2016年11月26日土曜日

769「陸奥三陸11」2016,11,26

 朝の目覚めは前日のお酒の影響で少し遅くなりましたが、部屋の窓から直ぐ海が見えるではありませんか。昨晩は周囲の状況も分からずに過ごしていたのですが、入り江の砂浜の少し奥にホテルはあります。海岸から100mほどの距離でしょうか。未だ津波の対策用の物なのでしょうか大きな袋が並んでいます。
 朝風呂を頂きましたが、お風呂からの海の眺めの素晴らしく、プライベートビーチの感じです。盛りだくさんの朝食も美味しく頂き、暫しロビーで海を眺めながら作戦会議ならぬくつろぎタイムを満喫しました。



 先の2011年の3,11の東日本大震災の津波では被害があり、2013年7月に再建して3年です。大変な苦労があったようです。綺麗な洗練された造りでジャズが流れる良い感じのホテルです。たどり着くまで大変な道のりですが又訪れてみたいものです。
http://www.koyo-sanriku.com/

 今日の最初の目的地は三陸大王杉です。ホテルと同じ大船渡市三陸町ですが、越喜来(おきらい)は昨晩のクネクネ道を戻らなければ成りません。皆さん避けたいとのことで少し遠回りになりますが、一度、大船渡市内に出て三陸道で北上して三陸町に向かうことにしました。ホテルを8時に出発です。
 三陸大王杉には何度か訪れていて、震災後の悲惨な町の状況も知っていました。今回も遠くに巨大な三陸大王杉を見つけてそこに向かうのですが、道路工事で町が一変しています。特に大王杉へのアクセス道路が全て無くなっているのです。一番近い造成現場に車を止めて造成地の道なき道を歩いて向かうことにしました。





 以前の様相とは一変してしまいました。大王杉は直接津波の被害は無かったのでしょうが、この越喜来湾には15mの津波が押し寄せたようです。その時の状況も一部始終ここに立って眺望して経験していたのでしょう。




樹齢1500年と推定される三陸大王杉はその長きに亘り、先の311だけに留まらずに数々の事象に遭遇し、今に至っていることは事実です。大王杉の前に八幡神社が祀られてあり、右手に大きな千年杉がありますがその周囲11m以上もある大王杉に比べるとこじんまりしたものです。樹齢に付いては7000年とも言われていて、果たして真偽は定かでありませんが三陸の大王杉であることは事実です。
 神社の裏手に回って直接、大王杉近くに登りましたが柵の外からでも強い気が放出されているのが感じられます。何人かの方が直接触れてそのエネルギーを感じていただきましが、素晴らしいものです。




 大王杉に触れている方々と、外の2手に別れてあわ歌を響かせました。その時のお言葉です。
「改めて申す。
 度々なれど、全ては変わり行く。
 皆々様には、只々ひたすら、それぞれの響き、限りなく進められ、ご用意致されませ。
 これより参る日、その時へ、向かわれませ。
 新たへの定めたる思いと共に。(柏手)
 この大きなる木に捧げましょう。あ~あ~あ~あ~」9:14



皆さん大きなエネルギーを頂いて活性して良い感じです。今日の巡りも幸先良いスタートです。三陸大王杉の紹介が以下のようにあります。
「八幡神社の社殿の斜め後ろに立っている。
 八幡神社は、越喜来(おきらい)漁港を見下ろす高台にあるため、湾内のどこからも、家々の屋根の上方に、大杉の姿を認めることが出来る。
 四方に太い枝を伸ばすウラスギ(アシウスギ)の仲間で、樹勢が良かった頃は、周辺全体を覆わんばかりのその樹形に、杉下の字名がついたと伝えられている。
 その後は、度重なる落雷などにより、めっきり樹勢が衰えてしまった。
 このままでは死を待つばかりと、平成2年(1990)に「三陸大王杉を守る会」が結成され、寄付を集めて、樹木医山野忠彦氏の大規模治療を受けた。現在見られる修復跡は、そのときのものであろう。
 上写真のように、一部は蘇って元気に葉をつけている。しかし、最近、斜面下方に突き出た大枝が折れてしまった。寄る年波には、勝てないようだ。
 大杉がなくなると風景が変わってしまう。大袈裟に言えば、越喜来にとって、それほど存在感のある大杉だ。是非長生きしてもらいたいものだ。」
http://www.hitozato-kyoboku.com/sanriku-daiousugi.html
http://hashimo10.at.webry.info/201310/article_17.html