんな感じかは知りませんでしたが、私はこれは心臓の問題だと感じました」

41歳のオグラディ氏は病院に運ばれ、そこでワクチン誘発性心膜炎と診断された。彼は言った。

「最終的に、炎症を起こして心臓に張り付いていた心膜を除去するために開胸手術を受けました。極端な結果です」

「循環器科、リウマチ科、心臓胸部科など、さまざまな部門の責任者全員が会議を開いて、『痛みをコントロールできない再発性心膜炎の次のステップは何なのか?』と話していました。結論は簡単には出ませんでした」

オグラディ氏は、自分は「科学の支持者」であり、決して「反ワクチン」の立場ではないと述べたが、政府がワクチンの「安全性に関する誤った情報」を提供したことを確信していると述べた。そして、以下のように言った。

「ご存知のように、『これらのことを公表しないでください』という部分がたくさんありました。大規模で意図的な情報提供の差し控えがありました — つまり、政府は、人々にインフォームドコンセントを与えていませんでした」


2023年5月6日土曜日

3053「心を洗う挨拶」2023.5.6

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年04月27日の記事を紹介します。


「心を洗う挨拶」


今日は小林正観さんのお話をご紹介します。

相手の反応に左右されず、自分の心を律し、あいさつをすることは、

とても良い心の訓練であり、心を清浄化し、徳を積むことにつながるというお話です。 

・世の中がどのように変わろうと、

・神々による、建て替えが起ころうと

・天変地異が起ころうと

・次元が変わろうと、

最後は、平凡な一般の私たちにとって、心が浄化されているかどうか?

それだけが問われるからです。

それは、今生きている間の幸せも、肉体を脱いで天に帰った後の幸せも、 

全てがそこにかかっているからです。

<引用開始> 引用元 



『中陰の花』で芥川賞を受賞された玄侑宗久(げんゆうそうきゅう)さんは、

臨済宗のお寺の僧侶でもあります。

その宗久さんが、天竜寺で修行をしていたときの話です。

毎朝宗久さんが廊下の拭き掃除をしていると、庭先から「おはようございます」と、

にこやかな笑顔で挨拶をされる作務衣(さむえ)姿の方がおられました。

宗久さんは、当初はこの方がいったい何者なのかわからず、

ただ、毎朝爽やかな笑顔で挨拶されるので、

とても感じのいい人だとは思っていたそうです。

後でわかったのですが、この方が天竜寺の貫長(かんちょう・最高位の方)でした。

この貫長さんは、毎朝決まった時間に天竜寺近くを散歩されていたそうです。

そのときに毎日出会う人がいました。

その人に対して、貫長さんは毎日同じように

「おはようございます」と挨拶をして会釈をなさいました。

しかし、声をかけられた人は、無視をして一切返事をすることがなかったといいます。

しかし貫長さんは、相手の笑顔や挨拶が返って来ようが来るまいが関係なく、

毎朝笑顔で「おはようございます」と言い続けたのだそうです。

 

三年経ったある日のこと。

いつものように「おはようございます」と笑顔で挨拶した貫長さんに対して、

その人はついに「おはようございます」と声を発しました。 

そして、言い終わった後に、「ごめんなさいっ」と、がばっとひれ伏したというのです。

この人の心の中に何があったのか推測するすべはありません。

推測することも無意味なことでしょう。

何があったのかということは大した問題ではなく、

大切なのは、かたくなに挨拶を拒み続け、

視線を交わすことさえしなかった人に対して、一ヵ月や二ヵ月ではなく、三年もの間、

笑顔で「おはようございます」と言い続けた人が世の中にいる、という事実です。

その結果として、そのかたくなに人を拒み続けた人が、

ついに心を開き、涙ながらに「ごめんなさい」と謝ったというのです。

貫長さんは、返事をしなかったことを責めていたわけではありません。

ただ自らの生き方として、相手がどういう態度であろうと関係なく

「おはようございます」と言い続けた、

ということに徹した、ということだと思います。

「これほど自分が挨拶をしているのに、

返事をしないとは何事だ」と言うのは簡単でしょうし、一般的な反応かもしれません。

しかし、それは挨拶している意味がありません。

挨拶をすることで結局ケンカを売っているのでは、何にもならないでしょう。

その人に「おはようございます」と声をかけることは、

貫長さんの側からすると「自分の勝手」ということであったのかもしれません。

自分が行として、ただそのように毎日を送り、

そういうことに徹し、相手がどのような反応であろうと関係なく

そのように生きる、という姿であったのでしょう。

宗久さんが語る貫長さんの姿は、とても爽やかで、清々しいものでした。

<引用終了>

  

私たちは、相手から善意を受ければ、無意識に善意を返す・・ という「好意の返報性」を持っています。 

それと同じく、全く反対に

相手から、悪意や無視といった態度をとられると、無意識に、同じものを返してしまいます。

ですが、この天竜寺の貫長(かんちょう・最高位の方)さんは、違っていました。 

相手から例え、何年も何年も、無視され、悪意を返されようと、 自分の心にまで、悪を入れず、心を汚すことなく、ぶれることなく、毎日毎日、善意を施しました。 

これは、相当難しいことです。 

・自分の心を律する必要があります。

・相手の態度に左右されないという強い心が必要です。 

そしてどんな時も、相手に、自分の中の最上のもの

・愛

・優しさ

・いたわり

・思いやり

・深い共感

・笑顔

を向け続けるという訓練になります。 

このように、私たちは、日々の暮らしの中において

神様が置いてくださったこの環境の中において 

心を、清め、神様のような心になる訓練をすることができます。  

自分の身近な周りの方々に、

いつも、笑顔と優しさを伝えていきたいものですね。

  


2023年5月5日金曜日

3052「家族になった訳」2023.5.5

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年04月26日の記事を紹介します。


「家族になった訳」


世界で一番大切な人なのに・・・

家族って、どうしてこんなにも難しいものなのでしょうか? 

本当のホンネでは、愛し、愛されているのに、誰よりも家族のことを深く、愛しているのに・・ 

憎しみ合う人たちも多い・・・

今日はそんなテーマです。

結婚するまでは、他人同志だった二人。

・生活感、

・価値観、

・金銭感覚、

・物事の受け取り方も 

まるで違う者同士。

結婚し、家庭を作り、お互いに同じ方向を見つめ、協力し、助け合い、 

貧しい中でも工夫して、小さな幸せを見つけ、笑いながら幸せに暮らして行きたい。

子供が生まれれば、二人で協力し、慈しんで育てたい。

お互いに歳をとり、白髪になり、元居た世界に帰るまで・・

そう思っていたのに、実際は、家族だから苦しめ合っている。 

そんな現実が、なんと多いことか。

家族だから、期待や要求をぶつけ、干渉し、支配しようとする。

家族だから、罵り、傷つけ、暴力を振るう。

家族だから、残酷さや支配欲、身勝手さをさらけ出す。

ブッダは2500年前に、家族が抱える悩みの中に、 

業という大きな理由を見つけました。

ブッダが生きていた時代にお弟子さんだった小林正観さんが

家族について次のように仰っています。

<引用開始>

 


みなさんは、家族は長く一緒にいて自分の主張をし合うことが仲よしの証拠、

だと思っているところがあります。

でも、私はそのように、家族をとらえていません。

家族とは、他人に対して言わなくてすむ、わがままを、

目の前の家族という名の特別な存在に対しても言わないという訓練の場、

なのだと考えています。

あることを他人から言われたときに、その他人に対しては腹を立てたり、

怒ったり、怒鳴ったり、いら立ったりしない。

ところが、同じ言葉を夫や妻、子どもから言われたら、ものすごく激昂(げきこう)して、腹を立てて、怒って、怒鳴りまくってしまうという人はいませんか?

実は結構いるのですが、そういいう性質を幼児性といいます。

つまり、この人には甘えていい、という特別な感情を持っているわけです。

もしここで、踏みとどまることができるなら、

その人は忍耐力というのを持っているわけです。

自分で自分の感情が、制御できているんですね。

それが、ある人との関係では制御できて、コントロールできるのに、別の人との関係では

コントロールできないというのは、制御ができないのではなくて、制御をしないのです。

家族だから、妻だから、夫だからという理由で制御しないのは、甘えているという意味で 

それを幼児性といいます。

結婚というのは、幼児性の克服のための訓練の場なのです。

そこのところに気がつかない限り、多分、穏やかな家庭生活というのを得ることはできません。

家族というのは、わがままを言い合うために存在するのではなく、わがままを言えるような

人間関係が目の前にあって、 

それでもなおかつ、そのわがままを言わないために存在するのです。

言わないということは大人になるということです。

この話をしたらある人がこう言いました。

「それではストレスをどこで発散するんだ」と。

もう一度いいます。

家庭というのはストレスを発散する場ではありません。

幼児性でわがままを振りまきたくなる状況設定をされているのが家庭。

そこで自分がいかに幼児性を振りまかないで、それを克服していくかということ。

 

これは業(ごう)というものですけれど、その業の克服のために、家庭というものが存在するのです。

家庭というところは、人間が成長する場所なのですね。

幼児性というものを克服するために、家庭が存在するということがわかってくると、 

子どもとの関係、親と子の関係というものも見えてきます。

実は親が子どもを育てているのではなくて、子どもが親を育てにきている、ということに気がつきます。

結婚した時に、自分だけのわがままで生きてきた人生から、相手が一人増えるわけです。

妻や夫という名の家族が。

そして、子どもができたときにはもう一人別な存在が、できてきます。

妻や夫や子どもが自分の思いどおりにならなかったりすると、感情をかき乱されます。

そのときに、どんなことがあってもいら立たない、ということの訓練の場として、実は家庭というものが存在する。

ですから、家庭はわがままを言うところではないし、ストレスを発散する場ではないのです。

<引用終了>

 

日常の生活の中で幼児性を目にする機会は良くあります。

・上司が部下に怒鳴る

・妻に暴言を吐き、暴力を振るう

・年配者が若者に暴言を吐く

・飲食店や小売店で、「お金を払っているから私はお客だ」と威張ったり、

 怒鳴ったり、いら立ったりする

相手がいなくとも、こんな「幼児性」もあります。

・いつも自分だけが我慢している(すれば良い)と思っている、言っている

・ちょっとしたことに不平不満を感じ、ため息をつく、愚痴を言う

・いじける

そういう人には、すべて幼児性があります。

どんなに偉そうなことを言おうと、我慢ができなくて、わがままで自分さえよければいいという、甘えが抜けない。 

それはまるで幼児と一緒です。

幼児性のある人は、わがままを振りまきたくなる状況設定をされている場、つまり家庭では、

自己をコントロールすることが難しくなります。

幼児性があるから、ものすごく激昂(げきこう)し、腹を立てて怒ったり、怒鳴りまくってしまいます。

でも、正観さんが仰るように、その家庭の中でこそ、その幼児性に気付き、そして穏やかな気持ちでいられるよう、自分自身で、コントロールできるようになりたいものです。

 

家庭だからこそ、その自分の幼児性がデフォルメされて表現されています。

それに早く気付けるように・・

自分の中の、幼児性に気付けるように・・・

そして、お互いに同じ方向を見つめ、協力し助け合い、貧しい中でも工夫して、

小さな幸せを見つけ、笑いながら、みんな、仲良く、幸せに暮らして行きたいですね。

それが、家族と言う単位を作った神さまの優しい、計らい、目的なのですから。



2023年5月4日木曜日

3051「心が変わらなければ」2023.5.4

今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年04月25日の「心が変わらなければ」と2023年04月28日の「感謝の心」の2つの記事を紹介します。


「心が変わらなければ」


今日のテーマ「心が変わらなければ」です。 

人は、自分で経験してみないと他人の苦しみや悲しみなどを、

本当の意味で理解できないかもしれません。 

苦労や悲しみ、闇を知った瞳でなければ、光を知ることはできないからです。

自分で経験した

・悲しみ

・苦しみ

・孤独

・不安

は、たとえその最中は、苦しくて、切なくて、息をするのも絶え絶えになるほどで、

どれだけ布団をかぶって声を押し殺し、涙を流したか、分からないほどかもしれません。 

ですが、その経験こそが、神さまの恵みかもしれません。


しかし、そのような深い意味の分からない私たちは、このような状態の時、とかく安直に 

・神頼み

・医者頼み

・薬頼み

・他人頼み

・霊能者頼み 

に陥りがちです。

手っ取り早く、早く楽になりたいから 、自分では何もせず、自分以外の何かに頼り、依存し、丸投げしがちです。 

ですが、このような苦難は、 

神様が、私たちの魂を輝かせようと、他人の痛みのわかる人間になって欲しいと 

私達の生まれる前の、私たち自身の計画通りに、起こしてくださった出来事です。 

安直に、そこから逃げ出したとしても、 

また別の時、形を変え、役者を変えて同じ現象が起こります。 

私たちが気づくまで 何度も何度も、

例え、神様や霊的な能力のある人、神社でのご祈祷、お祓いなどで、 

一時改善されたかに見えても、

私たちの心が変わらず、以前のままで、他人依存、執着、憎しみの心のままでは、 

そこから発せられる波長に引き寄せられて、また同じ現象が現れることでしょう。 

自らの心が変わらない限り、周りの現象は、根本から解決することはありません。

「天、自ら助くる者を助く」という言葉があります。

自分自身で、自分の心を見つめなおし、

一歩一歩、もともとの清浄な心に近づけていくことが、幸福への王道だと思います。 

心がもともとの清浄な状態に戻るまでは、神さまは、沢山の環境を与えてくださいます。 

・病気

・貧困

・別れ

・死

・裏切り

・いじめ

これらを通じ、ボロボロになりながらも、魂は磨かれ、鍛えられ

ついには、このような環境の中でさえ「感謝の心」が芽生えることができた時、

この出来事は役割を終えます。 

このような環境の中に置かれた時、

安直に、

・誰かに依存するのではなく、

・丸投げするのではなく、 

じっくり、その感情を自ら味わった後、 

神さまは「何故、その環境を今、与えてくださったのか?」

深く考え、感謝の心に変化させたいものです。 

感謝の心が芽生えた時、 

その環境を引き寄せた、心の灰汁(あく)が消滅し、

神さまからいただいた、もともとの清浄な魂が顔を出してくれることでしょう。

  


「感謝の心」


この肉体の最後の時、

「あぁ、いい人生だったな」ってつぶやいて天に帰りたいと思いませんか? 

いい人生だなと思えるのはどんな人生でしょうか?

・全くお金に困らない裕福だった人生

・ずっと健康で健やかだった人生

・沢山の友人、知人にめぐまれた人生 

なのでしょうか?  

それとは逆に、「あぁつまらない人生だったな」って言う人生とはどんなでしょうか?

・貧乏な一生だった

・病気がちの一生だった

・数人の親友しかいなかった 

そんな人生でしょうか?

私は思います。

良い人生だったと言えるのは、最後の最後「ありがとう」と感謝の言葉を残せる人生 

悪い人生だったと思えるのは、心に憎しみや嫉妬、恨みを残したまま逝く人生 

それは、目に見えるものや、地位や名誉、健康などに依存しません。 

ただ心の持ちようだけです。

 

心が、肉体の最後を迎える時、どのような状態であったか? 

でもそれは死ぬ時だけに限った話ではありません。 

空海は仰いました。

「生きているうちに、天国にも地獄にも、生きることができるのだよ」って 

このことを即身成仏と言います。 

そして死の直前の意識状態は死後の世界にも大きな影響を与えます。

肉体が無くなれば、波動の世界。 

思ったこと、考えたことがすぐさま現実化する世界ですから、

死の直前の心の状態が、そのまま自分の周りに出現します。

私たちは神様と同じように創造する力を与えられているからです。

タイムラグはありますが、この生きている物質世界でも同じことです。

ですから、

・よりよく生きるとか

・感謝の人生を送るとか

・周りの人たちと仲良く助け合って生きていくなど 

そのように生きていきたいならば、自分の心をそのような状態にしておけば、

自然と、周りが整い、心と同じ状況が出現します。 

何時までも状況が好転しないのは、自分の心の中に

・社会や誰かを憎む心

・呪う心

・嫉妬の心 

などが巣くっていて、何時までも黒い霧、無明が晴れないからです。 

苦しい状況が現れる時、

神様は、同じくらいの祝福を、後ろ手に持って用意してくださっています。 

一旦、自分の置かれている状況を受け入れ、許し

「ありがとうございます」と感謝の言葉を言うことができた時、 

無明は晴れ、神々の祝福がふんだんに表れてくることでしょう。

神々の恩寵は、「感謝の心」を媒体とするからです。




2023年5月3日水曜日

3050「苦しみの終わる時」2023.5.3

今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年04月22日の記事を紹介します。


「苦しみの終わる時」


この世の中は、幸せ、Happyな人ばかりではありません。 

・病気やケガで苦しんでいる人もいます。

・孤独に苦しんでいる人もいます。

・嫉妬や、悔しさ、恨みで苦しんでいる人もいます。 

今日は、心の問題で苦しんでいらっしゃる方に書きたいと思います。 

でも、その辛さが、何が原因かが分っており、そして、そこから抜け出したいと、

真剣に思っていらっしゃる方は幸いです。 

もうその辛く苦しい道のりの、半分以上を越えたのと同じだからです。

あとは、ちょっとだけ、心の方向を変えるだけで、ご自分の中に居らっしゃる神さまが、 

背中を押してくださることでしょう。 

私たちの周りで起こる現象は、

それを引き起こす種が、心の中に無ければ決して起こりません。 

ブッダが仰るように、この宇宙は「因果律」が支配しているからです。 

「因果律」は、血も涙もない、冷たい法則ではありません。 

この宇宙を作られた神々は愛そのもの、慈悲そのものだからです。

・その現象が現れた時

 病気、ケガ、事故、出会い、別れ、いさかい

・心に動揺が起こった時 

 嫉妬(うらやましい)、憎しみ(にくい)、殺意、悔しい、失敗しろ、悲しめ、苦しめ

そんな時は、心の中に存在していた、その縁となった種が実を結び、現実の世界に現れた時です。 

その時に、自分の心の中に、その感情が湧き起こったことを認め、その感情を味わい、苦しみ、そして、その後に、もし、そこから抜け出したいと、そう思ったのなら、

もう、それは、その因(原因)となった種が、燃え尽きもう二度と悪さをしない、 

そのような時の到来です。 

夜明けのチャンスです。

 

内なる神さまは、その時が来るのを待っていたのですから・・ 

全ての出来事は私たちの心が作り出しています。

偶然に発生する出来事は、この世に一つとしてありません。 

神さまはサイコロを振りません。

無駄なことは、なさいません。

もし、このチャンス到来の時に、意識を変えず、心の向きを変えず

今までのように 

・不平

・不満

・愚痴

・悪口 

を口にし、運命を呪っていたのなら、また時期をずらして、

同じ出来事が、自分の身に降りかかってくるでしょう。 

因が解消されないからです。

  

その2度目の出来事は、1度目よりも、更に大きなインパクトをもたらすと言われています。

でも、それも仕方のないことかもしれません。

何故なら、私たちの多くは、目の前の出来事に対して、

・状況を改善したい

・願いが叶えばいいのに

という夢や希望を持って、思いどおりにならない物事をリストアップしがちだからです。 

それは、学校教育や、家庭環境に置いて、親や学校の先生から、 

・リストアップした希望を、思いどおりにすることこそが幸せだ

・現状に甘んじることなく、夢や希望や望みや願いを語りなさい

・努力し、競争に打ち勝ち、願望を実現しなさい

そう、教わってきたからです。 

そのように国民を競争社会に置くことで、得をする邪悪な勢力があったからです。 

日本には、かつて縄文時代と言うものがありました。

競争や、争いが一切なく、皆が助け合いお互いさま、お陰さまで暮らしていた1万年間です。

世界に類をみません。

ユートピアの世界でした。

私たちは、DNAの中に、その魂を宿しています。

幸せな人生には、競争は不要です。 

人と比べることも必要ありません。

そして、夢や希望さえも不要です。 

なぜなら、私の人生で起きることは、病気であれ事故であれ、人との出会い、別れ、軋轢(葛藤)、100%、今の自分に必要だから起きていることだからです。

・自分が、今与えられているもの

・今持っているものに対し、 

感謝の気持ちを持つこと 

「嬉しい、楽しい」「あぁ幸せ」と言って、苦しみではなく、今ある幸せを数え上げてみること。 

「ありがとう」と口に出して感謝してみること。

そうすればきっと、今の自分が膨大な数の幸せに囲まれていることに気づきます。

幸せとは、求めて求めて何かを手に入れることでなく、

今、目の前に存在する出来事について、「私」が「幸せだ」と思うこと。感じること。

そうブッダは般若心経の中で教えてくださいました。

  

自分を、貶める誰かを、好きになること、愛すること、それは、難しいかもしれません。 

ですが、感謝することはできるのではありませんか? 

その相手の方の態度によって

・何か気付きはありませんでしたか?

・何かの感情を味わうことは、ありませんでしたか?

・自分の心の中に、同じ素質が、潜んでいることに気付かせては、くれませんでしたか? 

何故なら、その人も、生まれる前に、神さまのみ前でその役割を演じることを、お互いに合意したうえで、生まれ、そして出会い、約束通り、その役を演じてくださっているからです。 

完全なる悪意の塊の魂は、生まれる以前に神さまからのOKが出ませんから、この世に存在して居ません。 

その人に対する憎しみ、羨み、その心から抜け出すために、今、その時が訪れました。 

許すことを学ぶ時、そして感謝の心を学ぶ時が来ました。 

感謝の気持ちが、心を満たした時、心の中のあちこちに、こびりついていた 悪因の多くは 

燃え尽くされることでしょう。

そして、空いたスペースには、宇宙の法則通り聖なる神々の美しいエネルギーが、流れ込んでくることでしょう。 

好きになること、愛することは、難しくとも、感謝することはできます。 

もし、それさえもむずかしければ、その時は、伝家の宝刀、言霊を使ってください。

「ありがとう、ありがとう、ありがとう」

気持ちがこもって無くても結構です。

心の中だけでも結構です。 

言霊が威力を発揮してくれることでしょう。 

そして、神々が微笑んでくださることでしょう。

ご自分のお顔から、笑みが、こぼれ落ちることでしょう。 

それを見た周りの方がたも本当の幸せを手に入れることができるでしょう。

  




2023年5月2日火曜日

3049「予測されていた『暴力の季節』は、予測を超えたカオスの状況」2023.5.2

 今回はIn Deepさんの2023年04月18日の記事を紹介します。


予測されていた「暴力の季節」は、予測を超えたカオスの状況。そして太陽活動の極大期がこれまでの予測より大幅に早い「2023年後半」になる可能性が最新の研究で浮上

In Deepさんのサイトより https://indeep.jp/era-of-violence-has-begun/


現実や非現実が暴力の中に現れる

最近のいくつかの実際の出来事の光景を写真で見ていて、

「なんか中世の絵画みたいだなあ」と思うことはよくあります。

フランスで起きている年金改革に対しての抗議ストライキ…というか、暴動に近いものにもなっていますけれど、たとえば、以下は、4月6日にデモ隊が、パリのブラックロック(世界最大手の米資産運用企業)のビルに乱入した時の写真の一部です。


こういう構図の中世の絵画が実際にあるわけではないのですが、多くの人々が「旗か炎(たいまつ)を手にしている」という構図は、21世紀の抗議の光景としては、あまり見なかったように思います。

あるいは、全然関係ないことですが、ウクライナ政権は、ウクライナ正教会を弾圧し続けていますが、その中でも、こっそりと信徒たちは教会内で信仰を続けているようで、3月の末頃に以下の写真が投稿されていました。

ウクライナのキエフ・ペチェールシク大修道院の 3月30日の様子です。これは「写真」です。

  

こうなると、もはや中世の「宗教画」の世界で、「中世の絵画です」と言われても信じてしまうような迫力…というのか、宗教性を感じます。

窓から入る光の筋が見えているというのもなかなかです。

こういうのを見ていると、「皆さんがんばれ」と思わざるを得ないのですが、しかし、ウクライナ正教会の信者の方々はなかなか大変そうです。

4月16日には、ドネツクのウクライナ正教会のスヴャト・プレオブラジェンスキー大聖堂近くにウクライナ軍によるロケット弾が着弾し、1人が死亡したと報じられています。

この大聖堂では、イースター(復活祭)の礼拝が行われている時でした。

 

話がズレてきましたが、いろいろな光景が、中世の光景みたいになってきているというのが、何となく象徴的でした。

フランスの場合、「炎が多用されている」というのが特徴かもしれません。

パリの暴動にやや現実離れしたような光景が多いのは、それも原因のような気はします。

ブラックロック社の襲撃の後、デモ隊はパリの「ルイ・ヴィトン本社ビルを襲撃」しましたが、やはり「たいまつを持って乱入」しています。

 

こちらのツイートの動画に、ルイ・ヴィトン本社ビル内部に乱入した際の経緯が撮影されています。 

もはや、抗議というより「革命…」と呟きたくなりますが、それでも、フランスのこれらの行動には、一応とはいえ、「年金改革への反対」という大義名分なり名目がありますが(すでに、参加者の多くはそれを忘れている気もしますが)、今、アメリカで起きていることは、単なるカオスで、これもまた、過去何十年遡っても「なかった暴力」が起きています。

つまり、「何の名目も理由もなく、多数の若者たちが暴れている」のです。

アメリカの各地の都市で、若者たちの「無軌道な暴力」が発生していることが伝えられています。そのすべてが、民主党が地盤のリベラルな街です。

4月15日の土曜日には、シカゴで十代の若者たちによる大規模な暴動…いや、暴動ではなく、ただ騒ぐだけなんですが、それが起きています。以下は、米ゼロヘッジの記事です。

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何百人ものティーンエイジャーたちがシカゴで騒乱を引き起こし、地獄のような大混乱が生じている

All Hell Breaks Out In Chicago As Hundreds Of Teenagers Wreak Havoc

zerohedge.com 2023/04/17

この春、進歩的な指導者 (※ 民主党の市長)が運営する都市で無法化の傾向が広がっている。

最新の事件は土曜日の夜にシカゴのダウンタウンで発生し、数百人のティーンエイジャーたちが車の窓を壊し、公共および私有財産を破壊して大混乱を引き起こした。

彼らはまた、ミレニアム・パークに入ろうとしたため、警察の重大な対応が促された。複数の負傷者を出した発砲さえあった。

FOXニュースシカゴは、 ダウンタウン地区で大混乱を引き起こした 十代の若者たちの大群を報告した。暴徒と化した子供たちが、目の前にあるものを破壊することに加えて、マディソンとミシガンの角の近くでは銃の発砲があり、2人のティーンエイジャーが銃撃で負傷したという報告があった。

FOXニュースでさえ、昨夜の混乱は「取材クルーを現場に留めておくのは安全ではない」と述べた。子供たちがバスの上に飛び乗る映像もあった。

以下の投稿は、その夜のシカゴの若者たちが「熱狂」した光景の動画だ。

「乱暴なティーンエイジャーたちのグループに対して、警察の対応を促したのは、今週末で 2度目だ」と地元メディアは指摘した。

無法の文化が続いている。これらの動画は、失敗したリベラルな機関で教育を受けた若い世代の急速なモラルの衰退を証明している。

制御不能な若者に混乱させられている都市はシカゴだけではない。もう 1つ の失敗したリベラルな都市であるボルチモアは、ちょうど 1週間前に同様の混乱を経験した。

リベラルが、都市を無法の地獄に変えている。

そして、それに対しての反応は? …人々は単にこれらのゴミ捨て都市を離れて安全な場所へ向かっているだけだ。

ウォルマートでさえ、 環境の悪化により先週、 シカゴの店舗の半分を閉鎖した。

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ここまでです。

ボルチモアの報道はこちらにあります。

シカゴのウォルマートが閉鎖とありますけれど、これはウォルマートだけではないです。ウォルマート同様に北米の巨大スーパーチェーンであるホールフーズ・マーケットも、サンフランシスコの旗艦店を閉鎖しました。

原因は、「万引と、その他の犯罪と、そして麻薬常習者が多すぎる

ということで、これはウォルマートもホールフーズ・マーケットも同じ理由で、不採算などの問題ではなく、「アメリカの一部の治安が悪すぎる」のです。

 

あと、まあ……これはあまりに光景が悲惨であまり詳しくふれるつもりはないですが、「フェンタニル地獄」の進行がものすごいペースなのです。

フェンタニルというのは、日本で知られている名前としては、ヘロインとかモルヒネなどがあるオピオイドというカテゴリーのもので、ヘロインとかモルヒネなどより何十倍とか 100倍とか強力なものなんですが、最近は、それに「動物用の鎮静剤を加えたもの」が流通していて、地獄のような写真や動画をたまに見ます。

米国で「ゾンビドラッグ」と呼ばれる、動物用鎮静剤とオピオイドの混合薬が蔓延。麻薬取締局が全土に警報を発令 地球の記録 2023年3月24日

 

アメリカのオピオイドの蔓延は、以前から「このままだと、とんでもないことになる」とは思っていましたが、ここまでひどくなるとは……。

以下は、2019年の記事ですが、オピオイドは、もともと「医療用に正式に使われていた」ものです。

クスリ地獄アメリカ : 1億5000万人以上が病院の処方薬を飲み、薬物過剰摂取による1年間の死者数はベトナム戦争での全死者数を超えた In Deep 2019年12月19日

「だめだって、そんなもん使っては」とは思っていましたが、今の病院での公式薬というのは多くがロクなもんではないです。ベンゾジアゼピン系とか

  

太陽活動の最大期が、予想より「極端に早く」なる可能性

何だか話がそれてきていますけれど、今後、「暴力的な時代になる」ということについては、太陽活動との関連で最近も書かせていただいていました。

暴力、革命、戦争、病気、そして大量死…。太陽活動と共に過激化する世界で生きる

 In Deep 2023年3月25日

太陽の変化と「暴力と病気の時代」への突入 In Deep 2023年2月12日

 

そういえば、最近の天文学系の学術誌に掲載された論文で、

「太陽活動極大期が、予想より早く訪れる可能性」

について述べられていたと、スペースウェザーが報じていました。

 

本来の予測は、2025年から 2026年頃に太陽活動の極大期(最も黒点活動が大きな時期)が来るとされていたのですが、

早ければ、2023年後半に極大期が来る可能性がある」

と述べていたのだとか。しかも、「従来の予想より黒点数がはるかに多い」予測になっています。

そうであれば…いろいろと展開も早そうです。

今年中に、社会の暴力性が(あるいは国家の暴力性も)さらに拡大する可能性が高くなっています。

今回は、そのスペースウェザーの記事をご紹介して締めさせていただきます。

パリの暴動で始まり太陽の話題で終わるという混乱した記事となってしまいまして申し訳ありません。


太陽活動の極大期が早期に到来する可能性がある

SOLAR MAX MIGHT ARRIVE EARLY  Spaceweather 2023/04/13

ソーラーマックス (太陽活動の極大期)がやってくるのは…おそらく今年になりそうだ。

太陽物理学者たちの主要なグループによる新しい研究は、2023年後半または 2024年初頭に太陽黒点活動が最大になると予測しており、従来の予測よりも 1年早くなっている。

2023年 1月号の科学誌フロンティアーズ・イン・アストロノミー・アンド・スペース・サイエンス誌に掲載された、この予測について記述した論文の筆頭著者であるスコット・マッキントッシュ氏は、「これは終結事象 (the Termination Event)に関する私たちの研究に基づいています」と説明している。

 

青い曲線は従来の予測。赤い曲線がマッキントッシュ氏たちによる予測。

 

「終結事象」は、太陽物理学では比較的新しい概念だ。

1つの太陽周期の磁場が消え (それらが「終了」し)、次の太陽周期の磁場へ引き継がれるのは、 1か月という短い期間だ。

終結事象の後、新しい太陽のサイクルが急上昇する。

マッキントッシュ氏と同僚は、多くの太陽周期の終結事象を研究しており、そのタイミングが太陽活動の先を予測できることを発見した。

「私たちの最新の研究は、2021年12月中旬の太陽周期サイクル24 と太陽周期サイクル25 の間の終結事象を特定しました」とマッキントッシュ氏は説明する。「これは、次の太陽極大期の大きさと日付を教えてくれます」

彼らの論文によると、太陽活動極大期は 2023年後半から 2024年半ばにかけて発生し、月間黒点数のピークは 184 ± 63 になる (信頼度 95%)。これは、現在のサイクル 25は、2014年にピークを迎えたサイクル24 の 2倍の黒点数になる可能性があることを意味する。

彼らの予測は、現在進行中の別の大きな事象と一致している。

太陽の磁場が反転しようとしているのだ。

これは、すべての太陽周期のピーク近くで発生する。太陽の極付近の磁場は弱まり、方向が変わり、反対方向に再び成長し始める。

スタンフォード大学のウィルコックス太陽天文台などの測定値は、太陽磁場の弱体化が現在進行中であることを確認しており、極磁場はおそらく数か月以内にゼロに到達する。

「歴史的に、極磁場のゼロ化は実際の黒点数の最大値よりも 6~ 12か月先行している」とマッキントッシュ氏は言う。彼らの予測は、今後、わずか ~ 12か月後には確認される。どうなるだろうか。


2023年5月1日月曜日

3048「うつと霊」2023.5.1

今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年04月21日の「うつと霊」と2023年04月23日の「最後のプレゼント」2つの記事を紹介します。


「うつと霊」


今日はうつ病や、その他の病気について書きたいと思います。

記事の中に霊体のお話も出てきますので、ご興味のない方は遠慮なくスルーされてくださいませ。

小林正観さんの うつからの脱出の方法についてご紹介します。

<引用開始> 

『それはうつ病の特徴でもありますが、

私自身も若い頃に二度、そういう経験があったのでよくわかりますし、

ひとごとではありません。』

小林正観さん自身のウツ症状について書いてある一文です。

ウツ病というのは、それを持ち込んでくる霊体があり、それが憑くと発病、離れれば治る。

笑顔や明るい言葉が、ウツの霊体は嫌い。

楽しくなくても【祝福神】(以下の7つの言葉を正観さんはそう名付けた)

・うれしい

・たのしい 

・幸せ

・愛してる

・大好き 

・ありがとう 

・ついてる

を言う。笑顔を作る。

一週間に3000回以上も言い続け、ウツ病が治ったという報告があった。

『宇宙を解説百言葉』より

<引用終了>

 

この病気には、ずいぶん多くの方が悩まされています。

それだけ世の中がすさんできている証拠だと思います。

ご本人はもちろん、ご家族の方も、本当にお辛いですね・・

小林正観さんは、人生好転の方法として、

よく言霊を教えていらっしゃいます。 斎藤ひとりさんもそうですね。

それはきっと、「南無阿弥陀仏」 のように 

一般の私達にとって、簡単でとっつきやすく、そして継続がしやすいからだと思います。

そしてそれらの言葉の秘められた力ももちろんあります。

幸せになる方法を理屈でどうこう説明されても、

なかなかそれを正しく理解して実践する事は難しいですので、

この言霊の方法は、本当に素晴らしいと思います。

正観さんも若い頃、うつ病だったのだそうです。

そう言えば「置かれた場所で咲きなさい」の

渡辺和子さんも、50代でうつ病を発症しました。

ですから、今、この病気にかかって苦しんでいる沢山の皆さん。

決してあきらめる必要はありません。

勇気を持って下さい。 絶対に治りますから。大丈夫です。

正観さんの教えてくれた方法は単純です。

・うれしい

・たのしい 

・幸せ

・愛してる

・大好き 

・ありがとう 

・ついてる

を何度も何度も、繰り返し言うことだけです。

(声に出さなくても結構です。気持ちがこもっていなくても結構です)

宇宙の法則に、似合わないことは起こらないと言うものがあります。

似合わないことは起きない!

だから「うつ」や「パニック障害」が似合わない人になることが、

この病気から脱出する近道なのです。

斎藤ひとりさんはこんなことを言っています。(姿かたちから入るやり方です)

要するに、不幸や苦労が似合わない格好すると、そういうこと(不幸や苦労)は起こらない。

「もっと、しあわせ」になれるよ、ということです。

不幸や苦労が似合わない格好とは何かというと、まず明るい色の洋服を着ること。

キラキラ光るアクセサリーを身につけること。

髪にもつやを出し、靴はきちんと磨いたピカピカのものを履くこと。

こういうふうに明るくて華やかで輝きのある恰好をして、

顔がつやつやの人は、どう見ても「しあわせそうだなぁ」としか思えません。

苦労や不幸はまったく似合わないのです。

似合わないことは起きないのですから、幸せな人に変わってきます。

また失恋して落ち込み、死にたいと相談に来た人がいるとします。

そう言う時は、まずは「腹ごしらえをしよう」と餃子の王将に連れて行きます。

そこで、どんどん餃子を頼み、食べさせます。

すると、死にそうな人が、油ギトギトな餃子をほおばる姿は似合いませんから、

その人から「死にたい」という意識は消えていきます。

正観さんの教えてくれた方法

・うれしい

・たのしい 

・幸せ

・愛してる

・大好き 

・ありがとう 

・ついてる

を最初言うのは辛いかもしれません。 

ですが、頑張って続けていけばクセになります。

そうするといつの間にか病気から脱出している。。 ということです。

病気で苦しんでいる皆さんが、どうか、お幸せになりますように・・・

 



「最後のプレゼント」


私たち親は、自分に子供が生まれた時、この子がどうか幸せに生きられますように、

そう願いました。

そしてきっと、自分が先に天に帰るときも、残されたこの子が、幸せに生きられますように、

そう願うのだと思います。 

子供が悲しみの涙を流していれば、自分の命に代えても守りたいと願うかもしれません。

誰でも、何時かは天に帰るわけですが、今日は、沢山の読者の方々のためにも、

子供にとって、親の死の持つ意味を、書いてみたいと思います。

どうか、残されたご家族が、最後の親の愛を知り、明るく健やかに暮らしていけますように。

そうして暮らしていくことこそ、周りの人々と仲良く笑顔で暮らしていくことこそ、 

私たちを愛し、慈しんでくれた、親たちの一番の願いだからです。  

皆さんは、親が子供たちに最後に残してくださる、最大のプレゼントは何だと思われますか? 

家や車や、莫大な財産ではありません。 

それは、死です。

「人は必ず死ぬ」

このことは、誰でも知っている、当たり前のことです。

しかしそれは、現実に経験してみないうちは、にわか知識にすぎません。

親が死ぬときに、人は初めて本当に「死ぬのはどういうことか」、 

切実な現実を痛烈に知って、私たちは「死」を学ぶことができます。

・人生は本当に有限なものだった。

・自分もいつかは死んでいく。

・この限られた人生を、何に使えば良いのか?

・何をしたら死に臨んでも満足がいくのか?

鉄拳「振り子」 父と母の人生の物語です。 是非ご覧ください!!

目の前の親の死を、経験させていただくことで、様々な思いが、頭を巡り、 

深く、自分自身のこととして考えることができます。 

また親の死ではなくとも、動物が好きなご家庭では・・・(参考元) 

・子供が産まれたら、一匹の犬を飼おう。

・子供は犬と共に大きくなり、いろんな思い出を作るだろう。

・家族の一員であるペットは、子供たちに大切なことを沢山教えてくれる。

・彼らが少年少女になった時、犬は歳を重ね、やがてこの世を去っていく。

・その死をもって、子供たちに最後の教えを伝えるだろう。

・命を終えてゆくことで、共に生きて過ごした日々がかけがえのないものになる。

・終わりを知ることで、輝き出す命。

・ペットの死は、大切なペットからの、最後にして最大の、子供たちへのプレゼントである。

生前、死後を通じ、何百万、何千万人もの人々の魂を救った親鸞聖人は

4歳の時にお父さんを亡くされ、8歳の時にお母さんを亡くされています。

聖人は「波瀾万丈」という言葉がふさわしい一生を送られた方ですが、

まさに人生のスタートから激しい波が、聖人に襲いかかりました。

松若丸(のちの親鸞聖人)は、ついさっきまで温かい手で自分の頬をなで、

優しい目で語りかけてくれていたお母さんが、

たちまち目が閉じ、顔から血の気が引き、手は冷たくなり、

帰らぬ人となっていった現実に 、なんてあっけなく「死」はやってくるんだろう、

と世の無常に愕然とされるのでした。

 

その時、松若丸は8歳ですから

・お父さん、どこ行ったんだろう。

・お母さん、どこへ行ったんだろう。

・お父さんに会いたい。

・お母さんに会いたい

とどんなに思われたでしょうか。

松若丸がさらに考え込まれたのは、自身の行く末でした。

お父さんが死に、お母さんが死んだ。

次に死ぬのは自分の番だ。

いったい自分は死んだらどこへ行くんだろう。

真剣に我が身の死んだ先を考え込まれ、真っ暗な未来に驚かれるのでした。

世の中には

・父親が死んでも、

・母親が死んでも、

・夫が死んで見せても、

・妻が死んで見せても、

・子供が先に死んで見せても、

すべて他人事と受け流し、自分はまだまだ死なないと頑として思い込み、

自分自身の確実な行く末に、目を向け、深く考える人は少ないものです。

ですが、松若丸は違いました。

両親の死を縁とし、我が身の生死の一大事に驚き、なんとしてもこの大問題を解決したいと、

比叡山の慈鎮和尚の門を叩かれたのです。

この時、のちの親鸞聖人は、わずか 9歳でした。

私たちは、このように死から学ぶことが、大変多くあります。

時には、その後の人生を大きく転換させてしまう力さえあります。 

親が子供たちに最後に残してくださる贈り物。

決して無駄にはできないものですね。 

皆さんには、お子様はいらっしゃいますか?

いない方は、ご両親はご健在ですか?

私たち親は自分に子供が生まれた時、この子がどうか幸せに生きられますように、

そう願いました。

そしてきっと、自分が天に帰るときも、残されたこの子が、幸せに生きられますように

そう願うのだと思います。

親と子、深い愛の絆で結ばれています。

私たちは、生まれる前に、お互いの魂同士で約束してきました。

「家族になろうね」って。 

人は必ず死を迎えます。

親の勝手な希望、価値観、プライド、世間体で、 

子供たちが、可憐な「スミレの花」を咲かせようと、この世に生まれて来たのに、

華やかな「バラの花」になれと、無理強いはしていませんか?

私たちが嫌いな、あの人も、深く深く愛してくださった親御さんがいらっしゃいます。 

愛する子供もいらっしゃるかもしれません。 

世界中の人たちが、優しさと愛で包まれますように・・ 

悲しみの涙を流す人が一人でも減りますように。