2023年7月30日日曜日

3138「神さまの教える諦めの心」2023.7.30

 今回は「いっぷくからありがとう」さんの2023年07月17日の記事を紹介します。


「神さまの教える諦めの心」


今日は、聖なる諦め、諦めることがゴールであり、スタートであるというお話です。

このテーマでは、以前から何度も何度も書いていますが、 

このテーマも、日本神界 高位の魂である、山幸彦の魂を持つ、小学生のトキ君の情報とピッタリと一致しているため、 

このことが、神様の真実であることが推認できます。 

私のブログでは、ブッダやイエス、そして日本人の心に伝わる古の神道を情報ソースとして書いていますが、この6歳の子供が、いくら神様の魂を持つとは言え、同じ内容を語っていることに驚きます。 

既に、沢山の神様の魂が、この日本に転生を始めているそうです。 

本当に「精神性復活の時代」夜明けが近づいて来た様です。 

トキ君の情報は以下です。

一瞬で幸せになれる言葉…皆様に響きますように…人が人として生きていくうえで大切な何かに気付けますよに。これからも私達は皆様の幸せを祈ります😌🙏 youtu.be 

約2分くらいから「諦める」についてです。

6歳と幼く語彙が少ないため、5分30秒くらいから違いを身体で表現してくれています。

 


トキ君は以下のように話しています。 

・諦めるは、ゴールでありスタート

・諦めると、また新たなスタートに立てる

・「諦めない」と言う言葉は、ゴールを自ら遠くへと設定してしまうこと

・諦めた瞬間に心が解放される

・本当に自分がやりたいことであれば、あきらめなくても良いけれど

少しでも嫌な気持ちがあるなら、諦めて新たなスタートに立った方が良い

・諦めると楽になって心が明るくなる

・諦めた瞬間に、どんなことでも出来るようになる

・諦めるということは「それでいいんだよ」って言うこと

・諦めないは「それじゃ、ダメ」って言うこと

・諦めるとは 認めるっていう意味

・出来ない自分を諦める

・出来ない相手を諦める

また同じようにブッダと神道のエッセンスより

「諦め」について以前書いた記事がありますので、加筆修正して載せたいと思います。

小林正観さんのお話から、ブッダの悟りと、日本に昔からある神道が、驚いたことに全く同じ到達点にたどり着いている、について書こうと思います。 

 

ブッダは2,500年前に、この世の苦しみ、悲しみの原因は、自分の思いどおりにならないこと、と悟りました。

自分の思いどおりにならないことに対して、それに逆らって、なんとかしようと するからこそ、人は悩み・苦しむのです。

人の苦しみや悲しみは、外から与えられるものではありません。

苦しい・悲しいと思う心、つまり、人の内(心)から、苦しみや悲しみが発生しているのです。

だから、お釈迦様は、こうおっしゃっています。

「すべて、受け入れなさい」と。

それは、頑張る生き方ではなく、楽に生きる生き方です。

・人に頼って

・人に甘えて

・あるいは人に頼られて

・時には人から甘えられて

自分の思いどおりに、世の中を変えようとしないで、それを受け入れて、こころを楽にして生きてゆくこと。

そして、最高の形は、「ありがとう」と、感謝することだったのです。

・水を飲めることに「 ありがとう 」

・息ができることに「 ありがとう 」

・食事できることに「 ありがとう 」

・仕事があることに「 ありがとう 」

・家族がいることに「 ありがとう 」

・友達がいることに「 ありがとう 」

・話ができることに「 ありがとう 」

・歩けることに  「 ありがとう 」

・病気でないことに「 ありがとう 」

・生きていることに「 ありがとう 」 

これは、日本に古くから存在していた古神道と同じ結論です。 

感謝の心が神々の恩寵の表れる場となる・・ 

ということです。 

 

日本の神道には 

・教義も

・教祖 

もいません。

だから宗教とは呼ばれません。 

全てのもの、全ての自然現象に神々の意吹きが宿るとして、尊重し、敬う心です。 

このブッダの悟りの神髄に対して、きっと反論のある方もいるかもしれません。

だって実際に

・貧困でお金がなく

・病気で、毎日が苦しい

・友人に裏切られた

・職場にいじめが存在する

・世の中には許せない犯罪者がいる

・憎い

・苦しい

・辛い

自分が辛いのは

・あいつのせい

・世の中のせい 

でもきっとご本人もわかっているはずです。 

自分が辛く、苦しいのは 

・憎しみの心があるから

・人のせいにしているから 

ブッダは仰いました。

「すべて、受け入れなさい」(そのことを諦めなさい、許しなさい) 

自分の心の状態が現実を作ります。

憎しみの心を抱いていては、次から次へと 憎しみの対象が目の前に現れてくることでしょう。 

「これがない、あれもない」と、常に足りない部分ばかりを見ていては、地獄の餓鬼と同じ心になってしまいます。 

そもそも神様は私たちが生きていくうえで、必要なものは全部、準備してくださいました。

そのうえで、私たちを、その場所に置いてくださいました。 

「置かれた場所で、咲きなさい」と。

神さまが準備してくださったものは

・健康や

・お金

・幸運

それだけではありません。 

・苦しみ

・悲しみ

・貧困

・病気 

も一緒に置いてくださいます。 

それは、その状況が、私たちの魂を磨いて、輝かせてくれるからです。 

本人が超えられないものは、置かれません。 

人よりもつらく、悲しく、苦しい状況は神様に見込まれているからです。 

私たちは、足りないことばかり見つめることをやめ、ゆっくりと、澄んだ心で周りを見渡せば、きっと、本当の幸せを見つけることができるでしょう。 

なぜなら、誠の幸せこそ、神様が私たちに一番、渡したいと願っているものだからです。 

幸せは、向こうから勝手にやってくるものではありません。

すでに自分を、山ほど取り囲んでいるものです。

神様が準備してくれていたものです。

それに、気がつけるかどうか。

ただそれだけの違いのようです。 

そうブッダは、般若心経で教えてくださいました。

・憎しみの心

・人を蔑む心 

が消えて、お幸せになられますように。