2016年7月17日日曜日

637「日本再生5」2016,7,17

 午後からの特別講演は中野裕弓です。ソーシャルファシリテーターで元世界銀行人事マネージャーです。案内のプロフィールは以下の様にあります。
「東京の外資系銀行で人事を経て、ヘッドハントを受けて世界銀行本部へ。日本人初の人事マネージャー及び人事カウンセラーとして、多国籍の職員のキャリアや人間関係のアドバイスにあたる。日本に帰国後独立し、最近はソーシャルリースという構想を打ち立て、世界中の人々が有機的に繋がる社会のあり方を提唱。「世界がもし100人の村だったら」の原訳者としても知られる。」
 
 実は私は中野さんとは10年程前からご縁があり、仙台天命塾にも年に2、3回お越しいただき楽しい講演、ワークを数年開催して頂いていました。お会いするのは久しぶりでしたので楽しみに参加してきました。
中野さんの講演の演題は「新しいリーダーシップのかたち」です。冒頭登壇するのに杖を突いていましたので驚きです。何かあったのでしょう。お話の内容を簡単に紹介します。

「2年前に脳管出血で倒れました。左脳の出血で右半身不随になりました。順調に回復してきて、今回は復帰後の最初の講演会です。これまでは狩り、ハンターの世界で生きていました。
 2年前の8月28日に倒れました。9年目の高校生セミナーを終えて、これが最後の回にと思って10日後でした。世田谷から横浜に引越して、朝の会議で家を出て5分ほど歩いて急に歩けなくなり倒れました。
 救急車で病院へ搬送されました。右半身麻痺になりましたが、左脳出血だと言語中枢が犯されて言語障害に成るのですが、幸い言語障害に成らずに済みました。当初は携帯電話で言おうとすると、「幼稚園」という言葉だけ声に出て他の言葉は話せませんでした。。
 しかし、言語が残ったので人に伝えていくことが役目かと思いました。右半身麻痺で、初の入院、団体生活を4ヶ月しました。そこで不自由は幸せと思っていました。朝、身支度をするのに1時間半掛かるのです。それは初めてのことでした。これまでは自分がコントロールできる世界で生きていたのですから。しかし、「不幸せ」は関係なかったです。普通は何でこうなったの、何で私が、と後ろ向きに考える人がほとんどですが、私は違っていました。
 
 人間にとって何が大切か、そして一番心に持っているものは、と1つ1つ検証する役目をしました。それはこれまで講演会で話していたことでした。その宇宙の法則、真理は健常者だけでなく皆に通じることでした。
 その宇宙の法則で大切なことは3つあります。
1つ、世の中に偶然は無い。私が倒れたのも偶然ではない。
2つ、絶妙なタイミングで起き、行われる。
3つ、乗り越えられないことは起きない。
 皆は大丈夫かと思っていました。入院してのリハビリには6ヶ月の限度があります。結局5ヶ月弱入院していましたが、身の回りのことは自分で出来ませんでした。妹が1週間ほど手助けに来てくれました。友人のお母さんがロミコミの読者で、手助けに来てくれました。 
 世田谷から横浜へ引っ越した1軒家では、車椅子での生活は無理です。この2年間の間、週に2日通ってくれ、介護保険、障害者ヘルパーがサポートしてくれました。日本だったので手厚くしてもらったと思います。

 3週間が過ぎて、左手で食べ始められました。練習も成しで出来ましたが、脳は凄いことをすると思いました。以前勤めていた世界銀行から生存証明書を出すように手紙が来ました。1年に一度出すようになっていて、その書類にサインをする必要があるのです。そしたら左手で書いてサインが出来ました。驚きです。しかし、まだ、右手でキーボードを打てないので左手で打っています。
 面白いことはいっぱいあります。車椅子で手助けを沢山頂きました。色んな段差が車椅子には危ないことも体験することが出来て、いっぱい気付きを得て、豊かになれました。体験した人が話して納得し、聞いた人がイメージさえできれば想像できます。そうすることで弱者への気遣いが出来るようになります。他の方にお願いすることが多いので、「ありがとう」と言う機会が増えました。ありがとう、の言葉に力があるのを感じています。
 

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