2021年3月31日水曜日

2287感謝の心2021.3.31

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2021年03月24日の記事を紹介します。


神々を動かす感謝の心

私たちは、神様にお願いし、この地球に肉体を持って生まれてきました。

その目的は、この物理的で、不自由な地球を楽しみたいということの他にもっと大切な目的があります。それが、私たちの魂を輝かせ、神様に近づけ、進化させることです。 

感謝の心は、ブッダの教えの神髄でもあります。感謝の心さえ芽生えれば、この地球に生まれて来た目的の大半を果たしたことになるほどです。 

感謝の心の反対は、「当たり前」

・自分の思った通りに、環境が整い

・自分の思った通りに、人が動き

・自分の思った通りに、地位や名誉が手に入り

・自分の思った通りに、人に好かれ、尊敬され

・自分の思った通りに、お金が巡る

ですが、ブッダが仰ったとおり、この世の中は、決して思うとおりに動きません。

ままならないのがこの世です。感謝の心がない人は思い通りに、周りが動かないと、

そのたびに、不平不満を口にし、悪口、呪いの波動となります。

そして、その悪しき波動を垂れ流し、ますます心は地獄に住む者の心となります。

では、「感謝の心」を持つことを知った人はどうでしょうか?

今日は、春日大社元宮司、医師、葉室頼昭さんのお話をご紹介します。

感謝の心の重要性についてです。神さまから恵みを頂くための、神道的なアプローチのお話です。

葉室頼昭さんはもうお亡くなりになりましたが、神さまに相当近い方でした。葉室家はもともと朝廷の宗教的なことを受け持つ藤原家の公家の家柄だといいます。葉室さんは藤原氏子孫の公家の代表として毎年春日大社のお祭りに、装束を着て参加していました。 

そのころたまたま神職の資格を取る通信教育の学校があることを聞き、神主の作法を学びたくて願書を取り寄せて勉強したのだそうです。

努力家の葉室さんは、日本の形成外科の草分けの医師の仕事のかたわら、院長室に神道の分厚い教科書を持ち込んだのだそうです。

家でも必死で勉強し、異例のスピードで神職の最高位、明階(めいかい)の検定試験に受かってしまいました。

そしてそのとたん神社庁から呼び出され、病院を辞めて、大阪の枚岡神社の宮司になってほしいという話がきたのだそうです。その後最終的には春日大社の宮司になりました。

さて、この本の中に、心に響くこんな一節があります。

<引用開始> 引用元


神のお恵みはみんな平等にいただいている。でも、ある人は不幸になり、ある人は幸せになる。なぜか、感謝ですよ。神の波動は感謝しなければ、お恵みとなって出てこないんです。

だから宇宙の仕組みが科学でわかったら、神道がわかると説明している。

お陽さまは明るくて暖かいとみんな思っているでしょ、これが間違いです。 太陽の光は暖かくもなければ、明るくもない。それが証拠に太陽がここにあって、地球があって、太陽の光が地球まできているわけでしょう。

太陽の光が明るくて暖かいんだったら、太陽と地球の間の宇宙空間は明るくて暖かいはずです。ところが、ここは真っ暗で、冷たい。なぜかということです。

地球の周りに空気があるからです。

 


空気で反射すると光と熱が出てくる。反射しなければ光も熱も出てこない。空気がなかったら明るくも何ともない、これと感謝は同じことですよと言っているんです。

反射したら光と熱が出るということがわかったら、感謝したら神のお恵みが出てくる、ということがわかるわけでしょう。

これは本当のことだから、だから人間も感謝しなさいと言うことです。

そうしたら神からいただいているエネルギーが出てきますよ。

<引用終了>


神さまの光は、みんなに平等に降り注いでいるけれど、幸、不幸の違いが出てくるのは、

「感謝の心」を持っているかどうかの違いなのだそうです。

そして感謝に関しては、こうも仰っています。

<引用開始> 引用元


感謝もいまは間違っています。神さまにお願いして、お恵みがいただけたら感謝する。

これは感謝とは違う。

 


これは取引です。これだけお賽銭をあげるから、その代わり神さま、子どもを入学させてくださいという取引ですね。入学したらありがとうございますという。これは感謝でもなんでもないんですね。感謝には理屈はいらない。 

神さまありがとうございますといって、神さまと波長を合わせたら子どもが入学するということなんです。入学したから感謝するのではないんです。感謝したら入学するということなんです。世の中は逆さをやっているんですね。

太陽の光は空気によって反射して初めて光と熱が出るわけでしょう。反射しなかったら光も熱も出ない。感謝しなかったら全然神さまは出てこられないんです。だから反射と感謝とは同じだと言っているんです。

入学させてもらったら感謝しようかと。そんなふうに宇宙の仕組みはなっていない。

反射しなければ出ないんですよ。感謝しなければ出ない。だから感謝しなさいと。

そうすると何に感謝するんですかと言う人がいるんですね。何にと言うときにはもう感謝ではない。それは取引です。

理屈なしにありがとうございますと言えたときが本当の感謝です。そうすると神のお恵みが現れてくる。これが本当のことです。だからよく健康に感謝する。健康でありがとうございました。それは結構なんですよ。でも、そういう人に限って病気になったら感謝しない。

 


たとえばお祈りで自分の病気を 神さま、治してくださいと。ところがお祈りしてもさっぱりよくなりませんという人がいます。それは治らないですよ。私を健康にしてくださいということは、私は病気ですと言っているようなものです。自分は病気だから健康にしてくださいと言うわけでしょう。神さまに私は病気ですと言っているんだから、、

そうかと、そのとおりに病気になってしまう。

 


だからどんなに病気でも、健康でありがとうございますと言いなさいというんです。そうしたら健康が来る。病気を治してくださいということは、私は病気ですと神さまに訴えていることですからね。

<引用終了>


葉室頼昭さんは、死の淵に会った時に、生き方を変える、神さまによる不思議な経験がありました。それは、浪人時代の過酷な受験勉強がたたり肺結核になった時のことです。

ある日、大量の喀血をし担当の医師から死の宣告を受け、両親の待つ東京に帰ることになりました。


 まだ寝台車というものがなく、席を四つとってそこに戸板を敷き、寝かされて東京まで帰りました。 

「僕はそのとき、すべての我欲というものが消えていたんです。医者になりたいだとか、生きたいという思いもまったくありませんでした」

そのとき、ある人が退屈しのぎにと一冊の本を葉室さんに手渡しました。この本が葉室さんに神秘体験をもたらすキッカケとなりました。

「そこには『人は生かされて生きている』ということがえんえんと書いてあったんです」 

死を目の前にして無我になっていた葉室さんは、その本を読んで感激のあまり泣いて泣いて涙が止まらなかったそうです。

そうして汽車の中でずっと泣き続け、東京駅に着いたときには立ち上がる体力もまったくないはずなのにホームに一人で立ち上がっていました。


 その後十日間ほど、その本の中に紹介してあった本を全部購入し、無我夢中で読みました。

すると不思議なことに葉室さんの体力がみるみる回復し、奇跡のように重度の結核が全て消えうせてしまったのだそうです。

「そのとき僕は神を見たというか、神の存在を身をもって感じたんです」

死ぬとばかり思っていたところを神さまに救われた葉室さんは医学部にもどり、何か人様のお役に立ちたいと思ったのだそうです。当時は結核で亡くなる方が沢山いました。結核にかかると隔離されたりサナトリウムと言うところに入れられました。

美智子皇后さまの親友だったハンセン病医師の神谷美恵子さんも、結核で隔離されている時に神さまの光体験を授かっています。

神さまに対する真摯な心、そして感謝の真心、葉室さんは、死の淵でそれに気付き、泣いて泣いて涙が止まらなかったそうです。本当に心の底から生かされている命に、「感謝の心」が芽生えたのですね。

これができた時、私たちは神さまの恵みをふんだんに受けて幸せになれるのですね。そして健康で幸せな時だけでなく、病気であったり、不幸に見える環境の中でさえも「感謝」の心を忘れないようにしたいものです。

 


私たちは一人で生きているのではなく、様々な人や物、神々の「お陰」で生かされていると気付き、感謝できた時、その時こそ、神さまの奇跡が訪れるのかもしれません。

いつも、どんな時も嬉しい時も、悲しい時も、辛い時も、ありがとうの気持ち忘れないようにしたいものですね。




2021年3月30日火曜日

2286「一瞬の幻」2021.3.30

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2021年03月23日記事を紹介します。


一瞬の幻

皆さんは、自分の暮らしと、他人の暮らしを比較して羨んだりすることはありませんか? 

・お金持ちの家に生まれていれば

・もう少し器量が良ければ

・才能さえあれば

・健康でさえあれば 

など。。

ですが、私たちは生まれてくる前に、雲の上で神さまと、今世の目的や、やりたいことを相談し、その目的を達成するのにふさわしい、

・身体、

・家庭環境、

・そして将来起こるであろう人との出会いと別れ、

・事件や事故、病気。

・そして死ぬ時を決めて地上に降りてきました。

  


この地球で、どのような経験をしたいかによって、その経験をするにふさわしい

・金持ちの息子として生まれてきたり、

・病弱の身として生まれてきたり、

・奴隷として生まれてきたり

しています。

全ての人生のストーリーを自分で決めてきました。その経験がしたかったから、敢えてその環境を選んで生まれて来たのです。

ここで例として芥川龍之介が書いた「杜子春」という物語をご紹介します。

 


あらすじをご覧ください。

<転載開始> 転載元 

■杜子春と仙人の出会い

唐の都である洛陽に、杜子春 (とし しゅん)という若者がいました。

彼は金持ちの家に生まれますが、両親が残した財産で遊びながら暮らしており、散財した今では、一文無しの生活を送っていたのでした。

 


ある日、そんな彼のもとに一人の老人が現れて、夜中にこの場所を掘るようにと告げます。 

杜子春はその通りにすると、そこからは黄金が掘り出されました。一晩にして彼は大金持ちになり、これまでは見向きもしなかったような人たちが、屋敷に訪れるようになります。

 


■贅沢と貧困の繰り返しの中

大富豪となった杜子春は再び贅沢三昧の暮らしをし始めます。しかし、やがてはその財産をも使い果たし、以前と同じように一文無しの生活に戻るのでした。

すると再び老人が現れて、金を掘るように告げます。

そして大金持ちになり、またしてもそれを使い果たすという繰り返しを経て、

三度目に老人に出会った時には、杜子春の心に変化が起きていました。

 


お金があればもてはやされるが、一文無しになれば誰も見向きもしないということを知ります。そして人間というものに嫌気が差し、お金はいらないから老人の弟子にして欲しいと頼むのでした。杜子春は、その老人が仙人であるということに気がついたのです。

 


■峨眉山での修行

老人は自らを鉄冠子という仙人であると明かすと、杜子春を自分の住んでいる峨眉山へ連れて行きます。そこで試練として、仙人が帰ってくるまで何があっても口をきかないと約束をします。虎や蛇に襲われても地獄へ落とされても、彼は約束通り何も言いませんでした。

  


どうしても口を開こうとしない杜子春に怒った閻魔大王は、既に亡くなっている彼の両親を連れて来て目の前で苦しめます。閻魔大王に痛めつけられながらも、自分のことを一番に思ってくれている母の心に心を打たれ、たまらず母を呼んでしまうのでした。

 


■仙人が与えてくれたもの

お母さん、と一言叫んだと同時に杜子春はたちまち現実の世界へと戻りました。

実はこれまでの出来事は全て、仙人が見せた幻だったのです。

 


もしあのとき杜子春が何も言わなかったならば、仙人は彼の命を奪っていたと言います。

これからはもっと人間らしい正直な暮らしをするという言葉を聞いた仙人は、杜子春に一件の家と畑を与えて去って行きました。

<転載終了>

 


お金持ちになって、贅沢三昧をし、それに釣られて沢山の人が集まり、お金が底をついた途端、誰も見向きもせずに離れて行き、地獄でいじめられる両親の姿を見て、何も持たない惨めな自分であるのに、それでも、自分を大切に思ってくれる両親の姿

これら壮大なドラマが、実は一瞬の幻だったのです。 

 


もしかしたら、私たちの人生は、一瞬の幻、夢物語かもしれませんね。

農民から、一代にして太閤殿下に上り詰めた豊臣秀吉の辞世の句は・・・

「露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢」です。

天下統一の目前まで行った織田信長の好んで使った詩は・・・

「人間50年 下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり」でした。

生きているうちに、あのような波瀾万丈(はらんばんじょう) を生きた人たちでさえ、

死ぬ間際に気づいたのです。

人生は、一瞬のことであり、人生は、夢、幻であった。人生とは、単なる役割に過ぎなかった。私たち人間は自分の見たいものを見て、経験したいものを経験し、みんなが、実際は同じ世界に居ながら、全く異なる経験をしてます。同じ世界に暮らし、同じように生きているのに、それぞれの心の状態によって 

・ある人は地獄に住み

・ある人は幸せな天国に住んでいます。

同じ世界に暮らしているのに・・・ 

私たちが見る世界、聞く世界、経験する世界は、私たちの心の反映です。 

私たちの心の状態を正確に映し出した世界に、今住んでいます。

ゆがんだ世界に生きているのであれば、心のどこかに ひずみ があるからです。

空海が仰ったように私たちは、生きながらに、天国にも、地獄にも住むことができるからです。これを空海は、即身成仏という言葉で教えてくださいました。

あなたは、今天国に住んでいますか?

それとも地獄のような苦しみ、疑心暗鬼の渦巻く世界に住んでいますか?

  


全ては私たちの心ひとつが作り出した世界です。

皆様がどうか、生きながら天国に住むことができますように。

周りの方と、お互いさまの心で助け合い、笑顔で暮らしていくことができますように。

生きている世界は、まったく同じなのです。

ただ、様々な出来事を、どのように受け取るか だけの違いで、まったく異なる世界に投げ出せれます。

・良きことも、悪しきことも、感謝の心で受け取っているか

・不平不満、悪口、嫉妬、憎しみの心で受け取っているのか 

人生は、夢、幻の世界 私たちは、自分で決めた人生ストーリーの役者

もともとは、純粋で優しい魂の持ち主です。 

いつでも、役柄を変え、心根を変えることで、天国に住む準備ができています。

自分は天国に住むと、決断するか、しないか?

 決断すれば、すぐに世界は変わってくることでしょう。



2021年3月29日月曜日

2285「宇宙根源神ヤハウェ2」2021.3.29

――私たち一人ひとりが「ヤハウェ」そのものだったのですね!

 

こんな単純でシンプルなことが、ずっと封印され隠されてきた。そして一番重要なのは、

「新型コロナウイルス」の「コロナ」とはもちろん「567」であるのと同時に、まさに「666」のことであるということです。

 

――このことを受容できるかできないか?ものすごく分かれるのではと思うくらいすごいことだと思います。

 

分かれるどころではなく、同じ地表世界を共有しながらも、まったく違う世界を見ることが

一層顕著になってくる。おそらくこの「コロナ」のことを形を変えた「ヤハウェ」の一局面であるなどと言う人はこの世界で私だけだと思うのですが。

そして、この「コロナ」がヤハウェならば、つまり、新型コロナウイルスと「私」はじつは、

同一存在であったのだということと対面することになるわけですよ。

そしてこのことにトランプ大統領が一枚噛んでるということ。だからもはや三次元の範疇を超越しちゃってるってこと。

 

――まったく想像だにしないコロナ解説ですね!

 

その「コロナ」騒動を、何年も前から計画し、地球上のカバールDS掃討作戦の根幹を担う

ひとつの戦略として位置付けてきたのが、じつはトランプ大統領勢力だったということ。

 

――私たちの与り知らない未知なる計画が存在していたということになりますね。

 

つまりですよ、「コロナなんか茶番に過ぎなかった!」「コロナなんか存在しない!」と、かりそめの「覚醒」を味わった先に、さらにその「向こう側」があるのだという痛烈な予感が押し寄せてくるのがわかりますか?

もちろん「茶番」は「茶番」なのですよ。でもそれだけでは片付けられないとてつもない深淵があるということなのですよ。つまり、あなたはそのどこまでを認識し、理解し、読み解くことができますか?ってことですよ。

 

――これはもう只事じゃないし尋常じゃない何かが動いているということですね。

 

私はすでに「善と悪」とか「光と闇」とかいう二元論で語ることはないのですが、ここで敢えて思想をデチューンして申し上げるならば、じつはなんとまさかまさか、「新型コロナウイルス」は「光」の側、「善」の側、「正義」の側だったのだということです。

 

――そういうことになっちゃいますよね!

 

これを受容できるかできないかは個人による様々でしょう。でも私は常に、「私はまだ何も知らないのだということを知っている」という「無知の知」をできる限り実践しているのです。私は己を「覚醒した」だなんて思わない。常に不完全で未完成で何事も未達だと思っています。

 

――「無知の知」って本当に大事なことなのですね。

 

だって「ソーシャル・ディスタンス」って、まさに縄文スピリットそのものですもんね。

カバールたちこそが、これまで三次元物質的な「絆」、「繋がってる」、「みんなひとりじゃないよ」、「寂しくないよ」、「団結しよう」、というもので、私たちを騙してきたわけですよ。

だから私は最近はこう言っているのですよ。「縄文ディスタンス」って(笑)。

 

――「縄文ディスタンス」って聞いたことがあるようでないですね!

すごくシンプルですがこれまで無かった斬新な考え方だと思います。

 

「ひとつ」であるヤハウェを裏切り、封印し、二元性を創造した張本人たちが私たちにウソの「ひとつ」を提案し続けてきたという洗脳の歴史だったわけでしょ。

まあ「洗脳」と記号化しちゃうと陳腐化してしまうけど。

 

――スピリチュアルの分野はまさに「見えない世界」であり、「精神世界」を扱うわけですから、もしかしたら、そういった洗脳的なものが一番用いられていたかもしれませんね。

 

そのひとつが「ONENESS」(ワンネス)だった。「ワンネス」はスピリチュアルの世界においては圧倒的な説得力をもって君臨してきた言葉でしょ。

「ワンネス」って「一体感」という意味ですよ。または「単一性」「同一性」という意味ですよね。「~NESS」というのは「接尾辞」ですから、「~のような状態」を意味します。

つまり、「ONENESS」とは純粋なる「ひとつ」ではなく、「ひとつの状態」と、どこか俯瞰して眺めている。

「一体」だとは決して言っていないし、「単一」とも「同一」とも断言していない。

まあこの「ONENESS」という言葉には確かに「ひとつ」という意味もないわけじゃないけど、

本当にひとつなら「~NESS」じゃなくて、ハッキリと「ONE」だけでいいわけじゃん。

全部「~性」とボヤかした曖昧なものなのですよ。

つまり、「ワンネス」というのは「ひとつ」とは決して言っていない。「ひとつっぽい」という限りなくあくまで近似的な表現であって、それは断じて「ひとつ」ではないということです。そんな「ワンネス」に私たちは陶酔してきたわけでしょ。

100%ピュアで清浄な水に一滴だけ汚れた水が入れられていたということ。

 

――言葉ひとつにしても本当は厳密さが求められるわけですね。特にスピリチュアルの分野では抽象的な概念が多いのですから、どういう動機でどう定義してどう用いるか?ということはもっと考えられていいですね。

 

動機に均衡した言語しか現れてこないし、意識レベルに相応した意味の解釈しか知覚できないから。

カバールDSは、根源的なヤハウェとの「ひとつ」を隠蔽し封印した状態で、表層的なエセ「ひとつ」をもって繕って、恐怖と欠乏に立脚した物理的な絆を推奨してきた。

みんな素直だから、それこそが本物の「ひとつ」だと勘違いし続けてきた。

電通的ムーブメントってやつですね。本当の「ひとつ」はそんなもんじゃないわけよね。

桁が違うわけですよ。それはもう凄まじく「圧倒的」なスケールであるわけです。

しかしそれがまったく知らされていないのね。

 

――その圧倒的なものが近々現れて来ると思うと、本当に楽しみなのと同時に緊張もしますね。

 

私は毎日、毎秒、常に、「次の瞬間に椅子から転げ落ちるような衝撃的な事実に直面するに違いない」という立場と態度で臨んでいるわけですので、そのためには何よりも、

「完成した自己」というものこそがそれを阻害する最大のものであると理解しています。

自己を完成させちゃうと何が起きても無反応になってしまう。

 

――その態度は一般の私たちにも必要ですか?

 

もちろん必要ですよ!トランプ大統領がやっていることはすでに人智を超えた多次元的なものだとわかってきました。それを「対岸の火事」の如く他人事と考えちゃダメ。それは早晩、私たちにもやって来ます。圧倒的な本物の「ひとつ」が眼前に迫ってくるということ。

 

――ものすごい瞬間を目撃するということですね。

 

それは「内側」の世界である、目の前の三次元物質世界において表出するだけだと思ったら大間違いで、それは私たちの「外側」である、内在の宇宙において、全人類一人ひとりの精神において起こるのだということ。

つまり「目撃する」というより「体感」するのだと思います。

 

――自己と真剣に向き合わなきゃならない時が来るのですね。

 

宇宙、地球、世界、そして「私」は、フラクタルに呼応し対応しています。

今、トランプ大統領たちが世界でやっていることは、じつは私たち一人ひとりの宇宙で起こることです。それは地球の有史以来最大のものです。

そして、忘れちゃいけないのは、その「最後の最後の総仕上げ」が、この「日本」なのだということを忘れないこと。私たちは、まだ見ていないこと、まだ知らないこと、ずっと思い過ごしてきたこと、わざと見なかったことにしてきたことがたくさんあります。

 

――日本においてはこれからが本番だということですね?

 

これらの「落とし前」をせずに、「新しい時代へ」などとウマい話はないのです。

すべての人に、等しく遍(あまね)くピンポイントで、己と真剣に向き合わなきゃならない時が来ます。その世界最大級のものがこれからこの日本という国の中で、さらに明治維新以降に張り巡らされた「幻想」が盛大にアラハバかれていくことになるわけです。

 

――うまく誤魔化してノリで行っちゃうことはできないということですね!

素晴らしいことが向こうから自動的にやって来るわけじゃない。

 

その大峠を自らの力で乗り越えていけるかいけないか。

バラ色の未来、桃源郷はその峠の先に見えてくると思います。

 

――澤野さん、ありがとうございました!!

 


  娘クリエイトの『かがみもちちゃん』再登場!

 

このかがみもちちゃんの図、オールパーフェクトなのがおわかりになりますか?

私たちは、お正月に壮大な宇宙そのものをお供えしてたわけです。

ミカンを666「人」とすると、逆ミカンの構造もわかってきますよね。

宇宙に出るために、ロケットもスペースシャトルもいらない。

広大な宇宙の本当の姿とは、666である「私」であるのだから。

 

宇宙人とは、どこかの惑星から船に乗ってやって来た存在ではないのです。

宇宙人とは、「私」そのもの。私は宇宙なのですから、私こそが宇宙そのものであるということに他なりません。

宇宙人という概念自体が、宇宙をまったく理解していない人が生み出した幻想です。(かつての自分に言っています)本当の宇宙666「人(かがみ)」宇宙根源神であるヤハウェを封印するための罠であったということです。

 

よって、人類の覚醒の根幹を握っていたのは、物理的に大宇宙へ飛び立つのではなく、意識を格段にアップする変化、「私」666という宇宙の基本情報を知覚する、ということだったのです。

そして澤野氏の提唱する「ひとつ」は「ワンネス」とは全く別の理念だということ。これに「気付く」ことが本当の「ミロクの世」への岩戸開きではないでしょうか。

宇宙の本当の姿さえ気づけば、これまでの社会構造がガラガラと音をたてて崩壊し、もはやこれまでの支配体制が消滅します。トランプ氏と澤野氏コラボによる多次元的人類総覚醒プログラムですね。

 

宇宙が誕生して138億年経っているとも言われている中、今、トランプ大統領たちが世界でやっていることは、じつは私たち一人ひとりの中の宇宙で起こっていること。

それは驚くべき、地球の有史以来最大のもの。一人ひとりの意識変化によって、新世紀が創造されるということです。

これから、今まで見たことも経験したことも無いような想像を絶するまさかの展開を目の当たりにすることになるでしょう。澤野さん、強烈な気付きをありがとうございました。

 

【青森講演会第⑧回のお知らせ】

澤野大樹(さわの・たいじゅ)氏 2Days.講演会 弘前×八戸第⑧回

★2021年4月3日(土)「弘前」★

★2021年4月4日(日)「八戸」★

のお申込・詳細はこちらからどうぞ。(今回より、当日参加はございません。)



2021年3月28日日曜日

2284「宇宙根源神ヤハウェ1」2021.3.28

 今回は「宇宙の中心で愛を叫ぶ」さんの2021年3月25日の記事を2回に分けて紹介します。

 https://ameblo.jp/riyanmichaki/entry-12664401663.html


コロナ567と救世主「Redeemer」666は宇宙根源神ヤハウェ!

こんにちは。澤野大樹氏青森講演会主催小野裕美子です。

 

「低層四次元と日本のDS(後半)」記事へ行く前に、新型コロナウイルスについて疑わしき報道もあり、そして県では未だにクラスターが発生しております。『青森講演会第⑧回』も間近に迫っていることもあって、澤野さんに緊急インタビューしてみました。

  

――新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が解除となり、各地の繁華街ではたくさんの人出で賑わっているようです。ちょうどお花見の時期直前の解除となりましたが、日本政府としては東京五輪の強行を見込んで、聖火リレーにお墨付きを与えたのだと思います。

新型コロナウイルスが存在しないという意見も多く見られます。

この件について澤野さんはどう考えておられますか?

 

まず私たちがしなくてはならないこととは、「新型コロナウイルス騒動とは果たして何なのか?」ということを精緻に理解することです。

 

――メディアを通じて一般に報道されている情報がかなり操作されたものだということを

認識するだけでなく、いわゆる「裏情報」的なものに対しても精査しなきゃならないということですか?

 

最初は中国の武漢から撒かれたバイオ兵器だと思われました。

続いて、米国大統領選挙において、郵便投票による不正選挙に合理性を持たせるための、

バイデン勢力による謀略であると考えられました。

そしてさらに続いて、トランプ大統領勢力によるカバールDS掃討作戦、すなわち「第三次世界大戦」を霊的領域で行うために、三次元現実世界向けの「戒厳令」の代用として、

世界中の人々を自宅待機させるための方便として、「新型コロナウイルス騒動」という「幻想」を、すでに陥落済みの全世界のメディアを通じて伝播させたというところまで見えてきました。

 

――それはつまりコロナ騒動の発端とは誰が何のために行ったものだというのでしょうか?

 

つまり、これはですよ。「新型コロナウイルス騒動」自体が、じつはトランプ大統領勢力による壮大な三次元向けの「幻想」であったということがわかってきました。

全世界のメディアを駆使して「動物園からライオンが逃げた!」と言った。そして世界中の人々が自宅待機となった。テレビではライオンに襲われて倒れる人の映像が流された。

 

――たしかにコロナは「ライオンが逃げた」と同じ構造ですね。しかもそれはトランプ大統領側によるものだったということですか?それはさすがにぶっ飛んだ話しですよね。

 

これは冗談抜きに「椅子から転げ落ちる」レベルであり、まさに青天の霹靂的衝撃であるわけですよ。もちろんこうなるのであれば、この先もさらに新たな事実が判明していき、それこそ「前言撤回」的なことになるような事態が起きることは余裕を持って予想されてきます。

日を追うごとにそれまでまったく知覚できなかった事象への解釈がフワッと浮き上がってくるような感覚ですかね。

 

――すべてはカバールDS掃討作戦のための「幻想」だということですね。その作戦はもう完了したと見ていいのですか?

 

私が軽く感知しただけでも、少なくとも2013年の時点で、トランプ大統領勢力による

「カバールDS掃討作戦」はとうに始まっていたと思われます。ここで「思われます」と申し上げたのは、今振り返れば、そうかあの時すでに始まっていたのか!と膝を打つケースがたくさん出てきたからです。

掃討作戦はマスク着用が解除された国や地域ならば完了したと私は見ています。

しかし日本ではまだそうなっていませんね。

先日、名古屋講演会でそのあたりを詳しく述べましたが、日本のDSはきわめて厄介なのと同時に、その頂点であるがゆえ、その「処理」が大変に面倒なのでしょう。

 

――それはその掃討作戦が「三次元物質世界」のみならず、多次元領域にまで達しているからだということでしょうか?

 

トランプ大統領はもはや、私たちが信じて疑わない「三次元現実世界」内においての敵と味方による対立というような二元論的「戦争」など行っていないことがわかってきました。

今行われている(行われていた)その「戦争」というのは、すでに数年前に疾(と)うに完遂していた。ただそれには条件「※」が付きます。(※日本以外の諸外国のDSに対しては)と。彼らは日本のある地域を「新しいエルサレム」とする算段でした。そのために彼らは物質的な建設と同時に、霊的なセキュリティまで張り巡らせていたということでしょう。

 

――「マスクをしてください」というのはバイデン側による独自の主張ではなく、トランプ大統領サイドに命じられて演じられているということですか?

 

おそらくそうなのだろうと私は思います。そうなりますと、「マスクをしなさい」というのは、じつはなんと、トランプ大統領勢力側が、この三次元現実世界において仕掛けたものであり、呼び掛けたものだったということです。

 

――それは衝撃的な見解ですね!

 

「コロナ」とは「567」ですね。詳細は省きますが、「567」とは「369」であり「666」のことです。「567」はミロクと読み、「369」もミロクと読み、「666」もミロクと読みます。

 

――「コロナ」の霊的な意味ですね。

 

「コロナはインチキだ!」と吐き捨てることはじつに簡単ですよね。でもその「コロナ」にはきちんと霊的で多次元的な意味があります。ということは、その霊的で多次元的な意味を汲み取ろうとせずに無視するという姿勢には少し違和感を抱きますよ。 

「666」はローマ・カトリック「バチカン」にとって不都合な数字です。だから、キリスト教をクリエイトしたパリサイ派のパウロたちは、新約聖書「ヨハネの黙示録」に「666」を「獣の数字」として忌避(きひ)しました。

しかし同時に、

「ここに知恵がある。思慮ある者はその獣の数字を数えなさい。

その数字は人間をさしているからである。その数字は六百六十六である」

と、ある意味「逃げ道」を用意しました。

ハッキリ書いてありますでしょ。「666は人を指す」と。

つまり「666」というのは私たち自身のことなのですよ。これは無視できるものではありません。そしてその「666」の別形態が「567」(コロナ)なのです。

 

――そうなりますとちょっと意味が変わってきますよね。「コロナ」を、人の考えし“アタマ”による判断で切り捨ててしまうことは、もしかしたらものすごい大きな過ちとなってしまうかもしれないということですよね?

 

まさにそのとおり。「666」とは「6」が「3つ」ということです。五十音(あいうえお順)で「6番目」は「か」です。「666」とは「かかか」のことであり、つまり「か」が「3つ」ということです。「か」が「3つ」とはつまり、「かがみ」ということです。

「かがみ」とは「鏡」のことです。

 

――それは澤野さんがもう20年前から何度も何度も言っていることですね。

 

人は眼球の前後でじつは次元が違います。目の前にあるモノは三次元物質であり、しかしそれを理解し認識する意識は目には見えない多次元領域にあります。眼球を境(鏡)として次元が異なるのです。これはきわめて単純なことですが、きちんと考えていきますと、鳥肌が立ってくるレベルですよね。

 

――はい。私たちの中(外)に三次元も多次元もどちらも最初から含有されていたということですよね。

 

つまりですよ。私が何を言っているのかわかりますか?

 

――はい、なんとなくわかります。衝撃に備えたいと思います。

 

「新型コロナウイルス騒動」が世界を席巻していますが、これ、つまり「666」が降臨しているということですよ。この「666」は当然、私たちにとって「悪魔」などではありません。それはもうみんなわかってきているはずです。

じゃあ、その「666」とは何か?

「666」というものは、カバールDSの牙城であるバチカンにとって悪魔であり最悪の存在であるということですよ。少し詳しい人にはそれは「ミロク」(弥勒菩薩)と映るでしょう。

 

――まさに「コロナ」は、「まだ見ぬ未来仏である弥勒菩薩」と表現される末法の世の最終局面で降臨するという「救世主」(Redeemer)の象徴である可能性が高いということですよね!

 

そうそう。「コロナ」とは「有翼日輪」のことです。有翼日輪とは「Halo」(ヘイロウ)のこと、「後光」のことであり「光輪」のことです。そんな「光輪」が文字になったものが「卍」でしょ。

 

――弘前市の市章も「卍」です!!

 

「卍」という文字は本来は「○」の中に「十」を入れた「まる十字」ですね。これは島津のマークでありますが、そこで終わっちゃいけない。「まるじゅう」は分解すると、「一」+「十」+「○」というように、文字が三重になっていることがわかります。

 

――ノストラダムスが言った「三重の都市」みたいですね。

 

そうそう。つまりこれ、「一」「○」「十」のことなのですよ。

 

――言われてみれば確かにそうなりますね!

 

「一」は「い」 「○」は「わ」 「十」は「と」 です。つまり「まるじゅう」とは「いわと」と読みます。「いわと」とはまさに「岩戸」のことです。

 

――「岩戸」はみんなが探しているものですよね?

 

では「岩戸」とは何でしょうか?

「岩戸」とは「18戸」と書きます。「18」は「666」のことですから、「18戸」とは「666の扉」という意味ですね。「666は人を指す」わけですから、「岩戸」とは人の何かを開く扉なのだということです。

 

――それがトランプ大統領が今行っている、全人類意識覚醒計画の秘密を解くための鍵になりますか?

 

なるなる。世界人類の精神世界を支配し、牛耳ってきたローマ・カトリック、つまり「バチカン」には「サン・ピエトロ広場」があります。

「聖ペトロの広場」です。「PETRO」(ペトロ)とは「岩」という意味です。

「PETRO」は同時にアナグラムでもあります。「PETRO」を並べ替えると、「PORTE」となります。「PORTE」とは「戸」「扉」という意味ですね。

つまり、「PETRO」(岩)と「PORTE」(戸)で、「岩戸」という意味なのです。

ここが三次元現実世界という「幻想」を司っている「岩戸」の総本山なのだということです。

 

――三次元の「岩戸」と、多次元の「岩戸」と、ふたつの岩戸が存在するということですか?

 

そうそう。そして、このバチカンという地は、かつてのミトラ教の聖地の上に建てられているのですよ。ミトラ教のミトラとはまさに「ミロク」(666)のことです。

「666」とは「か」が「3つ」ですから、「かがみ」であるわけですが、

「かが」とは蛇の古語ですので、「かがみ」とは「蛇身」となります。

つまり、「666」とはじつは「とぐろを巻いた蛇体」という意味なのです。

 

――まさに「かがみもちちゃん」ですね!

 

そうそう。しかも「みかん」が頭の上に乗ってるしドンピシャだね。いわゆる「日本人」の多くは、お正月に「鏡餅」を供えますね。「鏡餅」とは「蛇身餅」であり、あれは「とぐろを巻いた蛇」ですよね。ほとんどの人はこのことを考えたこともないと思います。

鏡餅は見紛う事なき「蛇体」なのです。現代の私たちは、鏡餅の本当の意味すら忘れて、

ただ無意識のうちに、お正月にはスーパーで買ってきた鏡餅を供えて、それで満足していたのです。でもそれは明らかに「蛇体」そのものだったということです。

日本に居住する人の多くが、無意識のうちにお正月に「666」(かがみ)を供え祀り、新しい年の決意を新たにしていたのだということ。

 

――みんな知らずに「666」と共にあったのですね!

 

またチャクラの話をしましょうか?ヨガの世界では、第一チャクラと呼ばれる場所、人の尾てい骨付近に眠っていると言われている宇宙根源の生命エネルギーのことを「クンダリニー」と呼んでいますよね。このクンダリニーの生命エネルギーは、人の尾てい骨のあたりにあって、それは「とぐろを巻いた蛇」として象徴されています。

 

――私たち人自体が「666」であり、さらに人体の要にも「666」が鎮座していたのですね。

 

「とぐろを巻いた蛇」とは「宇賀神」のことであり、「ピラミッド」のことであり、それは「蛇体」ですから「鏡餅」のことであり、さらにそれは「かがみ」ですから、まさに「666」そのものであると言えます。

このことから、「その数字666は人を指す」というヨハネの黙示録の記述の意味が理解できるのです。つまり私たち一人ひとりがじつは「蛇」そのものであったということなのです。

 

――よく考えたらそもそも「精子」って蛇体そのものですよね。

 

そうそう。しかし、中央集権体制による全世界集金システムおよび、全人類の精神の支配管理において、そのことはまったくもってタブーとされてきたわけですよ。

人が自らを「666」であり、宇宙そのものであるだなんて悟ってもらっちゃマズい。

だから聖書では徹底的に「666」を忌避した。

 

――もっとも大事なことを封印してしまったのですね。

 

「666」とは「とぐろを巻いた蛇」であり、生命エネルギーそのものの象徴であり、さらにそれは「宇宙そのもの」を意味しています。

「宇宙そのもの」であるということは、つまり「666」とは「ヤハウェ」そのものであるということです。そしてそれがなんと「人」なのだということです。

つまり私たち一人ひとりが「666」そのものであり、「ヤハウェ」そのものなんだよという、

ごくシンプルでありながら、驚愕の事実が最初から私たちに示されていたのですよ。



 

2021年3月27日土曜日

2283「高貴な魂」2021.3.27

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2021年03月22日の記事を紹介します。


高貴な魂


今日は、お子様の病気、事故などと、親との関わりについて書きたいと思います。

生まれながらに病気を持って来る子もいれば、ある時期に病気になる子もいます。

早くに亡くなる子もいます。

それらは全て生まれる前に計画し、そして神様の承諾を得て生まれてきました。

この宇宙の出来事で、神さまの承諾無しに起きることなどないからです。 

生まれる前の記憶を持つ子供達 彼らが語ったことは、人生で起こる全ての出来事は、

生まれる前に全部決めてから、生まれる と言うことです。 

となれば、

・友人間のいざこざ、憎しみ

・会社の中のいざこざ、憎しみ

・家庭の中のいざこざ、憎しみ

・人との出会い、分かれ

・病気になる時期

・事故に遭う時期 

・貧困に陥る時

・光り輝き皆から注目を集める時期

・死ぬ時期 

全ての全てが、生まれる前に決められた事項であると言うことです。 

生まれる前から人生のトピック(病気、事故を含め)と、それに遭遇する時期を決めて、

そして家族や友人良き人、行く手を塞ぐ人、意地悪する人、助けてくれる人など、登場人物に(お願いして)生まれてきました。 

家族を含め、いろんな人々の中で私たちは、

・悩み苦しみ、

・そして喜び、

・愛を育みます。

いろんな感情を味わいます。 

泣いたり、笑ったり・・

  


子供が病気になったりすれば、親はどれほど心配し、嘆き悲しむことでしょう。

 強い感情を味わいます。時には自分の命と引き換えに、、そう思うかもしれません。

また自分の悪いところがデフォルメ(強調)されて周りの誰かが表現してくださるでしょう。(特にお子さんが、)自分の良いところを通じ美しい友情や、愛を育むことでしょう。

人々が喜ぶでしょう。 

そして、私たちが、その経験から学び、生まれる前に計画してきた学びが終われば、

その関係性も終わりになります。なぜなら、生まれる前の約束を果たしたからです。

その後は、自然と離れることもあれば、 

生まれる前に居たところ(天国)と同じ関係性のように、美しい友情と愛と思いやりで、

後の人生を過ごすことになるでしょう。

家族の場合なら、関係性が変わらずとも、問題だと思っていた事項が、全く気にならなくなることでしょう。

それは、ブッダが般若心経で教えてくださった、全てを受け入れることができたからです。 

私たちが苦しむのは、起きてきた出来事(本当は自分で計画したこと)に対し、気に入らない、受け入れられないからと、抵抗し、何とか、自分の思うようにしたい、そうもがくために起こります。

本来、その出来事は、自分の魂の成長のために、自分で設定してきたものなのに、善か悪かと、ジャッジして受け入れようとしないからです。 

自分で自分の人生に埋め込んだ出来事は、自分を破滅させるものではなく、一時は苦しいかもしれませんが、その現実を受け入れ、感謝できた時に、美しい喜びに変わります。 

それは、ご自分自身が、受け入れ、変わることができた時です。

神様は、それを一番望んでいらっしゃいます。

問題だったことが問題ではなく、魂を輝かせるための研ぎ石だったと気づきます。 

目の前の出来事は、家族の誰かのせいではありません。真っすぐに自分に向かって起きています。生きているうちは、簡単には、その理由などわかりません。

ですが、その出来事を通じ、苦しみ、悲しみ、悔しさを味わい、経験することができます。

その経験を、不平不満、愚痴、悪口で反応する人もいることでしょう。ですが、その出来事は神様が起こしてくださった出来事、そう認めることができたなら、感謝で受け入れることもできるかもしれません。 

特に、家族間の場合、他人には出せない甘えや、性格の中に潜む幼児性が出やすいものです 

その結果、世の中には、家族間の憎しみのゆえに起こる事件が多いのです。 

ですが、それも、当事者であった家族の誰かの学びが終われば、段々と解決、つまり温かな、愛の関係に戻って行きます。もしくは、問題ではなくなっていきます。

マザーテレサや小林正観さんが言うように全ては自分がどう生きるかにかかってきます。

家族を含め、他人は変えることはできません。私たちが、そこから気付きを得て生まれる前に予定していた 学び・課題が終われば、つまり、自分の意識さえ変われば・・

心の持ち方が変われば・・・全ての状況は解決に向かうのです。問題ではなくなってきます。 

お子様の病気やケガは、親にとって本当につらいものです。ですが、その辛い状況を、あえて子供たちは引き受けて、生まれる前の約束を果たそうとしてくれています。

その状況を、私たち親が経験することで、もしかしたらブッダの般若心経の神髄を心から知ることができるかもしれません。

全ての、モノ、出来事に感謝の心を向けることができるかもしれません。

  


感謝の心を手に入れることは、容易なことではありません。何百回、何千回もの生まれ変わりが必要かもしれません。ですが、病気やケガを、自分の人生に計画してきた子供たちは、

親の私たちに、辛く悲しい経験と引き換えにその尊い「感謝の心」に気づかせてくれるために、それを計画してきたのでしょう。 

そのような高貴な目的をもって生まれてくれた子供たちの魂に対し、私たちは、何時までも嘆き悲しみ、不平不満、愚痴、世の中を呪う言葉、自己憐憫(自分を憐れむ気持ち)の地獄に居ては申し訳が立ちません。心が変われば、見える世界、見えない世界ともに変わります。

どうぞ、勇気を出してください。全ては、心が変わることで、変わっていきます。

いろんな環境の中での学びとは、、沢山あるでしょうが、エッセンスは全て同じことです。 

お互いさま、お陰さまの気持ちで、相手を尊重し、相手のやり方、個性を受入れ、認め 

批判しない、周りの状況に不平不満、愚痴を言わない、全ての物、こと、人に感謝する。

私たちは、全体で、この宇宙を構成し一人として無駄な者はいない。

全ては繋がり、あの人も、この人も、この犬も、猫も、花も木も、お日様も雲も、風も雨も・・

全ては、私たちと同じ意識を共有している。私たちは切り離せない、一つのもの。

私たちが生まれて来た目的は、そう気付くことだったかもしれませんね。

   


お父様、お母様が、それに気づき、笑顔で、感謝の気持ちで生活していらっしゃれば、

きっと最速で、その出来事の隠された目的は達成されて、問題だと思っていた出来事も、

本当は感謝だったと気づくことでしょう。



2021年3月26日金曜日

2282「縄文回帰」2021.3.26

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2021年03月19日の記事の冒頭の部分と、

2021年03月21日の記事を紹介します。


生まれて来てくれてありがとう 2021年03月19日


昨年は、フランス革命に匹敵するほどの人々の価値観が、がらりと変わる年と言われていました。確かに大きく私たちの無意識の価値観が変わりました。

今迄私たちは、「経済至上主義」の大義名分のもと、

・お金が全て

・お金が無ければ破滅する

・人よりお金を稼げ

など、常に恐怖心を動機として生きてきました。ですが、今時代は変わろうとしています。

精神性の復活の時代、「心の時代」が到来しています。 

天国と同じ価値観で、優しく温かな心の持ち主が、人々から尊敬され、重きを置かれる世の中です。

もしかしたら、その「優しく温かな心」の持ち主の皆さんは過去、沢山の悔し涙、悲しみの涙を流し、それを乗り越えて来た方かもしれません。悲しみ、苦しみは、心を輝かせてくれる研ぎ石だからです。

人類の歴史が始まって以来、人々の平等化や既成権力からの解放は、それを許さない(国常立尊はじめ)神々による力強い衝撃の結果で始まりました。

要するに、神々による建て替え(破壊)です。今の時代では、2010年を境に始まりました。

建て替えの方法は4つです。

・大量動員戦争

・変革的革命

・国家の破綻

・致死的伝染病の大流行

これらは、「平等化の四騎士」と呼ばれます。過去のペスト、コレラ、結核なども、大きな犠牲のもとに、人々の知恵と行動によって(立て直し)人類の平等化が、飛躍的に推進されました。今は、まさに強制的な平等化が進展中です。

そして、その方向性が「心の純化」です。精神の豊かさ、おかげ様、お互い様の優しい心を目指す方々にとっては希望の年の始まりです。 

遅すぎることはありません。心の洗濯を、お勧めします。

(以下省略)


縄文回帰


日本に古く、縄文時代から存在した「神道」の考え方

これは、教祖も教義を持たず、よって宗教とはなりえません。

 古くから日本人が持つ、心のよりどころのようなものです。

そこで説かれることは、

・神々の恩寵は、人間の感謝の心を媒介として現れる

・神職など、職業的な立場の人を媒介とするのではなく、人間が心を清め、神々と直接的に繋がることが大切

など。


これらは、私たち一般人の、今までの常識とは少し異なっていることかもしれません。

ですが、このことは古代から存在している由緒ある神社仏閣では常識とされていた物のようです。

私がこのことを、はっきりと知ったのは春日大社の元宮司、さらに日本の形成外科医の草分け的な存在であった葉室頼昭さんの「神道のこころ」という本からです。

巫女や神職など、人々と、神々の間に入り、仲介することを、職業として行い始めたのは、多分、日本では大和朝廷設立 直前つまり大陸からの好戦的な民族が日本全国を制圧し始める以前の、邪馬台国の時代卑弥呼やその後継、トヨなどの時代からと思われます。 

それ以前の日本は平和で、神々と人々が直接繋がり、世界一、平和で豊かな時代と言われる縄文の時代でした。約1万5千年続いたと言われています。

 

大陸から好戦的な民族、弥生族が来るまでは、争いもなく、所有の意識もなく上下の違いもなく人々、一人一人が純粋な心を持ち、それゆえに、みんなが直接的に、神々と繋がれた時代でした。 

もし、日本古来の神道というものがあるとするならば、それは縄文時代に一般的だった

・物の見方、

・考え方、

・生き方 

そのものです。

そして、それはムー時代の生き方でもありました。

私たち日本人は、縄文の古来より、ムーの生き方を大切に守ってきた民族と言われています。

そして、その精神と伝統は今でも息づいています。

文明の大転換点である今、西洋で始まった産業革命に端を発した利益追求主義、行きすぎた資本主義、骨までしゃぶり尽くす金融資本主義は終わろうとしています。

この終焉を迎えようとしている現在の文明では、人々は、ずっと真実から遠ざけられ、常に不安の中に置かれ、自立した魂の働きが封印されて来ました。

常にお金や権力に頼ろうとし、常に力ある者、能力あるものに頼ろうとする依存、執着の状態に置かれたのです。

それは、彼らが軽蔑の意味で使うゴエム(奴隷)と言われる状態です。

この時代、その仕組みを お手本に大小様々な、依存・執着とそれと一体となった支配が、私たちを、身近で取り巻いて来ました。

この精神構造は宗教でもそうでした。イエスの生きた時代イエスは、宗教など作りませんでした。イエスの死後国王をもしのぐ、強大な権力を握ろうとした者たちにより教会が作られ、戒律が制定され宗教と言う組織が出来上がりました。 

それは、人間の持つ、ピュアな信仰心とは、全くの別物であり、まさに人々を権威と恐怖で縛りつけ他者(教会)に対する依存・執着状態に置き、自分たちを、その対極となる支配する立場に置いたのです。

それが、今まで私たちが置かれていた精神構造でした。本来は、イエスやブッダのように自立した自由闊達な魂の状態で、神仏に対するピュアな信仰心、先祖を大切に思う敬心

そして、生きている人々に対する、 

・お互いさま

・お陰さま

相手の個性、尊厳を大切に思う温かな心、優しい心であったはずでした。 

ですが、この宇宙の大神様が作ってくださった人間の精神が、萎縮させられて来たのです。縄文回帰」が様々な所で叫ばれています。縄文回帰とはこの、依存と執着、そして支配の構造から人間の精神を解放させ縄文の時代のように、人々が、一人一人直接的に神々と繋がる時代を思い出そうと言う大きな運動(ムーブメント)です。

これは、ブッダグループが1,200年単位で、人類に対するアプローチをしている中で現在、実際に行っているアプローチ方法です。 

このブログで何度もご紹介してます通り、ダライ・ラマ、そしてマザーテレサも同じことを仰っていますので、ブッダ・グループの計画を知り、そして協力なさっているのでしょう。

そして、その人類へのアプローチが目指すものは、一人一人の人間の 本当の幸せです。 

私たち人間はしっかりと自分の足で、大地に立ち、例え、貧しくとも、例え、病にあっても清らかな心で、天を仰ぎ、神々に感謝し、そして微笑む時、本当の幸せをかみしめることができるのかも、しれません。


2021年3月25日木曜日

2281「言葉と修行」2021.3.25

今回は「いっぷくからありがとう」さんの2021年03月20日の記事を紹介します。


口から出る言葉と修行


今日は春分の日、朝からお不動様のところで、友人たちとお掃除のご奉仕をさせていただきました。笑顔で参加くださった皆様、ありがとうございました。

ブッダが教えてくださった「させていただく」の精神です。

自分が幸せになりたければまず、周りの人が喜ぶことをする。

宇宙の法則は、自分の差し出したものが受け取るものだからです。

ご神具も、ピカピカになりました。奉仕くださった皆様の純粋な真心を受けますますお不動様や、集まってらっしゃる沢山の神々がお力を発揮してくださることでしょう。

宇宙元旦にふさわしいスタートを切ることができました。

昨年の年末、村の方々もお手伝いくださった大掃除の最中に飛んだ白鷺

 

さて今日は久しぶりに斎藤一人さんのお話をご紹介します。

「悪口と修業」と言うことで、悪口や不平、文句が自分の人生にどう影響するか。

そんなお話です。簡単なお話なのですが、シンプルであるがゆえに真理であり、そして、人がなかなかできないことです。今日も一人さんらしく、優しく説明してくれています。

<引用開始> 引用元

 

不安な人って結局ね、神様を信じてないんです。神様がいるんだってことを信じてない。

でも、この宇宙には歴然たる法則というのがあって、人の悪口を言いながら幸せになるとか、

不安なことを考えながら幸せになるとか、そんなことはできないようになってるんだよ。

一人さんってね、下心なく人のことを褒めるんです。 

それに、お弟子さんが困ってたり、お手伝いが必要だなって人がいたりすると、私は飛んで行って手伝います。

それで一人さんに何かいいことあるんですかっていうと、どういうことが起きるかまではわからないけど、必ずいいことがあるんです。そういうものなんだよ。

ただ、もしごほうびがなかったとしても、お手伝いをした人から喜ばれるだけでいいことだよね。周りの人に喜ばれるだけで、私も幸せな気持ちになれるんです。

この世の中っていうのはね、まずは自分の周囲、簡単に言えば周り近所の人に喜ばれることしかない。

私はいつも「自分も人もゆるそうね」って言うんだけど、人をゆるしましょうって言ったって、それはあなたの周り近所にいる人に対してだけなんです。


別に、ヒットラーをゆるせとか、そういう話じゃないよ。だって、ヒットラーはあなたの側にいないでしょ。あなたの側にいるのは、口うるさいお姑(しゅうとめ)さんだとか、近所のおじさんくらいだよね(笑)。

もし会社が嫌なんだとしたら、会社を辞めちゃえばいいし、嫌な人とは付き合わなきゃいいんだよね。

で、どうしてもその相手と付き合わなきゃならないんだとしたら、それは文句や愚痴を言わない修行なんです。相手がいくら悪口を言っても、自分は言わない。

あのね、嫌なことが起きるということは、ちょっと嫌なことあると人の悪口を言ったりするからなの。自分がそういう性格だから、嫌なことを引き寄せてくるんです。 

人の悪口とか、愚痴やなんかを言わなくなると、人生は必ず変わるよ。

自分が変われば、すべて変わるようになってるんです。

どうしてですかっていうと、神様がそういう仕組みを作ったんだよね。 


あぁ、これは人の悪口を言わないための修業だなってわかれば、人生はパッといい方向へその瞬間に変わります。

この世の中は、人を変えようとするからおかしくなっちゃうんです。私なんて、もし週刊誌で自分の悪口を書かれたとしても、「この週刊誌、売れるといいね」って言います(笑)。

あのね、悪口を言うってことは、自分の畑に唐辛子(とうがらし)の種をまいてるのと同じなんです。

人から悪口を言われて、こっちも言い返しちゃうと、言ったぶんだけ自分の畑に唐辛子の種をまくようなものだから、それを刈り取らなきゃいけなくなる。 

ピリッと辛くて目にしみるような出来事が嫌なんだったら、最初から唐辛子の種をまかなきゃいいんです。 

<引用終了>

 

嫌な人と付き合わなければならないのは・・・・それは文句や愚痴を言わない修行なのだそうです。そして自分自身が文句や愚痴を、言うからそういう人を引き寄せ、あたかも、修業のような場が形成されるのだそうです。 

そして、自分が文句や愚痴を言うことが無くなればもう、そのような状況を引き寄せ、

修業する必要がなくなるため、「嫌な人」が、周りからいなくなるのだそうです。

確かにそうですね。 

自分の周りの状況は全て自分の心の状態を映しています。嫌なことも、良いことも。

であれば、自分の心を「良きこと」で埋め尽くせばもう良いことしか起きず。

良きこと、良き人に囲まれ、幸せの内に暮らせることでしょう。 

まさに空海の仰った生きながら天国に住む・・即身成仏の世界です。 

自分の心を「良きことで埋め尽くす」とはどう言うことでしょうか?

・不平不満、愚痴、悪口を言わない

・全てのもの、人、コトに感謝する

そして良寛さんの「愛語」のお話にもありましたが、自分の口から出てくる言葉は、はっきりとした自覚をもって、 

・人を温かくする言葉、

・明るくする言葉、

・優しい気持ちにする言葉、

・励まし続ける言葉…

そのようにする。。と決心することかもしれませんね。

著名な経済アナリストで、出口王仁三郎の研究者でいらっしゃる藤原直哉さんによれば

出口王仁三郎の大正8年の預言(悪の神、善の神の最終的な戦い)(伊都能売神諭 #207 のことです。)

悪神が滅ぼされるのは酉の年と予言されていますが、それは、2010年の建て替えの後の、すなわち2016年のこと。既にこの予言は成就したのだそうです。

その年の英国のEU離脱決定や、トランプ大統領登場は始まりではなくて最終決着

現在の世界中の大混乱は、その後始末の段階

もう少し混乱は続きそうですが、自分や、周りの人の心を大切にしようとしている人にとっては希望の世界、報われる世界が近づいて来ているようです。

地球創生の神、国之常立神(クニトコタチノミコト)の世です。

どうぞ、笑顔と感謝の心でお過ごしください。


2021年3月24日水曜日

2280「春彼岸」2021.3.24

 2021年3月春彼岸も終わりました。3月20日は春分の日で宇宙元年とのこと。陰陽、善悪、好き嫌いなど2極のバランスが取れるエネルギーが調和すると言います。その日を如何様に迎えたかが1年を左右するので大事な日でした。


 私は54回目の仙台座禅断食会を蔵王遠刈田温泉の宿で行っていました。今回は総勢18名で家族の方が沢山でした。お陰様で3日目の明け食では皆さん順調に大量の宿便出しが出来ました。デトックスが出来て満願成就です。晴れやかに皆さん笑顔で家路に付かれました。


 20日の朝日です。


穏やかな中、座禅を継続し夕方の私の講話の時に地震です。かなり強い揺れでしたが問題なく継続出来ました。しかし、我が中山歯科の私の部屋は又些か散乱でした。


 今回は立花大敬さんの大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」からいくつかのお言葉を紹介します。


264 2021.03.10 

音がしてもちっとも聞こえないというような坐禅はいい坐禅ではありません。

音がしてもうるさいと思わないというような、感情を消し去る坐禅も本物ではありません。

音がして、うるさいと思ってもいいのです。そんなうるさいと思う自分が間違っていると、うるさいと思う自分を押さえ込もうとしてはなりません。

音がする、うるさいと思う、ただそれだけで、そのまま流してゆけば、トコロテンを押し出すように、新しい刺激が次々旧い刺激を押し出してくれるので、自分がいつも「カラッポ」のままだという不思議なあり方が出来るようになります。


277 2021.03.23 

「悟り」とは、自分が自分に落ち着けるようになったところをいいます。何か特殊な劇的な体験をすることが悟りではありません。

「自分が自分に落ち着ける」というのは、「自分が『ありのままの自分』に落ち着ける」ということです。自分が何か別物に変身するということではありません。

私だって、気が小さくて、ちょっとしたことにでもすぐ傷ついてしまうぐらい繊細で、それに人嫌いで閉じこもり体質なのですが、こんな「基本体質」は、今もそのままでちっとも変化していません。

でも私は、そんな自分が嫌いではなくなりました。昔はそんな自分が嫌で嫌でしょうがなかったのですが、今では、そんな自分であることを認め、受け入れ、許し、ヨシヨシと「そのまま抱きしめ愛せる」ようになりました。


272 2021.03.18 

私たちの地上での人生の目的は<意識の拡大>なのです。宇宙全体が自分として感じられるようになるまで進化してゆくのです。

輪廻転生というのも、実は「意識を拡大」をさせるための装置です。

たとえば、あなたがAさんに対して心ない行動をしたとします。それは、あなたの意識の領域が狭くてAさんまであなたの意識が届かず、Aさんの気持ちを思いやれなかったから、そんな非情な振る舞いができたのです。

そんな失敗の行動を反省できないまま死んでしまうと、次の人生で今度はAさんの立場になって同じような体験をすることによって、前世のAさんのツラかった思いをはじめて我が事として思いやれるようになるのです。

このようにして、輪廻転生によって、人は他の人やモノや世界のことを思いやれるようになる、つまり「意識を拡大」してゆけるのです。

しかし、間違った行動をしても、瞬時に誤りに気づき、反省することが出来るようになってくると、輪廻転生の必要がなくなります。そこまで魂が進化してくると、転生は間遠になるのです。

しかし、その頃には、まだ進化過程が未熟な地上世界の人々も、実は私の分身なのだと自覚出来るようになっているので、分身の我が子たちを導くための地上への転生は、人類が進化のゴールに到達するまで続くことになります。


275 2021.03.21 

ロバート・モンローさんは、ある時期に、体から出て、光り輝く存在と出会い、その光の存在の指導を受けながら、いろいろ学んでゆくようになりました。

ところがある時、その光の存在は「もうこれでお別れだ」と言います。モンローさんはびっくりして「なぜお別れなんですか」とたずねます。光の存在は「もう君はこの段階の学びを終えたから会う必要がないんだよ。私は君自身なんだからね」と答えます。

つまり、この光の存在とはモンローさん自身だったのです。

モンローさんの意識の領域が狭く低いので、外側の高次元の存在として出現したけれど、意識の領域が広くなって、もうこのレベルの自分まで、自分の意識の内側に取り込めるようになったので、この光の存在は外の存在じゃなくなった。もう時々出会うのではなく、自分自身そのものとなったのだからずっと出会っている、いつでも必要に応じて内側からはたらき出せるようになったということなんです。


・268 2021.03.14 

私たちの交わりは、清交、淡交でありたいなあと思っています。

清らかで、さわやかで、あまり人の仕事や家庭や、心の内側までズカズカ立ち入らない、淡い、まみずのような交わりであればと思っています。そのまみずの中に、無量の味わいを感じとれる人になってほしいと思っています。

自分が正義と信じることを、その人が迷惑がっているのにも気づかず、のべつ相手に語ったり、どんどん文章を送りつけたりするのではなく、相手のわずかな表情の変化や動作や言葉から、その人の内心の思いを読み取れるほどの思いやりの繊細さを持つ人になってほしいと思います。

何事も行きすぎないよう、やりすぎないよう、すこし物足らないほどでとどめておくのが、万事における秘訣です。

文章でもそうです。百、言いたいことがあっても、一言だけ書くのです。だからこそ、その文に余韻というものがこもって、人の心をうつのです。


・267 2021.03.13 

宇宙いっぱいのものが、こんなちっぽけな、有限の頭におさまるはずがない。

ですから、私たちに出来ることは、その宇宙いっぱいのものを我が頭で、我が手でとらえようという一切の試みを放棄して、その宇宙いっぱいのものに「参りました」と降参することなのです。

すっかり降参して一切の処分をお任せした時、不思議ですね。そんな宇宙いっぱいのものが、私の肉体を通して働き出すようになるのです。無限のものが有限の1コマ、1コマに盛り込まれるようになるのです。


・266 2021.03.12

イノチは決して損なわれることがありません。肉体が朽ちてしまっても、いやそれどころか、肉体がなくなってしまっても、ますます力強く、照り輝いて前進をつづけるもの、しれがイノチです。

肉体が破壊されて、そこらじゅうに四散しても、次の瞬間には、もうそんな出来事なんて、ケロッと忘れて、前を向いて、次の新しい世界へ、もっと広く、もっと澄んで、もっと光いっぱいの世界へとび立っている、それがイノチなのです。


・265 2021.03.11 

「お月さまの教え」と「お日さまの教え」があります。

「お月さまの教え」はこんな風に教えます。

「君は光じゃない。君の外側、はるかかなたに光である偉大な神(仏)さまがいらっしゃる。その神さまがお放ちになっている光を受け、反射することによってはじめて君は輝けるんだ。だから、この偉大な神さまに常に心を向けていなくちゃならないよ。少しでも油断すると、すぐまた暗黒の中に落ち込んでしまうから」

「お日さまの教え」はこんなに語ります。

「君は光源なんだよ。外に光があるんじゃないんだ。君のイノチの内側にものすごい光源があって、その光で宇宙をさえも創りだしているのだ。

君が泣いても、わめいても、ひっくりかえっても、失意のどん底にあっても、その光源の灯は決して消えることはない。

だから、光になろうと思って無理することもないんだよ。ただ、君は君に立ち帰ればいいんだよ。そうすれば、おのずと君のイノチから光が放たれるんだからね」


273 2021.03.19

ヒトは本当は<ひとり>しかいなくて、AさんもB君も、イヌ君もネコさんも…、実はみんな自分なのです。

だから、Aさんが得意なことはAさんに任せ、B君に出来ることはB君に任せ、自分は自分だけが出来る精一杯の生き方をしていれば、それでOKで、そんな自分が自分であることに納得し、許し、愛して、そこにイノチの重心をしっかり据えて生きていさえすれば、結局それが全体のイノチのために最大の貢献をしていることになるのです。


274 2021.03.20 

あの時へ

みんなひとつだった/すべてひとりだった/ひとつの魂であり/ひとりの人であったのに/そのひとつがちりぢりになり/そのひとりがばらばらになってしまった

個となり/孤となり/粉となって

気ままに吹く世間の風に/右に左に翻弄され/散らされてゆく/みんな孤独で淋しい道を歩いている

そんなひとり、ひとりが/みんな私と霊(ち)を分けた兄弟/みんな分身

そうと分かった今/もう道ははっきりしている

みんなで手を取りあって/あの時にもどる/ひとり、ひとつだったあの時

融けあって、あったかい光に満ちていた/なつかしいあの時へ


276 2021.03.22 

人生は、捨て捨て/スタスタ歩む道

一瞬一瞬、ビクビクもので/一瞬一瞬、ハラハラもので

だから、刻々新生で/毎瞬毎瞬輝いている

ハラハラ・ビクビク/ワクワク・キラキラ

人生は、捨て捨て/スタスタ歩む道


・263 2021.03.09

そのままでいいんだよ。地(ぢ)でいいんだよ。ヘタならヘタでもいいんだよ。

君は君のままを表せばいいんだよ。

そうすれば、その作品がきっと人の心に響くものとなるんだよ。


2021年3月23日火曜日

2279「永続的危険性」2021.3.23

 今回は「In Deep]さんの2021年3月16日の記事を紹介します。


新潟大学名誉教授が訴える「新型コロナワクチンの危険性」の内容。これらのワクチンの身体への不安な影響は、場合により「永続的」に続く


改めて理解するファイザーやアストラゼネカのワクチンのメカニズム

新型コロナウイルスのワクチン接種が進んでいますが、メルマガの読者様から、新潟大学名誉教授の岡田正彦さんという専門家の方が「新型コロナワクチンは危険」というタイトルの動画を YouTube に投稿されていることを知りました。動画中に記されている正式なタイトルは、「コロナワクチンの仕組みとその問題点について」です。

昨晩それを見まして、これまで漠然とわかっていたつもりだったファイザーなどの mRNA ワクチンの仕組みや、あるいは、アストラゼネカのウイルスベクターワクチン(ウイルスを運び屋とするワクチン)の仕組みが感覚的に理解できました。

岡田名誉教授は、この動画を基本的には「専門知識のまったくない方に向けて」作られていることがわかります。図や言葉でも難解な専門用語の多くを使っていません。

つまり、それだけ一般の方々を含め他多くの方に伝えたいと考えていらっしゃるのだと思います。

今回はその動画の内容をすべて文字におこしました。

私自身が、いろいろなことに関して、文字でないとどうも頭に入らない面がありまして、そして、この動画はコロナワクチンについてわかりやすく説明されているものとして、「これまでで一番わかりやすい」と思ったこともあり、ご紹介したいと思いました。

それに、ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、現状では、特に海外の場合、SNS でも YouTube でも「ポリシーに違反する」と判定された動画は、それが専門家のものであろうと容赦なく削除、あるいは検索から排除されることになっています(今回ご紹介する岡田名誉教授の動画も検索除外となっているフシがあります)。

ですので、動画がずっと残り続けるかどうかは不明ですので、記録としてこ残しておきたいとも思いました。

岡田正彦名誉教授という方は、調べてみますと、経歴も実績も非常に高い方のようで、そのようなお立場の方が、このように「現在のワクチン状況を公然と非難する」というのは、かなりの決意があってのことだと思われます。

各方面から非難される可能性も、孤立化する可能性もあるかもしれません。それを覚悟しての、強い危機感をお持ちになっての決断と思われます。そして、ここで述べられていることは、ワクチンの瀬戸際にいる「私たちひとりひとりにとって」重要なことです。

これは、接種したほうが良い、とか、悪い、という選択の話ではなく、「このワクチンの仕組みを正確に知っているかどうか」ということが重要なのです。

岡田名誉教授は最後に、「皆様の賢明な判断に期待しています」と述べていました。

なお、この内容に関して、関連するブログやメルマガなどの過去記事にもふれようとも思いましたが、あまり余計な前振り等を書くのも失礼と思いますし、過去記事で取りあげた内容との対比は、他の記事で書かせていただきます。

ただ、先日の以下の記事の内容と照らし合わせていただきますと、岡田教授の持たれる懸念の方向がわかりやすいかもしれません。

医師と科学者たちが欧州医薬品局に提出した「遺伝子ワクチンの承認停止要請の請願書」の内容に見る「本当の危険性」。その書簡の全文 投稿日:2021年3月13日

このワクチンの問題に関しては、もうすでに「全体をどうこう」という話ではなくなっていまして(そもそもすでに世界で3億6千万人以上が接種しています)、個人やコミュニティレベルでのサバイバルの段階です。

早速本題に入ります。動画で使われているイラストなどもできる限り入れています。

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コロナワクチンの仕組みとその問題点について 新潟大学名誉教授 岡田正彦氏

ファイザー社とモデルナ社のワクチン

まず、ファイザー社とモデルナ社のワクチンがどのようになっているのか見ていきたいと思います。

新型コロナウイルスには、表面にトゲトゲの構造(※ 以下、スパイクタンパク質と記します)が存在します。ウイルスは、このスパイクタンパク質をヒトの細胞に接着させて侵入してくることがわかっています。

そのため、世界中の研究者たちは、このスパイクタンパク質を分析すれば、新型コロナウイルスを攻略できるのではないかと考えたわけです。

スパイクタンパク質をコードする遺伝子を人工的に試験管の中で作り(脂質の膜で包む)、それを人工の膜で包んで注射しようという発想となったわけです。

この膜は脂質粒子といい、ヒトの細胞の表面の膜と非常によく似たものです。その膜の表面は、界面活性剤でコーティングがなされています。

 


これを注射するわけですが、筋肉に注射します。

これはかつてアメリカの研究者が、さまざまな方法で注射を試みて、どの方法が遺伝子を一番細胞まで届けることができるかを比較検討し、「筋肉注射が一番優れているから」という結論に至ったことによります。

注射の直後に腕が腫れたり、かゆくなったりすることを「副反応」と呼んでいますが、これは本来の免疫反応であって、副反応と呼ぶのは間違いです。

本来の副作用は、以下のようなものです。

たとえば、脂質粒子の表面にコーティングしてあります物質は PEG (ポリエチレングリコール)というものですが、この化学物質が重大なアレルギー反応を起こすことがわかってきたわけです。

ノルウェーでは、それが PEG のせいだったかどうかはわかりませんが、高齢者施設でこのワクチンを接種した後、33名の方が亡くなったと報じられています。

アメリカでは、36名の方に、出血が止まらなくなる血小板減少症という副作用が起きて、そのうち、医師 1名が亡くなっています。また、これとは別に、66名がアナフィラキシーショックとなり 32名が救急搬送されたという情報がアメリカの学術雑誌で報告されています。

注射した後、この脂質微粒子は、血流に乗って血管の中を流れていきますが、その微粒子が最初に接触する細胞は、血管の内側を這っている「内皮細胞」と呼ばれるものとなります。

以下の図は一個の内皮細胞だと思ってください。

 


血液中を流れてきた脂質微粒子は、ヒトの細胞の表面に接着して一体化し、中味だけが細胞内に入ります。これは、本来目的とする人工のコロナのスパイクタンパク質をコードする遺伝子です。

この遺伝子は、具体的にはメッセンジャー RNA と呼ばれるものです。これが細胞の中でタンパク再生工場に到着し、情報が解読され、タンパク質が合成されます。この場合は、コロナウイルスのスパイクタンパク質(トゲトゲの構造)が合成されるわけです。

これ(スパイクタンパク質)は「異物」であるので、自然の反応に従って、細胞の外に出てきます。

そこで、血流を流れている免疫細胞がこのスパイクタンパク質を見つけて、「大変だ、異物があるぞ」と、これを異物と見なし、免疫反応を起こします。

その結果できるのが「抗体」です。

ファイザー社とモデルナ社のコロナワクチンは、このメッセンジャー RNA (mRNA)が主役となっているというわけです。

本来、このメッセンジャー RNA は、一回タンパク質を作ると役目が終わりになりますので、数分から、せいぜい 10時間程度で(ヒト細胞内の酵素によって)分解されることが知られています。しかし、ファイザー社とモデルナ社のコロナワクチンの RNA は「分解されない」ように改変されています。

一方で、抗体は約 2ヶ月で半減し、3ヶ月でほぼなくなってしまうことがわかってきています。そのため、もし人工遺伝子が短時間で分解されてしまうのなら、3ヶ月ごとにワクチン接種が必要になってしまいます。

しかしさらに一方、もしこの人工遺伝子が半永久的に残るのだとしたら…それは大変なことですね。つまり先ほどの「免疫細胞による免疫反応」がいつまでも起るわけです。

このような病態は、すでにあり、自己免疫病などと呼ばれています。関節リウマチのような病気がそれにあたります。

「自己免疫性コロナ病」というような病名は存在しませんが、もしかすると、そんなようなことが起こってしまうかもしれません。

 


以下のような話もあります。

この治験を担当したアメリカの有名病院の理事長は、モデルナ社の重役を兼任しており、8億円相当の株券を供与されていたというのです。

ファイザー社には過去、数々の論文不正があり、アメリカ連邦裁判所より懲罰金の支払いを命じられています。同社もその支払いに応じていることが報じられています。

このワクチンの原理を発明したアメリカの二人の研究者であるワイズマン( D Weissman )氏とカリコ( K Kariko )氏は、自らワクチン接種を受けている写真を大公開しました。

このふたりの研究者には、会社から莫大な特許料の支払いが 2つの会社から約束されているそうです。

 

アストラゼネカ社のワクチン

次は、アストラゼネカ社のワクチンです。

スパイクタンパク質をコードする遺伝子を人工的に試験管の中で作るまでは、ファイザー社やモデルナ社のワクチンと同じですが、アストラゼネカのワクチンの場合、試験管内で合成されるのはメッセンジャー RNA ではなく、「 DNA 」です。

この DNA を脂質微粒子ではなく、なんと「ウイルス」に包みこんで注射をします。

 


使われるウイルスは、もちろんコロナウイルスではなく、比較的安全とされる AAV といわれる特殊なウイルスの一種だと思われます。このウイルスは、分裂する能力がありませんので、体の中に入っても、感染症を起こすことはありません。これを、筋肉注射します。

ただ、アストラゼネカのワクチンの場合、内容がほとんど公開されていないため、どのような添加物が入っているのがわからないという問題があります。

運び屋(ベクター)のウイルスと人工コロナ DNA を安定化させるための物質がさまざまに含まれていると思いますが、どのような添加物が入っているのはわかりません。

運び屋ウイルス( AAV )は、注射によって血流に入りますが、ウイルスというものは、人間の細胞に侵入することが仕事であるため、この運び屋ウイルスも容易に細胞内に侵入します。

これが血流に乗って、細胞に接触するところまでは、先ほど(ファイザーとモデルナのワクチン)と同じです。

そして、細胞の核の中に入り、人間の、つまりワクチンを接種した人の細胞にある酵素を使って、DNA の一部を切り取って、そこにコロナの遺伝子を組み込んでしまうということをやってしまいます。

しかも、運び屋ウイルスの中には、このタンパク質(コロナのスパイクタンパク)を合成しろ、という信号も含まれておりますので、やがて、メッセンジャー RNA が作られ、これにより、先ほど(ファイザーのワクチン)と同じように、コロナウイルスのスパイクタンパク質が合成されます。

ただし、ファイザー社などのメッセンジャー RNA と異なるところは、DNA ですから、接種した人の細胞の遺伝子の中に組み込まれて、それはずっと残ります。

ですので、絶えずこのタンパクが作り続けられることになります。

したがって、過剰な抗体生産により、その免疫反応も、おそらくさらに強いものではないかと想像されます。

 

さて、ここで、細胞の中での遺伝子の組み換えについて、もう一度考えてみたいと思います。

運び屋ウイルスは、過去、さまざまな遺伝子治療などの実験に使われてきたもので、正体はよくわかっているのですが、ただひとつ欠点があって、それは「どこに DNA を組み込むのか、制御ができない」ということなのです。運び屋ウイルスの行動は、制御できないために、どこにコロナの DNA が組み込まれるか予測不能なのです。

アメリカの研究者が、同じ方法を使って、犬で遺伝子治療の実験を行った報告書があります。人間の遺伝子には、「ガンを促進させる遺伝子」あるいは「ガンを抑制する遺伝子」などがあるわけですが、そのすぐそばに組み込まれたことを発見したと報告されています。

実験を繰り返していれば、がん促進遺伝子の中に組み込まれていたおそれもある。

したがって、この研究者は、「実験に使った動物を、これから 10年くらい観察しなければ、安全性は確認できない」と論文の中で述べています。

つまり、いったん組み込まれたコロナの DNA は、接種した人の体内にずっと残ることになります。発ガンの潜伏期を考えると、(接種後)10年間くらいは経過を観察する必要があり、それくらい心配な期間が続くことになります。

 


もうひとつ、とても重大な話があります。

ブラジル、南アフリカ、英国で(致死率の高い)変異ウイルスが相次いで発生したことが報じられています。この三つの国というのは、アストラゼネカ社が昨年、治験を行った国なのです。

これはあくまで私個人の考えですが、ワクチンが強すぎて、それに対抗するために、ウイルスが過剰に変異してしまったのではないかと。ウイルスも生きのびる必要がありますので、抗体がたくさん出てきますと、それに負けないように自らの遺伝子を組み換えてしまう。

 

以上、2種類のワクチンについてご説明させていただきました。

医師を対象にワクチン接種が始まっています。

一日経っても副作用が出なかったので「このワクチンは安全だ」などと間違ったメッセージを出さないように医師の皆さんにお願いいたします。そのような台詞は 10年後にどうぞおっしゃってください。

最近はテレビなどで、「政府の説明だけが正しいので、巷の噂に惑わされないように」という呼びかけがなされるようになりました。異論を許さない雰囲気があり、これはまるで太平洋戦争当時の大本営発表のようです。

テレビや週刊誌が、政府に忖度し、真実を伝えなくなってしまったのも、由々しき事態です。ジャーナリズムの矜持は失われてしまったのでしょうか。

専門家と称する人たちが、「ワクチンしか方法はない」などと無責任なコメントを述べているのも大きな問題です。

感染性に対峙する決定的な手段は、全市民の行動制限に尽きることは、すでに実証済みです。

また、ウイルスのスパイクタンパク質の構造と働きが 100%判明したことから、これをブロックする薬が世界中の製薬企業で開発されていて、あと一歩というところまで来ています。新しい薬やワクチンにはリスクが伴うものですが、(ワクチンとちがって)薬は感染した人に用いるものですので、多少のリスクはやむを得ません。

しかし、感染リスクがほとんどない健康な一般市民に、安全性がまったく保証されていないワクチン接種を強要するのは、もう犯罪でしかありません。

皆様の賢明な判断に期待しています。




2021年3月22日月曜日

2278「宇宙からの助け」2021.3.22

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2021年03月15日の記事と、「In Deep]さんの

2021年3月18日の記事の2つを紹介します。


宇宙からの助け  2021年03月15日「いっぷくからありがとう」

昨年からの感染症の影響で、世の中のあちこちで、重苦しい空気が張り詰めています。 

緊張の糸が張り詰めた時、エネルギーが限界を超えて集まった時、必ずそれは爆発して、緊張が解かれ、次のステージが始まります。

マスコミや国、その他見えざる権力者による(恐怖をあおる)情報操作もあるかもしれませんが、風評、噂、恐怖感からとはいえ、現実に客足が減り、経済が回らず、倒産、強制解雇など、悲惨な境遇に置かれていらっしゃる方もおります。 

こんな時、何にすがったら良いのか?

・国か

・権力か?

・神仏か?

何かに頼りたい気持ちは、人間なら誰しもあります。

ですが、こんな状況の中でも、宇宙の法則は、きっちりと正確に働いています。 

それは、与えたものが受け取るものという法則です。 

投げかけたものが返ってくる、投げかけないものは返ってこない。

・愛すれば 愛される。

・愛さなければ 愛されない。

・嫌えば 嫌われる。

・嫌わなければ 嫌われない。

・裁くものは裁かれる

・裁かないものは 裁かれない。

・意地悪をすれば、意地悪をされ

・蔑(さげす)めば、蔑まされ

・罵(ののし)れば、ののしられ

・強い言葉を吐き出せば、強い言葉を返される

・許すものは 許される。

・許さないものは 許されない。

・施せば 施される

・優しくすれば 優しくされる

・笑顔を向ければ、笑顔が帰る

・助ければ、助けられる

・励ませば、励まされる

・勇気を与えれば、勇気づけられる

・感謝すれば、感謝される

ですから、もし普段から

・人を愛し

・人を許し

・人に施し

・人に優しくし

・人に笑顔を向け

・人を助け

・人を励まし

・人に勇気を与え

・人に感謝していれば 

宇宙の法則が正確に働き、

自分が

・困っているとき

・絶望の淵にある時

・失業してしまった時

・病気になった時

・一人ぼっちになってしまった時

何らかの助けが巡ってくることでしょう。それは、本当に不思議なめぐりあわせで起こります。想いもよらない方法で訪れます。ですがそれは、決して偶然ではなく、棚からぼた餅でもなく、自分がしてきたことが、宇宙を巡り巡って、自分にとって、最適な時に帰ってきただけです。

そしてそれは必ず人が運んできます。思いもよらぬ人から助けが入ります。それは神々だけが知る、有機的な人間のネットワークを介して、神々が、ほんのちょっと、関係する人たちの心に、一瞬のヒラメキのような働きかけを与えることによって動き出します。

関係する人々は、それが神々から来たことには気づきません。意識することもありません。

何故自分がそのように動いているのかさえ、考えません。

ですが結果として、それらがうまくネットワークとして結合して繋がり、私たちのもとに「与えたものが受け取るもの」という果報を運んできます。

ですから、私たちは普段から、人に優しく接していれば・・・

その人、一人一人の心を大切にしていれば、必ず、どんな状況からも助け出されることでしょう。

どうぞ、安心して笑顔でお過ごしください、それが神々が作ってくださった宇宙の法則なのですから。


「民主主義とは、小さな複雑な規則のネットワークで社会の表面を覆う新しい種類の奴隷制度である」という言葉から思うパンデミック・ディストピア完成への道 

2021年3月18日「In Deep]


悪しき者のはかりごとに歩まず、罪びとの道に立たず、あざける者の座にすわらぬ人はさいわいである。 - 旧約聖書 詩篇 1-1

 

ジェノサイドの中で

私は、戦後はるか後になって生まれた人であって、日本で暮らしていた期間に関していえば、「戦争を知らない子どもたち」というような部分に該当するのでしょうかね。

世界全体を見れば、その間もずっと戦争も虐殺も起き続けていましたけれど、2021年になって、生まれて初めて「自分の生活の周囲まで巻き込まれる虐殺行為」を経験しています。

「虐殺行為」という言葉は強すぎると感じられる方もいらっしゃるかもしれないですけれど、最近の以下のふたつの記事などから、「結果として、そうなっていく可能性を完全に否定することは難しい」とも思います。

新潟大学名誉教授が訴える「新型コロナワクチンの危険性」の内容…

投稿日:2021年3月16日

医師と科学者たちが欧州医薬品局に提出した「遺伝子ワクチンの承認停止要請の請願書」の内容に見る「本当の危険性」… 投稿日:2021年3月13日

以前、アメリカ外科医協会の前会長で、生物兵器の専門家でもあるリー・メリット博士が、過去の mRNA ワクチンの動物試験について以下のように述べていました。

> 私たち研究者は、この種のウイルスのワクチンについて動物実験で成功したことは一度もありません。

この「一度も成功していない」の「一度も」というのは、「例外なく失敗した」という意味です。

メリット博士についての発言は記事は以下にあります。

コロナ第三波あるいは四波が「ADE(再感染時の感染増強)による修羅場になる」という予測が台頭する中、アメリカ外科医協会の前会長が「このワクチンは生物兵器だ」と非難

投稿日:2021年2月15日

これはたとえば、具体的には、「猫のコロナウイルス」のワクチンの実験の際のことがあり、そのときには、「ワクチン接種の際にはすべての猫に健康の問題はなかったが、後にコロナウイルスに自然感染した際に、猫たちは次々と死亡した」記録が残されています。

これは、コロナウイルスのワクチンで、今なお回避されていない ADE (抗体依存性感染増強) と呼ばれる現象によるもので、自然感染やワクチンの抗体により症状がはるかに悪化することですが、これを回避する手段はまだ見つかっていないのです。しかし、動物では実用に至らなかったけれど、ヒトには実用化した。

ただ、これについて、私は、 ADE が示されるまで、実際にどのくらいだったのかという「時間的経過」について知りませんでした。

最近そのことが示されているものについて知らせていただきまして、「2年後までにすべての猫が死亡した」のだそうです。これがすべて ADE によるものなのかどうかはわからないですが、とにかく 100%亡くなった。

人と猫では、成長年齢が異なりますので、人だと4倍くらいの期間の話となるのかもしれません。

 

前回の記事で取り上げさせていただきました岡田名誉教授が述べているように、接種直後に起こる反応は、副作用(今は副反応という言葉に転用)と呼ぶべきものではなく、本当の副作用は、ずいぶんと後になって……早い人もいれば、遅い人もいるでしょうけれど、何年も後になってから出てくるものなのかもしれません。

問題なのは、猫の場合に関しては、「全部亡くなった」ということです。

全部というのは、全部という意味であり、例外なく死んでしまったことを示します。

いかなる免疫細胞も打ち勝つことができなかった。

こういうようなことを考えていますと、さすがに、やや暗澹とした気分になったりもします。

それもあって、最近は極力、報道にふれず、なるべく外で土をさわったり水をいじる時間が多くなりましたけれど、ふと、ガクッとした気分になることはあります。

「何がこうしたことにつながっちゃったんだろう」と、ふと思うのです。

99%マスク社会から 99%ワクチン(それは過去の動物実験での致死率 100%)社会への移行が、なぜこんなにスムーズにおこなわれ得たのだろうと

もちろん、パンデミックとかコロナウイルス感染症が直接的な理由や原因といえるのかもしれないですが、しかし根本的な要因はまた別にあるのではないかとも感じ続けていました。

生まれた時から病弱だった私は、孤立期間が長かったこともあり、しかも幼少期にはテレビもラジオもなく、部屋でひとりで横になっていると「考えることしかすることがない」のです。人との会話もない(両親は共働きでしたので日中は完全に一人です)。それが何年も続きました。

そのこともあり「社会の言うことより自分の考えが強く自分を支配し続ける」という人生が幼少期から今に至るまで続いています。

そのため、もともと「社会全体の言うこと」をほとんど信じない人で、権威や体制に、逆らうことはしませんけれど、「納得できないことには服従しない」という姿勢が続きました。ずっとそうです。笑顔と懐柔と低姿勢での不服従(不服従に笑顔と低姿勢は大事です)。

社会の流れに見える姿はいつでも「服従」でした。

そして、ついに、猫がすべて死んでしまったメカニズムを受けるために人々が列をなしている現在の社会に至っている。

その中で、ふと目にしたサイトがあり、それをご紹介させていただこうと思います。

書いているのは、感染症と何の関係もない元ヘッジファンドの統括者の人ですが、その文書に、アレクシ・ド・トクヴィルという歴史上の人物の名前が出てきていました。

この人は、Wikipedia によりますと、19世紀のフランスの著名な思想家であり政治家であった人ですが、19世紀に出現した「民主主義(当時は新興)のアメリカ」というものについて、以下のように述べていました。

アレクシ・ド・トクヴィル - Wikipedia より

アレクシ・ド・トクヴィルが19世紀初頭に当時新興の民主主義国家であったアメリカ合衆国を旅して著した『アメリカの民主政治』は近代民主主義思想の古典であり、今もなおアメリカの歴史及び民主主義の歴史を学ぶ際には欠かせない教科書の一つとなっている。

彼は著作の中で、当時のアメリカは近代社会の最先端を突き進んでいると見なし、新時代の先駆的役割を担うことになるであろうと考えた。

だが同時に、その先には経済と世論の腐敗した混乱の時代が待ち受けているとも予言している。さらに民主政治とは「多数派の世論による専制政治」だと断じ、その多数派世論を構築するのは新聞、今で言うところのマスコミではないかと考えた。

ここにある、

> 民主政治とは「多数派の世論による専制政治」

や、

> 多数派世論を構築するのはマスコミ

というのは、まさに今そのものの気もします。200年ほど前に生まれた「新しい専制政治」が今その形をあらわにしているということなのかもしれません。

ここから記事です。 

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なぜ私たちは全員ワクチンパスポートを拒否しなければならないのか

Why we all MUST reject vaccine passports ALEX KRAINER 2021/03/16

敵は「恐怖」です。私たちはそれを憎まねばなりません。それが本当の恐怖です。– マハトマ・ガンディー

ワクチンパスポートを「正常化」するために、メディアは、私たちへの数限りないロックダウンを強行するにつれて、それについてますます議論されている。

3月13日、私は、自分の子どもたちを太陽の下に連れ出した罪で、南フランスのキャップダイユ警察に逮捕された。外出する正当な理由がないということによる逮捕だ。私は、最近のしばらくのあいだ、「人と人との接触」に関して変化していく規則をよく知らなかったが、この時には、私には議論する気も起きなかった。

警察は彼らの仕事をしているに過ぎない。彼らは人々を強圧し、意味のわからない規則を施行している。たとえば、これが私の就業日であれば移動は許されたが、逮捕されたこの日は土曜日だったせいで、私的な移動は認められなかったようだ。

本来、このような規則は、公衆衛生とは何の関係もないはずだ。

これらは、おそらく、ワクチンパスポートが展開され、私たちがそれに屈するまで、私たち全員を日常生活の中で苛立たせることを目的としているようだ。

 

「臆病で勤勉な動物たちの群れ」を作成する小さく複雑なルール

すでに 2世紀前、銀行家だったアレクシ・ド・トクヴィルは、専制政治のこの馬鹿げた、そして、ゆっくりとした進み方の性質を理解していた。

著作『アメリカの民主主義』(1835年)で彼は、(アメリカの社会は)「小さな複雑な規則のネットワークで社会の表面を覆う」新しい種類の奴隷状態に陥ると予測した。

小さな複雑なルールは不吉な罠であり、それに陥らないことが不可欠だ。

現在の窮状を終わらせるためにワクチンとワクチンパスポートを手に入れる準備ができたとして、それを受け入れることは、私たちの子どもと孫たちの未来に、私たちの「妥協の結果の影響」を残すことになってしまう。

この社会の苦痛を減らすための権利は現在の私たちにはない。

ワクチンパスポートでは、文書を発行し規則と基準を設定し、その執行の構造を作成する新しい官僚機構が導入される。

これらの官僚構造はコロナウイルスの終焉後でも消えることはなく残り続ける。官僚は絶えず彼ら自身の関連性の正当化を求めている。彼らの役割が重要であるほど、彼らの予算は大きくなり、彼らの力は大きくなるためだ。

現時点で、つまり最初の段階では、ワクチンパスポートは、新型コロナワクチンの接種を一回あるいは二回受けたことを証明するものだが、これは始まりに過ぎないと予測される。

その証明の回数が「三回目」になり、あるいは「半年ごと」の接種の証明が必要とされることになっていくかもしれない。次は、チップの体内への埋め込み、そして、それは「その人がどこで何をしているか」の証明にもなるかもしれない。

ワクチンパスポートは旅行や公共の場所への移動に必要な場合があるとされているが、次第に、銀行口座のロックを解除するために必要なものとなり、運転免許証の検証のために必要なものとなり、雇用が維持されるために必要なものとなり、家庭への水や電気のインフラの使用のために必要なものとなるようなことと関係していくかもしれない。

多くの人たちは、「当局がそれほど暴君になることはないはずだ」と思うかもしれないが、歴史の教訓に注意を払ってほしい。すでに前例のない弾圧が、論理的な正当化なしに計画、実施されているわけで、このような自由の代償は、永遠の警戒を意味する。

私たちは、群れの羊のように専制政治の行進に沿って行動するべきではない。

ボルシェビキ(ソ連共産党の前身)の恐怖や中国の文化大革命と比較すれば、穏やかに見えるような、この全体主義の悪夢に子どもたちの運命を任せてはならない。さらなる権力を獲得するにつれて、独裁政権はますます悪性になる。

ボルシェビキの台頭の証人として、アレクサンドル・ソルジェニツィンは次のように書いている。

「共産党は、権力を獲得すると完全に無慈悲になった。しかし、彼らが権力を獲得する前の段階では、変装(無慈悲ではないように見せること)を使用する必要があった」

今日、狡猾な専制政治は、ウイルスとの戦いとしてその行動を偽装している。他の偽装もある。人種差別や国内テロ、気候変動など多くある。しかし、私たちは賢明になり、これらの偽装を明らかにし、邪悪な議題を拒否しなければならない。

彼らの嘘を黙認することにより、この抑圧の新しい構造の骨組みが完全に出来上がり、それが社会全体に転移することを許してしまうことに至るその「沈黙」は、子どもたちや若い世代から、生きる価値のある未来を奪ってしまうだろう。

闘争が今、私たちひとりひとりに課されている。

私たちの唯一の選択は、勇気を奮い立たせて拒否することだ。 私たち一人一人が、自分たちは従わないことをはっきりと述べなければならない段階に至っている。




2021年3月21日日曜日

2277「ワクチン環境災害」 2021.3.21

 今回は「In Deep」さんの2021年3月8日の記事を紹介します。長文です。


[重大] コロナワクチンは人類史上最大の環境災害へ:ドイツの分子医学専門家が「排泄と共に環境に拡大するワクチンの地球と人類社会への多大な影響」を語る


カタストロフの予兆

海外のサイトのコメントにあるリンクで、ドイツの「コロナ議会外調査委員会」の聴聞会の記録というものに行き当たりました。

コロナ議会外調査委員会という名称ですが、ウェブサイトでの説明を見ますと、ロックダウンおよび、PCR検査、ワクチンに強固に反対している科学者組織のようですが、そのドイツの組織が、「 mRNA コロナワクチンについての専門家へのインタビュー」を掲載していました。その専門家の人の話を少し読んでいて、「あちゃー!」と思わず叫んでしまいました。

最近何だかいろいろと書かせていただいていますけれど、私という人間自身が「自分が書いていた大事なことを忘れてるがな」ということに気付かせてくれたのです。何に署名しているのかわからないどころではない忘れ方ではあります。

忘れていたこととは、ワクチンであろうと、どんな薬品であろうと、「人間から排出された物質は、水を通して自然環境に循環する」ということです。人間が摂取(接種)し、下水道から排泄された薬物は、それぞれの半減期にもよりますが、下水道から河川や海などの水循環システムに入り、そこからはもう様々な方向へと拡大していく。

そのことが、この数年の科学者たちの研究で明らかとなっていまして、自然界への非常な懸念となっているのです。以下のような記事で書かせていただいています。

完全絶滅プロトコル : 魚たちが次々と「男性から女性へと変化」しているその原因が判明。そこから気づいた「人間から水循環システムの中へ排出されている薬たちによる皆殺し」 投稿日:2017年7月8日

地球の水は人間の薬により、もはや死につつある。そして、この大洪水の時代に次は大地が浸食され、完全絶滅への道程はさらに進行するはずで 投稿日:2019年5月16日

私は、このようなことが「コロナワクチンでも同じように起きる」ということをまったく想定していなかったのでした。

今回は、まずは、そのコロナ議会外調査委員会の専門家へのインタビューから抜粋したものをご紹介します。(途中省略)

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ヴァネッサ・シュミット・クルーガー博士へのインタビュー

2021年1月30日 ドイツコロナ議会外調査委員会 第37回公聴会

Interview with Dr. Vanessa Schmidt-Kruger

German Corona Extra-Parliamentary Inquiry Committee ,30 January, 2021

(1時間16分くらいからの部分的抜粋です)

クルーガー博士 : ビオンテックが主にマウスとラットで行った前臨床試験についてお話します。このようなものが市場に出る前に生じる疑問は、それが体内にどれくらい残っているかについて次のように分けられます :  脂質はどれくらい残るのか、mRNA はどれくらい残るのか。そして、それらはどのように分解されるのか。体内でのそれらの分布(流通)はどのようになるのか。これらについて、毒物学と癌学から調査する必要があります。

さらに、その複製に問題はないのだろうか。そしてそれは環境に影響を及ぼすことはあるのだろうか。私たちが GMO (遺伝子組み換え物質)になりつつある中で、これが何か影響はあるのかということについては、欧州医薬品庁 (EMA)が常に提起しなければならない基本的な疑問です。

ビオンテックの公開評価レポートを参照しますが、生データが不足していると言わざるを得ません。生データレポートが含まれていないことは残念です。

司会: ピーター・ドッシ氏は、その点に挑んでいますね。

クルーガー博士 : そうですね、臨床試験でデータが誤って解釈されていることはすでに確認されていますので、これから、私自身でそのデータを確認させていただきます。自分で見て、自分の意見を出したいと思っています。

彼ら(ビオンテックの研究者たちのこと。以下「彼ら」は同じです)は、彼らが観察したことの説明を提供しただけです。だから私はその続きをお話しさせていただくことができるというだけです。彼らが行った観察は、他の科学者たちが彼らの物質を使った動物研究でも観察されたものですので、これからお話することは真実だと思います。

では、動物試験における脂質ナノ粒子(LNP)の分布はどうなっていたでしょうか。彼らはスパイクタンパク質ではなくルシフェラーゼ(発光する科学反応を持つ酵素 )と共に、mRNA と脂質ナノ粒子を使用しました。ルシフェラーゼには、事物の動きを見えるようにすることができる利点があります。彼らは、脂質に放射性マーカーを与えましたので、ルシフェラーゼはこの試験に役立ちます。

放射能をマーカーとして使用できる場合は、臓器を確認し、脂質が臓器内にあるかどうかを確認できる手法を使用できるのです。

彼らはそれらを筋肉全体に注入した後、脂質が体全体にどのように広がるかを観察した結果、わずか 15分後には、これらの脂質が多くの臓器に存在することを発見しました。ほとんどは注射部位にあり、この場合は筋肉でしたが、血漿にも多く含まれていました。

肝臓にも 22%分布していましたが、血漿により輸送されるために、これは論理的です。それを静脈に注射すると、カチオン性脂質の 60%が肝臓に、そして、 PEG 脂質 (ポリエチレングリコール化脂質)の 20%が肝臓に見つかりました。

それらはまた、脾臓、副腎、および性器で発見されました。

それ以上の臓器は記載されていませんが、(血漿が輸送することを考えると)それらはすべての臓器に広がっていると思われます。基本的に血液が流れるところならどこでも吸収されるはずです。それから彼らは脂質がどのように分解されたかを観察しました。

彼らは、血漿中に、カチオン性脂質の痕跡の証拠を 12日間のあいだ見出しました。ポリエチレングリコール化脂質の証拠は 6日間見出されました。それらがかなり長い間残っていたことがわかります。これ以上の情報はないですので、脂質がもっと長く痕跡を残すかどうかはわかりません。

ポリエチレングリコールの 50% は排泄によって分解されます。つまり、体から排泄されます。それは、結局のところ、私たちが使用する「下水道」に入ります。

カチオン性脂質のほうは細胞内でのみ分解され、便中にはわずか 1%しか検出されませんでした。これは、ヒトの細胞が(カチオン性脂質の)毒性の完全な打撃を受けることを意味します。

それから彼らは肝臓でのこのカチオン性脂質の半減期を分析しました。

彼らはその期間は 3週間であると述べています。最初の半減期では、この物質は常により速く分解し、その後、分解はより少なくなり、曲線はより平坦になります。

最初のこの半減期は 3週間ですが、これは比較的長いです。そして(完全な)除去にはどのくらい時間がかるでしょうか。 4〜 6週間後でも肝臓にその脂質の 5%を見いだされています。

これは信じられないほど長い期間で、ポリエチレングリコールを使用した場合の半減期は 1週間と短いですが、それは、その 50%という大部分が(体内から)排泄されるからです。しかし、カチオン性脂質の場合はそうではありません。

他の臓器に関する他の情報や調査はありません。肝臓、血漿、尿、便を調査しただけです。彼らは間違いなく他の臓器を見るべきだった。おそらく彼らはそれを行いましたが、それについての記載は何もありません。

そして彼らは RNA がどれだけ速く分解されるかを観察しました。ここで、ルシフェラーゼ(発光酵素)の出番です。ルシフェラーゼは基質を変形させて、それを色で見ることができ、蛍光を発します。それにより検出することができます。

ただ、これはあまり敏感な方法ではありません。そして彼らは 2マイクログラムの RNA を注入しただけでした。(mRNAワクチンには)30マイクログラムが使用されています。

実際に使用されているワクチンの場合、彼らが観察したものより、おそらくはるかに強いことを意味します。いずれにしても、彼らの観察では、注射された筋肉では 6時間後にピークがありました。

まず、脂質ナノ粒子(LNP)を細胞に取り込み、タンパク質を形成する必要があり、ルシフェラーゼが取り込まれたその時だけ反応が起こります。それは細胞によって非常に速く取り込まれ、タンパク質も非常に速く発現されます。9日後でもタンパク質を見ることができます。

ルシフェラーゼを 35日間観察できると述べている 2016年の論文がありますが、それは常に RNA の安定性に依存します。

彼ら(ワクチンの開発者)は、スパイク RNA ではなく発光だけでそれを行いました。スパイクRNA の安定性は非常に異なる可能性があります。このようなこともあり、彼らは私たちに使用するワクチンのためにそれらを適切に調査しなかったと私は言っています。

肝臓では、6時間後にピークが見られ、2日後にはピークがなくなりました。これは、肝臓の代謝率が非常に高いためです。

要約すると、RNAと脂質ナノ粒子(LNP) の両方は、比較的速く取り込まれます。

そして、カチオン性脂質は私たちの体に非常に長い間残ります。

欧州医薬品庁は、これらが体内にとどまる期間について、ビオンテック社と話し合ったようです。このようなことは、ヒトでは研究が行われていなかったため、どのくらいの期間であるかを欧州医薬品庁は尋ねました。

ビオンテックは、2010年のマモス・エタル氏による研究に言及しました。しかし、面白い話ですが、私はこの論文をデータベースで見つけることができず、欧州医薬品庁のレポートにも参照のリストがありませんでした。

ですので、そのような(2010年の論文)が真実であるかどうか、そしてその記事が存在するかどうかはわかりませんが、彼らはその研究と同様の脂質を使用したと述べています。

そして、彼らがこのマウスまたはラットの研究から人間への変換を計算すると、カチオン性脂質の半減期は人間で 20〜 30日です。そして、5%までは実際には除去されないですので、半減するのに 4〜5か月はかかります。

彼らは(体内にそれらの物質が留まる期間を) 4〜 5か月を想定しており、それに対して、欧州医薬品庁の委員会は、「それは長い」とだけ述べました。

ホルツェイゼン博士 : (mRNA ワクチンの) 2回目の接種は、一回目の 30日後ですが…。

クルーガー博士 : そうなっていますね。しかし、そのどれも(2回目の接種が30日後という期間の意味について)調査されていません。

基本的に、彼らはこのワクチンで動力学を実施していません。マウス(での試験)にもありません。彼らは実際のワクチンでそれをおこなうべきでした。彼らは観察の後から、研究全体を再度実行する必要がありました。しかし彼らはそれをしなかった。

テンプリン氏 : 質問したいのですが、先ほど博士は、「体から排泄される」と言いました。このような排泄の結果、ワクチン接種を受けた人が引き起こす、あるいは引き起こしている可能性のある危険性はあるのでしょうか。それとも、排泄と共に消滅してしまうのでしょうか。

クルーガー博士 : それ(排泄されたワクチン中の物質 = ポリエチレングリコールがどうなるのか)は調査されていません。

ホルツェイゼン博士 : ああ、それはひどい……。

クルーガー博士 : それに関するデータはありません。

テンプリン氏 : これからは水を飲むのも危険になるというようなことに?

司会 : それに関するデータがないというのは、あまり良い響きではないですね。博士は、それがどのような結果をもたらすと思われますか? 先ほど、身体全体で起きるアポトーシス(細胞の自死としての細胞死)があるとおっしゃいました。それと何かの関係はありますか?

クルーガー博士 : 私は単に排泄について話したかっただけです。彼らは、これらすべての環境への影響について分析を行っていないため、これ(排泄による環境への拡大)をまったく考慮していません。

先ほど言ったように、私たちは GMO になりました。遺伝子組み換え細胞は、身体から排除されます。脂質、ワクチンからの RNA について考えてください。脂質…それはポリエチレングリコールですが、排泄されることはわかっています。

そんなに多く(のポリエチレングリコール)が排泄されている場合、下水道はどうなると思われますか? 非常に多くのポリエチレングリコール脂質が含まれている場合はどうなりますか? これは問題を引き起こすでしょうか。それとも環境を劣化させるでしょうか。しかし、現在の私たちにはそれを知る術はありません。

ホルツェイゼン博士 : 弁護士として私が正確に言わなければならないことは、2020年7月に EU 法が変更されました。そこでは、 GMO (遺伝子組み換え)に関する EU 法はワクチンに適用できないと宣言されました。法的な観点からは、このモンスターが始まったのはその時です。私たちはこれに廃止の嘆願で対処しています。恐ろしい深淵が開いています。信じられないほど恐ろしいことです。

フィッシャー氏 : このようなものが、下水処理場に現れたとき、そしてそれがろ過されなかった場合、あるいは私たちが実験室からこのようなものを飲んだ場合、それは問題を引き起こすでしょうか。これらの脂質を飲んだら? それについての調査はありますか。それが給水に入った場合はどうなりますか?

クルーガー博士ポリエチレングリコール脂質が排泄され、それがろ過されていない場合、あるいは、それが他の方法で自然に分解されないと仮定すると、それは飲料水に存在し続けるでしょう。そして、たとえば、ポリエチレングリコールへのアレルギーを持っている人たちの場合、その人たちは問題を抱えることになるでしょぅ。

それはワクチンによるアナフィラキシーショックと同様のことといえます。それ(ポリエチレングリコール)は胃から吸収されますが、アレルギー反応があるかどうか、そのとき何が起こるのか正確には私にはわかりません。脂肪を分解する酵素によって胃の中で完全に分解される可能性もあります。

フュールミッヒ博士 : 世界中の医師たちが、実際に何が起こっているのかを考えることを学ばず、あなた(クルーガー博士)のような人々の話を聞くでもなく、ただ盲目的に(ワクチンを)信頼し、疑問を持たずに予防接種をするだけなら……。ちょっと話を戻しましょう。これが体内のすべての細胞に広がるとしたら、それは恐ろしいシナリオです。その結果、膨大な数の細胞が自己破壊するということになるのですか?

クルーガー博士 : はい。すべての結果が伴っています。前臨床試験について、ラットに何が起こったのかについて話しましょう。

予備実験では、現在使用されているこの同じワクチンの 30マイクログラムをラットの筋肉に注射しました。量は同等ですが、2回ではなく 3回です。1週間間隔で。

そして、最後の注射から 2日後、つまり最初の注射から 17日後、剖検が行われ、以下が見つかりました。前述のように、生データはなく、記述されたデータのみがあります。

ラットは免疫応答、リンパ節の隆起、脾臓、細胞数、すべて正常であり、リンパ球、すなわち骨髄中の B細胞と T細胞の産生の増加、中和抗体の産生、循環白血球、サイトカイン放出、それらはすべて正常でした。その後、他のことが続きました。ラットたちの体温は 1度上昇しました。これも正常で、ラットにとってはわずかな温度です。

しかし、通常の餌を与えていたにもかかわらず、体重が減少しました。げっ歯類では、体重が減少した場合、それは常に大きなストレスの兆候です。

彼らは剖検を行いました。彼らは筋肉への損傷を記録しています。腫れ、浮腫、発赤などですが、彼らが公表しているのは氷山の一角にすぎません。筋顔面変性、硬化症、炎症の広がりを伴う外皮などの皮下炎症を起こしていました。皮下炎症は皮膚の 3つの層の最下層の炎症を意味します。そこには、脂肪細胞、神経と血管があります。これらが炎症を起こした場合、脂肪細胞は破裂します。

これは硬化症を引き起こします。すなわち、結合組織の量が増加するので、組織が硬化します。これは最終的には瘢痕形成のようなものです。組織はひどく損傷しています。

指を表面的に切っても、上部の皮膚層が再生でき、その後は傷はまったく見えなくなります。しかし深く切りすぎて、それが皮膚の 3つの層すべてを通過する場合、生物はそれ自身の構造を複製することができません。

次に、細胞を交換する必要があるため、創傷を閉じる必要があり、結合組織が形成され、沈着し、瘢痕が発生します。これは筋肉の場合であり、結合組織の沈着のために硬化します。これは線維症と呼ばれます。組織は基本的にこれらの場所でその機能を失い、外皮が発達します。

これは壊死組織への塩の沈着です。壊死組織は死にかけている組織です。そこの筋肉は死にかけています。彼らは筋膜変性について話します、これは筋線維の細胞の死を意味します、そしてそれは単に機能していない結合組織によって置き換えられるのです。

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ここまでです。というか、実際の話はここからさらに長く続いていくのですが、ここで区切りとさせていただきます。ご興味のある方は、オリジナルをお読みいただければと思います。うんざりするような陰鬱なデータが示されます。

なお、環境へのカタストロフな影響は避けられないとしても、インタビューの中では、個人個人の身体での「ワクチン物質の残存」に関して、ビオンテックの試験書から、「おおむね 4〜 6ヶ月で消える」ということのようですので、接種した方々で、その期間を身体に何もなく過ごせたのでしたら、最初の「反応」の段階はクリアできていると言えるのかもしれません。

ADE (抗体依存性感染増強)の問題もあるとはいえ、直接的な副次的影響に関しては、半年以内程度でその可能性が消えていくということ関しては、今後、接種されようと思われている方には前向きな情報かとも思います(私などは一生消えないかと思っていましたので)。

しかし、それぞれの科学的な分析云々のことより、

「ワクチンによって地球の環境中にポリエチレングリコールがばらまかれる」

ということを知ったということが大きなことです。

ポリエチレングリコールには人によってはアレルギー反応があることが知られています。現在のコロナワクチンに一部の人たちがアレルギーなどの反応を起こす理由の一つにもそれがあるかもしれません。

いずれにしましても、排泄により、先ほどの過去記事にも書きましたように、「その毒物が河川や海を含めて、水体系と共に全環境に拡散していく」という中、飲み水にも、それを飲んだ動物や魚にも、そして場合によっては、その水を使って育てられた作物にもすべてポリエチレングリコールが含まれる世の中になるかもしれないというすさまじい話です。

かつて、19世紀のセルビアの預言者であるミタール・タラビッチが、「クレムナの予言」というものの中で以下のように語っていたことを思い出しました。


クレムナの予言より / ミタール・タラビッチ

この飢饉は通常の飢饉ではない。

町や村には十分に食べ物がある、だが、それらは汚染されている。

飢えた人々はそれを食べるが、食べると死んでしまう。

この全文は、9年前の過去記事にあります。

3月8日までのデータでは、世界でコロナワクチン(複数の企業のワクチンが含まれます)の接種者数は「 3億人」を超えました。この 3億人の中に「私は、排泄はしない」という人は、おそらくほとんどいないと思われます。

今後、地球はその影響下におかれる環境になっていくようです。



2021年3月20日土曜日

2276「心の変化」2021.3.20

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2021年03月14日の記事を紹介します。


心を受け取る


神々による建て替え、人々による建て直し。今行われている進化の方向性は一人一人の精神性が大切にされる世界への移行。

それは、

・誰か悟った人によって起こされるのではなく

・霊的な力がある人によって起こされるのではなく

・有名な前世を持つ人によって起こされるのではなく

私達一人一人の心の変化によってなされます。

私達の心が、今までまとっていた

・罪(包身)

・穢れ(氣枯れ)

を祓い落し、本来の輝きを取り戻し、他人や物に依存することなく自分の力で、しっかりと大地に根を張り、身近な周りの人たちと認め合い、笑い合い、助けい合い、生きていくことで、実現される社会です。

大本の神様からいただいた心・魂にはその力が宿っています。

それでは、今日も心の罪、穢れを祓い美しい心を取り戻すためのお話です。

 

今日のお話は「心を受け取る」ということで、ある方の思い出話をご紹介します。

田舎者の父と息子の大学卒業にあたってのお話です。

お父様は田舎者で、また裕福ではありませんでしたが、まじめで、実直で、子供を心から愛しておられた方でした。

<引用開始> 引用元


三月は卒業式のシーズンである。卒業式といえば、私には忘れられない父との思い出がある。

私の大学の卒業式に出席するため、それまで天草をほとんど離なれたことのなかった田舎者の父が、一人で博多までやってきたのである。

私は驚いた。父は下宿の私の部屋に泊まった。

  


卒業式の朝、父は大学の門の前で立ち止まり、じっと門を見つめたまま、しばらく動こうとはしなかった。

学部ごとの謝恩会の席で、父と私は一箱の折り詰め弁当を分け合って食べた。

そして、一合ビンの日本酒を、交互につぎ合って飲んだ。父は実に嬉しそうであった。

私はその時の父の嬉しそうな顔を、今でも忘れることができない。

卒業式のあとで、私達は親友二人と共に、大濠公園に行った。親友達とも、その日でお別れであった。私は公園のベンチに座って、その親友達との別れを惜しんだのであった。

父は少し離れてなぜか寂しそうに、私達を眺めていた。

翌日、父は黙って天草に帰って行った。

しかし、その時の父のなぜか寂しそうな姿が、長い間ずっと、私の心の中から離れなかった。

その父が四年前に亡くなった。亡くなる一年ほど前に、入院して寝たきりになった父が、ベッドの中で、私の手をしっかりと握って言ったのである。

「お前の卒業式の日あの公園での悔しさは、今でも忘れん。

金がなくて皆にジュースを買って、飲ませることもできんかった。

本当にすまんかったな。おれは悔しくて、帰りの汽車の中で、涙が止まらんかった」

父は三十数年もの間、その時のことを、悔やみ続けていたのである。

  


私はその時、八十八歳の父の心の風景をはっきりと見た。そして、卒業式の日の大濠公園での、あの父の寂しそうな姿を、三十六年たって、初めて理解できたのであった。

私は仏壇にかざった父の写真を、しみじみと見ながら「気にするなよ、おやじ」とあらためて呼びかけている。

<引用終了>


お父さんは、息子さんが大学に入学し、とても嬉しかったのでしょうね。自慢の息子さんですね。そして「卒業式」お父さんは、どんなに晴れやかな気持ち、誇らしい気持ちで上京なさったことでしょう。

貧しい農村の暮らしでは、大学に行かせるのにどれだけ苦労したことか、想像に難くありません。 

そのお父様が、36年間、ずっと引きづっていた気持ち晴れやかな門出の日に、息子が友人たちと別れを惜しんでいるとき、親として1本のジュースも買ってあげられなかった。。 

・その悔しい気持ち、

・情けない気持ち

・息子や、友人たちに、すまない気持ち 

胸が締め付けられます。

ですが、ここで、もし状況が異なり家庭が裕福で、何の苦労も無く、息子さんを大学に通わせることができ、友人たちの別れの際には、惜しげもなく高価な飲み物を渡したとしたらどうでしょうか? 

きっと、このような、胸を打つ経験はできなかったことでしょう。このように強い愛情を感じることもなかったでしょう。息子さんは、深い深い父の愛に、気づくことも感謝する気持ちも起きなかったことでしょう。 魂に刻み付けられる心と心の交流、地上でしか味わえない、魂の震えを感じることもできなかったことでしょう。

  


このように、私たち人間は、周りの方々と、日々織りなす経験を通じ、、時には喜び、時には涙を流しながら深い深い経験を積んでいます。もし、何の苦しみも、悲しみも無ければ

地上を離れる時に薄っぺらな、心の片隅にも残らない、つまらない人生でしかなくなることでしょう。きっと、楽な人生ではあったけれど、深く後悔することでしょう。 

私たちは、神様に似せて創られました。

この地上で、

・物ではなく、

・幸福だけを選り好みするのではなく、 

相手を思いやる美しい温かな心を、受け取るために、その温かなものを、周りの人々と、循環させるためにここ地球に生まれてきました。




2021年3月19日金曜日

2275「天国と地獄」2021.3.19

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2021年03月13日の記事を紹介します。


天に住む者、地獄に住む者


昨日の記事 不登校の子供たち

この記事は年に1回は書くようにしています。斎藤一人さんのお話です。

大変反響が多く、そして勇気づけられる方が沢山いらっしゃるからです。

不登校の子供たちは、皆さんの身近にも沢山いらっしゃると思います。 

私も同じです。

 

斎藤一人さんは、 

・それが悪いとか、

・どうしたら登校してくれるか?

そんな表面的なことを仰っているのではありません。 

子供たちがどんな気持ちでいるのか?

子供たちではなく、その現実を突きつけられた、私たち親に反省すべき点はないのか?

・勉強ができるとか、

・世間体が良いとか

・普通だとか、

・人と違うとか

そんなことに、揺らぐことのない真の親子の絆とは何なのか? 

そんなことを私たち親に優しい言葉と例えで、教えてくださっています。 

苦しみ悲しみから、次に続く、真の喜びと、希望へと繋いでくれています。 

斎藤一人さん。さすがに宇宙神、天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)に愛されている人です。

 

さて、昨日の記事 不登校の子供たちにすずらん 〜okagesama〜さんが、

まるで神さまからのメッセージのような、コメントをくださいました。

ご本人の許可を頂きましたので、引用させて頂き、ご紹介したいと思います。

 

<引用開始> 

子供達が不登校になった時、普通しか知らない私はどうしようと思いブログや本を読みあさり人生終わりだ…くらい思ってました。(今思うと恥ずかしいです)

でも子供たちの不登校から、いっぷくさんのブログへ辿り着き、御守りまでいただき、

いっぷくさんのブログに毎日励まされ、

子供たちを愛おしく思い、私自身も幸せを感じられるようになって、どんどん素敵な方との出会いがあり、素晴らしい人生になっていってます!

不安がないと言えば嘘になるけど、今できる事を無理せず楽しくやる!

そう思って毎日笑って過ごしています!

子供たちが自分を犠牲にしてまで私に教えてくれました。

私はもう大丈夫なので、次は子供たち自分のための人生を歩んでほしいと思います

子供たちが決めた道を応援するつもりです

<引用終了>

 

以下、青色文字が補足です。子供たちの不登校と言う事実があり、

ブッダの般若心経では、事実には、良いも悪いも色が付いていません。私たちの心が良いこと、悪いこととレッテルを張り勝手に喜んだり苦しんだりします。 

一時は悲しんでも、自分の心を変えることで・・・受け取り方を変えることで・・・

起こってきたことにはすべて意味があり全ての出来事、境遇は、私たちを幸せにするために神様が起こしてくださったこと全てを許し、受け入れて感謝の気持ちで、過ごしていれば、

次には神様の大きな恩寵が待っています。

神さまは、幸福を下さる前に、まずは、不幸な顔をした事件をくださいます。 

不登校になった子供たちを愛おしく思い、自分自身も幸せを感じられるようになりました。

苦しい事実、出来事であっても、何時までも苦しんだり、悲しんだりせず、自分の心が変わることでどんどん素敵な方との出会いが始まり、素晴らしい人生になりました。

空海が仰っています。私たち人間は、その心次第で、生きているうちに極楽に住むことができるんだよ・・

このことを即身成仏と言います。

同じような事件、境遇に巻き込まれようと、自分の心次第で、その住む世界を、極楽にでも、

地獄にでも変えてしまいます。すずらんさんは、もう天国に住む人になられました。


  

子供たちの病気や、不登校、早くに天に帰ってしまうこと、自死などは、一番近しい親に大きなショック療法を与えます。子供たちは、それを覚悟で計画して生まれてきました。

私たち親が、そのことをきっかけに真に魂の目覚めを迎えた時、辛い役割を担った子供たちの目的は達成され、今度は自分のために、その命を自由闊達に、この地球で生命を謳歌することに使うことができるでしょう。又は使命を果たし、天に戻っていくことでしょう。

 

すずらんさんは、もうそのことに気づいていらっしゃいますので、私はもう大丈夫なので、

次は子供たち自分のための人生を歩んでほしいと思います。子供たちが決めた道を応援するつもりです・・と言うことができたのです。

  


ここまで、神様の御業とお気持ちを理解できそして実践されていれば、これから先は、もう天国以外に考えられません。

暗く重々しい世の中が大きな変化を迎えようとしていますが、常に神々とともに天国に住む者として生きて行かれることでしょう。

 

今日は、すずらんさんの気づきが、子供たちの病気や、不登校、早くに天に帰ってしまうこと、自死などで、苦しまれている親御さんの心の光になると思い、ご紹介させていただきました。

転載を快く承知してくださってありがとうございました。お礼申し上げます。

苦しみの中にいらっしゃる方々に神様の光が届きますように・・


2021年3月18日木曜日

2274 「不登校」2021.3.18

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2021年03月12日の記事を紹介します。


不登校の子供たち


3月です。卒業式や入学試験など、子供たちの学校に関する様々なことが変化する時期です。

そして「不登校」について悩んでいる親御さんも爆発的に増えているように思います。

それだけ、世の中がワサワサとざわついているのか、純粋な魂を持つ子供たちが増えてきたのか理由は様々だと思います。

今日は、その不登校についてです。

斎藤一人さんが下記のように仰っていました。ご覧ください。

<引用開始>


高校1年生の頃に、母校の小学校にお呼ばれしてステージに立ったことがある。

卒業生代表という肩書きで、教育についてとかをディスカッション形式でみんな(保護者、先生)で話し合う。

そこでまぁ、「やっぱりなー」と思いました(笑)

だって余りにもほとんどの親御さんが、「ウチの子本当勉強しなくて」とか「勉強してほしいときは怒るべき?」とか悩むのは確かにわかります。

そして心配だっていうのもわかります。

でも、そーんなに眉間にシワ寄せるほどそれって大事ですかって(笑)

そりゃ普通に考えたら勉強してくれる子供の方が安心かもしれない。

してくれるっていう言い方がもう違うんだけど(笑)

多くの親が今、「お勉強をすること」ばかりに目も心も寄せすぎだと思うんだよね。

こういう親の子って、 

・ママが悲しい顔するから嫌でも勉強しなきゃ

・ママが怒るから勉強する  

って、目的が「ママ」なんですよね。

自分の為じゃない。楽しいから勉強するんじゃない。だからテストで低い点数を取ったら、

必至でバレないように隠したりする。だって、ママに 愛されたいから。

親はどうかっていうと、

・勉強するのが当たり前

・あなたのためなのよ

よく使われるのは「心配してるのよ」ってやつ。でもそれって本当に、子供を愛してますか?って。本当の愛って「そのままでいいんだよ」ってもんなんだよね。

でも多くの親ができていない。

そんな家庭の子は、本当はやりたくもない勉強を涙流して勉強する。真面目な子ほど必至に勉強する。でもある日パンクして、不登校なんかになっちゃう。

体が悪いサインを出してくれてるってことは、何か間違ってますよってことなんだよね。 

それでも「学校に行きなさい」と強制的に行かせようとする。

それまでエライねエライねって可愛がってた我が子を、学校に行けなくなった途端に可愛がれなくなる。それ、おかしいよって(笑)

一見愛しているように見えても、「勉強ができる子」が好きなだけなんだよね。

「学校に毎日行ける子」が好きなだけ。

本当に愛している子だったら、勉強しなくなっても、学校に行かなくなっても、極端な話だれかを殺してしまっても、親は愛せると思うんです。

だって生きてくれてる。それだけで最高に幸せなんだから。

思えば自分も、すごくよく愛されていたけど、前までは少し「条件付きの愛」だったような気がする。

不登校になったからこそ、親としっかり向き合えて、本音で語れるイイ親子関係になったと思う。

不登校とか自律神経失調症とか、普通なら人が「ダメなこと」と思うことを自分は糧にしています。

「不登校だったから~できた」「自律神経失調症になったから~できた」と思うようにしたら、人生がすごく明るくなりますよ!

<引用終了>


胸に響くものがありますね。以前、前世を記憶する日本の子どもたちの記事を書きました。

そこでは、中間世記憶を持つ子供たちから、生まれて来た目的を聞いていました。

ほとんどのお子さんが、こう答えたそうです。

・お母さんを助けるため

・人の役に立つため

・魂を磨くため

そんな優しい心を持って生まれて来てくれた子供たち

彼らに、

・詰め込みの教育

・本人の希望や適性を無視した親の引いたレール

・人をけ落としてでも、競争に勝ち抜いて生きろ

は必要でしょうか? 

そんなことを言えるでしょうか?

・勉強が出来ない子供は不幸でしょうか?

・学校はそれほど大切な所でしょうか?

・人と同じでいる必要はあるのでしょうか?

子供たちには一人一人個性があります。得意分野も異なるでしょう。興味や志向も異なることでしょう。

親の一方的な思い。教師たちの一律的な対応そんなものは、もしかしたらこの優しい子供たちには糞くらへかもしれないですね。

彼らは、

・お母さんを助けるため

・人の役に立つため

・魂を磨くため

この世に生まれてきました。

姿かたちが子供だからと言って、魂までも子供ではありません。私達大人たちよりもはるかに愛に溢れた存在かもしれません。

彼らは、お母さんを助けるために生まれてきました。決して、お母さんの思い通りに生きるために生まれて来たわけではありません。

それでも、子供を自分の思い通りにしたいと思う親御さん。お子様の心や体がボロボロになって、自分の元に戻って来た時、きっと気付きます。

生きていてくれてるだけで良かった。

そのままで愛しているよ。私の元に生まれて来てくれてありがとうって・・・

美しい魂を持つ子供たちが、自分だけの素敵な「スミレの花」を咲かせようと、この世に生まれて来たのに、華やかな「バラの花」になれと、無理強いはしていませんか?




2021年3月17日水曜日

2273「他者を思う心」2021.3.17

 今回は「木の花ファミリーの経済から世界を見る」さんの2021年03月13日の記事を紹介します。


 ただただ他者を思う心

https://konohanafamilyeconomy.blogspot.com/2021/01/blog-post_13.html


これまでの価値観では、人に何かをしてあげることは、「自分がしてあげた」とある意味優越感を持つようなものでした。或いは、人にしてあげることで自らのものが奪われるように思う人もいます。しかし人に何かをしてあげるということは、こちらが人に対して何かをさせてもらえる、ということです。そこには、人のために生きたという価値が生まれます。

そうすると、「してあげる」ではなく「やらせていただく」という心になります。ただ他者のために生きる、という、生命の定めを表現した時に、その人は自ずと、自らの価値を上げていきます。そして自らの行うことが、世の中を良くしていきます。そういった仕組みがこの世界には流れており、自らが生きることで、その仕組みが現象化するのです。

それは何も難しいことではありません。高度なテクノロジーやコロナウィルスのワクチンを開発することの方が、ずっと難しく、お金やエネルギーもかかることでしょう。それは誰しもの心の内に秘められた、世界の掟です。

自分のことばかりを考えて生きて、そのことがわからなければ、その大いなる仕組みを感じ取り、寄り添おうとすることにこそ、自我を発揮しなさい。「私の目的は、この世界の仕組みが健全に表現されることであり、それを喜びとするのが私の自我です。」そして、この世界を創造する大いなる側の視点に立ち、そこから自らの側へと帰り、その心で自らを包み込み、この世界のすべてになる。

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私は、夢を見ました。それは、いとも簡単にその世界へ行ける夢でした。

そこでは、何かを求める気持ちは消え去り、ただ心が満たされていました。今の現実の中では、それは本当に夢のようで、程遠い世界に思えるかもしれません。しかし、心がその意識に目覚めれば、可能なのです。

この世界には、様々な可能性が秘められています。一人ひとりの人間が、どのような精神状態で生きるかによって、それにふさわしい世界が目の前に現実化してきます。そのたくさんの可能性の中でもっとも大切なのは、世界が幸せという生産物で満たされることです。それは目には見えないものですが、心身ともに健康な世界を創ってくれます。その原料は、他者を思う心。他者の幸せを願い、他者のために生きていけば、実現できるのです。

そこには、幸せになるための音楽が流れ、幸せになるための食べ物があり、幸せになるための会話が交わされ、幸せになるための日々の暮らしがあるでしょう。そして欲しがる心は満たされて、多くを必要としなくとも、少しのエネルギーでたくさんの幸せが生まれるでしょう。それはどこにあるのかというと、人の心の中にあります。そのスイッチを、あなたが入れればいいのです。

そのような世界があることを、私は観たのです。

ジイジのブログ「ただただ、他者を思い生きること~2021年1月1日」より

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上記は、ジイジによる2021年最初のメッセージからの引用です。この話を聴いて、僕は仏教に伝わる『地獄極楽の食事風景』の話を思い出しました。それはこんな話です。

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「地獄」も「極楽」も食卓を見るだけなら何ら変わりはない。沢山のご馳走が用意されている。ただし、どちらも三尺(約91cm)もある長い箸を使って食べなければならない。

 地獄の住人たちは、先を争って食べようとするが、長すぎる箸を使いこなせず、やがて周囲と争いを起こし、せっかくのご馳走を食することができない。そのためいつも飢餓感に苛[さいな]まれている。

 極楽の住民たちは、三尺の箸でご馳走をつまむと、自分より先に向かい合う相手に食べさせてあげ、自分は相手がつまんだご馳走を食する。そのためいつも楽しく満ち足りた心持ちで暮らしている。

「地獄・極楽の食事風景-三尺箸の譬えを徹底検証」より引用

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地獄も極楽も同じ場所に存在していて、ただ人々の心が違うだけなのです。この話を受けてジイジは、「箸の持ち方を工夫して自分で食べることが出来るようになるのが人間の英知。だけれどもお互いに食事を与えることにはそれ以上の豊かさがある」と語りました。

科学やテクノロジーが、人間にとって厳しい自然環境の中で、自分の力で豊かさを獲得しようとする試みだったとしたら、それが限界に来ていることを様々な現象が教えてくれています。それを克服するためには、「ただただ他者を思う心」、それだけが必要なのでしょう。

では「他者を思う心」とはどのような心で、どのように育めばいいのでしょうか?誰かのために・・・と思って行動することが相手にとって有難迷惑になることもあります。それに対する答えは先日の大人ミーティングで語ったジイジの言葉の中にあります。

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ちょっと目線を変えて見る。ちょっと距離を置いたところから自分のやっていることを見る。そうすると他人目線になるから、そういう人は他人のために生きるようになる。ちょっと距離を置くということは、他人の位置から見るということだから、この人はこんなことを求めているなと感じて、それに応えていくことが出来る。それがキャッチボールということ。自分からしか見ていないと他人のために生きることは出来ません。

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ただただ他者を思う心。この言葉から思い出した言葉がもう一つあります。それは、「傍楽(はたらく)」という言葉です。現在、多くの人にとって働くことはお金を得る手段となってしまっていますが、本来、働くとは「傍楽(はたらく)」であり、働くことを通して、傍(はた)を楽(らく)にし、自分を超えた大いなるネットワークの中で役割を果たしていくことなのです。木の花ファミリーではみんな、そんなふうに働いています。だからこそ、そのような日々を地道に繰り返すことより「この世界を創造する大いなる側の視点に立ち、そこから自らの側へと帰り、その心で自らを包み込み、この世界のすべてになる」ことが出来る可能性があるのだと思います。

そこには「希望の風が吹いてくる」のです。

2021年1月13日(新月)の富士山です。

2021年1月11日の富士山です。
 
2021年1月1日(元旦)の富士山です。

2020年12月29日の富士山です。

今年の冬はほとんどの期間、冠雪していない富士山。それでも元旦、新月という節目に少しだけ冠雪しています。これもこの世界を創造する大いなる意思の顕れの一つですね。ちなみに過去の富士山を紹介するとこんな感じです。

2020年1月13日の富士山です。
2019年1月11日の富士山です。

2018年1月13日の富士山です。

2017年1月12日の富士山です。

2016年1月14日の富士山です。

2015年1月3日の富士山です。