2019年5月26日日曜日

1681「南三陸21」2019.5.26

 南三陸の巡りも最後の目的地になりました。遠田郡涌谷町にある箟岳(ののだけ)観音 箟峯寺(こんぽうじ)です。先の大嶽山興福寺で示した、遠流志別石神社、大嶽山と直線上に結ぶ箟岳山(ののだけ)にある観音堂です。ここは以下の様に紹介されています。

・箟岳観音 箟峯寺 遠田郡涌谷町箟岳字神楽岡1
「奥州三十三霊場第九番札所として有名な箟峯寺の所在地は、古来殺生禁断、女人禁制の聖地で、大門から一歩ふみこめば、罪人も捕らえられなかったと言われ、ただ一つの村外地でした。
 箟岳観音は奥州三観音の一つで、大同2年(807年)坂上田村麻呂建立と伝えられ、本尊は十一面観音像(秘仏)で、三十三年に一度ご開帳されます。前回は平成20年(2008年)にご開帳されたので、次回は平成53年(2041年)です。
また、1月には県重要無形文化財・白山祭が行われ、その行事の一つ御弓神事(おゆみしんじ)は稚児が矢を射てその年の天候を占います。
4月上旬から中旬にかけては『かたくり』の花が境内において見頃を迎えます。7月は石仏広場において炎の祭典・採燈大護摩供が執り行われ、箟峯寺一山総出仕のもとに「除災・招福・諸願成就」を祈願します。11月から12月にかけて山全体の紅葉が始まり、紅葉の名所としても有名です。観音堂手前の仁王門に安置されている仁王像は、その表情から別名「微笑み仁王」とも言われ広く愛さています。」


更にここはこの巡りの1日目に紹介した松島町の富山、石巻市の牧山と共に奥州三観音の一つで、この3点を結ぶと正三角形を形成しています。以下の「縄文時代早期の海岸線」の図にこの3観音を配置するとそれぞれ岬の先に位置しています。1200年前に坂上田村麻呂により建立された奥州七観音の内の三観音を決める地形的見立てが出来ていた事は驚くべき知識があったと推測できます。多くは蝦夷たちの聖地であり、そこを死守する為にそこで亡ぼされたのではないか。そしてそこを封印し鎮魂の為に観音堂を祀ったのでしょう。

 以下が奥州三観音、奥州七観音です。
 坂上田村麻呂ゆかりの観音像をもつとされる。以下が、「奥州三観音」だ。
・大仰寺(だいぎょうじ):富春山大仰寺、臨済宗 松島町、奥州三十三観音第7番
富山観音と呼ばれる。松島四大観の一つ(麗観)本尊は千手観世音菩薩、坂上田村麻呂開基、延暦年間の建立
・梅渓寺(ばいけいじ):両峰山梅渓寺、曹洞宗石巻市牧山の中腹、奥州三十三観音第8番
本尊は聖観世音菩薩(牧山観音)、無尽天全和尚開山、貞治2年(1363)創建
大嶽丸の妾魔鬼を征誅し供養したとある。牧山は魔鬼に通ずる
・箟峯寺(こんぽうじ):無夷山箟峯寺、天台宗 涌谷町箟岳山頂、奥州三十三観音第9番
本尊は十一面観世音菩薩(箟岳観音)、坂上田村麻呂開基、大同2年(807)建立
古来、殺生禁断、女人禁制。大門より一歩入れば仙台藩で科人を捕らえられなかった
 
奥州七観音と呼ばれるものがある。やはり坂上田村麻呂祈願のものと伝えられるようだ。
 大嶽観音(登米市南方町、興福寺、奥州三十三観音第10番)
 箟岳観音(上記)
 長谷観音(登米市中田町浅水、長谷寺、奥州三十三観音第24番)
 富山観音(上記)
 牧山観音(上記)
 小迫観音(栗原市金成小迫、勝大寺、奥州三十三観音第22番)
 鱒渕観音(登米市東和町米川、華足寺、奥州三十三観音第15番、馬頭観

 箟峯寺に着いた時が丁度17時でした。観音堂を参拝し奥の見晴らし台に向かいました。三郎杉、四郎杉、夫婦杉と巨大な杉が鎮座しています。「おくのほそ道展望台」からの眺望は格別で実り豊かな田畑が見渡せます。










 盛沢山な南三陸の巡りの旅を無事に全て終える事が出来ました。お陰様です。