2018年4月26日木曜日

1286「三陸10」2018,4,26

 田野畑村民俗資料館は昼食の北川食堂から5分ほどの所です。しゃれた形のフォルムの建造物で、一際目を引きます。
 受付の女性の方に入館券を10枚お願いした所、「そんなに大勢で、ありがとうございます。どちらからお越しですか?」と尋ねられたので、「仙台からです。」と返事をすると、「伊達様ですか、私たちの恩人です。ありがとうございます。」と言われるではありませんか。私は、え?なんで?・・という感じでしたがその意味は後で分かりました。あまり予備知識が無いままにこの民俗資料館を訪問先に決めていたのですが、これも善きことだった様です。
 田野畑村営の民俗資料館の簡単な紹介は以下の様にあります。
「田野畑村民俗資料館  
 国内最大級と言われる三閉伊一揆についての資料を中心に収蔵する全国でも珍しい資料館です。また村内の遺跡から出土した縄文時代の土偶なども展示しています。館内にはかつての建築様式である柾板葺きの民家を再現し、天井には一揆の辿った道と三陸の海岸線を組み合わせたモニュメントを設置しています。」
 この内容は事前に分かっていたのですが、一揆と伊達藩との繋がりまでは知りませんでした。

 この建物は1990年に竣工していて設計は早稲田大学理工学部穂積信夫氏が担当し、 東北建築賞受賞を受賞しています。以下の様に紹介されています。
「村の歴史資料である農村一揆を題材に、周囲の山並 みに呼応した曲線的に隆起する鉄骨屋根と、館内を蛇行する木製格子の展示設置をデザインしている。そこには展示品と共に建築の要素を展示対象の従たる一部 にしようという意図があり、館内にはそれ以外の、いわば建築的な間仕切り壁は一切姿を現さないのが特徴である。」



 設計をした穂積信夫氏の思いが以下の様に記されています。
「この建物は博物館というよりも、一揆の人々や、先祖の人々の気持と出合う、ふれあいの場なのだ。歴史上の人物のお話ではなく、一緒に語らいながら歩くような気持である。林の木々をすりぬけるように小柱が立ち、歩く道も上下する。どこにいてもいつも一緒で、前に進む人も後から続く人も常に見えがくれしている。
 厳しい環境の中から立ち上がって一揆の人々にも、農作業という日常の生活があった。鉄山でふいごやかなて、この前にたたずむ姿もあった。そして目的を完遂。そのおかげで戻ってきた平穏な毎日のたたずまい。ひいおじいさんが使ったような船の舵やおばあさんの糸車には、ありし日のおもかげがただよっている。この地が伝承してきた栗の柾葺きの屋根の下では、いろりを囲んでわらじの作り方が学べるかもしれない。
 天井を見上げれば、そこには一揆の人々がたどった道すじが輝いている。まるで田野畑の夜空にかかる銀河のように、今の人々の平和な暮らしを、じっと見守っているのである。」

 女性の館員の方が詳しく解説して館内を案内してくださいました。先ず三閉伊一揆のビデオを観賞しました。


頂いた資料の中身ですが以下のサイトでご覧下さい。
http://www.vill.tanohata.iwate.jp/_files/00001106/minzokushiryoukan.pdf