2024年3月20日水曜日

3372「一途な心」2024.3.20

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2024年03月10日の記事を紹介します。


「一途な心」


世界で性善説の心を持つ国は、ほとんどありませんが、

日本人は、そのような心で縄文の昔より生きてきました。 

優しい心、和の精神です。 

それに対しほとんどの世界各国は性悪説

つまり人は、放っておけば悪いことをする。悪い心を持つ・・ 

猜疑心と対立・闘争の精神です。

そのような意識で、世界は長い歴史を刻んできました。 

この違いは非常に大きく、現在世界は戦争状態にありますが、

見えない世界、つまり意識の世界では、見えない心を大切にする 霊主体従(日本の心)と、

お金を中心とした唯物主義の、体主霊従の心との戦いでもあります。 

大和心(やまとごころ)と漢意(からごころ)の戦いと言っても良いかもしれません。 

今、時代の大きな変換点にいるわけですが、意識の世界の戦いにおいて、

その中心に置かれることは、日本人の定めかもしれません。 

 

太陽神ラー


かつて世界は太陽信仰の時代でした。 

日本で太陽神と言えば天照大神。

太陽は東から登ります。 

東の最果ては、日本列島です。 

 

逆さ地図と呼ばれているもの 

多くの民族が、太陽神へのあこがれから東の果てである日本を目指しました。

その中には、もちろんユダヤの民も含まれていました。 

その証拠として、日本でもユダヤ人とみられる埴輪が多数発掘されています。

高い帽子、伸びた髭、豊かなもみあげをもつユダヤ人埴輪。 

聖徳太子の時代、彼らは秦氏一族として大陸から渡って来て活躍したようです。 

その中の秦 河勝(はた の かわかつ)は、

秦氏の族長的な人物であり、聖徳太子に強く影響を与えた人物とされています。 

日本の文明の発展によく尽くし、日本人の中に溶け込みました。

私も以前、秦氏の末裔の秦さんと仕事をしたことがありますが、非常に賢く有能な方でした。 

神々によって作られた日本人の縄文のDNAは、この才能あふれる秦氏一族までも、

日本と言う国で和合してしまったのです。

このようなDNAが私たちの中に脈々と息づいています。 

時間はそれから千数百年たち、物質文明の頂点、欲望の頂点を極めた文明が音を立てて崩れ、私たち一人一人の心が大切にされる時代に移行しようとしています。 

その最中に於いて、今非常に困難な時を私たちは過ごしています。

この過去の悪徳の時代を終わらせ、神々の光の時代に変えるのは、もしかしたら私達平凡な日本人が持つDNAかもしれません。 

私達一般の人ができることは、 

・自分自身や周りの人の心を大切にすること、

・周りの人に思いやりを持つこと

・自分の足で立ち、自立しようとすること 

そのような心の持ちようです。 

さて本題に入ります。

 

私たち日本には、素晴らしい文明があります。

それは、古い古い時代。 

4つのプレートがぶつかり合う場所に置かれ、氷河期の終了とともに、大陸から列島が分かれ、山や川など美しい自然とともにはぐくまれた日本人の心です。

  

まさに、この日本の心をはぐくむために、神々が意図した地政学上の雄大な変化です。 

私たちの日本人の心は、全ての物の中に神々を見出し、感謝と尊敬。

お互い様、おかげ様の心を培い、助け合って生きてきました。 

まさに神々の世界の顕現です。

ですが、時代が下るとともに、西洋文明の流入、戦後の敗戦処理 

それらによって日本人の尊厳は粉々に打ち砕かれました。 

ですが、私たちの心の見えないところでは、

何千年もかけて、神々や祖先によって受け継がれてきた気質やDNAが存在しています。 

今、精神性の復活の時代が幕を開けましたが、2つに分かれようとするこの地球に置いて、

この日本人の良き心を復活させることは非常に重要なことだと思います。 

 

分裂する地球

それは、

・力のある誰かによってなされることではなく

・神々に頼っていれば何とかなることではなく

・素晴らしい過去世を持つ人が何かをしてくれるわけではありません。

私たち一人一人が、日々の生活を送る中で

我欲によって引き起こされる罪や穢れを祓おうという意思を持ち

感謝と、思いやりの心をもって生きることこそが大切なことです。

美しい地球、そこに住むみんなの幸せは

そんな平凡な人々、つまり私たちの心の中から始まります。 

今日は雑宝蔵経という仏教経典の中のお話をご紹介します。

<引用開始> 引用元 

 

とある場所に、神様の御神体でもあります山の中腹に、大きな鎮守の森がありました。その鎮守の森には、たくさんの動物たちが、仲よく平和に暮らしておりました。

そこに、ある日、一羽のオウムがエサを探し求め道に迷い、鎮守の森に紛れ込んでしまいました。

つまり、迷子になってしまったのです。

オウムはなんとか鎮守の森から外に出ようと飛び回りましたが、自分がどこにいるのかもさっぱり解りません。 

 

そうしている内に、とうとう日が暮れてあたりが暗くなってきてしまいました。

オウムはとても心配で不安に思いながら、自分の家の方向さえも解らず途方にくれていたのです。

日がどんどん沈み、あたりも暗くなるにつれオウムの気持ちも寂しく、しょんぼりしていた時、鎮守の森のさらに奥深くから鳥や獣などの動物がさくさん出て来ました。 

すると、その動物たちは、「ねぇねぇオウム君、君は道を間違えてしまったのだよ。

オウム君の家までは、ここからずっと遠いところだから今からでは帰れないよ。

明日僕たちが送って行ってあげるから、今夜は僕たちの家にとまりなよ」ととても親切にしてくれました。 

オウムも優しい動物たちの言葉と不安な気持ちでいたことから、動物たちの家に泊めてもらうことにしました。

動物たちは「きっと、オウム君は道に迷い、不安で寂しい気持ちになっているに違いない」

「だから今夜は、オウム君がちゃんと寝るまでは皆で順番にオウム君の側にいてあげよう」

と動物たち皆で話し合い決まりました。

「ここに木の実があるから、お腹いっぱい食べてね。あそこにはとても美味しい水があるよ」

「何も心配いらないから安心してね」と動物たちはオウムにたくさん声を掛けあっていました。

オウムもすっかり動物たちの優しさに慣れて、とうとうくたびれて寝てしまいました。

その様子を観ていた動物たちも夜中にオウムが起きて悲しまないようにと、

皆でオウムの回りをぐるりと囲むように一緒に寝てくれました。

翌朝、空は晴天です。朝日に照らされながら、オウムは鎮守の森の動物たちに賑やかに送り出され、オウムが家に帰れるところまで一緒に付き添ってくれました。

そうして、無事に自分の家に着くことが出来ました。

家に着いたオウムは、あの山にいる動物たちの優しさが嬉しくてたまりません。

仲間の動物たちにも昨夜の話を自慢げにたくさんしていました。

そんなある日、優しくしてくれた動物たちの山の方を見ると、

親切に優しくしてくれた動物たちの山からたくさんの煙が立ち上っています。

オウムは驚いて、急いで動物たちが暮らしている山の方へ飛んで行くと、なんと!山が大火事になっているのです。

 

オウムはいてもたってもいられません。

そこでオウムは、すぐさま川に飛び込み、自分の全身を濡らしては飛び立ちました。

しかし、川から山火事の場所に着く手前で、ほとんど体から水が落ちてしまい

山の上空で体を振っても2.3滴しか水が落ちません。

でも、オウムは諦めようともしません。

なんども何度もオウムは川に飛び込んでは自分の身体を濡らし、燃えさかる山に飛び立ち火事の上空で体を振って2.3滴の水を落としています。

その時、近くの木立でオウムの様子を見ていた他の鳥たちが、オウムを嘲笑います。

「オウム君、君が運んでいる水であの山火事を本当に消せると思っているのか?」

「無駄なことは止めな」

「そんなことをしたってくたびれるだけだよ」

などと言いながらオウムを皆で笑っています。

この時オウムは、自分を嘲笑う鳥たちに言い放ちます。

「確かに、僕の運んでいる水は僅かです」

「あの山の火事は消えないかもしれない」

「だけど、僕が鎮守の森で迷って、困っている時に、僕に親切にしてくれた友達が、あの山にいるんです」

「僕を助けてくれた友達が苦しんでいると思うと、僕はいてもたってもいられない」

「だから、僕は絶対に止めない。僕は水を運び続ける!」

と言って一生懸命に水を運んでいます。 

すると突然、さっきまで晴天だった空が曇りだし、大粒の雨が降って来ました。もの凄い大雨です。

オウムもビックリして茫然としていると、その大雨のおかげで山火事はたちまち消えていました。

<引用終了>

 

似たようなお話に「ハチドリのひとしずく」というお話がありますね。

大切なのは、今、自分が出来ることは何かを考え、どんなに人から馬鹿にされ、蔑まれようと、それを実行する勇気なのかもしれません。

・物語の中に登場してくる鎮守の森の動物たちの親切さ

・困っているオウムに対する優しさ

・なんら見返りを求めず、自らオウムに積極的に話し掛けてくる動物たち

私たちの日常生活の中でも同じような光景があります。

一生懸命に努力している人を、努力をしない人が

・得にもならないことをよくやるな

・そんなことしても無理だ

そう言います。

でも困っている人を見て、その心情をくみ取れる繊細な感受性を持ち、

居てもたってもいられずに、「助けたい」と云うただ一心で、

純粋な心で行動する人たちも確かに存在します。

そのような心根を神々が放っておくはずがありません。

どんなに困難に見えることであっても

その心根が「人を助けたい」という純粋で一途な気持ちであれば、

その決心をしたとたんに、一気に周りの次元が上昇し、

周りの状況が協調して助けに回って動き出すことでしょう。

それをサポートオブネーチャー、神仕組みの発動と言います。

全ては、私たちの心にかかっています。

静かな場所で、自分の心を見つめなおし、内観してみれば

自分の心は、今 どちらの方向に向かっているかすぐにわかります。