2019年1月15日火曜日

1550「会津7」2019,1,15

 次の目的地は会津坂下町にある亀ケ森古墳です。集落の狭い道を進むとこんもりした小山が現れます。雨の降りしきる中、見学しました。すぐ隣に前方後方墳の鎮守森古墳があります。




 亀ケ森古墳は以下の様に紹介されています。 

「亀ケ森古墳は福島県河沼郡会津坂下町青津に位置する4世紀後半頃に築造された前方後円墳です。亀ケ森古墳の全長は127.3m。後円部の直径66.8m、高さ約8m。前方部の長さ60.5m、幅60m、高さ約6m。
 亀ケ森古墳の規模は福島県最大、東北地方では雷神山古墳(宮城県名取市植松字山:全長168m、国指定史跡)に次ぐ第2位を誇ります。後円部分は3段築成、葺石により表面が覆われており、円筒埴輪が発見されている事から築造時期は4世紀末の年代が推定されています。又、現在水田になっているものの、馬蹄形の周濠も確認されており、当時、会津地方を納めていた大豪族の墳墓だったと思われます。
 中世に入ると、土豪の館として利用され改変されてる部分もあるものの、規模や形状などは概ね残されているようです。これは、後年、後円部に鎮守と思われる稲荷神社が勧請され、会津三十三観音霊場第32番札所に選定された青津観音堂が造営された事で聖域として保全された事が大きな要因となっていると思われます。
 前方部は集落の墓地として利用されている事を見ると、古くから何かしらの墳墓として神聖視されてきたのかも知れません。稲荷神社の拝殿は、木造平屋建て、入母屋、銅板葺き、平入、桁行3間、正面1間向拝付き、外壁は真壁造り板張り。亀ケ森古墳は当時の会津地方の歴史を知る上で大変貴重な存在で、隣接する鎮守森古墳と共に31,100.29㎡が昭和51年(1976)、国指定重要文化財に指定されています。」





 雨の中さっと見学して昼食会場の会津若松市内に向かいます。お昼ご飯は会津料理の田季野です。田季野は築250年以上の江戸時代から続く陳屋を移築したお店です。檜枝岐村の桧を曲げた器の輪箱(わっぱ)を使用した輪箱飯(わっぱめし)で有名で、器に会津米とさまざまな食材を入れて蒸し上げた会津の伝統的な郷土料理です。オーソドックスな五種輪箱飯と小露(こづゆ)といういろいろな野菜を煮た小椀、漬物等の小鉢を美味しく頂きました。






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