新年明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。
日本列島は巨大強烈な寒波に覆われていますが、今年を予兆させるスタートの様です。昨年12月23日から風の時代に変わり、時代の変換を感じながら新年を穏やかに迎えています。
新年は今まで以上に己の軸を正し、腹を据えて、自分で自分を自分していきたいと思います。皆さんも自分の持ち場で各自を光輝かせて、「自分で自分を自分する」楽しい1年となるりますように念願しております。善きご縁、繋がりの中で供に喜びの花咲かせましょう。
今日は「いっぷくからありがとう」さんの2020年12月29日の記事を紹介します。
地上の星
日本中あちこちに神社があります。かつて、その一つ一つは光を放ち、地上の星となっていました。小さな村々では、神聖な場所、氣の良い所に神社が立てられ、村人たちの心のよりどころとなってきました。
何かあれば、みんなで神社に集まり、お祭りしたり、盆踊りをしたり、神社(産土様)を中心に、村人の心は繋がっていました。その村のコミュニティの結束のために神社は心のよりどころとなっていました。
また宇宙を起源とする「神々」と称される知的生命体も古の時代から、地球を訪れ、石や岩、または山全体などをヨリシロとして、その神輝を放っていたと思われます。つまり、地上の星となって輝いていました。
これは夢物語ではなく、かつて、アポロ14号の宇宙飛行士エドガー・ミッチェル氏が宇宙から地球を眺めたときに「1か所ものすごく光って見える場所があった」と言ってその緯度・経度を計測してみたそうです。その場所は御岩神社(茨木県日立市)だったそうです。
御岩神社 |
神様のパワーは、人々の敬虔な祈り、神様と関わりあおうとする人間の氣によって、維持され、増幅されていきます。神様だけのパワーで神社の光が維持されているわけではありません。必ず人間側からの関わりが必要です。
ですから、人間側から、神様へ
・意識を向けること
・真心を尽くすこと
・感謝の気持ちを表すこと
それは、とっても大切なことです。
一昨日、沢山の村の方々が竹之高地不動社の大掃除に出てくださいましたが、神様は、物凄く喜んでくださいました。ですが神々も、人間に忘れ去られた時、誰も見向きもしなくなった時、かつて光を放っていた神社であっても光を失い、そこに居らっしゃった神様の氣も枯れて消滅してしまいます。
4年前、弥彦神社のご妻神、熟穂屋姫命から、そのお話を伺ったことがありました。
神々からのアプローチは、どなたにも等しく、平等に降り注いでいます。それは、ご自分で見ようとしなければ見えないし、聞こうとしなければ聞こえません。神さまと、触れ合おうとしなければ、決して感じることができない繊細なものです。
神社や仏閣に行った時
・風
・水の流れ、せせらぎ
・雲
・おひさま
・人々の笑い声
・虫
・動物
・花、植物、木々のざわめき
・虹
に神経を集中させてみてください。神さまは、お優しい方ですから、何らかの気付きを与えてくださると思います。
・それを無視するか、
・偶然であると片づけるか
・バカバカしいと思うのか?
ご自分の自由です。ですが、神さまの働きは、自分で、触れ合おう、感じようとしなければ、決して感じることができないものです。
弥彦神社の神さまの奥様を祀る妻戸神社 |
妻戸神社でここのご祭神である「熟穂屋姫命」から、聞きなれない言葉を聞いたことがあります。
「人々の信仰、記憶が続く限り、私達神々は存在する」
※これはエネルギー的な存在の事を言っています。
人々の記憶が無くなり、信仰するものが誰もいなくなったらどうなるのですか?
「その時は消滅する」
エネルギー不変の法則と言うものがあります。それとどのように整合性が取れるのかは解りません。ただ、最近の研究ではエネルギーは無から生じ、そして無に帰ると言われています、その無に帰ると言う事かも知れません。その真の意味は元々の大神様のいらっしゃる世界に戻ることかもしれません。
また、出口王仁三郎の霊界物語では、この逆パターンが描かれています。
つまり、八岐大蛇や金毛九尾の狐などと言った悪役の魂は、元々は、人々の、不平不満悪口、恐怖、怒り、などその様なエネルギーが段々と凝り固まって発生し、力を得て来たと。
その反対に、人々の熱い信仰と真心、神様に通じる思いが、こう言った神々に大きなエネルギーを与えて行ったのかもしれません。そして、そのエネルギーの源泉が無くなった時のことを「消滅」と言う言葉であらわしたのかもしれません。
その時「消滅」という言葉がでたので、ちょっとショックで、人間についてお聞きしました。私達、人間の場合はどうなるのでしょうか?
それは消滅ではなく、集合意識、もともと私達がいくつも枝分かれしてきた魂の元に合流し、その個性を失う事のようです。決して消滅するわけでは無いようです。それが、良いことか、悪いことかは判断できません。
魂の大本、トータルセルフと一体になることは、そう悪いことでは無いと思います。元々私達の魂は巨大で、幾度も、分離、そして吸収、知恵や経験の攪拌をl繰り返し、より優れたものへと進化しているからです。この個性は、全てそこから派生したものだからです。
元々の地球や、宇宙を作った大神。そして私達生命を持つもの。そして、人々の思い(生命を持つもの)から発生、進化していった生命体、それぞれが、この宇宙には存在しています。私たち生きている人間は自分の力などちっぽけな物。そう考えて、
・神々に頼ろうとするかもしれません。
・霊的に力があると吹聴する人に頼ろうとするかもしれません。
ですが、私たち一人一人の人間の精神の力は、神々へもパワーを供給するほどの力があります。私たちの純朴な
・優しさ
・思いやり
・助けい合いの心
・お互い様の心
そういう美しい真心こそが、神々のエネルギーの源泉となり、何時までも地上の星として輝き続け、私たちの幸せに手を貸してくださることでしょう。
その思いやりの循環こそが、私たちが地上に来た目的であり、地上の星となってくださった神々の願いでもあります。