2019年4月6日土曜日

1631「シャーマン14」2019,4,6

 興味を持った事を、人は死んだらどうするか?私は本当の事、真実を知りたいと思いました。それに答えてくれるのは指導霊クラスの霊人だけです。興味のあることしか知ろうとしない。生きていても死んでも、興味を持つと、死んだ後でそのことを知れます。興味が魂の器そのものなのです。しかしその範囲から出られない。そして死んだらそれが得られるのです。

 有とあらゆる事が許され、欲求に合わせて許されています。死んだ時、それが可能になるのです。例えば色情霊ともなれるのですが、そうなると浄霊の対象になってしまいます。全ては、意味のない物欲は無意味で、この世のものです。あの世は瞬間、瞬間で得られて消えて行く世界です。そこで強いのは情念です。
 縁のある者との関係性で何かしてあげたい。良くしていきたい。との思いがあります。

 テキストページ82。
 私達は肉体を使わせて頂く、異次元エネルギー体で変容可能です。最終的に球体に収まるもので、光の粒の様なものです。
 どの様に死ぬか?眠る様に死ぬのは稀なことです。病死、事故死、他殺、自殺、自然死、選ぶことは可能です。5つの死に方に入っていき、最後は因果関係で生じるものです。

 いつ死ぬかは生まれる前から期限が決まっています。それが宿命です。毎回、生の度に変わります。時間の使い方は運命で、それは変えられるものです。どう選んだらどうなるかは分かっています。そのことには指導霊、近親霊が関り、教えてくれます。教わりながら生きる事です。それが内観していくことになります。
 そうして意識、感性、志向を見極めていくのです。指導霊の意識が流れて、同じ仲間でチームで存在しています。依存にはならないものです。自分チームなので対話をして、より良い道を歩むことです。しかしこの事を私達は教えられていないのです。

 本当の答えが自分の中にあります。しかしこれらが得られ無いので、他に依存することになります。それで歴史の被害者になっているのです。
 悪者は存在していない、と惑わされています。全員がその被害者です。この仕組みを作っている神が悪いのかもしれません。しかし神は喜びをくれ、進化をくれています。誰に対して悪と言えないし、全員が被害者なのです。

 死に方によって死後の状態が異なり、変わります。ですから自分で考える余地があって死へ向かうのが良いです。老衰、病死は思考の中で死期を悟ることがあります。病死は痛い、苦しいがあるのですが、しかしそこには因果があり、それを無視したが故に病気になったのです。安楽死が出来たのにそれを無視したのです。

 事故死は内観で聞こえて来ます。自分チームで生きていて助けられるのです。それに従うことが出来た人は避けられます。危険には予知があるのです。しかしその予知、それ以上に現実の方の選択をしているのです。
 自殺は思い込みで、勝手な死に方です。それには全部理由があります。
 老衰を目指すことです。内観し、声を聴くことが大事です。素直に従う事が出来る様にし、病気に成らない様に、どの球を投げるかは最終的にピッチャーの自分自身に委ねられているのです。