2017年2月21日火曜日

857「天音天画2」2017,2,21

 いよいよ私の天音天画を書いて頂きました。半紙に筆で書き始めます。黒と赤の2色で何種類かの筆を使って描かれます。半紙に絵が浮かんで来て見えるそうです。不思議ですが、そこの上を筆で書いていくのだそうですが、何とも不思議な世界です。言葉も同様に浮かんでくるようです。
 書かれたお言葉は以下です。
「あまね たまね みおやの こえに ひびきを あわせ
 もものみ よりて みちが つく とうとうや」



 この天画を頂いてからのお話しです。
「龍神さんが片目です。駄目押しされているようです。とても大きい龍神です。
「とうとうや」、の音が最初に聞こえてきました。音と数で見ると、とう、とう、ですので、十、十、で二十です。十を完成の数とすれば、表裏一体、同量同分に合わせることの意もあります。
「もものみ」は龍神さんの周りに小増の様な観音様が寄って来ています。お神酒を持っていますから、酔った振りして若い人に振り向けることも必要です。
「あまね」は「天音」、「たまね」は「玉音」。音は根です。どこに根を付けるか。天祖、御親の声に、響きを合わせること。自分の底力に合っています。
「あわせ」とは「天地瀬」、のことです。
「ももみ」とは「百霊」、で大勢のことです。
 龍神さんが片目、独眼流なのは、両目だと見え過ぎるので片目なのです。
「よりて」は「集りて」、です。
「みちがつく」とは神様の智慧で「神智(みち)」のことです。若い人は感性を持ってくるのです。
「とうとうや」とは、「十、十、夜」。絵の中の字の榻(とう)、搗(とう)、の2字ですが、榻はする、搗はつく、と言う意味です。ですから粉薬を作るようなもの。十、十、夜は陰の気ですから、光るものは暗黙の時代の方が分かるのです。でも今だからそのようにするのです。つまり集まる人をそれなりに繋げていくことです。
 それを自らの手でする。「とう(する)、とう(つく)」のどちらも手偏の漢字です。より細かい粒子にして行くという意味です。
 「とう」は刷る事、拓本のことです。仙台藩で政宗が残したものを図書館などで何度も読んでみて、間違いを指摘するのではなく、行間の新たなことを伝えること等の意味もあります。
 大和朝廷が祀っているものと違う視点で神社を見て調べてみる。巨石などを見る時も祀られている神社でなく、その奥を見ることです。例えば、鬼等のように権力者に虐げられている存在に本当の筋の光を当てる見る。これからは隠されている本当の筋を出す時代です。
 お稲荷様の「いなり」は稲荷だけではありません。「鋳なり」でもありのです。そこから本当の姿が見えて来る。出雲で銅鐸が沢山出ました。「たたら」ではフイゴを4日3晩吹き鉄を溶かします。その炎で片目になったりします。それがお不動さんのなっています。中央の貴族と作った集団だったものを、異界の者としてしまった権力者がいたのです。

 音(ね、おと)を出す。響かせる。今回の天画の言葉に漢字が無いので言葉の音で取ることです。
 子も「ね」で「子は北」のこと。北の歴史が今まだ出ていないのです。今と昔にジェネレーションギャップがあります。そこには時代考証は必要です。本当のことは、そこの村の祭りや特殊神事に残っていることが多いです。
 あわ歌の中山さんのお言葉で医院から指定された距離のところで、陸奥の地で探し当てたという名も無い山、そこの巨石も興味深いことですね。そこの山の名前が敢えて「立石山」とのこで、その岩が「二本立石」というのも呼び合っていますね。そこの巨石は龍の背骨に置かれているのではないかと思います。
 韓国の龍脈を戦争の時に日本軍が切ってしまっています。ですからその恨みがあるのです。大和朝廷も同じことを蝦夷の陸奥の地でしているのかもしれません。酒井勝軍がかつて早池峰山など、陸奥の龍脈を開いたことがあります。それからひょっとしたら90年周期で、又、閉じられた蓋を開けることになる可能性もあります。
 伊達藩の伊達(だて)は館でもあります。恵那にも巨石がありますが、根がある石と根が無い石があります。人が置いたものは根がありません。研究の方法として、訪れた場所の地元書店の残された書物を探るのも1つの手ですね。」

 こんな感じで時間はあっという間です。今までの流れのままに、淡々と楽しみながら進むことで良さそうです。

「天の音 玉の音 御祖の声に 響きを合わせ
 百の霊 集りて 神智が付く 十十夜」

 龍神様、独眼龍に導かれ、諸々の音、御親の声に響かを合わせて、次の世代に伝えて引き継ぐこと、そして北の地、陸奥の隠されたものを開くこと、と言うことでしょうか。
 又、1年後に再会することを楽しみにお別れしました。

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