2018年11月22日木曜日

1496「陸奥18」2018,11,22

・K、Mさん
「天命塾の旅は久しぶりの参加でした。お世話になりありがとうございました。三陸の旅で直ぐに申し込みましたが、さんまが美味しかったです。鳴石権現社の音の鳴る石が面白かったです。巨石あり、神社、お寺、巨木、博物館と色々盛り込まれている充実した旅でした。」

・O、Yさん
「ありがとうございました。今回の旅はとっても良かったです。音石神社の奥宮に行けて良かったです。今回泊まった宿は碁石海岸の海楽荘と同じ経営でした。イワクラをゆっくり見れて天気にも恵まれて良かったです。」

・A、Kさん
「久しぶりの参加で楽しく過ごせました。ありがとうございました。音石の鳴石権現社は良かったです。石を叩いた音で身体が活性化したのを実感出来て、踊りたくなりました。色々と勉強になりました。宿の温泉で一緒になった地元のおばさんとお話出来たことも良かったです。身近に感じられ、復興の事も聞けて良かったです。」

・S、Aさん
「普通では行けない様な所に連れて行って頂き、盛り沢山で楽しめました。2次会も楽しかったです。そこでの話も面白かったです。12月は参加できませんが来年のツアーを楽しみにしております。」

・T、Sさん
「ありがとうございました。こんかいはK、Mさんも久しぶりに参加でした。驚いた事に、今回の女性は全員独身でした。私以外は戸籍も未使用で、その上、家庭を顧み無い男性3人という面々でした。
 同じところを訪れても、何を視点にするかで見えてくるものが違うので面白いです。木内さんとのこれからの事を考えても、今回参加した未使用の人達との未来の事をも考えて、木内さんが元気な内に何かが出来たら良いな、と思います。
 男性陣も大台に乗る年齢になるとそろそろ楽をさせてあげたいと言う想いもありますが、色々な中で天命塾を通じて得て物を形を変えて還元していって頂くと良いかなと思います。今回は心底、楽しいツアーでした。」

・木内さん
「T、Sさんを見ていて、昔の人の息吹を見た感じがしました。
 こういう事をしていたのだと思い、もっと深く説明していきたい。今回も亡くなった方々の影が見えていた。どっちに居るのか見えなくなって来るのですが、更にどっちの世界を話しているのかも分からなくなる事もあります。
 こっちの世の中に戻して、亡くなった方々を向こうの方に行って頂く様に、上がってくださいと。手で上に上がる様にやってあげると良い。ちゃんと収まる所に収まる事をしたら、と思います。まだまだ、そういう事も兼ねてめいめいの中で見送ってあげる事も必要だと思います。皆さんにもその力があります。」

 ゆっくりと歓談し、共鳴、共感する体験を今回も共有出来、全てを充実した中に終える事が出来ました。木内さんは薬切れのはずなのに全然元気です。毎回の事ですが、天命ツアーでは元気を頂いてお帰り頂けるようです。嬉しい事です。皆さんを仙台駅に送り無事に解散となりました。皆さん色々ありがとうございました。
 次回は11月30日に木内鶴彦講演会です。ツアーは12月1、2日に福島県会津方面に向かう予定です。しかし毎回の事ですが、既にツアーは定員いっぱいです。

 いずれにしても、今大激変の時を迎え、木内さんの構想、事業が着実に実施されてモデルの構築が早くできる事を願っています。仙台天命塾、仙台テンメイは日々の活動実践の継続の中で、いつでも協力していける準備を整えて行きたいものです。先ずは己の健康が第一です。

2018年11月21日水曜日

1495「陸奥17」2018,11,21

 いよいよ最後の訪問地になります。一関市花泉町金沢字滝ノ沢にある刈生沢の滝・渓流公園・不動岩です。キャンプ場やバンガロー等のアウトドア施設、ハイキングコースが整備され、自然を体感できる渓谷で、その中にある巨石、不動岩が目的です。以下の様に紹介されています。
  
「岩手県一関市の刈生沢の滝渓流公園は、奇跡怪石が景観を作り出した、不動滝・銚子滝・行者滝が続き、対岸には20mに及ぶ不動岩がそびえたつ絶景が魅力の公園に位置します。
 キャンプ場の他、バンガローなども設備されており、四季折々の花と共に散策や森林浴を楽しめるキャンプ場は、家族連れや若者グループなど、訪れる人々に親しまれている人気のスポットです。場内を流れる渓流と2つの滝の総称が刈生沢の滝で、こぢんまりとしたサイトと、2棟のバンガローがあります。」

「約2kmにわたる渓流の周辺には、桜やツツジ、藤などの季節の花が彩りを添え、勇壮な不動岩など自然の景観を楽しみながら心豊かなひとときを味わうことができます。
 花泉駅の約9km東に、全長約2kmに渡って続く渓谷。渓谷沿いにハイキングコースが整備されている。不動滝、銚子滝、行者滝の3つの滝がハイライトだ。」

 夕方で駐車場には誰もいません。公園の案内図を確認して渓流を下り、散策しました。銚子滝は小さな滝でしたが、引き返して少し上流の不動岩に向かいます。



 川の対岸に聳える不動岩は木々に覆われていて全容を見る事が出来ませんが、十分のその威容を伺い知る事が出来ます。岩間に社が祀られています。不動岩を見て今回の陸奥の巡りは全て予定通り終わりました。




 車は一路仙台駅に向かいます。日も暮れてきて仙台市内のファミレスで最後のミーティングです。夕食を頂きながらこの巡りの感想などシェアしました。

・O、Hさん
「2日間ありがとうございました。今回は自分の体調も良く、近場で楽しめました。これからも与えられたことをしっかり行い、良い場を作り、皆さんが集まれる様にして、野菜作り以外でも、皆さんに役立てる薬草、米も準備出来れば良いなと思っています。これからも充実してやっていきたいと思います。」

・G、Mさん
「今回は初めての方が2人いましたが、一体感があり、楽しいツアーになりました。このツアーの間に木内さんのお話をゆっくり聞けて勉強になりました。これまでも同じ場所も違うゲストで行っていた所もあったのですが、木内さんとでは違う感じがして面白かったです。ありがとうございました。」

・S、Uさん
「何度か訪れた所も、その時期と同行する方が違う事で又充実した感じがありました。皆さんとゆっくり楽しめました。お陰様で感謝です。ありがとうございました。」


2018年11月20日火曜日

1494「陸奥16」2018,11,20

 立石神社は一関市藤沢町増沢字立石1にあります。私はこの立石には何度も訪れていますが、陸奥では稀有な、特筆すべき巨石です。当初のプランでは陸前高田市から気仙沼市、東松島市と太平洋岸を南下する計画で皆さんに案内していましたが、直前の直観で変更することにしました。木内さんは立石は初めてですので、出来たらここには是非ともお連れしたいと思ったのです。結果的に先に紹介した、仙婆巌の陽神岩・陰神岩、続石山大原寺跡、夫婦石、重箱石を巡る事になったのです。
 大分、陽が傾き曇り空になってきましたが16時前頃に到着しました。立石神社は以下の様に紹介されています。

「立石神社という名のお社は、全国各地にたくさんあります。名前の通り、石神をお祀りしている場合もあります。その中でも、岩手県一関市藤沢町増沢の立石神社は、群を抜く存在感があります。
 祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)で、応和二(962)年、山城国紀伊郡飯鳳山よりの勧請と伝えられています。拝殿は入母屋造りの3間×2間の小さな建物ですが、本殿背後には御影石の巨石があり、御神体となっています。 
 横から見てもかなり大きい岩ですが、背後に下りると様相が一変します。単なる立石というより、巨石神像にすら見えるから不思議です。
 中央の巨石は高さが約17m、周囲が約11mもあります。無言で見下ろされているような、黒々とした圧倒的な迫力には、畏敬の念を禁じえません。まさに神です。
 かつて役人が、この石を別の建造物に使うために石工達を伴って来ると、その石の根元に大蛇が絡みついて離れなかったので、工事を断念せざる得なかったといわれています。ということは、ここの神様は本来蛇体だったのかもしれません。
 なお祭神の倉稲魂命は、稲の精霊が神格化されたもので、五穀や食物をつかさどる神とされます。日本神話では、伊奘諾尊が飢えたときに生まれた神という特殊な出自です。また神武天皇が戦場で祭祀をした際に、供物の干飯に厳稲魂女(いつのうかのめ)という名をつけたとあり、本居宣長はこれをウカノミタマと見ています。
 アラハバキ神のような土着の神を祀る巨石に対して、畿内の農耕文化と信仰を持ち込んだもでしょうか。土着の人々との確執もあったに違いありません。
 軽の四輪駆動車なら、神社まで登れます。普通車なら、倒れた案内柱のあるところまで。案内柱のところから左へ登るのですが、まっすぐ行くと左側斜面の上方、樹林の間に巨石群が見えます。この光景も神秘的です。
 とにかく想像以上の畏怖感、存在感でした。全国的にも稀にみる聖地といっていいでしょう。」

 鳥居を過ぎ、短い階段を登ると直ぐに拝殿です。私が1番最初に神社を参拝した時、後ろにある巨石に気づかずに帰ってしまいました。社、大和の神を祀る神社は巨石を、古のこの地の民の信仰、アラハバキ等を隠す為の作為があるのか、と思いました。
 直ぐに神社の右側に回り崖を下って、神社背面、北側に下りました。巨石がそそり立って北の天を指しています。木内さんはこの巨石群に強い興味を示し、調べ出しました。配置、方角、そこに隠されている意図を読み解こうとされています。





 この巨石群は明らかに人工的なものだといいます。舞台の様な石の奥に何かが隠されていているのではないかとも。時間を取ってしっかり石の配置図を作成したら面白いもの見えて来るのではないでしょうか。












 ぐるりと時計回りに巨石群を見て拝殿の左に戻りました。社の脇で何故かシートを敷いて興じている若者4人がいました。日が当たらないジメジメした所で何故騒いでいるのか?違和感!です。

2018年11月19日月曜日

1493「陸奥15」2018,11,19

 次の目的地は同じ町内で一関市千厩町磐清水字重箱石にある重箱石です。車で10分弱で到着する近さです。町営バスの停留所があり、その脇に箱が重なった様な巨石が鎮座しています。気を付けていないと見落としそうな感じです。以下の紹介があります。
            
「重箱石(一関市千厩町磐清水字重箱石):
 宝暦の風土記(1763)には「平石 大石三つ重り重箱石共申唱候…」とあり、磐清水の代表的な名石である。古くは平石または重箱石と呼ばれていた。石の上に馬蹄形の窪みがあり、いつも水が溜まり、これを干せば雨が降ると伝えられており、石の側面の色の違いは、その昔この周辺が沼であったことを示す名残りともいわれている。
 また一説には、昔乙姫の玉手箱を忘れたところとか、弁慶が重ねた石ともいわれている。(濁沼自治会 平成22年1月建立 標柱の解説より)。

「濁沼村風土記御用書出」安永4年(1775):
 沼田 一平石 高さ1丈程、廻り4丈8尺程 右ハ往古ヨリ重箱石又平石共申唱候所、石上窪みへ水溜居干候間雨降候由申伝候事

「磐清水村誌」:
 重箱石 重箱形の大石が三段に重なる。石の上がやや馬蹄形の跡があって不断に水が溜まり、これを汲み乾かせば雨が降ると伝えられる。」

「弁慶が重ねた石といわれている。」との表記もありましたが、いささか眉唾物の感じがします。
 道路に駐車して皆さんで探索?です。形は重箱を三重に重ねた感じです。石の上に上る事が出来ますが、4畳半位の広さがあります。



 皆で石に上りましたが、石の配置の面取りに方位が決められているようだ、と木内さんが言います。方位付きのオペラグラスを持っている方がいて測定が始まりました。確かに道路側の石の面が東西の様で南に向いています。
近くの巨石も重箱石と組み合わせての配置の様だという事になりました。古にはこの石の上で儀式がなされていたようです。一体どのように活用されていたのか興味しんしんです。




 重箱石の背後の森の中に階段があり、巨石がありその間に社があります。明治30年頃の勧請とされる青麻社です。ここに「イタドリを杖にして参拝すると中風にかからないと伝えられている。」とあります。草に覆われて途中で戻りましたが重箱石との関係は分かりません。


 道路を行きかう車からは変なグループが何をしているのかと、怪訝な目が寄せられていましたが面白き石を皆さんで楽しみました。木内さんは薬切れですが、なぜか元気で、快調にお話を聞かせてくれました。

2018年11月18日日曜日

1492「陸奥14」2018,11,18

 一関市千厩町にある夫婦石は先の仙婆巌の夫婦岩と同様に陰陽石で有名ですが、大きさは岩と石の差があります。以下の様に紹介されています。                      
       
「天王山公園の入口にある、夫婦和合・万物創造の神の御神体として祈願される2つの巨石。周囲約10m、高さ5m余りの男性を象徴する天然御影石と、その隣に仲よく寄り添うように並ぶ、女性を象徴する石。
 夫婦石とよばれる石は全国各地にさまざまあるが、これほど大きなものは珍しく、何ともほほえましい配置の妙はまれに見る景観だ。石の隣には、子宝地蔵が祀られ夫婦円満、子孫繁栄の神として多くの参拝者が訪れるパワースポットとなっている。」

「この石の横の階段を昇ると、「彌榮(やさかえ)神社(弥栄神社)」があります。
そして、この神社の、やはり境内末社に「子宝明神」が2つもあり、この神社には、ご神体として、「金勢様」と「女陰(淡島様 ?)」が祀られています。
 この「夫婦石」、何時の頃から、この地に祀られていたのか解りませんが、その昔、大正時代には、まだ砂に埋まっており、全体が、現在のようには露出していなかったそうです。
 その後、全体を掘り出したそうですが、当時は、「首の部分」、先頭を支えている箇所が細かったので、「首石」と呼ばれていたそうです。
 現在の「夫婦石」、特に「男石」に関しては、この「首部分」を、コンクリートで補強しているのだそうです。
 また、時代は遡りますが、明治時代になった時に、当時の官吏が、この石を「猥褻物(わいせつぶつ)」と認定し、石を取り去ろうとしたそうです。しかし、地元の住民が、昔から大切に祀ってきた旨を説明し、どうにか撤去は免れた事が伝わっているそうです。

 この「彌榮(やさかえ)神社」、散々調査しましたが、御祭神が、何の神様なのか地元でも解らない様です。しかし、全国の「彌榮(弥栄)神社」を調べてみると、そのほとんどの御祭神は、先の「八坂神社」と同様、祇園信仰の「建速須佐之男命 = 牛頭天王」になっています。
 祇園信仰に基づく神社の名称は、「やさかえ(彌榮/弥栄) = やさか(八坂) = やぐも(八雲)」としている所が多いようです。
 そして、この場所の名前も、「天王山公園」と言う名前になっていますので、つまりは「牛頭天王」に由緒がある公園なのだと思われます。と言う事で、あくまでも推測ですが、やはり御祭神は、「建速須佐之男命 = 牛頭天王」なのだと思います。
 ところで、この「彌榮神社」脇にある、2つの「子宝明神」ですが、残念ながら、由緒/起源は全く解りませんでした。また、「本殿(小屋 ?)」の周りには、「本殿」に収まりきらない「金勢様」も、多数見受けられますが・・・何か、可哀想です。そして、右隣の本殿には、木製の「陰陽物」が祀られているようです。
 どちらの「金勢様」もご立派なご神体だと思いますが、はやり由緒/起源が明らかになっていないと、せっかくのご利益も半減してしまうのではないかと思ってしまいます。」

 夫婦石は千厩の街中の道路の三叉路に鎮座しています。町のシンボルなのでしょう。先の表記にある様に昔は砂に埋もれていたのですから、開発と共に姿を現した須佐之男命なのかもしれません。今回ここに木内さんが登場です。




 夫婦石の脇の階段を登ると丘の上は公園になっています。そこここに巨石が頭を出しています。午後の陽気に皆さん浸り、暫し休息タイムです。まったりとした寛ぎの時間を楽しみました。