今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年05月03日「お陰さまの心」と2023年05月04日「否定の言葉」の2つの記事を紹介します。
「お陰さまの心」
今日のテーマはお陰さまの心です。
本当に、本当に大切なことです。
人間の一生の幸、不幸を左右するほどの力があります。
この「お陰さま」の心は、日本人固有の意識のようで、
英語に正しく翻訳することができないのだそうです。
敢えて言うなら
・Luckily 「ラッキーなことに」
・Fortunately 「幸運なことに」
しかないそうです。
でも、私たちがこの言葉を使う時、そんな薄っぺらい意味では使っていません。
もっと、温かで、敬虔な、見えない物、神さま、先祖、周りの方がたに
深い感謝の気持ちを含んでいます。
ここで、上所重助さんの詩をご紹介します。
<引用開始> 引用元
夏が来ると「冬がいい」と言う
冬が来ると「夏がいい」と言う
太ると「痩せたい」と言い
痩せると「太りたい」と言う
忙しいと「暇になりたい」と言い
暇になると「忙しい方がいい」と言う
自分に都合のいい人は「善い人だ」と言い
自分に都合が悪くなると「悪い人だ」と言う
借りた傘も 雨が上がれば邪魔になる
金を持てば 古びた女房が邪魔になる
所帯を持てば 親さえも邪魔になる
衣食住は昔に比べりゃ天国だが
上を見て不平不満の明け暮れ
隣を見て愚痴ばかり
どうして自分を見つめないのか
静かに考えてみるがよい
一体自分とは何なのか
親のおかげ
先生のおかげ
世間様のおかげの固まりが自分ではないか
つまらぬ自我妄執を捨てて
得手勝手を慎んだら
世の中はきっと明るくなるだろう
「俺が」、「俺が」を捨てて
「おかげさまで」、「おかげさまで」と暮らしたい
<引用終了>
御祈願をする時、ふと迷うことがあります。
・開運福寿 にしようか?
・厄災難除 にするか?
皆さんなら、どちらにしますか?
・ちょっとぐらい災難に見舞われても、ツキがどんどん入ってくる人生が良いか?
・大きな幸運が来なくとも、平凡な日々でも、平穏無事で暮らせる人生が良いか?
私は、何もなくとも、平穏無事な方を選びました。
病気や事故。
経験したことのある方ならお分かりなように、健康だった時、何気なく過ごしていた毎日がどれだけ幸せだったか 気づく人もいることでしょう。
また、どれだけ私たちの肉体が、沢山の細胞やその他の調和・バランスの上に
維持されていたのかに気づく人もいるでしょう。
何かが少し欠けただけで、不調になっただけで、肉体の健康を維持することができなくなります。
全ての細胞たちが、自分の役割を全うし、調和して働いているが故に、
私たちは、何気ない日々を送ることができるのです。
その調和を維持しているのは誰ですか?
その設計図を書いたのは誰ですか?
ダーウィンですか?
勝手に肉体が動いているから、そうなっているのですか?
違います。
全ては神さまが設計し、そしてそれを一瞬一瞬、維持してくださっているからです。
病気で入院などすると、それに気付くことができます。
そして、そこには感謝しかありません。
そういう意味では、病気も事故も意味のあることです。
それを、私たちが生まれる前に、人生のシナリオの中に組み込んでくるのも分かります。
そういった「お陰さまの力」を何も知らず、気付かず、
おのれ一人の力で生きているという傲慢なまま人生を終えて、何の価値があるでしょうか。
宇宙の仕組み、神さまの存在、お互いさまで生きていることに気づくこと。
助け合うこと、互いを尊重すること、傲慢にならないこと。
全ての全てに真心をこめて、優しく接すること。。
このこと以上に、私たちが生まれてきた意味において、大切なことは無いのかもしれません。
「否定の言葉」
今日は、斎藤一人さんのお話です。
斎藤一人さんは、もう何度も納税日本一になった人で、現実のビジネスシーンでも成功しているひとです。
一人さんは、小さなころから、この神さまに教えられてきたそうです。
そんなビジネスの第一線に在りながら、ブッダや神さまのお話を分かりやすい言葉で、
丁寧に教えてくださっています。
今日のお話も
「否定することで、あなたは何か、良いことがあるんですか?」
というお話ですが、簡単なようで、できていない人が沢山いらっしゃるように思います。
ですが、一人さんが仰るように、態度をちょっと変えてみるだけで
幸せな人生に変えることができます。
それでは、ご紹介します。
<引用開始> 引用元
誰かと話しているとね、必ず否定論を入れたがる人がいるの。
“妄想してもいいことが起きません”
“妄想すると、人から変な人だとか言われますよね?”とか。
あのね、どうして物事を否定的に言うの?って。
物事は、どこからでも否定することができるんだよね。
だけど、否定することで、あなたは、何か良いことが あるんですか?って話なの。
否定的な角度から話をされると、その場にいるみんなが面白くなくなるんだよね。
で、俺にやるくらいだから、よそでもやってるよねって。
だから、人生うまくいかないんだよ。
人生うまくいかない人って、楽しいシャボン玉みたいなのが飛んでくると、
パッと針を刺して壊しちゃうんだよ。
しかも、そうやって場のムードを壊してるってことに気づいてない。
みんな幸せになろうって、ピラミッドを一段ずつ積み上げているの。
楽しいことを積み重ねているんだよね。
それなのに、脇からそれを壊したらダメだよね。
あなたはまともなことを言っているように思うかもしれないけど、
ムードを壊しちゃってるんだよ。
そういう人に、魅力がありますかってことなの。
俺たちのグループは妄想を楽しむ会であって、妄想を否定する会ではないの(笑)。
だから、質問するんだったら
“こういうときはどういう妄想をしたらいいですか?”とか、
妄想する気があることを前提とした内容にしたほうがいいよね。
うまくいかないときは、うまくいくまでやればいいんだよ。
逆上がりでもなんでも同じ。
そういうことがわかる人が、魅力のある人なんだよ。
<引用終了>
人と話す時、必ず、否定語から入る人がいます。
・だって・・・
・いや・・・
・でも・・・
人が、前向きに、希望をもって・・・
目をキラキラさせて夢や、希望、未来を話して喜びを共有し・・
共に幸せになろうとしているのに・・・
このような否定から入られると、もう、そこで話は終わってしまいますし、
せっかく、共に喜びあおうとしていた人の心まで 暗く、重苦しいものにしてしまいます。
そんな経験をした人は、もうその人の前では夢も希望も語らないことでしょう。
喜びを分かち合おうとは、しないでしょう。
ますます、その人の周りには
眉間にしわを寄せた、重苦しい雰囲気の人しか集まらなくなることでしょう。
ですが、もし、否定ではなく、受容、
つまり、肯定して認め、一緒に希望や夢を、笑顔で語り合ってくれたなら、
話した人も、百倍も元気になって、本当に夢も叶ってしまうかもしれません
神さまは、笑顔や、希望、明るさ、助け合い、受容、許し
そのような雰囲気が大好きですから、
神さまからも強力なバックアップがあることでしょう。
そして、共に喜びあった二人には、お互いの心の中に
大切な大切な何かが生まれることでしょう。
その何かは私たちが死んだ後も、天国に持って帰ることができる、
そして、地球に生まれたがっている全ての生命体が欲しいと願っている物・・
愛
を手に入れることができるでしょう。
一人さんが仰っているようにちょっと、方向性を変えるだけ、
否定から、同意、肯定、受容や許し、共感、笑顔に変えてみるだけで、
一気に幸せになることができます。