2019年10月26日土曜日

1837「下北・恐山3」2019.10.26

 縄文の美を堪能しました。現在国宝としての縄文土偶は5体指定されています。それは《縄文のビーナス》《中空土偶》《仮面の女神》《合掌土偶》《縄文の女神》の5体です。昨年、東京国立博物館でその展示会が開催されました。以下がその紹介です。

「今から約1万3千年前にはじまった縄文時代。それからおよそ1万年間続いたこの時代に目を向けた特別展『縄文―1万年の美の鼓動』が、この夏(2018年7月3日〜9月2日)、東京国立博物館 平成館で開催される。本展は「縄文の美」をテーマに、北は北海道、南は沖縄まで、日本各地の出土品を一堂に集め紹介する。
縄文の国宝土偶すべてが集結!
 土偶とは、粘土で作られた人形の、基本的に女性像を象ったものを指す。縄文人は、土偶に安産や子孫繁栄、豊穣、怪我や病気の治療などあらゆる願いを込めたという。縄文時代の土偶がはじめて国宝に指定されたのは1995年と、比較的最近の出来ごとだ。本展では、全国各地に散らばる国宝土偶《縄文のビーナス》《中空土偶》《仮面の女神》《合掌土偶》《縄文の女神》5体すべてが揃う。」


 私は展示会に参加出来ませんでしたが、これまでに中空土偶以外は実物を見学出来ていました。この国宝の土偶を記した記事を一部紹介します。

「国宝の土偶を見る。
「仮面の女神」が国宝になって、国宝の土偶は5体となった。
仮面の女神「尖石縄文考古館」、茅野市。2011年撮影。 
「縄文時代の土偶造形の頂点に位置付けられる」と評価された。「歩き出しそうだ」「堂々としていたな!」「仮面をかぶり、上半身は衣装を着けていた」34センチ、2.7キログラムと大きい。
 国宝の土偶はつぎの5体。
「縄文のビーナス」、茅野市の棚畑(たなばたけ)遺跡。1995年に国宝。
「仮面の女神」、茅野市の中ッ原(なかっぱら)遺跡。2014年に国宝。
「中空土偶」、函館市の著保内野(ちょぼないの)遺跡。2007年に国宝。
「合掌土偶」、青森県八戸市の風張(かざはり)1遺跡。2009年に国宝。
「立像土偶」、山形県舟形町の西ノ前遺跡。2012年に国宝。

「土偶の時代と地域」の表。
 

 土偶の「形」をみると、最初は破片だったり、十字形の板状だった。それが、「縄文のビーナス」に見るように、縄文時代中期から、立像になった。土偶の「地域」をみると、東日本である。西日本からは、縄文時代晩期にわずかにある。これは海底火山が大爆発して、火山灰が積もり、植生がなくなって、縄文人が住むことができなかった。6300年前の「鬼界カルデラ」(きかい)の大爆発である。

「縄文のビーナス」。
 「尖石縄文考古館」、2011年撮影。
「どっしりしていたな!」「衣服は着けていなかった、帽子だけ」ふくよかで、どっしりしたヌード。27センチ、2.14キログラムと大型だ。

国宝の土偶の「地域」は、諏訪地方から「縄文のビーナス」と「仮面の女神」、東北から「立像土偶」山形県と「合掌土偶」青森県、北海道から「中空土偶」函館市である。

「立像土偶」。山形県。
 

 注目は、背の高さ45センチである。スラリとしている。胸がこのように表現できるのか?帽子はモダンだ。デフォルメが美しい。人形のモデルになりそうだ。ヘソから胸まで、スジがある。

「合掌土偶」。八戸市。
 

 上半身は服をまとい、脚にはスパッツを着けている。腹にはスジがある。座って、前かがみで合掌している。男にだって「祈り」はある。うさぎが獲れ、とちの実が採れますように。
しかし、女性であることを強調している。子どもが無事に産まれて、感謝しているようだ。

「中空土偶」。函館市。
 

 高さが41.5センチある。肩は鎧のように大きく表現している。胸と下半身に服を着け、腹は出している。ヘソから胸まで、縦のスジが強調されている。

 今から5000年前、優れた美意識と、技術力を備えた芸術家がいた。縄文人版、岡本太郎がいて、素晴らしい造形を創造した。生活に余裕があって、美術に打ち込むことができた?それに、「縄文美術学校」があったのだろうか?

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