次の目的地は同じ二本松市にある三ツ石稲荷神社・三つ岩です。以下の様に紹介されています。
「三ツ石稲荷神社・三つ岩 二本松市上川崎字三ツ石55
とりたてて不思議でも、巨大でもないのですが、なんか妙に気になる岩が、ある神社の入り口にあります。この岩は「三ツ石」と呼ばれます。そしてこのお社は「三ツ石稲荷神社」。
住所は、福島県二本松市上川崎字三ツ石ですから、神社名も土地名も、この三枚の岩が起源だということになります。
ところが、そんな大事な岩にも関わらず、ネットで調べてもほとんど情報がありません。
「二本松市 三ツ石稲荷神社」で検索すると、出てくるのはこの「白狐面」だけです。
これは、幸運をもたらすとされている白狐面の大額で、二本松藩九代目藩主・丹羽長貴公が長子出生祈願御礼として奉納したものだそうです。この白狐は5尺余の大鍵をくわえていて、これは宝庫を開く鍵、人々に幸福をもたらす鍵とされています。たしかに観光資源としては、正体不明の岩より、幸福をもたらす鍵をくわえた白狐面の方が大切でしょうね。
しかし、私にはこの三ツ石は、このお社の起源にも関わる重要なものではないかという気がしてなりません。白狐面はもちろん、稲荷信仰がこの地に入ってくる前から、この丘と三ツ石は古代信仰の対象ではなかったのか・・・・
さて、三ツ石の岩だけを見ると、はたしてこのお社の起源と関係がある重要な磐座かどうかは不明です。しかし、この周辺地域には、古代巨石信仰の名残ではないかと思えるものがいくつもあるのです。」
三つ岩は道路脇にあり、神社の鳥居、参道の階段の左手にあります。左程大きくなく高さ150㎝、長さ350㎝程でしょうか。1つの四角い長石がきれいに3分割された様な状態です。どうみても自然の分割ではなく、人工的なものと思われます。今日午後訪れる予定の同じ二本松市の大萬好石も巨大な三つ石なのです。ここからそれ程離れていませんので、上記にあるように古代巨石信仰の一つとして三つ石の信仰がこの地にあったのかと思えます。
三つ石で検索するとオリオン座の三つ石が出ます。そこでは「オリオンミステリー」(ロバート・ボーヴァル著)という本が紹介されています。オリオン座の三つ星にギザの三大ピラミッドが全く同じ配置がされているというものです。
「ギザの三つのピラミッドの航空写真を見てみると、クフ王のピラミッドとカフラー王のピラミッドはその対角線を伸ばした方向に並んでいるが、一番小さなピラミッド、メンカウラー王のピラミッドと呼ばれているものは、二つのピラミッドを結ぶ対角線上から少しずれている。
極めて精巧に作られたピラミッド同士に何故、このようなずれが生じているのか?何故、メンカウラー王のピラミッドは先の二人の王のものに比べて小さく作られたのか?財政難説?それを証明するものは何一つない。ボーヴァルは、これらのピラミッドはある計画に沿って作られたもので、メンカウラー王のピラミッドはこのように作られなければならなかった。その計画とは、夜空を地上に写しとることであると。
そこで、オリオン座の3つ星の写真とピラミッドの写真を重ね合わせてみると まさしく、ピッタリと重なる。更に、少し暗い星ミンタカがメンカウラー王のピラミッドに重なり、その大きさやズレがうまく説明できる。エジプト考古学界で、長年謎とされてきた部分がこのように解明されたのである。
王の間と女王の間に、二本づつある細長い通気孔は、南の空のオリオンとシリウスがそれぞれ、南中した桙フ高度を示しているという事実も彼の説の裏付けとなっている。通気孔のそれぞれの角度、王の間の北面の通気孔は、建設当時の北極星であった龍座のアルファに、同じく南面の傾斜角45度の通気孔と女王の間の南面の傾斜角39度30分の通気孔は、当時のオリオン座のアルニタクとシリウスの南中時の高度に一致している。
太陽信仰以前のエジプトの最も古い宗教は、オシリス信仰であった。オシリスは、復活と生産の神で、その妹であり妻であるイシスは子を守る女神として、その子ホルスは天空の神として崇拝を受けていた。特に、古代エジプトにおいて王は、ホルスそのものの分身として考えられていた。
古代エジプト人達は、ナイル川が洪水になる夏の明け方に、東の空より上ってくるシリウスをイシスの分身、そしてオリオン座をオシリスの分身と考えていた。王の間の通気孔が、オシリスを表すオリオン座の3つ星を、女王の間の通気孔がイシスを表すシリウスを指しているのにはこのような意味あいがあるという。」
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木内さんも方位を測定しています。明らかに人工的なものですが、この地にもエジプト同様なオリオン座を意識したオシリス信仰があったのかは不明です。少し意味合いは違うような気がします。