2018年9月21日金曜日

1434「神示10」2018,9,21

 立石神社は以下の様に紹介されています。 
「立石神社という名のお社は、全国各地にたくさんあります。名前の通り、石神をお祀りしている場合もあります。その中でも、岩手県一関市藤沢町増沢の立石神社は、群を抜く存在感があります。
 祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)で、応和二(962)年、山城国紀伊郡飯鳳山よりの勧請と伝えられています。拝殿は入母屋造りの3間×2間の小さな建物ですが、本殿背後には御影石の巨石があり、御神体となっています。
 横から見てもかなり大きい岩ですが、背後に下りると様相が一変します。単なる立石というより、巨石神像にすら見えるから不思議です。
 中央の巨石は高さが約17m、周囲が約11mもあります。無言で見下ろされているような、黒々とした圧倒的な迫力には、畏敬の念を禁じえません。まさに神です。
 かつて役人が、この石を別の建造物に使うために石工達を伴って来ると、その石の根元に大蛇が絡みついて離れなかったので、工事を断念せざるを得なかったといわれています。ということは、ここの神様は本来蛇体だったのかもしれません。
 なお祭神の倉稲魂命は、稲の精霊が神格化されたもので、五穀や食物をつかさどる神とされます。日本神話では、伊奘諾尊が飢えたときに生まれた神という特殊な出自です。また神武天皇が戦場で祭祀をした際に、供物の干飯に厳稲魂女(いつのうかのめ)という名をつけたとあり、本居宣長はこれをウカノミタマと見ています。
 アラハバキ神のような土着の神を祀る巨石に対して、畿内の農耕文化と信仰を持ち込んだのでしょうか。土着の人々との確執もあったに違いありません。
 軽の四輪駆動車なら、神社まで登れます。普通車なら、倒れた案内柱のあるところまで。案内柱のところから左へ登るのですが、まっすぐ行くと左側斜面の上方、樹林の間に巨石群が見えます。この光景も神秘的です。
 とにかく想像以上の畏怖感、存在感でした。全国的にも稀にみる聖地といっていいでしょう。」

 バスを案内柱の所で下りて参道を歩きます。夏草が茂っています。鳥居から階段を登り、拝殿を参拝し、裏手の巨石群の方に回ります。流石にその巨大な姿に皆さん驚きの声を発しています。




 そそり立つ巨石は圧巻です。丁度、朝の太陽が岩の頭頂部から降り注がれています。ステージ場になっています。最初上の石に乗ったのですが、下の方が良いようだと一段下の場に移りました。

太鼓で神人さんのシャーマニックライブが始まりました。暫くの時間奏で、声を発していました。演奏を終えて、四方に挨拶をされて全てが終わりました。







 皆さんで写真撮影等しましたが、この場での事を神人さんから簡単にお話下さいました。

「ここは昔の重要な祭り場だった所です。過去に神人が来たことがあり、向こうの霊存在から受け入れてもらえました。そして今までの因縁を手放す時が来たことを伝え、全て苦しみの記憶を手放し、新たな時代への事上げをしました。かれらは怒り、苦しみが強い者達だった。ここはあらゆる神の祭り場で、この世に現れる一切を司る神のようです。」