2021年9月2日木曜日

2443「究極の選択」2021.9.2

 今回は「いっぷくからのありがとう」さんの2021年08月29日の記事を紹介します。


「究極の選択」


今日は神様から示された究極の選択についてです。

ブッダによれば、私たちの悩み事、苦難の多くの原因は、自分に起こってきた出来事を

・受け入れたくない

・認めたくない

という気持ちから、抵抗し、逃げ出し、

そしてそれができない、無駄だとわかると 

・不平不満、愚痴、文句

を言い、ますます人生を暗くしてしまうことに起因しているようです。

ですが、本当の真実は

・その出来事は神様が起こしてくださったことであり

・その目的は、その出来事を通じ、私たちの魂を磨くため

・そしてますます幸せな段階へと、私たちを進ませるためのもの

そういうものだということです。 

すべては、その出来事を、 

・認め

・受け入れ

・その新たな環境の中(おかれた場所)で、

 小さな幸せを見つけ、

・笑顔で感謝の気持ちをもつこと

そうした途端周りの環境は、一切変化がないのに、一瞬にして、神々に祝福され

天国に住む者に変化します。

 

小林正観さんのお子様、慶子ちゃん。

 生まれながらに心臓に穴があき、脳にも障害を持って生まれたお子様のお話をお読みください。

 

<引用開始>


正観さんは、変わった紹介方法すると、

・ブッダの弟子

・そして空海の弟子

・プレアデス星団から地球に来ました

そのような人です。ですが、もう亡くなってしまいました。

その正観さんは、30歳で結婚し、

3年目にして、やっと待ち望んだお子さんが生まれたそうです。

待ち望んだ子ということで、お名前は「慶子」と付けました。

ですが、知的障害と、染色体異常であったため、筋力が、人の半分しかありませんでした。

その娘さんについて、正観さんが次のように書いています。

彼女は、普通の子供よりも筋力が足りないため、早く走ることができません。

運動会の徒競争に出ると,1位はおろか、2位になることも、3位になることもありません。

いつも「ビリ」でした。忘れもしません。彼女が小学校6年のときです。

運動会の前に、足を捻挫してしまった友だちがいました。 

長女は、その友だちと一緒に走ることになっていたため、友だちには悪いのですが・・・・

「はじめてビリじゃないかも知れない」と、妻は期待していたようです。

運動会を終え、妻はいつも以上にニコニコしながら帰ってきました。

長女がビリから抜け出したのかと思いきや、「今回も、やはりビリだった」というのです。

ところが妻は、今回もビリだったことを嘆くどころか、ニコニコと嬉しそうにしていました。

 

徒競争が始まると、長女は、足を捻挫した友だちのことを何度も振り返り、

気にかけながら走っていたそうです。

自分がゴールすることよりも、自分がビリから抜け出すことよりも,

ケガをした友だちのことが心配だったのでしょう。

友だちは足をかばうあまり、転んでしまいました。 

すると長女は走るのをやめ、友だちのもとに駆け寄り、手を引き、起き上がらせ、 

2人で一緒に走り出したそうです。

2人の姿を見て、生徒も,父兄も立ち上がり2人に大きな声援を送りました。

そして、いよいよゴールのとき、長女は、友だちの肩をポンと押して、 

自分より先に友だちをゴールさせたというのです。

この話を聞いたとき、私は気がつきました。

人生の目的は競い合ったり、比べたり、争ったりするものでも、努力したり、頑張ったりして「1位になる」ためにあるのではない。

人生の目的は、「喜ばれる存在になることである」私はこのことを、長女に教わりました。

そして娘は、そのことを教えてくれるために、私たち夫婦の子供になったのだと、 

妻の話を聞き終え、私は そう気がついたのです。

<引用終了>


さて究極の選択はここからです。

正観さんご夫婦が50歳の頃、この慶子ちゃんが生まれて 15年位した頃、 

お二人でこんな会話があったそうです。

ひとつは、もし神さまが、白い粒でお薬のようなものを差し出して

夫婦二人で決めなさいと 言われたとします。

この粒を飲めば、この障害のある子が治り、普通の子のように、

健康で元気になることが出来る。 

そう言われたら、そのお薬を飲みますか? どうしますか? 

と話したそうです。

すると奥さまは はっきりと「今のままがいい」と答えられたそうです。


もうひとつは、3人目の子どもができたとして、事前に知恵遅れであることが分かったとします。「それでも産みますか?」

という質問、選択です。

奥さまは即答した と言います。「そのまま 喜んで産む」と。

そしてお二人して、この慶子ちゃんが、15年経って 本当に可愛いと思っていることが

心の底から分かったそうです。

生まれた直後は大変 悲しい思いなど、さまざまあったけれど、結局全ては、15年経って見れば「ニュートラル」であったと。良いも悪いもなかったのだと。

障害を持って生まれたのが悪いわけでもなく、

それを受け入れて、不平不満、愚痴を言わず、

一緒に暮らし、時を経て見れば、決してそれは悪いことではなく、

むしろ素晴らしい体験をさせてくれた 

と言うことが解ったのだそうです。


「人生の読み替え 遅くない」全ての現象はニュートラルだから、

必ず、そしていつでも、不平不満、愚痴を言うことを止め、

静かにそのことに感謝する「読み替え」は必ず出来る。

正観さん そして奥さま。 

慶子ちゃんのことが可愛くて可愛くて仕方ないと、仰います。

幸福も不幸も 自分が決めること。

そのことを、この慶子ちゃんが教えてくれたのだそうです。

もし、貴方が同じ立場だったら、どちらを選択しますか?

今の目の前の苦労が一気に無くなって、安楽に暮らせる薬を飲みますか?

私たちは、生まれる前に、

今世で、

・いつ何が起きるか、

・いつ誰と出会い、いつ分かれるか

・健康な身体か、病弱な身体かを選び 

神さまと相談し、承諾を得て、生まれてきました。

天国で神さまと 設定した、人生で起こる全ての出来事は、 

私たちの魂を、より進化させ、神さまに近付くため という目的を持っています。 

ですので、全ての出来事に意味があります。

全ての出来事が、寸分の狂いもなく起きるように、神さまがはからってくれています。

ですので、私たちは、その流れに乗ってさえいれば、

・ああ、しなければならない

・もっと努力しなければならない 

そんなことを全く考えずとも、ただ目の前に起きて来たことに、 

感謝し、愛を込めて、行うだけで流れに乗ることができます。 

なぜなら、神さまのみわざは、どの人にも平等に降り注いでいるのですが、 

そのみわざ、神さまの祝福が現れるには、

人間側の「感謝の心」がどうしても必要だからです。

 

ですので、

人生に現れてくる、様々な出来事に「感謝の心」で、接している限り、

私たちは、揉まれ揉まれながらも、魂の輝きが増し、

結局は幸せな岸辺に、たどり着くようになっています。

でも、それでも、 

あなたは今の目の前の苦労が一気に無くなって、安楽に暮らせる薬を飲みますか?