2024年2月28日水曜日

3351「人類進化がおおむね止まった今」2024.2.28

 今回はIn Deepさんの2024年2月15日の記事を紹介します。


「人類進化がおおむね止まった今、嘘が「人類の共通の潜在意識へ流入」することから始まる新たな悪の時代」

https://indeep.jp/new-era-of-evil-begins-with-lies/


進化の停止

今回の本題とは関係のない話ですが、先日の記事「麻疹の歴史に見る…」の後半では、成り行きで書いている途中で、

「今生きている人類は、数百年前の人類より感染症に強い」

と何となく書きました。遺伝子の進化の観点からです。

ウイルスが変異して生き残っていくように、人類の遺伝子も「生き残っていくため」に進化(変異)し続けているはずで、自然の状態の中では、それは良い方向に向かうはずだ(った)と。

これは、少し前の記事「…プリオン病による民族絶滅の関係」などでふれていた、プリオン病の発症を防ぐ突然変異を人類(日本人以外)が獲得したことなどもそうです。

他にも、進化というのかどうかはともかく、単純な話として、「人類の寿命の伸張」があります。

少なくとも主要国の寿命の大幅な伸張は、めざましいものでした。以下は、「人類の寿命伸長:過去・現在・未来」という論文の冒頭からの抜粋です。


人類の寿命伸長:過去・現在・未来

過去数世紀にかけて実現した大幅な寿命伸長は、人類が成し遂げた最も偉大な成果ではないだろうか。

人類史初期の平均寿命がおそらく 20~ 35年であったのに対し、1900年には先進国の寿命は 40~ 50年程度まで延びている。

それから100年強を過ぎ、世界の中でも最も健康水準が高い国々の寿命は約 80年となった。このように、人類の平均寿命伸長の約半分は 20世紀に達成されたものである。

ipss.go.jp


この論文では、寿命が延びた理由として、大きく「乳幼児の死亡率の低下」や「高齢者の死亡率の低下」などを挙げています。

まあしかし、最大の要因は「栄養状況の改善」だと私は思います。食料事情がよくなるだけで人は死ににくくなるというのは、ある程度は事実かと。

あと、住宅事情ですね。暑いほうはともかく、冬に室内が寒いと大幅に死亡率が上がります。以下は、寒さによる死亡数(青)と暑さによる死亡数(赤)の統計グラフです。致死率を上げるのは、圧倒的に「寒さ」です。

各国の人口10万人あたりの寒さによる死亡数(青)と暑さによる死亡数(赤)


このグラフは、最初は医学誌ランセットに掲載されたものですが、「統計の印象操作」が行われた状態で出されていたもので、それを修正したものです。詳しくは以下にあります。これなども、今回の後半で取り上げます「ウソの喧伝」と関係するものかもしれません。

[記事]ランセットに掲載された「暑さで死亡する率」と「寒さで死亡する率」を比較したグラフから見る統計のイリュージョンが普遍化したこの社会 In Deep 2023年7月29日


栄養に話を戻しますと、特に子どもや若者では、「胸腺」という、免疫に重要な器官が感染症や病気の予防に大きな役割を果たしますが、この胸腺の成長に必要なのは「タンパク質」ですので、タンパク質の摂取状況の改善だけで、若い人たちが病気で亡くなることが少なくなる。

以下は、ドイツのヤコブ・ゼーガル博士の著作からです。

> マクファーレン(免疫の研究でノーベル生理学・医学賞を受賞したウイルス学者)は、栄養不良で最初に損傷を受ける器官は胸腺であることを強調している。胸腺は、体内のT細胞(重要な免疫細胞)の供給源である。免疫防御力の弱まるあらゆるものによって、致死的な臨床的エイズの始まりが促進される。

 

昨年の「コロナはすでに HIV 化している模様…」という記事の中で、このことにふれていますが、今のような病気の時代では食料危機などによる「栄養不足」は、子どもにとっては致命的です。

それはともかく、さまざまな要因で人類の寿命は飛躍的に伸びました。この 100年ほどだけでも倍近くになりました。

これが「人類にとって良いことだったかどうか」というと、毎日病院に通う高齢者の数や、介護で疲弊する人々の数の多さを見ていると明らかで、

「それほど良いことではなかった」とは思います。

もちろん、何もせずとも元気で健康な人がいつまでも生きるのは素晴らしいことでしょうが、むりやり生きさせられている人が多い現状は、とても人類の進化とは思えない部分もあります。

しかし、いずれにしても、2021年から始まった大々的な感染症予防対策(マスク、ワクチン、消毒全部含む)により、この「寿命」のほうも頭打ちし、低下に転じていくことになるはずです。というか、すでにそうなっています。

さまざまな感染症に対応して進化してきた遺伝子の進化も「おそらく停止した」と思われます。

この「遺伝子の自然な状態の破壊」というものの影響は、おそらく信じられないほど大きなものになると思いますけれど、将来の人類がこれを乗り越えられるのかどうかは不明です。

 

まあ…このようなことになってしまった「理由」については、それを仕掛けて広めた人たちだけではなく、受け入れてしまった側にもあるとは思っています。

ワクチン接種が始まる前ですが、2021年に、「悪の本質は《システムを無批判に受け入れること》」だというドイツ人女性哲学者の言葉などを以下でご紹介したことがあります。

[記事]…全体主義を追ったドイツ人女性哲学者の言葉。それは、いつの時代でも「悪の本質は《システムを無批判に受け入れること》」 In Deep 2021年2月10日

 

このような「悪」というようなことを考えていて思い出しましたのが、カール・ユングが、

「悪に対処する上で最も決定的に重要なステップの1つは、悪に対する想像力を発達させること」だと述べていたことでした。

チベット仏教の修験者ポール・レヴィ氏の文章より


ユングによれば、悪に対処する上で最も決定的に重要なステップの1つは、「悪に対する想像力」とユングが呼ぶものをそれぞれの人たちが発達させることだ。

潜在的に悪として存在し得ることが可能で、適切な状況下で私たち自身もそうなる可能性のある悪を想像できない場合、私たちは自分自身を、他の悪の手に委ねるしかなくなる。

悪が私たちの想像力の範囲を逃れるならば、それは私たちの想像力の中で、そして私たちの具体的な生活の両方で、私たちに対する支配を指示し、強制し、そして確立するだろう。

私たちの悪への想像力は、悪に対処することを助けることができるものであるため、悪(の立場側)は人の想像力を抑制し、最終的に破壊しようとするだろう。

私たちが悪に対処するための次のステップ、つまりユングの言葉で言うと、「何に対抗するか」は、私たちの世界の闇が、私たちそれぞれの自分の内にあるものが何かを明らかにしていることを認識することだ。

ewagora.ca

何だか難しい言い回しですが、簡単に書けば、「誰の中にも悪はある。まず、その自身の悪を認識して、そして、想像力でその悪の概念を拡げる」というようなことのようで、それにより、

「仕向けられた悪が、自分の想像内にあるのなら、その悪に対処できる」

ということですかね。

私は、根が悪い人間ですので、パンデミックが始まったときには、この「悪に対する想像力」が非常に活発に働きました。悪魔的なまでに「登場するであろう悪」を想像し続けました。それが役に立ったかどうかはわからないですが、今のところまでは「想像を超えた悪は起きていない」です。すべて想像した範囲内の悪でした。

上の全文は、以下の記事の後半にあります。

[記事]狂い咲きのユリを見ながら「人類の進化を阻害された今だからこそ悪を想像しろ」とますます思う In Deep 2021年8月24日

 

このような「悪への想像力」は、こういう時代には大切だと思います。

良い時代に生きているなら良い観念だけを持つことで十分ですが、悪い時代に生きている時には、良い観念だけでは対抗しきれない局面が出てくる可能性が高いです。

今回は、アドリアナ・コウリアスさんという方の文章の一部をご紹介させて締めさせていただこうと思います。「嘘の力」というタイトルの文章で、その一部です。

 

人々の精神的基盤に侵入する「ウソ」

これは、ルドルフ・シュタイナー氏の講義を引用して、「ウソが精神の根底の部分、あるいは精神の共有する部分に侵入する」ことについて書いています。アストラル世界とか悪魔とかの言葉が出てくるので、オカルト的に感じられるかもしれないですか、私としては、もっと単純に、

「ウソが容易に人々に浸透し、それが社会通念となり得るメカニズム」

というように解釈しました。

以前、記事に書きました以下のような感じでしょうか。

> 何度もウソにだまされるだけではなく、「自分に対してもウソを強制しはじめた」のが今の社会なのだと思ったりもします。

[記事]永遠に周囲と「自分」にウソをつきながら滅亡していく現世人

In Deep 2023年12月14日

 

そして、それが「共通の概念」となっていく。

現在の世界を広く覆っているさまざまな唯物論化の方向性がウソと共に進めば、「人類の精神的な進化も停止していく」とも思います。

人間の精神性はすでにずいぶん脆弱になっているとも感じますが、衰退がさらに加速する。

それでも、現実には、これからもさまざまな媒体から発信される数多くのウソが、人々の心に浸透していくことは続くのだと思います。 

なお、ご紹介する文章には、「アストラル世界」という言葉が何度か出てくるのですが、私には詳しくは説明できないですので、Wikipeida の説明をご紹介するに留めます。

アストラル体とは、神智学の体系では、精神活動における感情を主に司る、身体の精妙なる部分である。

アストラル体

また、この記事では、シュタイナーの講義からの引用が非常に長いですので、抜粋という形にさせていただきます。

ここからです。


「嘘の力」  Il Potere della Menzogna  liberopensare.com 2024/02/04

ルドルフ・シュタイナーは、以下のように語った。

私たちが何らかの感情を経験するとき、喜びや恐怖が私たちの魂を通過するとき、それは何よりもまず私たちの魂の中での出来事です。しかしそれだけではありません。

もし人がこの側面を透視的に調べることができれば、恐怖や喜びの瞬間に、アストラル世界に入る光の流れのように、何かが自分から発せられていることに気づくことができます。しかし、それは意味や方向性なしに入るのではなく、むしろアストラル世界からの存在へと向かう道をたどるため、私たちの中に感覚が閃くことによって、私たちはアストラル世界からの存在とのつながりに入ります。

…人々は皆、アストラル界の単一の存在と接触しており、私たちはこれをアストラル界の存在と考えることができます。中心、点焦点として、そこから光線が発せられ、考慮されるすべての人々に届きます。

…同様に、勇気、慈悲、復讐などの概念にもアストラル体が存在します。したがって、アストラル界には人間の性質、つまり魂の内容となる実体が存在します。

…その結果、一種のアストラルネットワークが多数の人々に広がります。同じ法概念を持つ私たち全員が、法制度と呼べるアストラル体の中に組み込まれています。勇気や大胆さなどの同じ概念を持つ私たち全員は、法則、勇気、大胆さを実体とする同じアストラル存在とつながっているのです。しかし、これは私たち一人一人をある種の電流の集合体にすることにもなります。

…私たちは皆、アストラル界からの流れの合流点なのです。

1908年10月19日


この奥義は人間をコントロールしたい者が利用できるものでもある。

一定数の人間を下層のアストラル世界 (下層と高層の 2 つのアストラル世界がある) の存在と関連付けたいとする。それらには、彼らの心にある考えを植え付けるだけで十分なのだ。

悪魔のような存在であれば、この存在に関連する特定の嘘を見つけることができる。

そのような目的を持った人によって作られた嘘は、多くの人々に入り込み、現実とは異なる想像を生み出す思考形態となる。

これらの想像力は今やアストラル世界に入り、そこに流れ込み、嘘が関係している存在を見つける。オカルティストたちは、魔術師がどの兆候がどの存在を呼び出すかを知っているのと同じように、どの嘘がどの存在に関係しているかを正確に知っている。

嘘は常に、破壊的な悪魔のような存在に向かって流れる。

人々が無意識のうちに嘘を自分の魂の中に受け入れると、同じことをした他の人たちに加わり、同じ嘘を受け入れ、それを信じたすべての人が互いにつながり、その特定の嘘につながるようになる。

政治家、経済学者、ジャーナリストたちが毎日どれだけの嘘をつき、どれだけの想像力が嘘に基づいているかを考えてみると、世界の進化を特定の方向に導きたいと願う存在による、人間と霊界の特定の悪魔を結びつける非常に幅広いネットワークがあることになる。

「アラビアのロレンス」と呼ばれた人物は、未来になって初めて理解される男だったと言われている。

その未来は今だ。

彼はアラブ世界に国家を与えるという約束のもと、イギリスのためにアラブの部族を団結させることに携わった。ロレンスは事件の後になって初めて、白人英語圏の裏切り、偽善と傲慢、蜘蛛の巣のように張り巡らされた嘘に気づき、真実を明らかにしようとして命を落とした。

彼は失敗し、おそらく殺害されたのだろうが、イギリス諜報機関によっての多くの嘘のせいで、私たちは決して知ることはできない。

さて、ロレンスから 100年以上経った今でも、霊的世界全体に広まり、異常な数の人々を悪魔のような民族魂に結集させた嘘は、まだ終わっていないことを意味している。

これらの嘘は、私たちが今日見ている世界、つまり嘘を「食べる」ことが貪欲な饗宴となった世界の原因となっている。

しかし、親愛なる友人の皆さん、嘘に含まれる霊的な悪魔を「食べる」ことにはカルマがあることを思い出させてほしい。

「嘘だとは知らなかった!」は通じない。


以下もシュタイナーの言葉だ。

私たちの時代を振り返ってみると、人生の真剣さを失わないために、現代人が習慣的に良心の中に抱えているものが、内的に真実で現実的なものからどれほど遠いものであるかを忘れてはなりません。

私たちが今日発音する言葉がどれだけ真実からかけ離れているかという感覚さえも、多くの場合、私たちの同時代の人々では広範に失われ、人間の魂からの真実の初歩的な逃避が置き換えられてしまったと言えるでしょう。 

このフレーズを最も特徴づけるものは何でしょうか? それは、人々が自分の口から出た言葉を真実の源と内部的に結び付けずに話すという事実によって特徴付けられます。

過去 4年、5年、6年の間に、世界の一般的な虚偽が暴露されて何が達成されたかを見てください。このようにして、世界の真の現実からの逸脱が大きくなったことを疑うことはできないでしょう。それは普通の文脈につながり、何も対抗策を講じなければ、さらに多くの文脈につながるでしょう。そして、この虚偽への耽溺や虚偽への傾向が、現代ほど繁栄したことはありません。

…しかし、口を開いた人たちに、発言の理由を真剣に検討し、検討する前に発言を控えるよう強いる良心的な真実の感覚は、どれほど少ないことでしょう。

ある人について、「彼は善意で嘘をついた」と言うだけでは十分ではなくなる時代が必ず来るはずです。むしろ、人間が真実の究明に対して最も強い責任を感じ、たとえ自分が誠意を持って事実と異なることを言ったことがわかったとしても、それを行うことはできないという時代が来るに違いありません。

…時代の重大さに直面してこそ、私たちはそれは何なのかを学ばなければなりません。

1919年9月12日