2020年2月5日水曜日

1938「南福島巨石巡り9」2020.2.5

・御神楽石:吉祥寺を道路側から見上げると巨大な獅子頭が天を仰いでいるように見える所から付けられたという。
 

・真言宗立石山吉祥寺周辺の銘石
 下の写真は吉祥寺の下から撮ったのだが、手前の二つの石が立石と烏帽子石である。
後方のこんもりしたマウンドが三つ石の裏側にあたる。
 

・三つ石巨石はオリオン信仰か!
1、「立石と烏帽子石」の三つ石
吉祥寺の50mほどの所に「立石と烏帽子石」がある。不思議な光景である。周りにこれと似た巨石などは存在しないのだ。二つとも大地から突き出たかと思われるようである。
 

 右が烏帽子石で勿論形状からその名がついている。
 左が立石で約5mの高さがある。この旧地区の地名の発祥と言われている。
 資料では、「・・・二つが独立し並立している姿は神秘感と自然の造形美」と賞賛しているにとどめておられる。しかし、大袈裟にいえば、この両石がほんとうに地球誕生以来此処に存在したのだろうか!もしかしてその後に地殻変動等によって隆起したものであろうか!私にはあたかもどこからか運ばれてそこに配置された如くに感ずるのである。

 よくよく確認した所、立石、烏帽子石の直ぐ脇に少し出っ張った石が確認できた。私が左手で指し示している所である。雑草で覆い隠されているが、地中に埋められていて上だけが破壊されたように見えるのである。
   


 鈴木光氏にお尋ねしたが、案の定、大分昔は三つ立っていたという。そうなのだ、「三つ石」だったのである。唐突であるが、所謂オリオン信仰から来たものではないのだろうか!と思うのである。或いは三つ石信仰か!立石と烏帽子石の二つには流石に手を付けず、奥の三つ目の石を砕き利用したと推定される。
 三つ石のその学術的な価値も考慮されずこうして一つは消えて行ったのである。只その後、石仏等の保存及び研究が村で話しあわれ、実行されて今日に至っているという事である。
 縄文のいにしえから住んでいたこの地域、信仰対象は変わってもその信仰心は失われるものではない筈だ。いや、変わることなく同時に色々な信仰を対象としたかもしれない。
 信仰の対象は自然の巨石や巨木そして星座の信仰なども、初めは北斗七星やオリオン星を拝んでいたかも知れない。縄文時代に集落を営み住んでいた事が立証されてるなら更に古い時代から住んでいたと推定しても無理はないと思う。
 羽山の下には不動滝といわれる川もあり古代人が住まない訳はない。勿論オリオン信仰が朝鮮半島から渡来人によって(・・・と言う事は学者によると弥生時代になるが・・)持ち込まれたのではないかという説は有るにしても(そんな新しい時代ではないはず)、それぞれの地域によってはそれとは別に古代から星への信仰はあったと思うのだ。当然北斗七星やオリオン星も対象になっていた筈だ。
 この様にこの立石の三つ石はオリオン星への信仰から来たに違いないと思うのであるがどうであろうか!星座を地上に投影する発想と実行は一部地域にとどまらず、日本国中何処にでもあったのではないか!
 これも蛇足であるが、青森の超古代研究家の佐藤有文氏によれば、時代はずっと下るが、巨石ではなく、「津軽の地では毘沙門天信仰が盛んで古い妙見神社を地図上で線を引くと巨大な北斗七星の図形が描かれる」(鈴木旭著・日本超古代遺跡の謎)といっておられる。これも神社が星座として地上へ投影されたものである。
 従って当然三つ石は運ばれて此処に配置されたもの!と推測するのだ。

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