2019年10月11日金曜日

1822「福島巨石探訪9」2019.10.11

 次の目的地は猪苗代湖に戻り、少し東よりにある郡山市湖南町舟津浜にある鬼沼です。猪苗代湖はほぼ楕円形であまり複雑な湖岸線ではありませんが、舟津浜に1ヶ所だけ沼のような入り江があります。その入り江を鬼沼と呼びます。
 鬼沼は私のお気に入りの所で、天気が良いと鬼沼と猪苗代湖、その奥に磐梯山が綺麗に見える、最高の景色を堪能できるのです。今日は天気が良く、最高の条件に恵まれました。
 以下の様に紹介されています。

「舟津浜・鬼沼       郡山市湖南町舟津浜
 郡山市湖南町舟津付近にある、砂嘴により猪苗代湖から分断された沼。ただし、砂州は対岸まで完全には繋がっていないため、100m程度の幅の入口で猪苗代湖と繋がる湾とみることもできる。なお、鬼沼内は水深1m程度と浅いため、大型の船舶等は入れない。
 酸性で魚が少ない猪苗代湖に対して、水質が中性に近いため、ウナギ、ナマズやウグイなどの魚が生息している他、絶滅が危惧されるアサザやイチョウウキゴケなども自生する。

 弘法大師がこの地を通りかかったところ、付近の村々では大蛇などの魔物がはびこり、疫病が流行していた。
 そこで弘法大師はこれらの魔物退治の準備のため、鬼沼の入り口に一晩で橋をつくろうとした。しかし、夜通し工事をして、あともう一息で完成という時、天邪鬼が鶏の声を真似て「コケコッコー」と鳴いたため、弘法大師は夜明けと勘違いし工事をやめてしまった。
 その後、未完成の砂の橋(砂州)は「弘法橋」と呼ばれるようになった。」

 鬼沼の周りは木々が生い茂り、道路からは見通しが悪く、沼の最深部からも眺望が開けません。沼に沿った道を進み登り切ると展望が開ける場所があります。ここが最高のビュースポットです。路上駐車をして皆さんとその最高の景観を堪能しました。


 3年程前にこの鬼沼の最深部にある福良八幡神社を中山博さんとのあわ歌の巡りで訪れた事がありました。道路からうらぶれた鳥居が見えて草に覆われた参道を登ると小さな社があります。社からも鬼沼は標ぼう出来ず、しかしここに鎮座してこの地を鎮め、お守り頂いていたお役目だったのでしょうが、いささか荒れ果てた感は否めませんでした。そこであわ歌を皆さんと響かせて、ゼロ磁場の探訪の巡りを終えた所でした。興味のある方は以下をご覧ください。 675「ゼロ磁場14」2016,8,24
http://tenmei999.blogspot.com/2016/08/6752016824.html

 さて、ゼロ磁場の猪苗代に関する表記を紹介します。
「田沢湖と猪苗代湖は、ほぼ、同年代に東北地方の造山運動で形成されました。造山運動の主要な地形変化は、大地の隆起と沈降です。二つの湖が調和に満ちた電磁波を発信しているのは、湖と山々が均衡のとれたエネルギー出力でつくられ、調和状態にあることを意味しています。二つの湖が形成される初期に於いて、面対称の地形は双方が隆起し、中央部は隆起するエネルギー圧に等しい沈下圧が働き、大きな窪みがつくられました。造山運動は48000年前から始まり、44000年にほぼ、現在の地形が出来上がり42000年前に湖水が出現しました
 水は高いところから、低いところへ流れ、河川は海に流入します。海洋は地球の形態を形成する波動集合の様な働きで、水のネルギー体が集合し水惑星と呼ばれる美しい地球の姿を造っています。水は波動の原初形態である、6のインパルスに同調し、安定した形態の形成原理に同調して広大な地球の海洋をかたちづくり、液体運動は6のインパルスに基づく形態運動を行っています。面対称の造山運動で中央の窪地が、地形上の安定したまとまりに至らないと水はそれを修正するため凹地に溜まり続け、やがて湖に発展していきます。この様な原理作用を持つ経過をたどり、自然の営みが造りだした風光明媚な景色を私達は楽しんでいます。
 湖水の水という情報媒体は、二つの湖の場合、調和という意志の情報発信に相当するので、相対する極性が時空間のエネルギー循環から意識として出現し調和に満ちた地形が誕生してきます。
 田沢湖は田代平という高層湿原が意識の表れとしてつくられ、猪苗代湖は磐梯山が火山活動で形成されています。」

0 件のコメント:

コメントを投稿