3時間以上歓談する内に彼からも笑い声が出てきて、段々穏やかに明るく成って来ました。皆で再建、再会を念願してそれぞれ解散に成りました。少し光が、エネルギーが彼に注がれたようです。復興させるという彼の決意を皆で支援して行こうと思います。
同じ石巻市でも内陸部のKさんの田んぼは何の変わりも無く、穏やかな風が吹き光が輝いています。Kさんを同乗し、案内して頂き、市内の惨状を解説して頂きましたが別世界、天国と地獄の違いでしょうか。震災4,5日後に彼を訪問したKさんは、まだ水が引かず、かなり悲惨な状況に相当気分を害し精神的に疲弊しました。そして、その時会った彼に戦慄を覚え、別人の彼をどうにかしないと思ったと言います。
そして我々が訪問した翌日、4月1日に彼と話したらとても明るく穏やかになっていたと連絡を下さいました。きっと我々のささやかな訪問が役立ったのでしょう、嬉しいことです。」
更に続きとして、4月10日に訪れた時の様子が、次のブログに記載されていますので、抜粋して紹介します。
「85「自立支援」2011年4月13日」
http://sendaitenmei.blog108.fc2.com/blog-entry-85.html
「旭山の後、石巻のSさんの造船所にも支援物資を持参して行き、2時間半程お話してきました。彼は先日ようやくお風呂にも入れたようで、すっきりさっぱりして、ひげも綺麗になり、元気でいました。前回、伺った時にデジカメが盗難にあったとがっかりしていましたが、後で見つかった様です。犯罪者を生むことなく良かったですし、笑顔で語る彼を見て皆もとても嬉しいことでした。また一つ、彼の凍てついていた心が暖かく明るく成った様です。
しかし災害復旧の現実の問題はまだまだ道筋が見えません。道路の瓦礫はまだ手つかずですから行政等でまず瓦礫の撤去など進めていただき、さらに重機が使用できないと作業所の片付けが出来ません。ライフラインの回復もまだまだで、復興資金の目処も何も立たず、市の説明会で2次避難を1方的に説明されて現地の者の希望が伝わらないと語気を強めていました。彼の処に隣接する家屋はまだ残っていますが、その周りの家々は津波の直撃を受けて根こそぎ持ちさられていて土台しか残っていません。みなさんその地に愛着があるのですが、行政の方々もそれぞれが精いっぱいなのでしょうが、いろいろ不都合が山積です。しかし、避難所に米軍の仮設入浴施設ができて皆さん喜んでいました。
彼の顧客の1割強の方は舟を失ってしまったようですが、お客さん達に仕事の再開を希望されていて嬉しいと話していました。しかし、多くの必要な設備を整備するには計りしれない資金が必要なようです。一つ一つ灯明に火を灯しながら大きい火に作りあげて行く精神力が必要です。きっと彼は出来るでしょうし、我々縁者も支援していくつもりでいます。