2016年8月12日金曜日

663「ゼロ磁場2」2016,8,12

 23日は良い天気に恵まれました。奥州ゼロ磁場巡りの旅には最高の日和です。仙台駅を6時半に3台の999の車の分乗して一路、秋田県鹿角市を目指します。秋田県に入って直ぐの湯瀬PAで盛岡から参加のKさんを9時半にピックアップして目指すは、大湯ストーンサークルの北西にある黒又山、クロマンタです。

 黒又山は標高280メートルの山で、きれいな三角形の形をしていて、山頂に本宮神社があります。色々謎の多い山で、各方面で話題になっています。
 黒又山の由来に以下の様な記載があります。
「標高280米、現在地より80米の三角錐のこの山は、ピラミッド説が強く神秘につつまれた山です。人工的に積み上げた山ではないが、人の手で削り取り形を整えて、山霊を仰ぎ多くの人々の信仰を深め、祭儀を行なった山とされています。
 地元の人々は昔から、この山を、クロマンタ山、又はクルマンタ山と読んでいます。
 大昔から、この地方は蝦夷地であったのでクルマンタ山も蝦夷語で解説すると次のようになります。
「クル」とは神、又は普通でない人間の事。
「マクタ」とは野の事(マンタはマクタの転訛と思われる)。
「キシタ」とは山の事。
「クルマクタキシタ」すなわち神野山となり、これがクロマンタと呼ばれるようになったと思われます。
 黒又山の名は後で付けられたものですが、ともかく古代の遺跡ストーンサークルをはじめとして、多くの神仏が祀られている野原に立つ山、そして深い神秘の中に多くの信仰を集めた山で、ピラミッドと言っても不思議ではありません。
 今もなお、信仰深い山「神野山」であり、すなわち現在の黒又山なのです。」

 一説によると、「黒又」の語源はアイヌ語の「クルマッタ」で、神々のオアシスという意味で、「神の山」という意味のアイヌ語が語源といわれる山です。
 人工のピラミッドという説がありますが、学術調査の結果、山麓から山頂への地中に階段式のピラミッド構造が隠されている可能性が指摘されています。
「平成4年(1992)、地下レーダー調査で黒又山の本来の形は麓から山頂にかけて7~10段の階段状になっていると測定された。山の地表面から多くの白い石が発見され、これは築成時に表面を覆っていたものではないかと推測されている。山頂部分の地下10メートルほどのところに空洞があるとされる。」
 果たしてその真偽は分かりませんが、ロマンを掻き立てられる話題です。

 皆さんで10分ほどの山登りをして山頂の本宮神社に到着です。朝の清清しい気に満ち満ちたエネルギーを頂き、ゼロ磁場巡りの始まりの始まりです。



 本宮神社の由来は以下です。
「十世紀末頃、俘囚の長として成長した豪族安倍貞任は、この地に及ぶ程の強力な支配勢力をもっていたと言われる。
 安倍一門の中に本宮徳次郎という医者がいた。本宮は、安倍の従者として蝦夷地に移ってきたのであるが、草深い鹿角に来て薬草の生い繁るこの地に安住の場所を求めたのである。
 その時、安倍の守り神である清水観音、八幡大菩薩、帝釈天を背負ってきたとされる。
安倍の守り本尊である帝釈天を庚神として現在地にまつり、これより巽の方角(草木八幡堂)に八幡大菩薩を、丑寅の方角(大円寺境内)に清水観音をまつったのである。
 更に自ら庚神を守りながら、医者の守り神である薬師如来を一心に信仰し、四方はるか遠くからでもお参りできるよう、この黒又山頂に薬師堂を建立した。
 本宮は名を徳宗と号し、多くの病人を薬草をもって救い、以後本宮家は数代にわたって栄えたといわれる。
 本宮神社の名がかかげられたのは明治になってからである。この地一帯に深く信仰を集め、昔から薬師さんとして親しまれている。頂上には三間四面の薬師堂が鎮座され、本尊は薬師如来である。頂上まで所要時間15分。」

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