「すべては神のもの人間のものは何も無い 」
アシリ・レラさんはアイヌの聖地、北海道日高地方の二風谷で生まれ育った。日高地方は北海道の中でもアイヌの人たちが一番多く居住する地区である。中でも沙流川添いの二風谷はアイヌの人口密度が最も高く、知恵の神オキクルミが降り立ち自然と共生しながら生活する叡智をアイヌたちに伝えた場としてユーカラの中に歌われている。
現在レラさんは、さまざまな事情で孤児となった子どもたちを手元に引き取り、アイヌの言葉や文化を学ぶアイヌ語学校を主宰しながら、魂の語り「カムイユーカラ」をチセ(茅葺の家)の中で語り聞かせている。また、実子・養子を含め10人以上の子や孫に囲まれて暮す肝っ玉母さんでもある。
カムイユーカラとは何ですか
「カムイとはアイヌ語で神、生きとし生けるものすべてに存在する「たましい」のこと、ユーカラは、節をつけてうたう言葉「美しい叙事詩」の意味です。
アイヌの人々は文字を必要とせず、大切なことはすべて口伝えで伝承しました。ユーカラは文字を持たないアイヌたちが、民族の歴史や叡智を子や孫に語り聞かせるための伝承文学なのです。ユーカラには人として生きるための知恵、教訓、人間のあるべき姿などがうたわれています。
そして、必ずその母体にはカムイへの信仰心が流れているのです。ユーカラの節やリズムは決して文字では書き表せません。民族の生きた魂は文字ではなく言葉によって人から人へと語り継がれていくのではないでしょうか。全世界の原始共同体の民族は文字を持ちません。文字を持たないということがどれほどすばらしいことであるかということが最近ようやく評価され始めたようでうれしく思います。」
レラさんが生まれた時の不思議なお話をしてください
「母の陣痛の最中に激しい雷鳴が轟き始め、父の炭焼きの窯に雷が落ちるのと同時に私が生まれたそうです。アイヌの教えでは、雷と一緒に生まれた子は雷神(女神・カンナカムイ)が産んだ子だと言われています。そこで両親は生まれたばかりの私を一度家の外に捨て、雷神の子として神窓(天窓)から家の中に迎える儀式をしました。
両親は、この子はエネルギーが強いから悪い方向に使ったら大変なことになると心配し「人間(アイヌ)にとって何が最も大切で正しいことであるか」を徹底して厳しく教え込みました。父はたびたび私を山に連れ出し、薬草や毒草、食草の見分け方、山菜や木の実のことを教えてくれました。母はそれらの保存方法や料理の仕方、薬草の煎じ方、桜やこぶし、桃の木の枝を水に漬けておくと毒素を吸い取って浄化してくれること。また、本来は男の仕事であるチセ(かやぶきの竪穴式の家)の作り方まで父から習いました。
こうしてアイヌ(人間)として生きてゆく方法のすべてを周りの大人たちから学びました。私の中でアイヌとしての考え方が身についたのはこうした両親のおかげといえます。」
アイヌの叡智について少しお聞かせください
「アイヌという言葉には「人間」という意味があります。私たちは、カムイ以外のすべてのものは平等であり、強いもの、弱いもの、金持ちも貧乏人もない共同体の中で暮してきました。それが「アイヌ・ネヌアン・アイヌ」(人間らしい人間)として生きることだと両親から教わりました。
ところが人間が自然を支配するようになってからは私利私欲で川を汚し、木を切り、命すらお金で計算し始め、生きる意味さえ見失ってしまいました。多くの親たちは教育費を稼ぐために時間の奴隷になって必死で働き、子どもたちに「最も大切なこと」を伝えられないまま死んでいきます。
私たちは地球上のすべての生命が神の大地に生かされていることを知っています。アイヌの教えには国家という意識はありません。だから大地を所有したり、汚したりすることを固く禁じてきました。動物も植物も人間と同じ魂をもつ存在であり、ともに生きる兄弟(ウタリ)として互いに尊重してきたのです。特に子どもは「神から授かった無垢な存在」であると考え、大切に育てました。子どもたちは小さい頃から野山で自由に遊び、自分たちが自然の中で生かされていることを実感しながら命の大切さを体で学んできたのです。」