「仏ヶ浦 佐井村長後縫道石地内
仏ヶ浦は青森県下北半島西岸の下北郡佐井村南部に位置する名勝です。古くは仏宇陀(ほとけうた、ほとけうだ)と呼ばれていました。仏ヶ浦の由来はアイヌ語の「ホトケウタ:仏のいる浜」が転訛したとも言われています。
風雪厳しい津軽海峡の荒波が削り上げた大自然の造形、仏ヶ浦は冬の厳しい姿を夏の穏やかな姿の両方を持っています。主に白緑色凝灰岩で構成された岩肌が風雪や海蝕によって約2kmにわたって連なる大小様々な奇岩怪石が造りだされ、見るものの心に様々な造形を結んでくれます。
現在でも木造平屋建て、入母屋、銅板葺き、平入、正面1間向拝付きの地蔵堂には地蔵尊が祀られ、恐山の例祭の中日に仏ヶ浦の例祭が行われています。古くは恐山の参拝の帰り仏ヶ浦に寄る人達も多く奇岩怪石には如来の首、五百羅漢、一ツ仏、親子岩、十三仏、観音岩、天竜岩、蓮華岩、地蔵堂、極楽浜、天蓋岩、極楽浜等の極楽浄土を思わせる名称が付けられ、津軽海峡を三途の川、白浜を賽の河原に見立てた信仰もあり一角には石を積んだ塔婆が建立され信仰の篤さが窺えます。
江戸時代後期には紀行家で民俗学の祖とも云われる菅江真澄が下北半島に訪れた際、当地まで足を運び当時の様子を詳細に記録しています。明治時代から大正時代の紀行家大町桂月が仏ヶ浦を訪れた時「 神のわざ 鬼の手つくり仏宇陀 人の世ならぬ処なりけり 」の和歌を残し仏ヶ浦のことを絶賛しました。
仏ヶ浦は昭和9年(1934)に青森県天然記念物、昭和16年(1941)に国名勝及び天然記念物に指定され昭和43年(1968)には下北半島国定公園となっています。又、仏ヶ浦は昭和50年(1975)に仏ヶ浦海中公園に指定され平成19年(2007)に日本の地質百選に選定されています。」
天龍岩 |
蓬莱山 |
如来の首 |
一つ仏 |
ジオサイトとして以下の様に記されています。
「下北地域・西海岸の中央部に位置する国の名勝および天然記念物である仏ヶ浦。巨大な岩体が日本海の拡大期に起こった海底火山の規模を物語っています。長年の風雨と波によって削られた岩々は、鬼か神でなければ創ることができないとまで言われる彫刻であり、仏ヶ浦独特の霊験あらたかな空間を形づくっています。
仏ヶ浦の岩々は、約1500万年前に起きた海底火山の噴火による噴出物からできています。仏ヶ浦でよく見られる白緑色の凝灰岩はグリーンタフと呼ばれ、日本海拡大期の海底火山活動を代表する岩石です。グリーンタフは本州から北海道南部の日本海側に広く分布しています。
海底に堆積したグリーンタフの地層は、隆起したのち、雨水や波浪による侵食を受けました。その結果、現在見られるような巨岩・奇岩がそそり立つ景観ができあがりました。特徴的な形をしたそれぞれの岩には、「如来(にょらい)の首」や「蓮華岩(れんげいわ)」、「蓬莱山(ほうらいさん)」など仏教や霊界を連想させる名前が付けられています。
仏ヶ浦では昔から、津軽暖流に乗ったさまざまなものが漂着しました。江戸時代に流れ着いたお地蔵様を祀ったことから、仏ヶ浦信仰が始まったと言われています。仏ヶ浦では、周辺の海流や地形・地質と関わりの深い信仰が根付いています。」