2018年10月6日土曜日

1449「神示25」2018,10,6

 次の目的地は奥州市江刺区藤里智福にある愛宕神社・藤里毘沙門堂です。ここの毘沙門天像も貴重なものですが、目的は神社内に1000年を越えて聳え立つ木々です。

 まず浅井愛宕神社・毘沙門堂の説明です。
「毘沙門堂は、大同三年の創建と伝えられており、宝暦十三年の風土記書によれば、「刀は毘沙門御神躰慈覚大師の御作嘉祥三年に相建申候」云々とある。江戸時代には羽黒派修験智福院が別当なっているが、詳細は不明である。
 この毘沙門堂には、重要文化財木造兜跋毘沙門天像をはじめ、岩手県指定文化財木造毘沙門天三像、木像十一面観音立像や、市指定の仏像が数多く保存されている。
 重要文化財木造兜跋毘沙門天立像は、東日本に限って見られる鉈彫技法によって制作された像でトチノ木材による一木造りである。顔は、眉根を深くよせて念怒相を示し、右手は曲げて戟をもち、左手は深く折り曲げて塔をもち、柔和で深い精神性をたたえるすばらしい表情を示す地天女の肩に、ほぼ直立する姿をしている。
 この像の制作年代でああるが、鉈彫像には銘文のある像が一体もないので、様式的な比較から推定しなければならず、研究者によってそれぞれ年代に相違があり、十世紀末から十一世紀とする説と、十世紀中ごろの制作とする説がある。
 毘沙門天像は北方鎮護の守護神であり、兜跋毘沙門天像が夷狄征伐の目的をもつところから、胆沢城築城以後の陸奥國支配をすすめる上での守護神として、北上川河東に造像され、政情不安なこの地方の平安を祈ったものといえよう。 奥州市教育委員会」

 神社の境内に聳える大カヤ、杉の説明は以下です。
「智福愛宕神社の大カヤ :樹高 21m 幹周 5.2m
ここは愛宕神社よりも、「藤里毘沙門堂」という呼び名で知られているかもしれない。
 境内に7m級の大杉が2本もあるため、これほどの幹を持ちながら主役ではない。並び立つ「湯桶杉」に遠慮したのだろうか、横に展開せず、負けまいと競って上に伸びたようで微笑ましい。
 岩手県は、密教では北方を護るとされた毘沙門天(四天王の中では多聞天)の宝庫と言ってよい。
 三熊野神社の成島毘沙門堂(花巻市東和町)には4.73mと日本一の大きさを誇る「兜跋毘沙門天立像(国重文)」、立花毘沙門堂(北上市立花)の「木造毘沙門天立像(国重文)」、奇祭「黒石寺蘇民祭」で有名な黒石寺(奥州市水沢区)の「木造四天王立像(多聞天=毘沙門天)」、坂上田村麻呂が108体の毘沙門天を祀ったといわれる達谷窟毘沙門堂(西磐井郡平泉町)、そしてここ藤里毘沙門堂の「木造兜跋毘沙門天立像(国重文)」が一日で見て回れる範囲内にあるのだから。
 しかしやはり予約が必要だったようで、無人のため宝物庫も開かず、残念ながら観ることはかなわなかった。
 ところが・・・まったくノーマークだったこの場所に見逃せない巨木が3本もあったのである。毘沙門堂の裏に愛宕神社と蔵王権現堂があり、正面の「湯桶杉」とほぼ同じぐらいの太さの無名の大杉がその蔵王権現堂の前にある。無名にしておくにはもったいないので「権現杉」とでも呼びたいところ。

湯桶杉
 山上の愛宕神社(藤里毘沙門堂)を参道の下から見上げると、入り口の鳥居の後ろに「智福愛宕神社の大カヤ」と並んでそびえ立つ巨大な木の頭が笠のように見える。「湯桶杉」である。
 案内板には、「昔、太い枝で湯桶を作ったことによる呼び名という」とあり、境内の裏にもまた巨木があることが書かれている。目通りよりも上部で大きく枝が張り出し分かれているので貫禄がある。分かれる位置が低ければ白山杉のような木になっていたのかもしれない。

権現杉
 ここが神仏習合していた時代にはどういう扱いだったのかは知らないが、神社だったのならば拝殿の位置にある藤里毘沙門堂の裏は一段高くなっており、本殿のあったろう場所に愛宕神社があり、向かって右に新しい宝物庫が見える。「木造兜跋毘沙門天立像(国重文)」他の宝物が厳重に保管されているのだろう。
 愛宕神社の左脇に並び立っているのが蔵王権現堂で、それを守護するように湯桶杉に負けない7mほどはあろうかという大杉がそびえている。名前は特にないようだ。無名のままにしておくのは惜しい杉なので、ここは仮に「権現杉」と呼びたい。」

 私たちがバスで乗り入れると同時に、軽トラのおじさんが飛んできました。「参拝する前に一言声を掛けろ!」とバスの運転手さんに言います。はい、申し訳ありません、と返事をして、意の介さずに神社を参拝し、木々の鑑賞です。


 皆さんこれらの巨木に驚きです。木に触れ、見上げ、写真撮影し満喫しています。よくもこのように残ったものと思います。
 神人さんから
「ここは皆が病気直しに来たところです。杉の巨木は動かなくても変化があり、楽しみを見出している。」と話されました。そして樹齢1200年の木々との対話を紹介してくださいました。

神人:こんにちは。
樹霊:何んしにきたのか?
神人:分からないで連れてこられた。
樹霊:私に会いに来たのか?ここにいて人間の移り変わりを見て来た。
神人:どういう人を見て来たのか?
樹霊:病治しの木と呼ばれていて、病気の人、傷治しの為に沢山の人が来ていた。その祈願の為に来ていた。私を見てどう思う?
神人:でも、こんなところに1200年もいるんですね。
樹霊:ここにいても変化を見られ、ずっといるだけでも喜びが得られる。
神人:これで帰ります。又機会があったら来させてもらいます。
樹霊:もう来ることはないだろう。あなたはあなたの生の喜びの為に生きなさい。
神人:杉の木と言え、1200年も生きていると人間の達観しているおじさんみたいなことを言うな。

 樹齢1000年以上の木は悟りを得た様な事をいうのに驚きです。

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