2018年7月20日金曜日

1371「シャーマン14」2018,7,20

 アラハバキについては諸説ありますがもうひとつオーソドックなものを紹介します。

「アラハバキは、日本の民間信仰的な神の一柱である。
現在、公的な観光案内類を含め、源流を辿ると偽書である『東日流外三郡誌』に由来する記述が見られることがあり、非常な注意を要する。
起源は不明な点が多く、歴史的経緯や信憑性については諸説ある。
偽書『東日流外三郡誌』の中で遮光器土偶の絵が示されているため、フィクション作品中などでそのようなビジュアルイメージが利用されることから、その印象に引きずられている例も見られるなど、古史古伝・偽史的な主張において利用されたり、それらが学術的に確認されたものと誤認されることも多い。
荒脛巾神の祠がある神社は全国に見られるが、その中には客人神(門客神)としてまつられている例が多い。客人神については諸説があり、「客人(まれびと)の神だったのが元の地主神との関係が主客転倒したもの」という説もある。
・東日流外三郡誌』以前の認識
「荒脛巾神」という文字から、脛(はぎ)に佩く「脛巾(はばき)」の神と捉えられ、神像に草で編んだ脛巾が取り付けられる信仰がある。多賀城市の荒脛巾神社で祀られる「おきゃくさん」は足の神として、旅人から崇拝され、脚絆等を奉げられていたが、後に「下半身全般」を癒すとされ、男根をかたどった物も奉げられた。神仏分離以降は「脛」の字から長脛彦を祀るともされた。
・偽書『東日流外三郡誌』における扱い
偽書である『東日流外三郡誌』では以下のようにある。従って、アラハバキに関し、この節にあるものに類似した記述には一般に注意を要する。
「まつろわぬ民」であった日本東部の民・蝦夷(えみし、えびす、えぞ)がヤマト王権によって東北地方へと追いやられながらも守り続けた伝承とするもの。荒脛巾神(あらはばきがみ)ではなく「アラハバキカムイ」といい、遮光器土偶の絵が付されている(遮光器土偶は、『東日流外三郡誌』の地元である津軽の亀ヶ岡遺跡のそれが特に有名である)。また神の名だけではなく、民族の名としても使われ、蝦夷(えみし)という呼び方は大和朝廷からの蔑称であり、自称は「荒羽吐族」であるとしている。このため、神の名ではなく民族の名としてのアラハバキも一部に知られることになった。『東日流外三郡誌』では、アラハバキカムイは荒羽吐族の神々という意味の普通名詞ないし称号であり、具体的には安日彦と長髄彦であるとする説、いにしえの神で安日彦長髄彦と似た境遇(追放?放浪?)の神だったという説、イシカホノリ(「末代の光」という意味)という名の神であるとする説、死の神イシカと生命の神ホノリの二神であるとする説、などが出てくる。いずれにしろ『東日流外三郡誌』では、アラハバキというのは元は民族の名であって神の名ではなく、「アラハバキ族が信奉する神」という意味で後に神の名に転じたという認識になっている。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%8F%E3%83%90%E3%82%AD

 いずれにしろこの津軽地方には古の文化が醸成され栄えていたと思います。そのある時代の民族、神をアラハバキとして称され、崇められていたといえます。地元でのアラハバキの響きは多くの御魂と供応したことでしょう。
 神人さんは津軽弁の意味不明な言葉の説明を頂きましたが、外国語を聞いている感じです。津軽弁はフランス語に似てるとも言われますが納得です。

 続いて、細川たかしの「望郷じょんから」、神人さんの「津軽祭衆」、エンディングは「祭り~ねぶた」の歌です。最後のこの祭り歌では皆さんが立ち上がり、舞い、踊り、体から喜びを表現して楽しんでいます。輪をなして跳ね踊り、会場は盛り上がり一体化してエンディングを迎えました。素晴らしいシャーマンライブでした。