1.巨大なコアストーンが小さな尾根先端斜面上部に露出していました。
(8.5+α)×9.5×6.5mで、単体コアストーンとしては有数の大きさ
2.地すべり状の動きで尾根先端が滑り落ち、落ちた先で安定。
3.この時代は未詳。古くは、更新世末期の氷期に当たり、周氷河作用により滑り落ちた可能性もありますが、完新世に入ってからの小規模な地すべりによる地形とも考えられ、標高も低いので、ごく新しい地形である可能性の方が高い。
4、逆に現代から見ますと、この時代は地名起源でもありますし、江戸時代以前にさかのぼると思われます。稜線肩露岩・地すべりによるすべりの例は、宮城県丸森町筆甫の経石、花巻市東和町谷内丹内山神社の胎内石など。
5.移動後、自重により傾斜方向に直行する曲面割れ目が入って2つに破断しました。
この時期は地名起源でもありますし、江戸時代以前にさかのぼると思われます。ただし、破断面はすごく新鮮で、風化していないように見えます。だから新しいとは云えませんが。
類例は、栃木県足利市名草、名草弁天の弁慶割石、山梨県甲州市塩山上小田原の裂石、
山梨県山梨市上石森の石森山子持ち石など多数。
<どのように利用されているか:歴史資料>
・ブログによれば、集落名「破石」の元になっている巨石で、石をご神体とする祠の名も、「破石神社」であるとのこと。
・祭神名は、祠の中に札があり、天之石戸別命と石凝姫命とわかりました。
・石鳥居の束柱に、「破石神社」と刻まれていた。
http://chibataki.moo.jp/kyosekihukusima/asakawawareisi/wareisi.html
もう一つ紹介します。
「日本最大級の巨大な石神・浅川町の破石」
露岩や岩石帯ではなく、何気ない風景の中に単立する「聖なる岩」としては、日本最大級なのが、この「破石」(われ石)です。(途中省略)
アラハバキ系の巨石信仰・・・・などと勝手に決めつけるとお叱りを受けそうですが、いずれにしろこのあたりの巨石信仰は、隙間や割れ目があるものが目立ちます。
ネットでいろいろ調べましたが、この岩の信仰や由来、あるいは周囲の出土物など、何ひとつわかりませんでした。まさに謎の巨石です。周辺に大きな岩はなく、なぜここにぽつんと存在するのでしょうか?常識的に考えれば、人の手で運べるような石ではありません。」
http://sazanami217.blog.fc2.com/blog-entry-332.html
国道に車を止めて農道に入って田んぼ脇の参道を進むと破石神社があります。午後の陽ざしを浴びて明るい雰囲気です。石の鳥居に奥に小さな社があり左手にご神体の破石が鎮座しています。
正面からみると巨大な三角お結びに見えるのですが真横からみると真ん中から割れています。この割れから破石、われいしと呼ばれているのでしょう。割れた奥の石から巨木が根を張り聳えています。石木共生です。
光が燦燦と降り注ぎ石のエネルギーと相まって私達は沢山のエネルギーを頂けました。