2018年10月24日水曜日

1467「地球再生4」2018,10,24

・「太陽光集光炭素化炉」は、原発に匹敵する発電量がまかなえ、一切地球を汚すことなくゴミや廃棄物を燃やして元の元素に戻せ、しかも石油が取り出せて、熱エネルギーを電力として蓄えて安価で配給出来る。

・「太古の水」は、金属イオンを溶かし込む溶解度の高い活性水で、医師による臨床データのほか、さまざまなデトックス効果が報告されている。

・地球環境が悪くなったからといって火星に以上するよりも、今の地球環境を整え、生態系を守るのが人間の責任であり、役割。

・今の科学のままでは脳の範疇を超えられず、5次元という発想がなければ本当の答えは出てこない。

・将来的には、体の波長の乱れを音叉を使って同調、共鳴させる波動療法が行われる。

・意識体から発せられた思いや祈りによって細胞の再生を設定すると、自然治癒力が起きる。

・相対性理論の[光の速度は絶対不変]は真実ではない。

・現代人は、唯物論の洗脳によって機械と同じになり、意識の働きを封じてしまっている。

・自分自身が無になって、周囲の気配と同化したときに第六感が覚醒する。

・自分の本質が肉体や自我ではなく、意識だということに気づくことが重要。

・まずは食べ物から変えていく必要があり、化学物質によらない安全な循環型の農業を始めよう。

・同じ建物の中で自分たちで生活できる量の食物を作り、余った分を他の人達に販売し、お金のいらない社会システムを目指そう。

・それぞれが持っている得意なものを持ち寄る「一品持ち寄りの村づくり」。それができれば地球の生態系を壊す事も無く、テロや戦争もなくなるだろう。

 意識の働きに関しては、次のような推測が可能になる。
個の意識体が脳や肉体の枠を超えて5次元に開放されると、個人の量子情報が非局在化
し、「大いなる我」と一体化して「すべてが自分」となる。
② 内なる5次元意識が解放されると、テレパシーなどの潜在脳力が開花し、個や種の差を越えてあらゆるレベルのコミュニケーションが可能になる。
臨死・死後体験は、人類の意識の覚醒を促す5次元からのモーニング・コールなのでは
ないか。

 地球再生に向けて、地球環境、生態系を回復させ安心、安全な場を作り上げていく為に何が必要か、しっかり学び、考え、1つ1つ実践していく事です。
 私達が今求められることは、先ずは己の健康を獲得し健全な心身を得る事です。そして当たり前に自分の事を自分で出来る事が基本であり、縁者と共に必要な協力、支援を行えることです。
 そして目指す事は、衣食住含めて自立でき自給自足が可能な村作りです。木内さんが言うように「人間も歪みによって生じた変化の中に入って、苦労を楽しむために生きている。」  
 価値感を共有できる体験を通して、人間としての幸せ、喜びを分かち合える仲間と共に、学び育つ場を作る、その為に1歩1歩進むことです。そして結果的に健康で楽しく、豊かな人々が周りに増えていく事です。

2018年10月23日火曜日

1466「地球再生3」2018,10,23

 どのような未来を選ぶかは自分次第です。木内さんのお話のエッセンスを最新刊の「木内鶴彦の超驚異的な超宇宙」から紹介します。
 「Part6「5次元意識」が自分と地球をかえる」、で「未来の選択肢の中からどれを選ぶかは自分次第」の中に以下の様に記されています。
 木内ワールドのエッセンスです。

・三途の川や光などを見る臨死の第1次体験は、脳機能が急速に低下したときに現れる1種の幻覚作用であり、心肺停止と脳機能が完全に停止してから移行するのが本当の死後の世界(第2次体験)で、その次元においては意識体だけで、現在・過去・未来を自由に行き来出来る。

・肉体から抜け出て意識体(霊体)だけになっても、自己意識や視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚などの五感がはっきりある。

・意識体になると、時間や空間の制約を一切受けなくなり、思うだけで別の場所や過去、未来にも行ける。

・意識体になると、知らない言葉の内容が理解出来たり、さまざまな潜在能力が開花する可能性がある。

・3次元における未来の選択肢はいくつもあり、未来がどんな世界になるかは自分の選択で決まる。

・あの世、すなわち膨大な意識とは、3次元+時間(回転運動)を含む4次元を超えた5次元世界であり、1つの根源的な意識体である。

・膨大な意識体(5次元)は完全不動なので、動きを起こす為に空間に歪みを生じさせ、その空間の歪みが解消されるときのエネルギーの流れが物質や生命を発生させた。

・5次元の意識は万物の製造元。個人の意識は5次元の巨大なスパーコンピュータによってプログラミングされた情報で、それが脳に組み込まれている。

・人間も歪みによって生じた変化の中に入って、苦労を楽しむために生きている。そして、亡くなって肉体を離れたら、元の1つの意識体(5次元)に吸収されていく。

・もともと太陽系には月はなかった。月の母体は巨大彗星の塊で、それが太陽の熱で溶かされた結果、地球の衛星となったのが月。月が誕生する前、地球の海抜は今より2000m低く、生物の概日リズム(体内時計)も25時間だった。

・月が誕生する前、地球では高度な文明が築かれていたが、大洪水で地球環境が激変し、人類に自我が生まれ、第六感を失っていった。

・彗星が地球に衝突する前に地球上の植物が枯れるかもしれず、その一因となっているのが光害。その背景にあるのは利権構造と金儲け主義によって成り立っているのが原発であり、それゆえ、電力を過剰に使い続けなければいけない現状のシステムになってしまっている。

2018年10月22日月曜日

1465「地球再生2」2018,10,22

・生死の淵で見た、太古の地球と2つの未来
近藤:その水は、太古の地球に存在していた水をイメージして作られたとお聞きしています。そのような発想はどこから得られたのですか?

木内:22歳の時に1度「死」を体験して生死の淵で見た太古の地球は、自然のサイクルによって循環する生きた地球の姿でした。人類がこの地球で存在していくためには、その頃の様に自然の浄化作用を整えて植物を生き返らせ、地球本来の姿に戻していく事が欠かせません。それで当時の地球の水がどうだったかと調べていくと、今の水よりも圧力が高く、活性化していたという事が分かりました。
 そして、人類には2通りの未来があるということも見えてきました。1つは、いまの「我(エゴ)の世界」をそのまま引きずって原始状態におちいって行く世界。もう1つは「我の世界」が崩壊し、人々が地球の生態系を中心にした新しい生き方に目覚めて進化していくという世界です。
 進化した未来に辿り着くための1つの手段として、その水を開発しました。

近藤:先に答えを知っていて、そこから遡っているという事ですか。阿弥陀くじでいうと、当たりくじから進んでいるようなものですね。

木内:ですから、自信がありますよ。未来についての悲観的な話や、終末論的な予言なども沢山ありますが、そんなことは無いんです。そういうものに振り回されるのではなく、私達が今ここに存在していることの意義をもう1度自然界の中で検挙に学ぶべきだと思います。
 地球で生きるってどういうことなのか。どういうカラクリでこの世界が出来ているのか。人はなぜ手足を使えて、物事を考えられて、創意工夫が出来る生物として存在しているのか。そういうことを考えていくと自ずと沢山の事が見えてきて、人間は生物の中で1番の新参者だということが分かってきます。
 新参者はいろんな働きをしないといけません。人間に様々な能力が与えられているのは、他の生物の為に働きなさいということなのです。

近藤:今の社会のように、足の引っ張り合いばかりしていてはダメですね。私たちの意識そのものを変えていかないと。

木内:そろそろ地球人として目覚めないといけないのではないでしょうか。地球が宇宙空間に浮かぶ宇宙船だとしたら、その中で環境を守っていかないと長くは続かないですよね。
 生態系のバランスを取りながら、みんな一つのモデルを作って、世界中に広めていきたいと思います。

近藤:セミナーでは、地球再生の可能性を秘めた最新の研究成果などについてお話頂けるという事で楽しみにしています。本日はありがとうございました。

 6年前の物ですが、今読んでも基本は変わっていません。私たちの地球は宇宙船地球号です。その宇宙船の環境を守り改善していかない限り、人類の未来は危ういことは明らかです。 
 それではどのような産業構造を作って行くのか。今のお金中心の資本主義では持続可能な社会は無理です。もうすぐ破綻する様相で、その事態は明らか迫ってきています。しかし、壊すだけでなくどう再生するのか、どのような形に社会を作り上げていくかのモデル、実験区が無いと広く実現していくのは難しいです。

 その為には、いのちを脅かす毒的なものを避け、あるいは無毒化して有効なものに変換出来、いのちを豊かに出来る手段は必須です。私には生体エネルギー理論と技術がその可能の扉を開くものと確信しています。木内さんの視点と技術を加味して新たな世界が出来そうです。

2018年10月21日日曜日

1464「地球再生1」2018,10,21

 地球再生と言っても掴みどころが無いものです。それを知るには、先人、その道の見識のある方の視点、知識、その具体的手段は不可欠です。
 コメットハンターで死亡体験者として時空を旅して過去、未来を垣間見た経験のある木内鶴彦さんのお話は参考になり、一つの指針になります。2012年5月のTHDでのインタビュー記事に当時の考えが読み取れますので紹介します。
 近藤は対談者の近藤洋一さん 木内は木内鶴彦さん。

・地球本来の姿を取り戻す為に
近藤:木内さんは世界でも例のない30分もの死亡体験から生還された「死亡体験者」として知られています。その体験からヒントを得た地球再生への様々な取り組みが世界中から注目を集めていらっしゃいますね。まず、現在の活動について教えて頂けますでしょうか。

木内:沖縄県の宮古島で、ゴミを燃やさずに太陽光によって炭化し、資源に変える「循環型ゴミ処理システム」の完成を目指しています。
(※この事業は残念ながら諸般の事情で中止になり実施されていません。他の場所での実施計画中です。)
 化石燃料や原子力発電に頼らずに、エネルギー問題、ゴミ処理問題、環境問題を解決していけるように、1つの産業サイクルとして社会に定着させる試みです。そこでは発電をしながら石油製品から原料を取り出す事業などをしたいと考えています。

近藤:太陽光のエネルギーを使って、例えばプラスチックから石油を取り出す事が出来るという事ですか?

木内:そうです。すでにドイツなどでは電気炉を使った実験研究が行われていますが、電気炉だと電気代がものすごくかかってしまいます。太陽光でやれば環境を汚さず、電気代はタダになって地中から石油を採掘することなく、すでにある石油製品を使ってリサイクルしていこうというのがひとつです。
 そこから、太陽光発電で現在普及しているのは平面のソーラーパネルですが、凹面鏡のパネルを使って発電すると、平面パネルの2乗に正比例する膨大な電気エネルギーを作り出せるということも分かっています。
 あとは、グラファイトカーボンという高純度の炭素を使って、半永久的に蓄電池を作りたいと思っています。1個の電池で各家庭の電気料を賄えるようになれば、発電所や送電線も必要なくなります。
 これらのものが、技術的には数年のうちに実用化出来るレベルにまで研究は進んでいます。

近藤:これまでは、エネルギー供給量のほとんどの部分を化石燃料と原子力に依存せざるを得ず、太陽光を含めた自然エネルギーの割合は数パーセントにしかならないと言われてきました。それが近い将来には逆転する可能性もあると?

木内:そうしなければいけないと思っています。約46億年前に誕生したばかりの頃の地球の表面には、膨大な量の放射性物質が存在していました。それがどんどん半減していって地表面からなくなり、生物の世界が出て来たのです。その様にして地中にしまわれた放射性物質をわざわざ取り出して、コントロールできなくなった時に生物の危機になるのは当然のことです。石油や石炭、放射性物質などの地下に埋まっているものをエネルギー源として使ってはいけないのは、人類が生きて行くための絶対的な条件です。

近藤:3,11の震災以降、被災地の除染作業についてもいろいろと活動されているそうですね。

木内:除染作業に関しては、今の政府のやり方では別の場所に集めているだけで実際の量は減っていません。でも、そこに住んでいる人や農家の方たちにとっては、消えてなくなってくれないと困るわけです。では、放射能は消せるかというと、現状では物理的に不可能ということになっています。
 これはまだ研究段階ですが、私が開発した水を使った実験をしてみたいということで依頼を受けて現地に送っています。福島県の放射性物質除去協同組合を中心に、福島大学、材料科学技術振興財団、民間企業の4団体が共同で長期にわたって調べてくださいました。
 現在届いている報告では、原発に冷却に使った高濃度汚染水や汚染された土壌に使用したところ、かなり良い結果が出ています。

2018年10月20日土曜日

1463「防災5」2018,10,20

 映画やテレビドラマの話じゃないですよ。数年前から、今現在に到るまでベネズエラで本当に起こっていることです。これを今の日本で、近い将来に本当にやろうとしている訳です。
 あまりにも天文学的なお金を抜き取り過ぎて・・・もうどうにもならなくなっているのです。もう、悪行は全て証拠隠滅を図るためにリセットする意外にはないのです。
 その為に、ハイパー・インフレに誘導する訳です。証拠隠滅してチャラにして・・・
残った借金を全て日本国民に負担させる。何と、頭のいいズルイ連中でしょうか。
 
 ちなみに、簡単に書いておきますね。
◎ 皆さん、今の内に株式や生命保険などの證券類は全て解約して整理しておいたほうがいいでしょう。
◎ タンス預金もダメです。新札に移行させて旧紙幣は使えなくなります。全て銀行に預けるしかない事態に追い込まれます。
◎ 金・銀などの貴金属は差し押さえ対象です。
◎ 海外に移住~逃げても追いかけてきます。
◎ 家のローンの変動金利があなたを破産させます!
◎ 食料品や燃料、日常品の入手が困難になります。
◎ 1万円札は紙屑同然になります。
◎ 治安がメチャクチャ悪くなる。
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 銀行預金もダメ。タンス預金もダメ。生命保険や株もダメになる。金を買っても差し押さえになる。食料が入手困難になる。1万円札は紙屑同然。治安はメチャクチャ・・・・・我々にどうしろというのでしょうか?


 引用は以上です。果たして、この対応策はあるのでしょうか。もしもこの状態になってもきっと生き残り、立ち上がり、新たな指針で生き抜いていく想像力、方策が生み出されるのでしょう。腹を据えて人間力を高める日日を過ごす事が必要です。

 かつて良寛さんは「災難除けの法」を伝えていますので紹介します。
「越後の良寛さんは与板の山田杜皐(やまだとこう)という俳人と親友でありました。良寛さんの住む五合庵から与板まで行くには時間がかかりましたが、与板へ行けば杜皐さんの家に泊まり、話に花を咲かせるのが常でした。杜皐さんは造り酒屋でもあったので、良寛さんは大好きな酒を心ゆくまで飲ませてもらいました。
 良寛さんが71才の時、三条市を中心に大地震が起こりました。良寛さんの住んでいる地域は被害が少なく、与板の方は被害が甚大であったそうで、良寛さんは杜皐さんへ見舞の手紙を送っています。

「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候
 死ぬる時節には死ぬがよく候
 是はこれ災難をのがるゝ妙法にて候 かしこ」

 と、見舞の一文の中に書かれていました。その意味は、「災難にあったら慌てず騒がず災難を受け入れなさい。死ぬ時が来たら静かに死を受け入れなさい、これが災難にあわない秘訣です」ということです。
 聞きようによっては随分と冷たい言葉です。しかし、これほど相手のことを思っての見舞いの言葉があるでしょうか。「大変でしょうが、頑張ってください」とは誰でも言えます。「頑張って」の一言も書いていないのに、受けとった杜皐さんはきっと、「この災難の中で生き抜いていこう」と思われたに違いありません。
 良寛さんは、腹を決めて現実を見捉えることが、迷いから抜け出る最良の方法だと言いたかったのです。これほど慈愛に満ちた言葉はありません。この度の震災に遭われた多くの方々に腹を決めろとは、残酷で言い難いのですが、腹を決めなければ迷い続けます。」

 立花大敬さんも「しあわせ通信」に次の様に記しています。
「日本で天変地異が頻発したり、事故や事件が多発したりするのは、世界全体の旧文明の崩壊と新文明の生みの苦しみの反映で、そんな混沌を坩堝(るつぼ)にして、新しい文明が、そこから誕生するのでしょうね。
 悪い現象のうわべの姿のみを見て悲観したり、終末が近いなんて思い込まれませんように。あくまで“生みの苦しみ”なのです。きっと明るい、希望に満ちた未来がやってきます。」

2018年10月19日金曜日

1462「防災4」2018,10,19

今年の秋から世界的な大恐慌 ~金融崩壊が起こる可能性が高いそうです!?
<一部引用>
最後に日本のケースを見ています。以下が日本の不等式です。
名目GDPの成長率:0% < 財政赤字の増加率:3.3%
日本政府の債務は1209兆円と、GDPの234%に達してしまいました。
吉田さんによるとこのレベルでは、長期金利が3%台になると政府は債務不履行に陥り、
予算を組めなくなってしまうといいます。債務不履行とは、国家破産のことです。
<引用終わり>
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 日本政府の債務は1209兆円ではありませんね。隠された本当の債務は⇒4000兆円超です。もうね、土台・・無理なんです。

日本は既に、破産同然である事が判明! ~預金封鎖=金融統制は時間の問題!
一般会計 70兆円 特別会計 350兆円
 石井紘基議員は、特別会計 350兆円の暗黒の闇に気づいて、それを国会で追究しようとしたその日の朝に暗殺されました。政府・日銀の本当の狙いはハイパー・インフレへの誘導・・・とは、その暗黒の闇を永遠に消し去る狙いもあります。
 ハイパー・インフレに誘導すると、隠された本当の債務⇒4000兆円超・・・が、10分の一 ???・・・以下になるでしょう。例えば、400兆円以下になりますよね。それを国民に支払わせようというのが、預金封鎖、資産課税・・・な訳です。
 日本国民のお金を食いものにしていた真犯人がいる訳です。その証拠を全て消し去り、しかもそのツケを全部~国民に払わせようというのですから本当にタチの悪い連中です。
 そのタチの悪い連中が、真相に気づいた石井紘基議員を暗殺したのです。大変分りやすいでしょ。しかし、その為に・・・国民はたまったもんじゃありません。
早い話・・・日本国民の生活はグチャグチャになりますわね。

 どうグチャグチャになるのか?・・・
※AERA 2017年7月17日号 
インフレで命の危険… 生きるために出国もあるベネズエラ

 この数年で経済状況は急速に悪化。政情不安が重なり、陽子さんの自宅がある首都カラカスは、「戦地以外の殺人率は世界トップクラス」とも言われるように。デモも連日行われ、死者やけが人が多数発生。
 今年のインフレ率は800%とも1千%ともいわれる。陽子さんによると、未曾有の食糧難で、食物を求めて人は野良犬と一緒にゴミ箱を漁り、赤ん坊には米やパスタのとぎ汁を与えるしかない。必要最低限の薬も手に入らないのだという。 
 陽子さんは週1回、強盗に怯えながら、朝から各マーケットを回って食料品を集めた。
自宅には有刺鉄線を張り巡らせ、警報装置をつけた。
「いよいよこのままでは殺されると感じ、精神的に不安定になり、知人の誘いで、まずは私だけが日本に一時避難したのです」
 結局、そのままベネズエラには戻れず、夫はカラカスの自宅に留まり、娘は、陽子さんが出国した数カ月後、別の国へ。海外へ出国したベネズエラ人には、一家離散が少なくないという。
「日本人には、遠い世界の出来事に思えるかもしれない。しかしちょっと間違えれば、同様のことは起こりうる」
<引用終わり>

2018年10月18日木曜日

1461「防災3」2018,10,18

 防災にふさわしいか分かりませんが経済、金融、政治のことに付いても少し紹介します。

 最近目に留まったのは藤原直哉さんの以下のツイートです。
「預金封鎖・新円切り替えというのは銀行取り付けの時の払い出し制限ではなくて、預金の一部を国が超法規的に没収するということ。そして新円を発行して没収したカネはそのまま消滅させること。タンス預金も消滅させること。」

「こんなの法律でやったら法案を国会に出した時点でパニックが発生するから法律にならない。法律にしないでやるしかないし、財産を没収するのだから今の憲法ではできない。非常事態宣言は何年でも続けられるからそれでやる。」

「これなら抜き打ちでできる。米国は今でも911事件直後の非常事態宣言が継続している。」

「これは日本政府の今までの放漫財政のツケを国が払うか国民が払うかの選択だということ。財政破たんで国債発行ゼロで政府も日銀も一回潰して作り直すという選択か、それを避けて既得権益を守り通すために民主主義を停止し、国民の財産を超法規的に没収するかの選択。」— 藤原直哉 (@naoyafujiwara) October 5, 2018」


このツイートを見てまとめたコメントが以下の様にあります。
「安倍らが緊急事態条項でやりたいことはこの3つだろう。
1、預金封鎖や新円切り替え
2、選挙停止で安倍内閣の永遠化
3、マスコミの完全コントロール」

 果たして如何なのかは分かりませんが、今の状態を見ると可能性は大です。咄嗟に非常事態宣言をされて国の管理下に置かれることも、ある程度想定して防災対策が必要かもしれません。

 以下の記事は少し刺激的ですが参考にご覧ください。
「政府・日銀の本当の狙いはハイパー・インフレへの誘導
 日銀と政府の金融政策のすべてが、ハイパー・インフレ、預金封鎖、資産課税への準備であることは明白です。・・・とあります。https://www.mag2.com/p/money/7930

 ハイパー・インフレになると、4000兆円超の借金も例えば、十分の一??? くらいまでも下落します。その十分の一になった借金分を国民に支払わせようとするのが、預金封鎖、資産課税です。大変分かりやすいでしょ。米国や官僚達の国家犯罪を消し去り何もなかったことにする。つまり、そういう魂胆なのです。
 早い話・・・日本国民の生活はグチャグチャになりますわね。
 しかし、それを遂行するには、やはり、緊急事態条項⇒内閣独裁権を行使するでしょう。
 その為に、自作自演の大規模テロが懸念されます。2020年夏の東京オリンピック前にです。しかし、これはあくまでも可能性の話です。
 預金封鎖、資産課税・・なんてことをやらかすと、時の政権は国民から完全に支持を失います。だから、何がなんでも内閣独裁権が必要なのです。
====== 管理人

 緊急事態条項 ⇒ 内閣独裁権・・・の為の環境整備と考えたら全てに説明がつきます。
つまり、今後にかけて更に大きな災害やテロ事件が用意されているという訳です。私がメルマガで書いた通りのことが起きているので我ながら・・・怖くなっています。」
https://ameblo.jp/64152966/entry-12369752359.html

2018年10月17日水曜日

1460「防災2」2018,10,17

(2)3分で確実に生き延びる処置(家族責任)
 最初の30秒間を生き残ったら、次の3分以内にすべきことがあります。それは家族を助けること、家族責任です。まず、ガスなど火の元を断ち、安全な場所に移動します。普段から家族で話し合って避難場所を決めておくことも大切です。
 海岸線地域に住んでいる人は、あらかじめ決めている50メートル以上の高台に急いで避難します。高台がない場合は、考えるよりも海岸線から10キロメートル内陸部に即移動することです。路面はガラスだらけと想定し、普段からスニーカー、運動靴を取り出せるようにしておくことも大切です。

(3)3日のサバイバル(隣組責任)
 次に、3日間のサバイバルです。3日間何とか生き残ることが出来れば、レスキュー、自衛隊が援助に来ます。それまでの間を生き延びるのです。この間、お隣、近所同士で助け合うことも必要です。隣組責任です。
 普段からお隣のおばあちゃんが、家のどこに寝ているのかを教え合うような温かい人間関係を築いていれば、非常事態に役に立ちます。
 瓦礫の山でどこに住民が埋もれているかわからないようなケースの場合、一軒一軒声をかけて捜索するよりも、住宅構造や家族関係を熟知するお隣の「あのお年寄りはいつも南の部屋で休んでいる」というような情報があれば、素早く探し当てることができるのです。
 実際にこのような些細な情報が役立ち、いのちを助けられた例がいくつもあるのです。

(4)3週間で自立準備
 避難所生活を送ることになった場合、積極的な「活動」が自立へのきっかけとなります。
 トイレ掃除、荷物の運搬など積極的なボランティア活動が、共同生活を和ませ自立への準備となります。

(5)3ヶ月で集団生活からの自立
 3ヶ月の時間軸では、人生の再出発を考えましょう。避難所を出て「新たな人生」に向かうのです。人生は多生の縁。どんな所でもどんな職でも楽しく生きれば、過去は、つまり人生はハッピーエンドになります。

≪それでも未来はヤマトごころのパラダイス社会≫
 改めて言います。日本人が目覚めて社会が向上しない限り、特に原発事故等の真実は、通常のメディアでは流されません。また、新興住宅地等がかつてどのような地盤だったのか自分で確認しておいてください。
 しっかり自己判断、自己責任でサバイバル行動することがとても大切なのです。その準備の上で、意識改革し、万一の時は何が何でも生き抜いて、あらたなパラダイス社会を...人情溢れる自然と共生したヤマトのこころの未来社会を築いて生きましょう!」

 2011年3月11日の東日本大震災を経験した仙台に住む私達はこの333の原則は直ぐにイメージが付きます。北海道でのブラックアウトに象徴される電源喪失、電気、水道、ガスのライフラインの消失は厳しい現実に直面します。停電でスーパー等の買い物にはカード等は使用できず現金が必要でした。食料の備蓄と共にある程度の現金は常に用意しておく必要はあります。
 しかし、災害に遭遇して咄嗟の判断、決断、行動を取れるためには心身の健康を常に維持しておくことが第1の必須条件です。日ごろからの健康管理は怠りなく、身体に適度な健康法を励行し、良い刺激を加えて手入れは必要です。
 支えになる家族、仲間との日ごろからの連携、そして避難場所に活用できる所を確保しておくこと。そして重要なものは仲間との連絡網です。
 その上に被害を最小限に止め、再生、自立できる方策を考えておくことは不可欠です。この様な危機対応にもNGO仙台テンメイはその準備を着実に進めて来ています。

2018年10月16日火曜日

1459「防災1」2018,10,16

 最近,地震、巨大台風など地球環境変化による気象変動が誰の目にも甚だしく感じられる状況になってきています。そしてこれまでの世界の政治、経済のバランスが崩れ、金融の破綻が近く起きそうで、いよいよ大激変の扉が開かれそうな様相です。再生のための破壊であったとしてもその影響は等しく及びます。
 激変を前にして茫然自失としてその波に飲み込まれるか、転ばぬ先の杖で何らかの手段を講じて、未来を想造するか、各自にその選択の時が迫って来ているようです。
 国レベル、地域レベル、仲間レベルと階層性はあっても、残念ながら国のリーダーにはかじ取りの技量がなさそうです。自力で出来る事はする覚悟は大事です。
 
 まず何が必要か。それはいのちを生きながらえさせる事、そして身近な人たちと共に安全な場所を確保し、食料を得る事・・・。地震国の日本では先ず地震への防災対策を講じていれば、その他の台風などはあらかじめ予測が立ち準備可能です。
 地震への対応の「333の原則」に出合いましたので1部抜粋して紹介します。http://ikedaseiji.info/2018/08/post-646.html

「備えあれば患いなし
 地球の防護服である大気圏の熱圏がほころんできたこと。その原因が2000回に及ぶ核実験等の人工放射能なのです。それ故、この人類が植物あふれる緑豊かな文明に転換するまで、異常気象はますます激しくなります。
 具体的には、太平洋プレートが動き、北海道沖巨大地震、南海トラフ等巨大地震、東京等直下型地震、浜岡・フクシマ等原発の暴走、巨大台風、ゲリラ的局地的豪雨、富士山等噴火が必ずやってきます。
 来る来ないと心配する前に、数年内に来るとの最悪の見積もりをして、最大限できる対処をしておくことです。
 防災に「想定外」はあり得ません。まずは、今自分が住んでいる土地の過去の災害等をチェックして、それ以上の災害が来ることを前提に自らの頭で家族の防災計画を立てることです。

 ここでは、災害の中でも最も突然に襲ってくる「地震」に焦点をあてて対策を述べます。
 台風、集中豪雨、原発、大火災等は、必ず災害発生までに時間があります。それ故、判断に迷いが生じることがあります。その際は、「今大激震だったら」との最悪の事態を想定して、
 早期に計画した避難行動に移ってください。たった一つしかない命のためには、何度空振りしても、空振りが生きている証明なのです。

 ところで、世界での地震多発地帯は、カルフォルニアの一部と日本列島しかありません。
 皆さんは意識したことがないかもしれませんが、日本列島は年約130回のマグニチュード5以上の地震があるのです。東日本大震災も、太平洋プレートの地殻運動の一つとして起こるべくして起こりました。東海・東南海・南海地震、東京直下型地震等々が今すぐ起こって当たり前の状況なのです。
 ただし、日本はその地震と台風のおかげで柔らかい微生物豊富な土壌を得て、世界に誇る自然と共生の土の文化で栄えてきたことも忘れてはいけません。わたしたちは日本列島に住んでいる限り、この自然とうまく「共生」する他ないのです。

≪防災3・3・3の原則≫
 大地震が発生した場合の行動のポイント、それは私の経験からすると、まずは自己責任で身を守り、「30秒、3分、3日」のポイントを踏まえて、行動することが大切です。

(1) 激しい揺れの30秒(自己責任)
 地震の最大の揺れは30秒続きます。30秒間は、自分のことだけで精一杯です。
 この間は、自分で確実に生きることを考えましょう。この30秒間はあくまでも自己責任の範囲なのだと心得てください。
 とくに就寝中は動けませんから、いつもタンスの前を避けて寝るようにする。タンスはあらかじめ耐震金具でしっかり留めておく。一軒家ならばできるだけ2階で寝るなど、ちょっとした習慣が生死を分けることになります。

2018年10月15日月曜日

1458「未来構想4」2018,10,15

 遮光器土偶の目は独特ですが、イヌイットが同じ様なサングラスをかけていました。服装も似ていました。
 ピラミッドをどう作ったか。四角推で花崗岩を砕いてそれを結晶化し固めたやり方です。四角推はクフ王が作ったのですがピラミッドの意味が分かっていないのです。
 当時の物事への考え方は遥かに進んでいました。とてもシンプルです。通信も鏡を使ってモールス信号の様で光通信していました。
 イワクラは東西南北の方向に綺麗に配置されて出来ていました。その後大陸が移動しずれているのでそのずれで年代が分かります。鹿島神社、香取神社、息栖神社の要石など、色んなものが残されています。

 昔、枚方、交野で講演会をしましたが、北の冬の星座、南の夏の星座、日本中でしっかり計算していました。石で出来ていてしっかり暦が出来ていてい、それは農耕民族の証です。
 カミオカンデの宇宙開発事業団で講演をしました。1994年から2004年に色んな所で話しをしました。1994年から東京で講演をし、そこから宇宙船地球号がスタートして、次へ向けての準備が始まりました。
 今の産業構造、経済システムはやがて崩壊していきます。それが起きた時に直ぐに対応できないのです。これから先に対し何が出来るか考えないといけません。方法論は色々あるのですが、それを子供たちに残していくことが必要です。

 台風、地震に因果関係があります。エネルギーが高まった時に起きにくいのですが、低圧帯が来ると揺れ、震源地となります。高野山関係の講演会を香川県でしたことがありました。翌日大阪に向かい朝の7時にバスで出発し、明石大橋が渡れなければ引き返す予定で行ったのですが、閉鎖直前で橋を渡れました。
 その後、大阪は台風で大変でした。そして翌日、舞鶴で講演会が予定されていたのですが開催するといいます。湖西線で行き、結局、公民館に避難してそこで講演会をしましたが、ちゃんと弁当が用意されていました。翌日京都に移動したが、その日に新潟県小地谷で地震が起きました。
 地震学会でいろいろ研究がされていますが、月の潮汐と大気圧と、地震は関係あります。圧が解放される時に地震が起きるのです。地球は生きているのです。地震の予知は難しいです。もし予知が出来たら何処に逃げるか?自分の身は自分で守る心の準備をすることが必要です。災害対策を考えることです。

 エネルギーが地中に歪みを起こすのが地震説です。重力異常が起き、揺れると時計がずれます。振り子で1~2週間で出て来ます。その時、動物に異常が起きて車にひかれる事が起きます。ミミズが這い出し、井戸からアルゴンガスが出る等で1週間前から予知が出来ます。空気がやたらと通る時があり、地底の中で異常が起きています。

 地震で放射能がどれくらい出るか。メッシュの中でどうなるか。S波、P波の差だと数秒の予知しか出来ません。地中エネルギーで電位変異を起こし波が出ています。長い波長を調べることが大切です。それは直進する波です。カレーの寸胴鍋を温めると中から空気が出て来ますが、それと同じ理屈です。エネルギー波を測れます。
 臼田の64mのパラボラアンテナがあります。地上はノイズが多いので標高の高い所で調べることが大事です。それで地震予知は可能です。マグニチュードは強さで、震度は岩盤で変わります。
 地電流は発電効果で放出されると予知も可能です。地電流、アースしないとナマズは反応しません。ミミズもそれに反応します。地震雲、巻雲は10㎞の高さで宇宙塵が入ると低気圧にくっついて雲が出来ます。
 地震の時は空き地が安全です。建物の中では頑丈な所です。竜巻も起きます。これからは何が起きるか分からないので危機管理が必要です。」

2018年10月14日日曜日

1457「未来構想3」2018,10,14

 月は彗星で飛んできて、地球に接近して地球に大洪水を起こしました。ペルーのカブレラストーンに少年が望遠鏡で彗星を見ているのがあります。それは12000年以上前のものです。カブレラストーンは硬い石で浮き彫りになっています。他の石には心臓、血管も書かれ脳手術もしていたことが伺えます。当時は恐竜と人間が共存していました。
 メキシコでもモンゴロイドの骨が発見されましたが、その発表が止められました。それは日本人が発見したもので、身長が4mに近いモンゴロイドでした。
 大洪水は12000年前に月がやって来て起こしたのですが、そのことを私が生死を彷徨った時に見ました。月の氷が火星近くになると水蒸気となり、コマが出来て地球と月の距離位の塊で地球に近づいて来て大洪水になったのです。

 琵琶湖と形が似た淡路島、おのころ島があります。それが出来たのは何時ごろか?琵琶湖は1夜にして出来ました。おのころ島も1夜で出来たのです。隕石が突き刺さった様に琵琶湖が出来ています。地球のどこかに隕石が落ち、その衝撃でこの事が起きたのか?
 スペイン沖の大西洋に大きなクレーターが見つかりました。アトランティス大陸が1夜で滅んだと言われていますが、その場所です。そこは琵琶湖の丁度真後ろなのです。
 それは12000年前のことです。衝撃波は瞬間ですがマントル対流はゆっくり押し出され、反対側に噴き出すのです。そのうち、琵琶湖でお湯が沸き、温泉が出ると思います。そして大地がめくり上がってくるのです。比叡山のお寺で池がめくり上がると大惨事が起きると言われていると言います。
 いろんな現象が起きていますが、裏付けが取れてきています。月で水が検出されました。氷の塊が見つかり、UFO、宇宙人は居ることも明らかになってきています。7倍率以上の双眼鏡で見ると見えます。その宇宙人たちは大洪水前に逃げ出した地球人かもしれません。今、残された地球人がやばくなって来ています。


1998年に元帝国大学医学部がやっていた心霊科学研究会で講演をしました。今年も呼ばれたましが、理事長が女性の70歳代の方です。そこで93歳のしっかりしている女医さんがいましたが、あの世への準備は出来ていると言います。
私は彗星探索をはじめ、1990年から92年に3つ見つけました。8月の彗星で小惑星に木内の名を付けました。
臨死体験について立花隆が著書に纏めましたが、脳死を死と認めてはいけないといいます。東京医大の私の臨死のデータを調べて私の所に来ました。そしてあなたは臨死体験者ではない。死んで生き返った死亡体験者だ、と言われました。

2009年に中国で皆既日食を見に行き、死亡体験を2度しました。そこではテレパシーで中国語の意味が分かったのです。ICUから一般病棟に移ったのですが、その時に中国人の言う言葉が皆日本語に聞こえました。話している人の頭の中と自分の頭の中が同じで、繋がっている様です。これを科学的に解き明かしたら面白いです。
しかし自分の肉体の範疇の話しか信用しないのですが、違う側面が分かって来ました。頭がさえて来るのですが3次元の脳のキャパシティでないのです。記憶しても思い出せないのです。しかしヒントに出合う事で意識が入れ替わる様にしておくとそうなるのです。

北斗七星が100年単位でどう変化していたか。過去、未来に行ってもどの年代か分からないのですが、その時の星の位置で年代が分かります。でも普通は行ったところの様相が違うし、それだけではその年代は分からないのです。

2018年10月13日土曜日

1456「未来構想2」2018,10,13

 台風、地震は太陽の熱エネルギーの増減はありません。海水の汚れによるプランクトンの異常発生が起きています。それらは渦を巻いていて、北回帰線のあたりで太陽が当たるので熱が増しています。それが他で熱が奪われますが、そのぶつかるのが日本の辺りです。
東シナ海から出てきている海水の汚れは中国が元凶です。中国ではゴミの処理を出来ずに燃やしています。それが海に流れています。

 これから新しい農業に移行していきます。今はお金中心の経済に奴隷化しています。地球環境の劣化にどう対応するか、そのことに気づいて、新たな動きが世界に広がると良いのですが、オバマが火星移住計画を今日話していましたがとんでもないことです。それは開発費、マーケット狙いです。現在の地球環境をどう改善していくかが先です。

 安倍首相が空飛ぶ自動車のことを言っていましたが、中東の砂漠では友人のドローンが既に動いています。しかしそのエネルギーをどうするかです。それも炭素電池でやってみたいと思います。ホワイトカーボンは単価が高すぎます。黒カーボンを2200度に温度を上げないと白カーボンを作れません。太陽光では6000度まで上がるので、それを使ってカーボン化の実験をしたいと思っています。

 現在、グリーンガイヤとしての未来型村構想を進めていますが、家電も独自で作り、農業もハウスで行い、米作り、地物以外でもして行くことを考えています。その為に土壌の工夫をして行くが必要で、例えばビルの中での野菜工場なども可能です。
 それらをグリーンガイヤの部門で研究して行き、ノウハウを村作りに利用し、実用化できるものを提案していくつもりです。それと、砂漠やアフリカでも地球全治で生態系をどう守っていくかも課題です。火星に移住するよりこちらが優先です。そのこともパイロット的に調査出来ます。
 グリーンガイヤも腰を据えて進める頃合いで、若い人にバトンタッチして行くことを考えていく事が大事です。自分たちが作った野菜でどういう料理を作れるか。それを各自の体質改善へ繋げる事も含めてこれから前向きに進んでいきましょう。」

 休憩をはさんでお話が続きます。
「私は今まで地球環境に関わりやってきていて、1994年からが主になってきていますが、古くは28歳から話していました。しかし、当時は若造がと世の中からは受け入れられませんでした。
 地震の研究もしていました。自衛隊では天気予報も学びました。夜は星の観測です。仕事が終わり山へ行って明け方まで観察する、その様な生活を1年中やっていました。2000mクラスの山は晴れ渡る機会が多いので観測には最適です。
 しかし、やがて街の照明の光のドームが関東平野に広がり、明るさが高くなり、30度から40度の高さでは星が見えなくなっていきました。100倍率とは宇宙船の窓から土星と地球を100等分した時に見える地球の大きさです。

 小海町では昔は、望遠鏡は手作りで、反射望遠鏡を塩ビ管で作っていました。星を見る会には子供たちが沢山集まってくれました。川上村からも月か星が見たいと来ていました。その原村の星まつりは毎年していました。
 その星まつりで老人に、海の水は何処へ行った?と聞かれました。地球は平らで水は淵で落ちる、と思っていて、その人は地球が丸い事を90数歳まで知らなかったのです。星を見て皆さん感動しました。私は池谷・関彗星(1965年9月18日)の事を知り彗星の探索を始めた。

2018年10月12日金曜日

1455「未来構想1」2018,10,12

 暦を見ると、2018年9月は4日から節が変わり9月が始まります。そして10月5日から次の節に移ります。
 2018年9月は戌年で数霊では2の直霊で、酉月の4の直霊ですので、私には生年月とも対局の運気ですので節目です。ですから9月4日から10月4日の1か月はそんな大事なポイントの時期でした。お陰様でどうにか難なくシフト出来た感じです。このまま2019年に向けて上昇の運気に乗って行けそうです。
 はせくらみゆきさんの2018年9月のキーワードは「前進」です。その意味は「振り返らずに、力強く前に進むと良い月」です。そして10月は「挑戦」で、「粘り強く挑戦し、諦めない心を育てる月」となっています。
 この秋は、前向きに進み、粘り強く新たな挑戦をすること、と認識して楽しんでいます。
 今の時流はそのエネルギーで流れているのでしょう。私はエネルギーの視点は大事にしていますので、未来を構想する中で無理せず、しかし臆することなく必要な事はタイミングを逃すことなくチャレンジする。そして淡々とありがたい日日に感謝の生き方です。

 その流れだった9月9日は99の日です。珍しく東京に出向いてグリーンガイアの研修会で木内鶴彦さんのお話を聞いて来ました。そして9月22日は仙台で木内講演会、そし23日から陸奥・三陸探訪の旅3がありました。

 先ず99の木内さんのお話を少し紹介します。

「台風、地震など日本の各地は大変な状況です。広島は火山灰土で北海道もそうです。各地にハザードマップが無かったのかと思います。ビジネスが働いていて、雨が降ると土砂が押されるのが分かっていても開発されてきています。
 北海道では苫東火力発電所がダメになり、その結果ブラックアウトが起き、全道が停電になりすべてがダメになってしまいました。それらへの対応を考えると、これからは炭素電池の開発が必要です。ホワイトカーボンは良いのですが価格が高くてだめです。その点、黒いカーボンが有効です。レアメタルも限界があり、熱を持つと抵抗に成ったりと色々と課題があります。
 色々な事を社会実現出来るように、実験に入りたいと思っています。安全に大量に作れる様に企業化を目指していきたい。
 太陽光を集めて活用することです。野辺山の天文台は60m、臼田には64mのパラボラアンテナがあります。太陽光を電気エネルギーに変えるのに紫外線を使います。それは色んなものを分解し、崩壊させることができます。
 ゴミの捨て場、ゴミ箱に紫外線を通し、ビームで当てることで可能です。今、世界中でプラゴミが大量に出て処理が大変です。その実験をして行きたいです。
 携帯電話の中継基地の電気代がとても高いです。ドコモから離れて独自にソフトバンクやauが作るようです。太陽光を利用した発電に実験的に成功した様です。そこでも私の技術の活用が出来たら良いと思っています。

 昔は、石を使った通信が行われていました。石が凹面鏡になっていて光通信手段として使われていました。それを使って松尾芭蕉の頃に通信が行われていました。その様な文明があったのです。
 イワクラも知的な科学の世界です。岐阜県の金山遺跡も正しい石の配置がされています。それは凄い技術です。その様な先人の考えを私達は学ぶ必要があります。

 ハウスの水耕栽培で根菜類をどうするかです。水耕栽培で既にキューピーさんがやっています。私達も液肥の研究をして、水耕栽培のアイディア、ノウハウを得ることをする必要があります。外に発表しないで必要な技術をどう生かすかを考えていくことが必要です。

2018年10月11日木曜日

1454「実り秋」2018,10,11

 2018年10月8日はテンメイ大和農場での芋掘りでした。秋晴れのスッキリ、からりとした良い天気に恵まれました。今年は沢山の参加者で子供も含めて総勢13名です。
 私達はお昼の食材を買い込んで農場への到着は11時近くです。皆さんは既に10時に集まり作業を開始しています。車は8台も駐車しています。

 最近の台風の来襲で杉枝など大量に散乱しているのかと思っていたのですが、想像以下の量で助かりました。しかし大和亭周囲の畑にはイノシシさんが登場していてそこかしこ、いたるところ掘り返し、耕してくれています。幸い柵の中の畑は難を免れています。
 大家さんの田んぼでは稲刈りの真っ最中です。下の2枚の田んぼは一昨日からコンバインで稲刈りが終わり、棒柵に綺麗に掛けられて天日干しされています。上の1枚は水はけが悪く機械が入れないとのことで手刈りをされています。ご苦労なことです。

 O農場長はFさんご夫妻の可愛いお嬢様達と枝豆を枝から外しています。私は先ず家回りの杉枝の片付けをして、後で畑に行きました。


 若手農業就業者のNさんはさつまいもの茎を鎌で刈払いをしています。昔若手、今はオートルのYさんはNさんの元気さに感嘆しています。皆さんは手で芋掘り作業中です。「紅東(べにあずま)」、と干芋用の「玉豊(たまゆたか)」です。
 昨年はSさんがさつまいもを植え付けしたのですが2か月後位にイノシシさんの来襲、掘り起こしに遭い、植え直したのですが全くの不作でした。今年もSさんが丹精込めて今年こそはと植え付けし、草取りをして育んできていました。お陰様でまずまずの出来具合です。












 紅東がコンテナ1箱、玉豊はコンテナ2箱の収穫でした。13時過ぎに畑から上がり水洗いです。

 Tさんは一人厨房でお昼の調理に専念です。5穀米に野菜とヒレカツのトッピングのカレー、豚肉のみそ味芋煮鍋、野菜餃子、漬物等々にデザート、お菓子もついての豪華メニューです。
 遅めの昼食会は14時から始まりました。オープニングはお嬢様達が主役です。子供は宝物です。皆さんが和みの中に「いただきます」をしてお恵み様を美味しく頂きました。若者は流石に食べます。沢山お代わりしてくださいました。




 さつま芋の蔓も料理してもらいましたが、なかなか美味しいと評判が良かったです。取り立て枝豆も茹で上がり、これがまた美味しいのです。
 途中でまた子供たちが新たな出し物を演じてくれました。仲良し姉妹は自宅マンションでは止めが入るようですが、ここでははしゃぎっぱなしで嬉しそうです。演じ終わるとお父さんに飛びつくのですがお父さん大好きなお嬢様達で、父はまさに目に入れても痛くない状態で、にこやかに子供の喜びを楽しみに見つめています。




 最後に今日収穫したさつま芋紅東を茹でて皆さんで頂きました。お腹がいっぱいなのに皆さん食べて、美味しいと好評で上々の出来具合です。Sさんも昨年のリベンジが出来、実りのありがたさを喜んでかみしめて召し上がっていました。

 この様に農場を通して自然の恵みを頂ける機会を得る事が出来、皆が集える場がある事、継続出来ているエネルギー、今の世情では更にこれから必要度が増していくことでしょう。天地人、大いなる仕組み、配剤に中で有機的な繋がり、ご縁を活かすテンメイの取り組みは嬉しき、楽しき、幸せなありがたき世界です。
 5時には散会になりました。お陰様で実りの秋を満喫出来ました。ご縁の皆さまありがとうございます。

2018年10月10日水曜日

1453「ジャズ2」2018,10,10

 今年の28回ジャズフェスティバルは2日間にわたり、94のステージで779バンド、約7000人のメンバーが熱演を繰り広げました。そして生憎の雨ですが70万人以上の方々が熱い演奏に魅了されました。私も8日は数か所のステージを巡り満喫しましたが、ビックバンドのエネルギーには会場の皆さんも身体が動き、凄い盛り上がりでした。私も生バンドのリズムに饗応して忘れていた感動が蘇ってきて楽しい時間を過ごせました。両日のエンディングの演奏は最高でした。また参加したくなる、病みつきになる感じです。

















 定禅寺ジャズフェスティバルの第1回は1991年ですがその時は9ステージで25バンド、150人のメンバーで観客参加者5000人とのことです。こじんまりしたものですが、最初に企画、開催しようとした仕掛人の皆さんの熱意が全ての始まりです。この年のテーマは「奏勢、百人」です。
 節目の第10回 2000年は2日間の開催になり、61ステージ、520バンド、2900人、参加者380000人です。この10回で仙台ジャズフェスティバルへの評価が定着して参加することがひとつの目標、ステータスとして評価が定着してきたのでしょう。
 第20回 2010年は 92ステージ、776バンド、5071人、740000人で、10年間でほぼ倍増です。テーマは「10th Anniversary」。
 そして2011年3月11日の東日本大震災の後ですが、震災復興支援プロジェクトとして始動しました。90ステージ、747バンド、4903人、790000人の参加です。この時のテーマは「音楽の星・地球 ~ここから~」です。
 20回以降はほぼ同規模ですがステージをこれ以上増やす事が出来ないことで、確実に出演バンドのレベルが上がり、エントリー出来るハードルが高くなったようです。

 ジャズフェスティバルがスタートした1991年を思い出すと私は38歳、宮城県歯科医師会の専務理事として歯科医師会の取り纏め責任者に就任した時です。それから6年間、日本1若い県歯科医師会専務で、若造で世間知らず故に出来たお世話役でしたが今は昔です。
 そもそも私は1970年(昭和45年)に東北大学に入り仙台で学生生活を始めたのですが、全てが新鮮で自由な中に青春を謳歌していました。しかし学内は東大闘争、安田講堂事件の翌年で、我が大学も学生紛争が最盛期で、破壊と権力への抵抗が渦巻いていました。教養部1年目からストライキ続きで授業が無く、そんな中に友人の紹介でジャズに初めて触れたのでした。そしてジャズの魅力に引き込まれて行きました。
 やがてあるジャズ喫茶に通うようになり、昼夜、時間があれば入り浸っていました。私を探す時はそこに行けば見つかる、そんな感じです。大学紛争で私が教養部2年の時に試験ボイコットが行われ、結果的に大量留年が起きましたが、御多分に漏れず私も教養部3年生となりました。同級生は試験を受けた3名だけが進級して学部に行きましたが、3年目はこれまで以上に時間が出来、ジャズ喫茶、そして悪友と過ごす日々です。機動隊に追いかけられたり、友人が捕まったり、思い返せば色々ありました。バリケードで封鎖され授業が無い時は、カニ族になりユースホステルを利用して国鉄周遊券で当てのない全国放浪の旅です。各地のジャズ喫茶を訪れるのも楽しみの一つでした。

 3年で教養部をどうにか卒業出来て、目出度く学部に上がる事が出来ました。暫くしてお金を工面してレコードプレーヤー、スピーカー、アンプを入手して、自宅アパートでジャズのレコードを聴く楽しみに移って行きました。そしてジャズ喫茶のオーナーと仲良しになり、アンニュイな、退廃的なムードでアバンギャルドな映画、絵画に魅せられ、自分で油絵を描き、そんな学生時代でした。
 兎に角、いつでも身近にジャズがあり、聞いていた青春時代でした。卒業してだんだん時間が取れなくなり当時収集したレコード数百枚と埃をかぶったオーディオが残っています。たまに院長室でレコードを回しますが、ジョンコルトレーン、マイルスデビス、ビルエバンス、クリフォードブラウン、チックコリア・・・懐かしい音色です。

 かつて通い詰めたジャズ喫茶は遥か昔に姿を消し、そこ以外で当時通った店で今も健在な店は「カウント」です。ある雑誌10月号に「秋、ジャズの音につつまれて」の特集の中で1番目に登場していました。今でもたまに「カウント」に行きリフレッシュすることがあります。


2018年10月9日火曜日

1452「ジャズ1」2018,10,9

 かれこれ1か月前のことになりますが、9月8日、9日の2日間にわたって、第28回仙台定禅寺ジャズフェスティバルが開催されました。私は仙台に長年住んでいてジャズフェスの事を知っているのですが、これまでまともに参加し、ジャズ演奏を聞いたことがありませんでした。
 今回、8日夕方から20時まで、9日は東京出張から戻った19時半から20時まで聞いてきました。久しぶりにジャズに浸りましたが、雨の中盛り上がり素晴らしい体験でした。 
 その模様を少し紹介します。先ず主催者のアナウンスです。
 

定禅寺ストリートジャズフェスティバルin仙台(JSF)とは
 1991年「本来音楽は野外でやるもの」という概念のもと、音楽家、商店街の店主、定禅寺通りの街づくりを担う人々が集まり、実行委員会を立ち上げ、その年の9月に定禅寺通りと東一番町通り、勾当台公園で、参加バンド25グループ、ミュージシャン150人、9ステージで第1回を開催、5,000人の観客が集まりました。
 毎年9月に開催されるJSFは、秋の仙台の風物詩として市民に愛され成長を続け、2000年の第10回からは9月の第2日曜日と前日の土曜日の二日間開催へと規模を拡大。東日本大震災が起きた2011年は、全国の皆様からのあたたかいご支援を受けて第21回を乗りきり、音楽を愛するすべての方々に支えられ、フェスティバルの歩みを進めて来ました。
 

定禅寺ストリートジャズフェスティバルin仙台はこんなお祭りです!


 ケヤキ並木の定禅寺通りをはじめとした仙台の街が、この日だけのステージに変わり、街中に音楽が溢れます。ジャンルはジャズやロック、ワールドミュージック、ゴスペルなど様々。子供からご年配の方まで、また街に訪れる観客はもちろん、演奏参加者から、このお祭りを作っている実行委員やボランティアすべての人が、一体となって音楽を楽しみます。  
 演奏参加者にプロ、アマ、年齢などの制限はありません。宮城県内をはじめ全国、海外から、あらゆるジャンルのグループにご参加頂いています。様々な音楽ジャンルに分かれたステージをはしごして、STREETJAZZを楽しみ、JSFオリジナルグッズをゲットして、ミニガンザでリズムをとったり、踊ったり、仙台名物の食べ物や、地酒、好きな飲み物と世界の料理を楽しんだり、杜の都・仙台が音楽に包まれる二日間はいろいろな楽しみ方が溢れています。

定禅寺ストリートジャズフェスティバルin仙台のコンセプト

ステージは街です
 ケヤキ並木の定禅寺通りをはじめとした、杜の都・仙台の街がステージです。ビルの入口、公開空地、商店街、公園、広場などが、JSFその日だけのステージとなります。
あらゆるジャンルの音楽で溢れます
 「ストリートジャズ」とは、19世紀末、アメリカ南部の街角で新しい音楽として産声を上げたジャズの、自由な精神と表現を受け継ぎ、ここ仙台・定禅寺から新しい音楽とその文化を発信していけるような、そんな思いを込めた造語です。あらゆるジャンルの音楽が融合し、そこから街に優しく調和する独自の「ストリートジャズ」が生まれていくことを、私達は願っています。
市民みんなで作っています
 音楽を演奏するのが大好きな、全国各地から集まる演奏参加者。音楽を聴くのが大好きな市民と、全国から集まる音楽を愛する観客。ステージ提供や協賛協力をして頂いている商店街や企業市民。フェスティバル当日の運営協力を頂く、心強いボランティア。昔からのお祭りと同様、ほとんど手作りで一年をかけ、フェスティバルの準備をする実行委員。そんな多くの人々が関わり、みんなで作るフェスティバルがJSFです。


2018年10月8日月曜日

1451「神示27」2018,10,8

 いよいよツアーの最後の目的地になります。大崎市古川宮沢愛宕山にある宮沢遺跡です。
ここは昨年の神人ツアーでも最後のシャーマニックライブが行われ、感動的なエンディングでした。その時の様子は以下の当ブログをご覧ください。
「1078「シャーマン16」2017,9,30」
  
 宮沢遺跡は以下の様に紹介されています。
「昭和49~51年に行われた東北自動車道に伴う発掘調査で発見された奈良時代~平安時代の城柵・官衙遺跡である。
 大崎平野の北端部に位置し、標高50m前後の長岡丘陵上に立地しており、内部にはいくつかの谷がある。全形はやや歪んだ長方形で、東西1,400m、南北850mと、東北地方のこの種の遺跡の中では最大規模である。外郭区画施設は、築地や土塁で、位置をわずかに変えながら造り替えられており、櫓も所々に設けられている。
 なお、平成4年の調査で、ほぼ中央部に築地でかこまれた一郭が発見されているが、政庁か否かは判明していない。さらに文献上のどの城柵に該当するかなども確定しておらず、今後に残された課題は多い。」

 丘に登り頂上にある宮沢遺跡の石碑でシャーマニックライブが行われました。先に神人さんから前回のライブの時の様子をお話頂きました。




 「前回は手前から物凄い数の御霊が集まって来て歓迎ムードでした。しかしその前までのツアーではあまり歓迎されなかったのです。その時は東の右手に満月、左に太陽が沈み、快晴の夕暮れ時です。そしてツアーの最後にやっと受け入れられたと感激しました。 今回はどうなるか分かりません。
 前回、主の御霊が変わって行こう、という事を見ました。そして見送りがずっと続き、帰りのバスの中でも入れ替わり立ち替わり、私の中で祝い唄を歌い続けてくれていました。」

 快晴を期待したのですが、空は雲に覆われています。東を向いて太鼓を打ち鳴らしシャーマニックライブが始まりました。





肌寒いくらいの中じっと耳をそば立てて聞き入ります。めでたくライブが終わりました。
 終わって神人さんからお話がありました。

「ここではお迎えからとても気持ちが良かったです。このエリアには住民が住んでいました。沢山集まって来ました。地に対する感謝をし、霊人からのおもてなしを頂きました。
又、ここに来てくれたことを喜んで頂けました。
 昨日、今日と、無事に仲良く来れたことが嬉しく、感謝の想いと、来れた事の喜びが広がり、異次元との交流、因縁解消、健康祈願から歌っていました。」
  
 ありがたく全てを終える事が出来ました。お陰様で初期の目的を無事に達成できました。3次元的に予定外の特別な事が何も無いとしても、神人さんを通じて異次元との交流の中で、この次元の前提となる事々が変化をし、新たな流れへと、霊団、人間界も共々に変わりゆく良き機縁となったことでしょう。


  バスは仙台駅に向かいます。皆さんにビール等をお配りし打ち上げならぬ、最後の交流会です。2日間の感想などを皆さんにお話しいただきました。何か非日常の世界を歩み、垣間見た時空は面白く、楽しく、新たな発見、気づきの機会になったようです。皆さん喜んでこの旅を終える事ができたようです。ありがたく、うれしき計らいです。
 最後に神人さんからお言葉を頂きました。

 「初めての参加の方、遠方からの参加の方、ありがたかったです。事故が無く、トラブルもなく帰れるのも運転手さんのお陰です。トラブルがあったのは一生忘れないことになりますが、無事で良かったです。最後は雨でしっとりとして、お湿りも良い具合でした。
 家に帰って入浴し、1杯飲みながら旅の思い出を浮かべ、明日から笑顔で生きて行けたら良いと思います。又、次にお会い出来て、良き思い出を共有出来る事を願っています。この2日間ありがとうございました。」

 バスは予定の19時半に仙台駅前に到着出来ました。終わり良ければ全て良し。大いなる霊団、神計らいの神人さんとの陸奥ツアーでした。来年も2回、7月と11月に陸奥シャーマニックライブツアーを開催予定です。その前に3月8~10日は講演会、ライブです。ご縁の方々と又神人ワールドを楽しみたいものです。