2019年11月4日月曜日

1846「下北・恐山12」2019.11.4

 私が駐車場に車を停めて少し遅れて参道を進みました。社殿では木内さんのお話しがありました。何故か私に振られたのですが、先の紹介文にあった女性の自殺とは別に椿山心中と言う出来事があるのです。それは義経の逃避行にまつわるもので、高木彬光氏の著書『成吉思汗の秘密』にその内容が記されています。それはこの椿山心中と天城山心中に触れたものです。その事を皆さんに簡単にお話ししました。
 参考になる表記を紹介します。

「天城山心中と椿山心中(EJ1659号)
 愛新覚羅家といえば、忘れられない出来事があります。それは昭和32年に起こった天城山心中事件です。当時の新聞が伝える事件の概要です。
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 昭和32年12月10日、静岡県伊豆半島の天城山で若い男女の死体が発見された。地元警察が現場検証したところ、死体は2人ともピストルで頭を撃ち抜かれていた。遺品から男性は学習院大学2年生の大久保武道さん(当時20歳)で女性は同級生で元満州国皇帝・溥儀氏の姪で愛新覚羅慧生さん(えいせい・当時20歳)であることが判明、2人の関係や状況から心中と断定された。            ――当時の新聞より
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 ピストル心中を遂げた男性の大久保武道さんは、八戸の出身であり、地元鉄道会社重役の父を持ち、学習院大学生であり、文京区森川町の新生学寮に下宿していたのです。
 女性の方は愛新覚羅慧生さん――愛新覚羅溥儀の姪、溥儀の弟である溥傑の長女です。この愛新覚羅溥傑のことを語るには、その妻である愛新覚羅浩さんについてふれる必要があります。
 愛新覚羅浩さんは激動の昭和史の中での生き証人です。日本の公家の嵯峨侯爵家に生まれながら、満州国皇帝の弟の愛新覚羅溥傑氏に嫁ぎ、満州国の興亡を体験しています。敗戦の満州での逃避行から監獄での生活という辛苦を味わっているのは皇族、華族のなかでは浩さんと近衛文隆だけだといわれています。
 心中の原因は「叶わぬ恋」――大久保としては、慧生の実家が嵯峨家という名家であり、慧生との交際が快く思われていないことから、このままいっても恋は成就しないと、心中を決意したものと思われます。大久保の一途さに慧生が魅かれ、大久保に引きずられる形で慧生も死を選んだというのが実状のようです。
 なぜこの話を取り上げたかというと、そのときから800年も前に、天城山心中に酷似した事件が起こっているからです。それが椿山心中なのです。椿山心中とは、次のような話です。
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 義経は八戸滞在中、地元の豪族佐藤家の娘と深い仲になり、娘は鶴姫を産む。義経が既に北へ旅立った後の話である。歳月が流れて、成長した姫が恋に落ちる。相手は地元の阿部七郎という武士である。しかし、阿部家は頼朝に仕える身であり、義経の遺児との結婚など不可能。思い余った2人は、話にだけ聞く義経を慕って蝦夷地への逃避行を図ろうとする。そして夏泊まで来たとき、追っ手が迫った。2人は半島の絶壁で胸を刺し違えて、海に飛び込んだのである。
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 阿部と鶴姫が自決した夏泊半島(青森県東津軽郡)の椿山は、全山が1万数千本の椿でおおわれ、4月下旬から6月上旬にかけて、丘陵一帯が真紅に染まるのです。しかし、白椿は全然ないのです。それは、阿部と鶴姫の血潮で染まったためであると言い伝えられているのです。
 そして、冬になれば毎年、浅所海岸にシベリアから白鳥が飛来し、純白の雪景色の世界に飛翔する白鳥の姿には、生命の輝きが感じられます。これらの白鳥は、鶴姫の父・義経の霊魂が化したもので、非業の死をとげた鶴姫をなぐさめるために毎年決まって飛来するといわれています。
 天城山心中と椿山心中の男性は、いずれも八戸の出身であり、女性はいずれも源義経につながるのです。愛新覚羅慧生さんは清国の末裔ですし、鶴姫は義経の忘れ形見です。清朝は成吉思汗につながるのです。あまりにも酷似しているのです。しかも、伊豆の天城山は、源氏のゆかりの土地なのです。
 このことに気が付いたのは、高木彬光氏です。そして『成吉思汗の秘密』に書いたのです。彼はこれを「輪廻」といっているのです。ソロモンの『伝道の書』に次の言葉があります。
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 先に有りしものはまた後に有るべし。先に成りし事はまた後に成るべし。日の下には新しきものあらざるなり。見よ、これは世に新しきものなりとさしていうべきものありや。それは我らの前にありし世に、すべて久しくありたるものなり。―ソロモンの『伝道の書』より
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 高木彬光氏の『成吉思汗の秘密』 ――源義経=成吉思汗説を書くに当たって、この本ほど役に立った本はないのです。ジョセフィン・テイというイギリスの女流作家がいます。その人の書いた探偵小説に『時の娘』 という傑作があるのです。「真理は時の娘なり」という格言からとった題名ですが、『成吉思汗の秘密』 の構想は明らかにこれからとられています。
 この小説の主人公は、ロンドン警視庁の警部――彼は犯人を追いかけているうちにマンホールに落ちて大怪我をするのです。それで、病院に入っているうちに、退屈でしょうがないものだから推理を働かせて、いろいろな難問に挑戦するというものです。
 高木彬光氏は、もちろん『時の娘』 を読んでいて、その構想の実現の機会を狙っていたといいます。1957年8月のことですが、ある易者に先祖のお墓参りをすれば、必ず大作のきっかけが掴めるといわれたそうです。半信半疑で出発した高木氏は、不思議な体験をするのです。
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 途中北上川が氾濫して、夜中から朝まで平泉の駅に急行列車が立往生してしまったのである。その時、私は妙な夢を見た。白鳥の大群が海をわたり、一望千里の広野に飛んで行く光景だった。いつのまにか、私もその一羽になって空を飛んでいる――眼がさめたとき、私は子供の頃聞いていた椿山伝説を思い出して、おやと思ったのである。 ――高木彬光著「前掲書」より
http://electronic-journal.seesaa.net/article/6035241.html


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