2017年8月29日火曜日

1046「丸太6」2017,8,29

 紫波町佐比内にある「岩谷観世音の巨石」に向かいます。正確な住所が分らず、ナビで紫波町佐比内字片山で適当に向かいました。少し徘徊したのですがそれらしき所がありません。再度ナビを設定して進むと何と派出所の交番に着きました。もうこれは駐在所のお巡りさんの聞くに限る。と中に入りました。
 お尋ねすると、直ぐ近くと言います。結局、パトカーで先導して案内してくださることに成りました。ありがたき、驚きの親切をいただけました。ここの「岩谷観世音の巨石」が私達をお招きくださっているのではと思いました。大事な重要な場所なのでしょう。




 お巡りさんは丁寧に案内して下さりました。私達がお巡りさんと観音堂の辺りを歩いていると、参拝に来た家族の方に「何か事件ですか?」と言われてしまいました。お盆のお祭りがもう直ぐ始まり時間で近くの会場に人が集まりだしています。忙しい中にありがたきお導きを頂いたお巡りさんに深くお礼をしてお別れしました。

 岩谷観世音のある岩谷は巨大な岩山でした。岩谷観世音に付いて以下の記載がありました。
「岩手県紫波郡紫波町佐比内字片山にあり、石灰岩の洞窟にて高さ三・五米、幅二・六米、奥行八・五米、入口は楕円形にて風光頗る佳なり。
 平安時代桓武天皇の延暦年中、征夷大将軍坂上田村麻呂東征の際、洞窟に隠伏せし蝦夷を平定し観音像を安置して戦勝祈願と戦没士卒の冥福を祈り創立せしものと伝う。
 本尊は聖観音像にして、当国第十四番札所なり。
 御詠歌
「ふだらくは よそにあらじ岩谷寺 大悲の光なべて照らさん」」
 
「佐比内岩谷観音の創建は延暦中期として今から1,210年程前に創建されたと考えられる。鳳仙寺が寛文元年に館前(元寺の屋号ある付近と推察)から現在地に移して建立されたとすると、お寺ができる約八六七年前からお観音さんはあったことになります。
 岩谷寺の堂宇所在場所は不明ですが、ご本尊が聖観世音であることから仏寺であったものを明治初めの廃仏毀釈によって廃寺とされ神格化されたものと思います。
 年代等は定かでありませんが、古くから佐比内の観音信徒有志で8月10日には鳳仙寺の和尚による法要をいとなみ念仏をあげていました。
 遠野街道からの参道には幟旗がたち地域ばかりでなく近郷の観音信徒の参拝が多くあり賑わいました。境内では花相撲があり、かき氷、綿あめ、おもちやの出店もあり、時には舞台をかき股旅踊りなどもありました。夜には子ども建が行灯を吊し8月10日の観音さんの境内は遅くまで大きな桜の木を中心に夏の夜まつりでした。(菊池 清発行「ゆいっこ」抜粋)」
https://blogs.yahoo.co.jp/syory159sp/29584045.html





 お巡りさんが最初に案内してくれたところは岩谷観世音の裏手にある小さな岩谷でしたが、これは凄いと思って見学していました。そこには立て看板に「福吾山宝泉洞」と記されてあります。お巡りさんが帰ったと思ったら戻ってきて、向こうのようだと言います。再度車に乗って数百メートル移動です。そこにはしっかりと鳥居があり、1年前に出来た立て看板に所縁が記されています。ひょっとしたらお巡りさんは良く知らなかったのかも・・・。






 ここは先に記されていた様に、坂上田村麻呂所縁のところで、蝦夷の霊の冥福を願って安置されたようです。聖観音が祀られています。お堂の入り口はかなり大きく、中も広く隠れ住むには十分な広さです。参拝して早々に失礼しましたが、巨大な岩の浄化能力が働いているのでしょう。
 国道396号線は別名、遠野街道と言われていて、ここは何度も走っています。近くの熊野神社にはあわ歌の中山博さんを同行して参拝したことがあります。
 今回、この岩谷に巡り合うご縁をいただけた事はありがたいことです。平行宇宙に遭遇した観があります。そのことは次に触れます。

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