2018年3月8日木曜日

1237「毘沙門・妙見10」2018,3,8

 神行堂山の巨石を後にして急いで昼食会場の登米市迫町佐沼に向かいます。予定より遅れての到着ですが、お店の方は暖かく迎えて下さいました。メニューはこの地の名物料理のあぶらぶセットです。大きな麩を使ったお鍋でしたが中々のボリュームで美味しく頂きました。




 雪も降り止み午後のスタートです。目的地は登米市南方町の大嶽山興福寺です。
 以下の様に紹介されています。

「大嶽観音は、平安時代の初期大同2年(807年)に征夷大将軍坂上田村麻呂の創建、京都清水寺延鎮法師の開基という。 今より1千有余年前、幾多の兵火などにより古記録を失い、詳細は判明しないが、近世の縁起によれば、蝦夷の将を大武丸といい、田村麻呂はこの蝦夷を当山において殺害し、遺骨を7分し、7か処に分葬して、それぞれ観音の浄閣を建てたが、大嶽観音はその一つと伝えられている。当時、東に興福寺、西に天王寺の2寺と48坊を造営し、国家鎮護、蝦夷の教化にあたったという。」

「寺伝によると観音堂は大同2年(807)坂上田村麻呂の創建です。
 坂上田村麻呂が奥州平定の戦いでの戦死者の遺骸を7か所に分散埋葬し、その場所に観音堂を建立したと伝えられている。その一つが大嶽観音堂であり、箟岳観音、長谷観音、富山観音、牧山観音、小迫観音、鱒渕観音と合わせて、奥州七観音と呼ばれています。
 開山以来、修験の道場として栄えてきたが、戦国時代兵火により焼かれ、一時中絶しましたが、元和2年(1616)現在の亘理郡山元町坂本より来山した修験僧永盈(えいよう)和尚が別当となって荒廃した寺塔の復興にあたり中興の祖となりました。
 当地方が伊達政宗の所領になってからは佐沼は要害の地として、家老津田豊前景康の領地となりました。津田氏は大嶽観音の名跡を重んじ、深く尊崇に勤めました。四代晴康の時、伊達綱宗の祈祷所になった。宝永5年(1709)落雷により再び焼失したが、伊達綱村により再建された。もとは羽黒山に属したが、明治維新となって神仏分離令により興福寺と観音堂は一時分離されたが、昭和15年観音堂は再び興福寺に帰属し、以降は興福寺の本堂となりました。
 御本尊十一面観世音菩薩は五尺四寸五分(167cm)台座と後光合わせて十尺(300cm)の木造です。宝永7年(1710)仙台北山覚範寺門前の仏師次郎左右衛門の作です。
 脇侍には不動明王と毘沙門天が祀られています。秘仏で、次の御開帳は平成29年(2017)7月15日~17日です
 観音堂外側の板面には、中国から伝わった古今の二十四孝物語が六枚、彫り込まれ、その欄干には、十二支が彫られて、堂の方位が示されている。 中国の二十四孝物語は江戸時代寺子屋で日常生活のしつけの教科書として使われておりました。
 六角堂は明治21年観音堂再建に先だって明治17年に建設されました。 屋根が六角形であることから六角堂と呼ばれています。 寺院には珍しい洋式建築様式を取り入れた二階建土蔵造り。興福寺には観音堂、六角堂のほか薬師堂、白山堂、鏡楼、庫裏、があります」


 観音堂であわ歌を響かせました。その時のお言葉です。          
「さて 是よりのこの地、この国が見せる多くの事ごと、
 皆々を我に帰えりて、その身を思い生き行く様を思い直し、
 真思いて、深き思い、元への道と立ち返る。
 大いなる時なり。移り来るを受け止め、しっかり立ち為され。」14時49分


  次の目的地は栗原市志波姫八樟にある志波姫神社です。その途中に、所用がある早めに帰られるIさんをくりこま高原駅に送りお別れです。志波姫神社は駅から直ぐの所です。前日に参拝した塩釜の志波彦神社と対なる姫の神社です。その紹介は以下です。

「主祭神:木花之開耶姫命
 社伝によると、聖武天皇の御宇の創建。延暦年間、坂上田村麿が東夷征討のおりに、武運長久・五穀豊穣を祈願したといわれる古社で、式内社・志波姫神社の論社の一つ。もとは、伊豆権現と称し、築館の玄光(源光)に鎮座していたが、正保年間に焼失。その後再建されることもなく、石祠に祀られていたという。
 寛永十六年(1639)伊達家臣・古内重廣によって伊豆権現の鎮座地、伊豆野原が開拓され伊豆野堰の開削にともない、現社地へ遷座。
 明治四十三年、村内の運南神社、駒形根神社、八坂神社、樟神社、八幡神社、白山神社、熊野神社、五十瀬神社を合祀した。合祀の神々の中に、東北には珍しい倭姫命がみられるが、どの社の祭神だったのだろうか。
 境内の右手に、小さな石祠が3つ並んでいる。「金田明神」と呼ばれる祠だが、元禄年間に無実の罪で磔になった3人の霊を鎮めるためのもの。」




 しっかり雪の中に鎮まりおわしました。社殿前で西に沈み始め陽の光を浴びながらあわ歌を響かせました。その時のお言葉です。
「見事なるを皆々で成し遂げんと致すなり。
 この地の中も、この地の上も、この天空の全ても、
 今一段の大きなる進みの時迎えて、鎮まり、かしこみ、
 その元なる響きを待つ時なれば、
 皆々、平らかなるを保ちてご用意なさりませ。」15時57分