2018年6月24日日曜日

1345「十字13」2018,6,24

 午後の最初の目的地は北上川の対岸、北上市立花にある立花毘沙門堂です。狭い道を進むと住宅地の北側にこんもりとした森があり道路から直ぐにお堂があり、こじんまりした境内です。



立花毘沙門堂の紹介の表記を紹介します。

「立花毘沙門堂。北上市の南東部、北上川の東岸にある寺。この地には奈良時代~鎌倉時代まで極楽寺という巨刹があったという。極楽寺は坂上田村麻呂が創建し、全盛期には36の僧房を数えたという。平泉が隆盛するまでは岩手県地方の文化の中心地だったという。その大寺も今は山に戻ってしまい、当時の繁栄を偲ばせるのはわずかに伝えられている仏像だけである。
 その仏像の一つがこの立花毘沙門堂にあるという事だったので来てみたのだが、無住で連絡先もわからず拝むことは出来なかった。本尊の毘沙門天像は鉈彫で十世紀の作、他の2体も十一世紀の作で国重文。」
http://www.sukima.com/16_hanamaki01_02/16tachibana.html

「立花毘沙門堂の南側に国見山という山がある。北上山系の西の端に位置し、標高こそ200メートル級と高くはないが、その名の通り国を見渡せるようなすぐれた眺望の地で、かつてこの山およびその周囲には大寺院があった。国見山廃寺と呼ばれて、多数の堂塔のあとが発掘されている。六国史のひとつである『文徳実録』に857年に陸奥国の極楽寺を定額寺(いわば準官寺)とするという記事が見えるが、国見山廃寺はこの極楽寺なのではないかといわれている。
 立花毘沙門堂は、集落のなかにぽつんとお堂と収蔵庫があるだけの小寺院であるが、かつての大寺院・国見山廃寺の北の坊の流れをくんでいるのではないかと考えられている。
 ところで、東北地方は神仏混淆の名残りが強い地域である。このお堂も鳥居が立ち、収蔵庫の入口にはしめ縄がついている。また、仏像を拝む時にもかしわ手を打つという。」
https://www.butsuzoutanbou.org/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0/%E5%B2%A9%E6%89%8B%E7%9C%8C/%E7%AB%8B%E8%8A%B1%E6%AF%98%E6%B2%99%E9%96%80%E5%A0%82/

 お堂の前に毘沙門像の説明の写真と解説があります。本堂の脇に現在は収蔵庫が立っています。内部に保管されている像は事前に連絡をしないと見れないようです。収蔵庫前の看板に設置してあるボタンを押すと毘沙門天の縁起が流れます。Sさんがボタンを押したので暫し解説に耳を方受けました。以下のサイトに像の詳しい内容、写真が見れます。
http://andon21.blog85.fc2.com/blog-entry-689.html


 更にインターネットで調べてみると見学した方の記事と写真がありました。その1枚は毘沙門天立像と増長天立像、持国天立像が配置されているものです。毘沙門天を中心に踊りを踊っている様な感じなのです。これは笑えます。こんな雰囲気で敵味方無く和やかに和せたらよいのにと思います。

 お堂の東側の銀杏の木の前で輪になってあわ歌を響かせました。その時のお言葉です。

「降り来る響きにその身を合わせ、
 ひとつとなりて参り行けば、
 この地の振動より離れ行き、
 硬きを脱し、柔らかきと成り成って、自在に空間動き行く。
 この歌、響かせ、大いなる身へと参りませ。」13:40




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